絵画の力 原田マハ「太陽の棘」

ものすごくひさしぶりの読書記録は、原田マハの文庫本「太陽の棘」。 ずっとあまり本を読むことに気持ちが向かなくて。 これが読みたい!という本になかなか出合えないんですよね。 ベストセラーの話題作「村上海賊の娘」のあまりのつまらなさにショックを受けて(!)、いったいどの本を手にとればいいのかもよくわからない状態。

そこで、ネットがなかった頃のように、まったく予備知識なしに本屋さんの書棚でなんとなく気になる本を買って読んでみようと思い立ってやってみました。

8.14太陽の棘

この表紙の絵、すごくインパクトがありました。 装丁にひかれて、内容がよくわらないままジャケ買い。


舞台は太平洋戦争が終わって3年後、アメリカ統治下の沖縄。 医大の大学院を卒業したばかりの若い精神科医エドワードは従軍医として沖縄に赴任を命じられた。 軍医といっても実戦をまったく知らないエドワードは、基地の周囲は焦土戦の傷跡がまだ生々しいことも知らず、父親から真っ赤なポンティアック(スポーツカー)をプレゼントとして沖縄まで送ってもらうほどのお坊ちゃん育ち。 気晴らしをしようと愛車でドライブ中に偶然、絵描きたちが暮らす「ニシムイ美術村」にたどり着く。 絵描きになることに憧れていたエドワードは、ニシムイの芸術家たちと交流を深め、友情を育んでいく。 しかし、戦争で破壊された沖縄の窮状が、国籍を超えた友情に暗い影を落とし、やがて…。

なんの予備知識も期待もなく買ったけれど、なかなかの良作でした。 原田マハって、ほんのちょっとどこか軽いなあというイメージだったのですが、戦後の沖縄の重苦しい部分を描きつつ、友情の話だから気持ちが落ちこむような重苦しさではなくて、読後感もよかったです。 直感を信じて買って大正解!

絵を描く人をテーマにした小説が好きで、今までにもいろいろ読んできているんですが、この小説では絵に対するあふれんばかりの情熱に焦点が当たっているのではなく、主眼はあくまでも友情でした。 だから、全体的にちょっと軽い感じがしなくもないのだけれど、戦後の沖縄が舞台として重い分、この程度で読みやすかったのかも。

読み終わってから、表紙の絵を改めてじっくり眺めて、帯のキャッチコピーの下にある「事実をもとにした感動作」に目がとまりました。 ようやく「これってフィクションじゃなくて、モデルがあったのね」と理解して、ニシムイの画家たちがどんな絵を描いていたのか、実物がすごくみたくなりました。 この絵、やっぱりすごくいいもの。 沖縄に行かないとみられないのかな…。


8.15朝顔

今日、銀閣寺の門前まで明日の「大文字の送り火」(間違っても京都で「大文字焼き」と言ってはいけませんよ!)の護摩木を書きに母と一緒に行ってきました。 途中の家に咲いている朝顔やノウゼンカズラを眺めたり、哲学の道のベンチでひと休みしたりしながら、ゆっくりゆっくり。 ご先祖と兄夫婦、そして年頭に亡くなった叔父の供養、姪たちと両親の平穏、自分の病気平癒、全部護摩木に書いて納めてきました。

今年はもしかしたら母はもう歩いていけないのでは…と危惧していましたが、がんばって全部歩けました。 今日は京都の夏にしては画期的に涼しくて、それがよかったようです。 往復40分以上歩いて、汗まみれにならなかったことにビックリです。 明日、送り火の日は晴れますように。


■たくさんの拍手をありがとうございます。 励みになります。

■京子さん、そうそう、そうなんですよ、「病気は空から降ってくる」。 まさにそういう感じ! 心配して気に病んでもどうしようもないことなんですよね。 心配しすぎて「再発しないために」ということばかりに毎日心とらわれているよりも、今日という一日をじっくり味わう方がいいなと私も思っています。 涼しいのは心底羨ましい!とは思うものの、今年の東京の涼しさって尋常じゃなさそうですね。 それはそれで物足りないかも。 京都は「夏を満喫!」とは思えないほど蒸し暑くて(今日を除く)、外出する勇気がもてません。 せめて最高気温32℃くらいにしておいてほしいんだけれど。

■りろさん、ありがとうございます。 いつのまにか手術から3年半が経ちました。 無事に3年半、昔と変わらない状態で迎えられたことに改めて驚いています。 ところで、りろさんもたいへんだったのですね。 少しは落ち着きましたか?? 涼しくなったら、またのんびりおしゃべりしましょうね。

