傷ついた心をやさしく包んでくれる良書 クシュナー「なぜ私だけが苦しむのか」

ずっと前から書こうと思っていながら、なぜかうまくまとめることができずにいたのがクシュナー著「なぜ私だけが苦しむのか-現代のヨブ記」。 ひさびさに読書の感想を書くのに、悲嘆の本を取りあげるのもどうかと迷いましたが、この本のことを書かないと次には進めない…なんだかそんな気がするのです。

5年前に悲嘆の本を探していたとき、多くの人がおすすめの本として取り上げていたのがこの本でした。 でも、どうしても読む気になれませんでした。 だって聖書にもヨブ記にもなんの興味もないし、信仰をもっていない私には関係ないんじゃない? この題名もなんだかなあ…で、そのときは本屋さんで探そうともしませんでした。

2年ほど前、たまたま本屋さんの棚を眺めていて目について「これも何かのご縁か」という気がして、とりあえず購入。 それでも読む気になかなかなれませんでした。 ある日、特に理由もなく読んでみようかという気になりました。 それは、秋に受けた人間ドックの結果が届く少し前のこと。 虫の知らせだったのでしょうか。

「要精密検査」の通知が来たのに、マンモグラフィーに何も写っていなかったからと精密検査の順番を後回しにされ、3週間も待たされている間に読了しました。 その時もまさか自分ががんだなんて夢にも思わなかったのですが、がんと告げられた後、何度も辛い局面に立たされるたびに、心のどこか奥の方でこの本のメッセージが響いていた気がします。 いいタイミングで読めて、本当によかったと今は思っています。

7.7なぜ私だけが

この本の原題は「WHEN BAD THINGS HAPPEN TO GOOD PEOPLE」。 邦題のニュアンスはちょっと違っている気がします。 もう少し原題に即したいいタイトルをつけておけば、私のように食わず嫌いする人が減るかもしれないのにと残念に思います。

著者はユダヤ教のラビ=聖職者(宗教に興味がまるでない私はこれだけで読む気が失せてました)。 早老病という治療法のない難病の息子を幼くして失いました。 神を信じ、ユダヤ教の信者のために精一杯尽くしてきた自分がなぜこのような試練を受けるのか。 しっかりとした信仰をもつからこそ、著者がどれほど懊悩したかは容易に想像できます。 しかし、タイトルから受ける印象とはまったく違い、この本の中では著者自身の苦しみについてはほんのわずかしか触れられていません。 自身の辛い経験を経て、著者が世の中にあふれる不幸について、ひりひりするような切実さをもって深く深く考えた結果がこの本なのだと思います。

実は、聖書のたとえ話にまったく興味がない(というか嫌いな)私には、冒頭にヨブ記がでてきてイライラ。 もしも私のように「こんなたとえ話はどうでもいいわ」と思っても、どうか読み続けてください。 いつか、思いもかけない不意打ちのような辛いことが身に降りかかった時に、きっとこの本を読んでよかったと思うはずです。

どうして正しい人に不幸が訪れるのか。 神が全能ならば、なぜ自分にこんな辛い思いをさせるのか、これは自分に対する罰なのか、自分はどこかで意識せずに悪いことをしてしまっていたのか…。 信仰が篤ければ篤いほど不条理を前に自罰的な気持になるだろうと思います。 日本でも「バチが当たった」といいます。 でも、この本は信仰のあるなしにかかわらず、不条理に直面して打ちひしがれた人を普遍的に救ってくれます。 「不幸な出来事にはなんの法則性もない」「あなたは何も悪くない」、著者のこの言葉は、兄の不慮の死と自分のがんで押しつぶされそうな心をそっと温かく包んでくれました。

8.21ユリ

 私たちが問うべきなのは、「どうして、この私にこんなことが起こるのだ? 私がいったい、どんなことをしたというのか?」という質問ではないのです。…(中略)…より良い問いは、「すでに、こうなってしまった今、私はどうすればいいのだろうか?」というものでしょう。(岩波文庫P218)

何か悪いことが起こった時、その原因を探しても意味がない。 原因がわかったとしても過去を変えることはできないのだから。 だからこそ、苦しみを味わった自分にとって大切なことは「これからどう生きるのか」。 どうしようもない過去ばかり振り返らず、前を向いて生きていくことだと、私はそんな風にこの本を読みました。


苦難に直面している人だけなく、苦しんでいる知り合いにどう言葉をかけたらいいのかわからない人にも読んでいただきたい良書です。 「神様は乗り越えられる苦難しか与えない。あなたは強いから、大きな苦難を与えられたのだ」というようなことを言って(実際には励ましどころか落ちこませるだけで最悪!)、自分ではいいことを言ったと悦に入って、相手の心を傷つけたりしないためにも。


長いことかかって、やっとこの本の感想が書けました。 これで一区切りついた気がします。 読んだ本の感想も、またぼちぼち書いていきますね。
Category: 悲嘆の本

闘病記とは一線を画するエッセイ 内澤旬子「身体のいいなり」

先日、マルタさんにおすすめされた内澤旬子「身体のいいなり」。 母が先に読み始めて、やっと私に回ってきました。 読み始めたら止まらず、あっというまに読了。 乳がん治療に対する個人的な興味という面も確かにあったのだけれど、それ以上に読みものとしてとてもおもしろかったです。 マルタさん、ありがとうございました!