物語性+日本語表現の妙 久生十蘭「十蘭万華鏡」

久生十蘭…字面でなんとなく名前を知っているだけで、この本を読むまで「ひさお じゅうらん」と読めなかった私(汗)。 ずいぶん昔の作家なのに、ここ何年か再出版されていて話題になっていましたね。 流行っているものにあまり興味をひかれない天の邪鬼なんですが、「P&M Blog」のpiaaさんのレビューで読んでみる気に。 本屋さんにあった唯一の久生十蘭の文庫本「十蘭万華鏡」を買ってみました。

なんなの、これ…江戸川乱歩や夢野久作系の推理小説家のイメージが強かったのに、想像していたのと全然違う! ひさびさに「小説を読む」ことを堪能しました もっと早く読めばよかったと後悔。 



戦前にパリに留学した”お嬢さん”たちの無軌道な生活を描いた「花束町一番地」、幕末に国後島にロシア艦船が寄港したゴローニン事件を題材にした「ヒコスケと艦長」、謎めいた女を巡るミステリ風味の「贖罪」、戦時中の男女の淡い交流を描いた「花合せ」、遣唐使一行の帰国船がたどった運命「三笠の月」、第二次世界大戦に巻きこまれた在外邦人のカップルを淡々と描いた「川波」など、12編を収めた短編集。

どれも本当におもしろかった。 その中でも、カラッと明るく乾いた文章で戦争の悲惨さを切りとった「少年」と、「ヒコスケと艦長」で描かれた日本人に不慣れなロシア人艦長の目を通してユーモラスに語られる(でも実は悲惨な)抑留生活、恋愛風味の「花合せ」が特に心に残りました。

9.19キノコ

とにかくジャンルも舞台も味わいも文体も、これでもかというほど幅広いことに度肝を抜かれました。 変幻自在、まさに万華鏡のような短編集です。 12編全てが違う切り口と味わいなんですよ。 それなのに、通して読むと、そこにあるのは誰にも真似ができない「久生十蘭らしさ」。 物語が唐突なほどスパッと終わっても、そこがまたなんともいえず独特でいい。 すごいよ、十蘭! あまりにも多彩すぎて「十蘭というのはこういう作家ですよ」とはいえないのがもどかしいです。

ちょっとクラシックというかレトロな語り口も独特なんですが、文章がすばらしくて、ひさびさに読むことそのものが楽しめる小説家に出会えてウキウキ。 今日も本屋さんで久生十蘭の文庫本を探したもののみつからず残念でした。

9.19ネコジャラシ


わが家の庭は夏の暑さと蚊の大群に恐れをなして、まったく手入れをしていなかったのですっかりジャングル状態。 ネコジャラシもわんさか…恥ずかしい。 ようやく蚊が少し減ってきたから(でもまだまだ健在)、そろそろ草ひきできるかな。

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幸せとは?を問われる 姫野カオルコ「リアル・シンデレラ」

中島京子「小さいおうち」が直木賞をとったときの選評を改めてネットで読んでみて、候補にあがっていて受賞を逃した作品に姫野カオルコ「リアル・シンデレラ」があったことを思い出しました。 話題になっていて気になったけど、懐が寂しくて文庫化を待っていて…すっかり忘れていました。 とっくに文庫化されていたんですね。 ちなみに、この回の直木賞候補作の中には、万城目学「かのこちゃんとマドレーヌ夫人」や冲方丁「天地明察」もありました。

この表紙、すごいインパクト。 家の中で読むときはふだんはカバーをかけないんですが、これはカバーをかけて読みました(笑)。 内容はタイトルや表紙から想像していたものとはずいぶん違いました。



倉本泉(せん)は料理旅館の跡取り娘として生まれたにもかかわらず、妹が病弱だったために影が薄く、幼い頃から両親の愛情を十分に受けることができずに育つ。 周囲には良き理解者(あるいは同情者)もいるのだが、大人になっても常に表舞台から一歩引いたところにいる泉。 脇役に甘んじている泉に幸せはやってくるのか?

周囲の人々の証言から泉の人生をあぶりだすノンフィクション仕立ての小説です。 あまり文章が上手くないライターが書いているという前提なので、読む楽しさがちょっとそがれるような気がしました(「小さいおうち」と似た歯がゆさ)。 主人公が地味なので話もすごく地味、どこまでも。 それでも途中からは、いったい泉はどうなるんだ?というのが気になって、後半は一気読みでした。 ミステリではないけれど、伏線が巧みに張ってあって、終盤でそれが「あれ、これってひょっとしてあの…?」と浮かびあがってきます。 読み終わってから、もう一度どこかに伏線があったかどうか確かめたくてザッと目を通したくらい気になりました。 ただ、ラストがこれでいいよかったのかどうか…カタルシスがなかった。