「世界屠畜紀行」でブレイクする前、まだ無名のイラストレーターだった内澤旬子さんに早期の乳がんがみつかったのは38歳の時。 片胸ずつ温存手術→両胸全摘手術→乳房再建手術と計4回の全身麻酔手術を受けるという、壮絶な乳がん治療体験を淡々とした筆致と真正直な主観でルポしたノンフィクション作品です。 講談社エッセイ賞受賞。

身体と意志のバランスの不思議さ、治療現場の理不尽、フリーランスとしての仕事を失うことへの底なしの不安、乳房という女性性に思いがけず振り回される自分に戸惑いつつ決意した乳房再建のすったもんだ、亡くなった癌友への思いをひとりで抱えざるをえない切なさ…語られるのはヘビーな内容なのだが、湿っぽさは皆無。 著者独特の突き抜けた、とても乾いた視線で切りとられる病気の日常は、困難に打ち克って…という普通の闘病記とはまったく違うものでした。

なんなんでしょう、この引力は。 エッセイは一般には書き手をすでに知っていて、その人への興味で読ませるといった内容が多いのですが、この著者のことを全然知らない人が読んでも面白い。 内澤旬子さんの出世作「世界屠畜紀行」はかなり気になったんですが、小心者の私は手にとることはありませんでしたから。

ただ、著者の発想に全面的に共感したかというと、それはまたちょっと違うわけで。 自分でも書いておられる通り「面倒くさい考え方」をする人なんですね。 そして、とても意地を張っている。 病気なんだから、もう少し両親や配偶者(のちに離婚)に甘えてもよかったんじゃないの? 「助けて欲しい」とひと言もいわないことは強さなんだろうか? しょせん人間って自分一人だけで生きているわけじゃない。 配偶者が治療費を一銭も出そうともしてくれなかったと嘆いたりしているけれど、著書の中で一方的にさらし者にされてしまったご主人がちょっと気の毒になってしまいました。 聡明な彼女は自分でもよくわかっているようでしたが。 うちの母親は著者の頑なな考え方に反発を感じたようで、「この人、ちょっと協調性がなさ過ぎるんじゃない? だから、お医者さんともうまくいかなかったんじゃないの」という感想でした。

すでに夫婦関係が破綻していて、仕事もうまくいかず、どん詰まりな気分だった著者は、がんと宣告されてもやけっぱち。 「死ぬかも」ということにホッとしているなんていっていられるのは、やっぱり早期がんだったからじゃないかなあと、がんになって私は感じました。 もっと進行したがんだったら、いくらやけくそでもそうサバサバしていられないのではないかな。

激しい腰痛やアトピーに長年悩まされてきたのに、乳がんになってからどんどん健康になったとありましたが、そうではない気がしました。 たまたま乳がんになったときに、それまでにコツコツ自腹で世界各地を取材してようやく出版された「世界屠畜紀行」が売れて、ハイレベルな仕事の依頼も増え、生活が安定して将来への不安が軽減されたことで精神的にずっと楽になり、それが体調にプラスに作用したのだと思います。 モヤモヤしていたご主人との関係も離婚で精算されたし。

…なんていろいろ書いていると、ちっともおもしろくなさそうかもしれませんが(汗)、共感はしないけど、でもおもしろかった! 闘病記を「おもしろい」と評していいのかどうかわかりませんが。 乳がんなんてまるで関係のない人にも、男性にも、おすすめします。 一読の価値はあります。

1.31リュウノヒゲの青い実

抱えていた仕事は期日前に納品して、男性担当者にも乳がんで手術することを正直に伝えて。 それだけでひと仕事した気分でした。 あとは節分に母と一緒に吉田神社にお参りしたり、麻酔科の先生の説明を聞きに病院へ行ったり、入院用にタオルやパジャマ・下着を買いに行ったり。 毎日右往左往しています。 あ、美容院の予約もしておかなくちゃ!

■たくさんの拍手をありがとうございます。

日本の実態を知らないのでは? 川口マーン恵美「住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち」

ひさしぶりに友だちとご飯を食べに行ったり、仕事にでかけたり、ストレッチや書道の教室に通ったり、あれこれしている間にどんどん時間が経って、気がつけばもう12月半ば! 大掃除や部屋の片づけも年賀状書きもなんにもできていません(焦)。 それなのに仕事の締切だけはクリスマスにあって、いったいどうするんだ、私は。 とりあえず生存証明のために、たまっている読書の感想をアップ。


この秋、ベストセラーリストにずっと載っていた川口マーン恵美の「住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち」。 ベストセラーだからあまり読みたいう気にならなかったのですが、父が買ってきました。 読んだ率直な感想は、なぜこれがベストセラーに??



文章は話し言葉風でありながら軽過ぎもせず、洒脱でとても読みやすい。 読むのが遅い私でさえもスラスラ~ッと読めて、あっというまに読了。 初めて読む著者ですが、文章を書く能力もセンスもかなり高いと感じました。

しかし! 全体を通じて単に個人的な印象を書いているだけで、根拠となるデータが一切ない新書ってアリなんでしょうか? 長い期間外国に住んでいると祖国のいい面ばかりが思い起こされて、望郷の念なんだか愛国心なんだかが強くなるのは理解できます。 でもなんだかなあ…遠くから日本を懐かしむあまりに燃えあがった愛国心で「日本の方がずっとステキ」なんていう本を書くと、現在の日本では「そうだそうだ、日本万歳!」と溜飲を下げる人が多いのですね。

この本を読んでいて一番しらけたのは、労働環境についてのくだり。 この人、日本の普通のオフィスで働いたことがないんじゃない? 著者経歴をみると、ピアニストで現在は拓殖大学日本文化研究所の客員教授とのこと。 有給休暇が制度としてあっても実際には休暇をとれない雰囲気であること、残業を前提にした職場環境をまったく知らないみたいです。 著者は、日本でインターンシップしている娘に「病気でも休みがとりにくい雰囲気が日本の会社にはある」と指摘されて初めて、日本では病気のときに有休を使って休むことに気づいたというくらいですから。 確かにドイツ人は休みすぎでは?と感じることはあるけれど、でも連続してとれる長い有給休暇や労働時間の短さは心底羨ましいです。 それに、日本では非正規雇用が異様に多いことにはまったく触れていないのもどうなんでしょう。 ドイツの方が社会保障が平等できちんとしていると思うのですが、とにかく客観的なデータがなさ過ぎ。 労働環境がドイツより日本の方がすばらしいとはとうてい思えないのですが。 同じことが経済的なことに触れた部分でも感じられました。

日本の鉄道がほとんど遅れなくてすばらしいのは確かです。 ドイツの鉄道はひどいと著者は嘆いているのですが、ドイツでひどかったらイタリアなんてどう表現すればいいのかわからないくらいメチャクチャだったんですけど。 …と、あげたらきりがないほど、いろいろ気になりました。 これがベストセラーって謎。

12.18テイカカズラ

今日は一日冷たい冬の雨。 今年はほんとうに寒いです。 雨に打たれてテイカカズラの赤い実がツヤツヤ光っていました。 そろそろ小鳥ちゃんが食べにきている気配。 本日は家に籠もってお仕事。 薄暗い日は頭がボーッとしてあまり進まないなあ。

■拍手をありがとうございます。

悲嘆を乗り越えるために 「死別の悲しみを癒すアドバイスブック」

みなさん、心配してくださってありがとうございます。 優しい言葉の数々、とてもとてもうれしく心に響きました。 ぐったりと重い体を引きずりながらも、なんとか日常生活を普通に送っています。

以下は、とても重い話なので、精神的に弱っている方は読まない方がいいかもしれません。


兄と兄嫁の法要を終えて少しホッとしたところで、兄の命日=兄の末娘および私の誕生日を迎えて、最悪の気分に落ちこんでしまいました。 どの日に亡くなったとしても、記号としての日付になんの意味もないのかもしれません。 でも、どうしても納得できません。 どうして、よりによって私たちふたりの誕生日に、通り魔のような事故で兄があんなに悲惨な最期を迎えなくてはいけなかったのか。 いまも毎日毎晩、考えたくないのに、まるで自分の目でみたかのようにリアルに(病院や警察での説明や、弁護士を通じて入手した警察調書、事故現場に立ったときの記憶から構成されているのでしょうが)、兄の最後の瞬間の映像が頭のなかで再現されます。 それはいつも兄の視点で、突っこんでくる車がみえて、兄が味わったであろう死の恐怖にわしづかみにされ、自分の胸がきりきり痛くなる。 その映像がもう嫌というほど何度も何度もリピートされて、気が変になるんじゃないかと自分が怖くなるくらい。 この1年、ずっとそんな日々でした。