みんなにかわいがられる華やかな妹に対して、誰かのお下がりの粗末な服ばかり着せられている姉の泉…という出だしはシンデレラそのもの。 しかし、読み進めていくうちに、女性にとっての幸せは「白馬にまたがった王子様が現れて結婚すること」だけなのか?という問いを突きつけられる小説です。 とはいえ、姫野カオルコは読ませるのが上手い作家なので、小難しさはありません。 大絶賛でない程度におすすめ…というか(態度曖昧)。


9.15雨の芙蓉

読了後姫野カオルコの近況が気になって(なんだか鬱になっていそうな感じがして)、ネットでインタビュー記事をみつけました。 ああ、姫野さんが一人っ子なのは知っていたけど、両親を一人で介護してすごくすごくたいへんだったんだなあ。 私にも遠くない未来にいつか来る日…鬱にならずに乗り越えられるだろうか。 小説そのものとは違ったことで胸に迫りました。


三連休なのに台風。 別にどこへ行く予定もなかったけど、なんだか残念。 ここのところ、また真夏日になったりとムシムシ蒸し暑くてウンザリ、 台風一過で爽やかな秋日和になるといいな。 あちこち深刻な被害が出ないといいけど。

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マンネリ? 畠中恵「ゆんでめて」

びっくりした。 お気に入りだった「しゃばけ」シリーズをひさびさに読んだら、あんまりつまんなくて。 どうしちゃったんでしょ?



大切な妖の友だち・屏風のぞきを火事で喪った若だんな。 なんとか屏風を元の姿に戻して古い友を助けようとするのだが…。 あのとき、ああしていなかったら火事で焼けなかったのでは…と苦い後悔に胸を痛める若だんなが経験する、屏風のぞきを喪った後の数年を、意表を突く手法で描いた文庫最新刊。

意表を突く構成にしようとしてすべてがダメになってしまったのか?? う~ん、この作品は納得いきません。 なぜだか、今回は妖オールスターであっちいったりこっちいったり…ただズラズラといろんなキャラを羅列したみたいで全然おもしろみがないんです。 しゃばけシリーズ独特の淡い情緒や味わいもない! 小鬼の鳴家が猫みたいでかわいいと思っていたのに、今回はただうるさいだけ。 しゃばけシリーズの今後が心配になってきました…。


この本の後に読んだ「かのこちゃんとマドレーヌ夫人」はお口直しにちょうどよかった。 母に「おもしろいよ」と「かのこちゃん~」を貸したら早速読み始めて、ときどきプププッと噴きだしながら喜んで読んでます。 かのこちゃんのぶっ飛び方にハートわしづかみされた模様(笑)。

5.4クレマチス

最近あまりにも運動不足だったので、一昨日は思いたって長距離散歩してきました。 歩幅を意識していつもよりやや大きくしてスタスタ歩いて往復10キロ。 肌寒いような日だったけど、比較的速いスピードで歩くとうっすら汗ばむ程度。 荷物はお財布と携帯と小さな水筒だけだから思ったよりも楽に歩けました。 歩いている途中で、やっぱり四国のお遍路に行きたい気持ちがムクムク強くなってきて。 数日でもいいから家を留守にできたらなあ…。

■いつも拍手をありがとうございます。
Category: 畠中恵

画家アンリ・ルソーへの愛 原田マハ「楽園のカンヴァス」

画家アンリ・ルソーに特に興味があったわけではないのですが、たまたまテレビでみた著者のインタビューがおもしろくて単行本を買ってみました。 直木賞候補にもなった作品です。



著名なコレクターからの依頼を受けて、未発見のアンリ・ルソーの絵についての真贋対決をすることになった野心的な学芸員と気鋭の女性研究者。 謎に包まれた実在の画家アンリ・ルソーの生涯をテーマに、現代に生きる男女の恋の行方と美術界の実情をからめてスリリングに描いた長編小説です。

アンリ・ルソーの強烈なインパクトのある画風は知っていましたが、これほど不遇だったとは知らなかったので、とても興味深く読めました。 この本を読むとルソーのいろんな絵をじっくり眺めてみたくなります。 ただあまりにも著者がアンリ・ルソーが好きだったためと思われますが、書き急いだ感じ。 直木賞がとれなかったのは読んでみるとそれなりに納得です。 ニューヨーク近代美術館MOMAでキュレーターとして働いていたという著者だから描ける舞台裏が(知りすぎていたため?)かえって説明的になってしまっていたり、冒頭の展開がちょっとモタモタしていたりと、すごくもったいないなあと感じるところも。 それでも、美術に興味がある人なら楽しく一気読みできると思います。

9.14サルスベリ

サルスベリの花はそろそろ終わり。 1週間ほど前までは、小さな花が輪っかのようになって木の周囲に落ちていました。 きれいなまま花が落ちてると思ったら、木の根から新しく生えてきた細い枝の先で咲いていました。 近くで見るとサルスベリの花ってフリルたっぷりで愛らしくて、不思議な形。