それでも、なんとか地をはうような気持ちで一日一日をやり過ごしてこられたのは、ネットや本で「死別の悲嘆」についての知識を得られたことが大きかったと思います。 私の、この混乱しきった頭の中の状態は、けっして特殊なことではないと知ること。 それだけでずいぶん気持ちが楽になった気がしました。 香山リカさんもこんなことを書いておられました。


死別の悲しみを癒すアドバイスブック―家族を亡くしたあなたに死別の悲しみを癒すアドバイスブック―家族を亡くしたあなたに
(2000/03)
キャサリン・M. サンダーズ

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兄の事故後、本を読む気力がまったくなくなっていたのですが、藁にもすがりたい思いで「死別の悲しみを癒すアドバイスブック」をネットで取り寄せました。 とてもいい本でした。 さまざまな死別体験をしてきた著者の書き方は、「アドバイスブック」などというタイトルとは裏腹に、押しつけがましさは皆無。 ほんとうに思いやりに満ちた優しさと温かい人間性を感じました。 さまざまな死別体験をした人たちの声をたくさん収録してあって、自分の感じ方に普遍性があるのだと知ることで、少し気持ちが楽になりました。 いまでも、私は「ひきこもり」段階なのかな…と思うと、とてもやるせないのですが。 読んだとたんにすべてが解決するわけではありません(そんなうさんくさい本など信じる気になれませんけどね)。

この本を読んでいて、もっと早くに出会っておけばよかったと思いました。 妻を病で喪った兄の喪失感や苦しみを、もっと深く理解して、もっとなんとか支えてあげられたんじゃないかと深い後悔が残りました。 この本は死別の苦しみの最中にいる人だけでなく、身近な人が悲嘆に暮れていてどう接したらいいのかわからない人にも、ぜひ読んでいただきたい本です。

大切な人を喪った人がどんな風に感じていて、どんなに他者からの温かさに飢えているのか、広く知っていただきたいです。 いままで、私はそんな遺族の痛みを知らず、なにかとんでもなく傷つける言葉を言っていなかったかと今更ながら心配になっています。

この本自体は、交通事故や殺人事件の被害者、自死にはほとんど触れていません。 メインは小さな子どもを失った若い親や、幼くして親と死別した子ども…など。 80歳を過ぎて息子を失った親の悲しみとか、両親を相次いで亡くした姪たちの虚無感とか、大人になってから兄弟を失った心の痛みといった、わが家の事情とはまったく一致するところがなかったのですが、それでもたくさんの証言の普遍性で一番辛い時期を支えてもらえました。


悲しみを超えて―愛する人の死から立ち直るために悲しみを超えて―愛する人の死から立ち直るために
(2000/08)
キャロル シュトーダッシャー

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こちらは犯罪事件や交通事故の被害者遺族、自死に直面した家族など、個別の問題が詳細に書かれているとのことで期待して購入しました。 でも、上の本の方がずっとおすすめです。 著者の実体験を赤裸々に書いていないためか、書き方がかたくて学問寄り。 交通事故死についての項目があっても、海外で亡くなったうちのようなケースは、悲しさも、法的なさまざまな手続きもまるで違っていて、誰とも、本当に誰とも分かち合えない。 それをかえって強く感じさせられてしまいました。


交通事故には加害者がいます。 心に受けた衝撃の大きさと、事故後のいやほど現実的な雑用の数々に振り回される事故や事件の被害者は、心の傷からなかなか回復できません。 ましてや、加害者が強制措置入院から出てきたばかりの男で、事故について誰からもひと言の謝罪もないという状況、各種保険会社や現地葬儀社の理不尽な対応…死者を何度も何度も愚弄するような対応に、悲しみにうちひしがれて放心状態の中で精神的にズタズタに引き裂かれた気持ちがしました。 精神的に病気の人が運転する権利を守ることの方が、一般人のふつうに生きる権利を守ることよりも優先されているような状況が正常だとは到底思えません。 加害者が本人の希望通りその場で死んでしまったことだけはよかったです。 加害者が生きていて、何の反省もせずに、普通に結婚したり子どもを持って幸せになったら、どれだけ憎むことになるか…。 加害者があっさり消えてしまったので、私たち家族には恨む対象もありません。 憎み続けたり恨み続けるにはとてもエネルギーがいるので、たぶんとてもそんな余力はなかったと思いますが。


いつか、いつか、本当に心から笑える日は来るんだろうか? いつか、また自分の誕生日を祝う気持ちになる日が来るんだろうか?
Category: 悲嘆の本

どうしてそんなに勉強が嫌いなのか 内田樹「下流志向」

本屋さんで気になって何度も手にとりながら、なかなか買わなかった文庫本「下流志向」。 内田樹の本は2冊読んで「確かにおもしろいけど、だからどうなの?」という中途半端な読後感で、飛びついて買うというほどひかれもせず。 おもしろいのかなあと半信半疑で買ったのですが、読書がすすまない近頃には珍しく一気読みしました。 先に、父に「読む気ある?」とみせたら、父もあっというま読了。

下流志向〈学ばない子どもたち 働かない若者たち〉 (講談社文庫)下流志向〈学ばない子どもたち 働かない若者たち〉 (講談社文庫)
(2009/07/15)
内田 樹

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「どうしてそこまで勉強がキライなのか?」 姪たちをみていてずっと不思議でしょうがなかったんです。 長年の深い謎がとけて、「腑に落ちる」とはこういうことかと思うくらい納得しました。 といっても、勉強嫌いを直す方法とか、ニートやひきこもりの解決法はいっさい書かれていません。 そういう問題のハウツー本として期待してはいけません。 あくまでも教育と子どもがどうなっているのか、現状と原因を指摘しているだけです。

私自身、けっして勤勉な学生ではありませんでした。 でも、姪たちほど「学ぶということすべてを拒絶する」という姿勢は理解できなくて。 だって、嫌いだったり苦手な教科があるとしても、ひとつくらい好きな教科ってあるはずでしょ。 勉強じゃなくても、音楽とか絵とか、本を読むとか、手芸とか料理とかスポーツとか。 特にうまくできるわけではなくても、それやってると楽しい、時間を忘れるってこと、誰にだってひとつくらいあるものだと思っていました。 それがなにもないなんて…。 自由に好きなように生きているといわれても、ちっとも楽しそうにみえないんだけど。 姪たちは何かというと「自己責任」っていうことば、振り回すんですよねえ(ため息)。 

「消費者」として学校教育に対峙する子ども、「自己責任」という言葉で自らを社会からも家族からも「孤立した存在」に追いやっていること(本人は「自立している」つもりだけど=姪たちそのもの!)、不機嫌合戦と化した家庭、過去や未来をまったく考慮に入れない時間に対する感覚などなど、目からウロコの切り口多数でした。 学びから逃走することで、自分の未来を限りなく狭くしていることが子どもにはけっしてわからないんだなあ(ため息)。

「どうしてこれほど勉強しないの?」と目の前にいる子どもが理解できないと思っている人なら、興味深くすらすら読めると思います。 この本を読んで、姪たちの不可解な発想の根源にあるものがうっすらわかってきました。 さて、どうしたものだか。
Category: 内田樹

読みやすい入門書 高橋義人「グリム童話の世界」

たまたまみかけて手にとってみた高橋義人「グリム童話の世界」。 特にグリム童話に興味があるわけでもなく、たまにはドイツ関係の本を読むのもいいかといった程度でしたが、岩波新書っぽいこむずかしさがなくて、とても読みやすくておもしろかったです。 すでにグリム兄弟の業績について知識がある人が学術的な新味を期待して読むとがっかりするかもしれませんが、「グリムがどうした?」というワタシのような初心者にはぴったり。 入門書としておすすめです。

8.7グリム童話の世界

一時流行した本当は残酷なグリム童話といった切り口の本ではありません(その手の本には興味がまったくわきません)。 キリスト教以前にドイツにあったはずのゲルマン神話の断片をメルヘンの中からすくいだそうと、有名な「シンデレラ」や「いばら姫」などをわかりやすくひもといています。 グリム兄弟は「キリスト教以前の異教的なもの」を求めて、口伝だったドイツのメルヘンを蒐集して文字化したそうですが、文字化する段階で文学としてより洗練させているうちに少しずつキリスト教的な発想が紛れこんでしまったのだとか。 そういえばグリム童話は第何版に準拠しているかをすごく強調しているなあと漠然と感じていたのですが、グリム兄弟が何度も書き直しているうちに少しずつ内容が変わっていたんですね。 そんなことも知らなかったので、なるほどと納得できました。

シンデレラの類型が中国にまであったなんてビックリ。 それぞれのストーリーや類話についてもきちんと書いてあって、初心者に親切。 個人的には、「ホレおばさん」が空で羽布団を叩くと雪が降るシーンや「カエルの王様」のお話(こんな風にして王様が人間の姿に戻るとは覚えていなかったけど)、白雪姫のエピソードの深層など、子ども時代に大好きだった絵本の挿絵を思い出しながら楽しく読みました。

8.8ホオズキ

風邪がやっとおさまりました。 はぁ、きつかった。 昨日だけは夏らしい真っ青な空が広がりましたが、今日はまたどんより雨まじりの一日。 昨日は最高気温が37℃近かったとか。 寝る頃になっても2階は31℃の室温…脳みそが煮えてぐっすり眠れないよぉ。 なにもできず連日だらだら。

京都の知られざるパワースポット 河合俊雄・鎌田東二「京都『癒しの道』案内」

ここのところ急に寒くなって、朝、ぬくぬくした布団から出たくなくて困ります。 夜更かしでぐだぐだしてないで、さっさと寝れば、もう少し目覚めがいいのかな。 夜更かしというより不眠気味…これって更年期?? 先日、婦人科で再チェックを受けたとき、「そろそろ体調が不調になってくる年齢だけれど、あまり気にせず過ごすように」と女医さんから言われました。 やっぱり、そういうお年頃なんだなあ、ワタシ。

近頃、集中力がなくて読書はさっぱり。 そのうえ、本屋さん通いは自主規制中なので、自分の興味とは関係なく、家にある本をパラパラめくるだけ←よけいに読む気が失せるのかも。

12.8京都癒しの道

人の心を癒す磁場を持った場所…狸谷山不動院、釘抜地蔵、赤山禅院、御蔭神社、六道の辻、伏見稲荷大社をめぐって、心理学者と宗教学者の2人の著者がそれぞれのやり方でアプローチしています。 観光とは違った視点で京都を眺めてみたい人なら楽しめそう。 

この本は父が近所の山を散歩していてもらってきました。 著者に出会ったそうです(この本を最後まで読めば、どちらの方と会ったか分かります)。 「癒し」という言葉があまり好きでないので、ぜんぜん興味をひかれなかったのですが、拾い読みした母が「この本、おもしろいよ」というので読むことに。 それなりにおもしろかったのですが、心理学という学問に対して懐疑的なワタシの感想はというと(心理学を信じている方、ごめんなさい!)、エッセイではないのにちょっと主観的すぎる気がしました。 一方、歴史に基づいて、その場所を解説している部分には共感することができました。 それはワタシが歴史を専攻した人間だからなんだろうか…。 霊感やスピリチュアル系にはまったく鈍感なタイプなんですが、それほどのワタシでさえも、六道の辻だけは確かに何か特別な気配を感じます。 六道の辻にある3つのお寺は、以前から気になっているのですが、どこも行ったことがありません。 無意識に行くことを避けてるような。 昔の人たちが異界とつながっていると感じた、と聞いているからなのか、本当にそういう「場所の力」があるのかは、京都で生まれ育ったワタシには判然としないのですけれど。 思い切って、一度行ってみようかな。

12.8叡山菫

冬本番の淡い陽射しの中で、母が友だちからもらった叡山スミレが咲いていました。 はかなげに見えるけれど、かなり繁殖力の強い品種らしいので、地植えはしない方がいいのかも。

今日はおつかいのついでに竹ぼうきを買ってきて、先日の雨で一気に散ったカエデとザクロの落ち葉掃き。 1時間半ほど無心で庭仕事に励みました。 落ち葉掃きって、なにも生みださない作業だけれど、不思議に心が落ち着きます。 45リットルのゴミ袋いっぱいの落ち葉を集めました。 晩ご飯は鰯のつみれ汁。 昔は大嫌いなメニューでした。 まさか自分がこんな料理を自主的に作るようになるとは、子どもの頃は思いもしませんでした。 味覚って年齢で変わるんですねえ。

乱発される「心神耗弱」判決への違和感 日高隆「そして殺人者は野に放たれる」

2009年5月から始まる裁判員制度。 法律について完全に素人のワタシには裁判員制度導入にどういう意味があるのか、さっぱりわかりません。 アメリカの陪審制度のマネして、どうするんだ? 裁判なんか関わりたくもない、というのが正直な気持ちです。 みなさんはどうですか?

そんなワタシでも、裁判員制度は気にはなっていたんでしょうね。 いままで興味をひかれなかった「やがて殺人者は野に放たれる」が文庫本になっているのを本屋さんでみつけて、迷わず買いました。 いや~、この本は強烈です。 ひさびさに出会ったインパクトのある本です。 センセーショナルで浮ついた内容だろうと勝手に決めつけていましたが、ぜんぜん違いました。 渾身のノンフィクションです。 司法制度にも法律にもまったく興味がない!という人にも強くおすすめします。 素人にはわかりにくい法律や司法制度について、わかりやすく書かれていますから、ぜひ読んでみてください。

日高隆の「そして殺人者は野に放たれる」は、いままでタブー視されてきた精神障害者の重犯罪(殺人)について、日本の司法に正面切って異議申し立てを行ったノンフィクションです。 精神障害者だと鑑定されれば、通り魔事件で何人殺しても「心神喪失」=無罪の判決が下される現状の司法制度の矛盾を、さまざまな事件を検証しながら指摘してゆきます。

殺し方が残虐なほど、「正気では理解できないから精神障害がある→心神喪失か心神耗弱」とされる裁判って、どうなってるんでしょう。 著者が書いている通り、もともと殺人なんて正気でできるもんじゃないのに。 一番おかしいのは、多量の飲酒や覚せい剤を「自分の意志で」摂取した上で殺人を犯した場合でも、「心神耗弱」として刑が軽くなるという法律(の穴)。 信じられませんよ、そんなの! みなさん、人殺しをする際は、凶行の前に酩酊状態になっておきましょう。 そうすると、かなり罪を軽くしてもらえるらしいですよ…て、こんなこと参考にしないでね。 なぜ、こんなおかしい状態が放置されているんでしょう? 結局は政治家と法務関係官僚の怠慢なのでは(怒りムラムラ)。 「人を殺したら、たとえ精神障害者であっても、罪に応じた罰を負うべき」という著者の主張はもっともです。

詳しくは本を読んでください。 この本に書いてあることが全部正しいかどうかはわかりません。 情報をうのみするのは危険です。 でも、こういう法律がいつまでも改善されずに放置され、犯罪被害者が苦しんでいる現状は知っておくべきです。 著者のくだけた文体はかなり挑発的で、(たぶん意図的に)感情的に激したように書かれた部分もありますが、それが読みやすさにつながっているのだと思います。 重苦しいテーマですが、一気に読めました。

8.26ニイニイゼミ

今日もまだ異様なほど涼しいです。 おとなになっても、庭でニイニイゼミの抜け殻をみつけると、つい拾ってしまいます。 小さくてかわいい。 こんなに涼しいと、必死で鳴いている蝉が切ないですね。

イケズの音読でぐったり 入江敦彦「イケズの構造」

ずいぶん前に読んだ入江敦彦の「京都人だけが知っている」がおもしろくて、新潮文庫になっている「イケズの構造」を買いました。 「京都人だけが~」は、京都について胸の奥でずっとモヤモヤしていたものをはっきり言葉に置き換えてもらえて、目からウロコの連続でした。 それに対して、「イケズの構造」はいまひとつ納得できないというか、「そうそう!」と膝を打ちたくなるようなところが少なかったです。 これはイケズだけに特化した本なので、なかには理屈をこねくり回しすぎて無理やりな感じが漂うところもありました。 怖いもの見たさで、本場・京都で生粋のイケズに果敢に挑戦したい方は、ぜひこの本を手にとって「傾向と対策」を練ってください。 まあね、そんなことしても絶対にムダですけど。 イケズだけじゃなくて京都人の実態とか、京都を包む独特の重い空気を知りたい方には「京都人だけが~」の方がおすすめです。

「イケズの構造」は薄い本なんですが、読むのに意外と時間がかかりました。 なんでかな?と考えたところ、どうも京都弁の部分を全部あたまの中で京都のイントネーションでねっとり音読していたようなんです。 そのせいか、イケズされたシミュレーション風の読後感で、ミョーに重かったです(笑)。

読んでいて「そうやそうや」と同意したのは、訪問先でコーヒーをすすめられたときの対応。 「コーヒーでもどないです」と訪問先で言われたら、真に受けるのが「よそさん」、京都人は固辞するという指摘は本当にその通りですから、万が一にも京都へ仕事で来られる方はお気をつけください。 先方が言うタイミングにもよりますけど、用事がひと通り済んだところで言われたら「そろそろ帰る潮時」というサイン以上の意味はございません。 かといって、もしも実際にコーヒーを出されて飲まなかったら…おおコワッ。 その微妙な感覚を知りたい方は本を読んでみてください。

世の中にあふれている京都本はたいてい「よそさん」が書いたものなんで、京都に生まれ育ったワタシが読むと「へえ、よそさんはそんな風に思わはるの」(イケズっぽい響きを出すには京都弁に限りますな)と違和感たっぷり。 その点、入江サンは京都の西陣出身なので「ほんまもん」です。 ただ、これだけあけすけに京都について語れるのは、ご本人がロンドン在住だから。 京都に住んでいて、これからもずーっと住み続けることになるであろう人間は恐ろしくてこんなことは書けません。 よろしいなあ、遠いところに住んではって…とイケズを言いたくなったりしました(笑)。


8.11サルスベリ

うちのサルスベリはなんで咲かないのかしら?と、「家守綺譚」を思い出しつつ、サルスベリの幹をときどきなでてたら、いつのまにか高い高いところで咲いてました。 でも、ほんの少しだけ。 いっぱい咲きすぎると暑苦しい感じになるけど、もうちょっと咲いてほしいなあ。

「高い高い」と重ねて言うのは京都弁なんだと、つい最近知りました。 ワタシは自分でも京都人とは思っていませんが(祖父母は京都生まれじゃないし、住んでいるところが「碁盤の目」の中じゃないから)、意識せずによく「きれいきれい」とか「いっぱいいっぱい」と言ってる気がします。 そやけど、真正京都人やないから、イケズなんか言わへんえ、ワタシ(笑)。

東ドイツのスパイの実態 熊谷徹「顔のない男」

父が買ってきた本を、強引に借してくれました(笑)。 

父「読み終わったから、どうぞ」
ワタシ「おすすめなの? おもしろかった?」
父「う~…(沈黙)…おもしろくないこともないけど、すごくおもしろいというほどでもない」
ワタシ「じゃ、読まなくてもいい」
父「東ドイツ地域を何度も旅してるんだから読んでみたら? 読んで損するってほど、ひどいことはないし…(だんだん気弱)」
ワタシ「じゃ、どうおもしろくなかったの?」
父「こういうのがジャーナリスト的な文章なのかなあ。 これだけのネタがあるのなら、なんかこう、もうちょっとおもしろく書けたんじゃないかあ…」

熊谷徹「顔のない男 東ドイツ最強スパイの栄光と挫折」を読み終わってみると、父が言っていたとおりの感想でした。 素材はいいのに調理法が平凡な料理を食べたときみたい。 素材はいいからまずくないんだけど…もったいないなあ、という感覚。 本の帯に「佐藤優氏推薦! 秘密の扉に閉ざされたインテリジェンス世界の掟が明らかにされる。」とあって、佐藤氏って誰??とピンとこなかったのですが(常識的に知られている人なのか?)、鈴木宗男問題で捕まった元外務省官僚でした。 「インテリジェンス」という言葉も外交関係者の業界用語?それともワタシがもの知らず?? なんかピンときませんでした。

11.4顔のない男

内容は東ドイツのスパイの元締め的存在だった男の実像に迫る…といったところです。 どんな風にスパイを潜入させたのかとか、協力者にするために西ドイツ政府関係期間に勤めている独身の秘書に狙いを定めたとか、一般人が知らない実態が書かれていておもしろかったです。 ノンフィクションをへんに脚色してドラマチックにするのはいかがなものか、とは思うのですが、この本の場合はもう少し盛りあげてもよかったんじゃないかなあ。 冷戦(なぜ著者はいつも「冷たい戦争」と表現していたのだろう?「冷戦」でいいんじゃないの?)に祖国が引き裂かれて、歴史の波に翻弄された一人の男、という描き方もできただろうのに。 お涙ちょうだいみたいにしたくなかったのかな? 著者はドイツ滞在が長くて、ドイツ人についてよく知っているのはわかるのですが、「ドイツ人は几帳面だから」という紋切り型の表現が多くて、ジャーナリストに徹するなら、そういうステレオタイプな書き方は控えた方が説得力が増した気がします。 とはいえネタは悪くないので、分断されていたときのドイツについて興味がある人は読んで損はしませんよ。

11.3野紺菊2

週の半ばに植木屋さんがきて、ジャングル状態だった庭がすっきりしました。 いまは野紺菊が咲き揃っています。 今年はホトトギスが繁茂しすぎて、野紺菊が減ったみたい。

先日の仕事はひさびさに夜が明ける気配を感じる時間までジタバタ。 結局、思考力がストップしてしまい朝になってから仮眠。 「午後まで待って!」と連絡して、約束より数時間超過して終わりました。 は~疲れた。 きものの着付け教室に行っていた分、遅れた…(汗)。 そして、着付けの仕方は仕事のせいでキレイさっぱり忘れてしまった(汗)。 帯の結び方…記憶喪失。

11.3夕空

家に籠もってばかりなので、今日は百万遍の知恩寺で開催されている古本市へ歩いて往復してみました。 お天気のいい週末なので、老若男女でかなり賑わっていました。 辻邦生とか池澤夏樹の美本があれば…と思ったのですが皆無。 おかげに散財せずに済みました。 ほこりっぽくて、アレルギー体質なワタシは目鼻がグズグズに。 う~やっぱり古本って苦手だ。 帰ってきてご飯を作ろうとしたら、あんまり夕空がきれいで思わずパチリ。 秋が深まってきましたね。

■Tさん、拍手とコメントをありがとうございます。 仕事って好きなことでも疲れますよね(実感)。 プライベートでリラックスしてくださいね。 いつも写真をほめてくださってありがとうございます。 励みになります。