月曜日は、東京から叔母が母方の祖母と兄のお墓参りに来てくれてました。 あとは相変わらず終わりがみえない兄の事故の補償交渉のため、さらに追加で必要な書類を揃えるのにあちこち連絡したりして、それだけでグッタリ。 補償交渉といっても、妹は対象外なので完全なるボランティア…せめて、この2年間の心身の不調のために支払った医療費だけでも返してもらいたいくらいなのに。 法律のこと、保険のこと、普通の人が知らないまま一生を終わるようなことばかりに振り回されて。 こんなこと、知りたくなかった。 この件が終わるまで、ほんとうに喪が明けることはない気がします。


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戦争を語り伝えたいという熱気 百田尚樹「永遠の0」

本屋さんでみかけてすぐに文庫本を買ったのに、何度か読みかけては挫折した百田尚樹「永遠の0(ゼロ)」。 特攻隊の話は重そうだし…とずいぶん長い間読まずにいました。 でも、日本人として戦争から目を背けてはいけないと思えて、終戦記念日から読み始めました。 小説としていろいろ欠点が目についたのですが、それでも後半は話に引きこまれて、ひさびさの一気読み。 戦争世代の父も夢中でむさぼり読んで、あっというまに読了しましたよ。


永遠の0 (講談社文庫)永遠の0 (講談社文庫)
(2009/07/15)
百田 尚樹

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零戦での特攻隊として終戦直前に亡くなった祖父。 姉の依頼でいやいやながら、祖父の足跡を調べるために戦友たちを訪ね歩く主人公は「優秀なパイロット」「卑怯者」と対立する評価に戸惑い、祖父の真実の姿を探しはじめる。 絶対に生きて妻の元に返ることにこだわり続けた男は、なぜ特攻となることを受け入れたのか? 姉弟はやがて思いがけない事実を知ることになる…。

小説としていいかどうかと尋ねられたら、ハッキリ言ってすごく下手です。 小説を読み慣れた人は、主人公である姉弟の安直で薄っぺらい会話や、老人なのにあまりにも現代口調であることなど、そこかしこで気持ち悪さにムズムズすること間違いなし。 最後の最後のどんでん返し(?)も「う~、そこまで書かなくても。寸止めで暗示するくらいで終わった方が余韻があったのに」と、サービス精神満点過ぎたところが残念。

でも。 でもなのです。 そういう下手な語り方にもかかわらず、ひきこむだけの力がある小説でした。 力というよりも「熱気」かな。 「どうしても書かなくてはいけないことがある」という著者の思いの熱量が半端じゃなかったのだと、あとがきを読んで納得しました。 書きたいことなんてなにもないけど、なんとなく作家になりたいといった軽い動機で書かれたものとは自ずと違うのだと感じました。

11.03赤い実


太平洋戦争に関するノンフィクションや戦記ものをまったく読んだことがない人に特におすすめ。 そういうものをすでに読んだ人には内容的に既視感がありそうですが、歴史の教科書に書かれていることくらいしか知らなかった私は、戦況や前線での戦闘に関しても知るところが多かったです(無知すぎ?)。 零戦のなにがそんなにすばらしいのかも全然わかっていなかったのが「なるほど」と深く納得しました。 飛行機を操縦している感覚や空中戦の緊迫した描写は、主人公姉弟の気持ち悪い会話とは雲泥の差といえるほどすばらしいし。

欠点が多い小説ながら、読んでよかったと心から思いました。

死者の視点が胸に迫る 東直子「とりつくしま」

ずっと気になっていた作家、東直子。 もともと歌人で、小説も書くようになったのだとか。 俳句は好きでも(といっても、自分では一句も作ったことありませんけど)、短歌にはまったく興味がなくて、歌人の名前はほとんど知りません。 なぜ、この人が気になったのかは自分でも謎です。 先日、本屋さんで文庫化された「とりつくしま」を発見。 死者について書かれた内容と知っていたので、かなり躊躇した末に購入しました。

とりつくしま (ちくま文庫)とりつくしま (ちくま文庫)
(2011/05/12)
東 直子

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心を残したまま、この世を去った死者たち。 「とりつくしま係」からモノに宿って生者の身近にいることができると告げられ、それぞれが選んだモノは…。 カップ、扇子、補聴器、カメラ…さまざまなモノに宿った死者の視点で描かれた短編集です。

死について書かれた小説をいま読むのは無理かなと思いましたが、読み始めると一気にこの小説の世界にひきこまれました。 「死」を小説をおもしろくするための単なる小道具として扱っているのではなく、真摯な著者の姿勢を感じさせる静かな作品でした。 最初から最後までぼろぼろ泣きながら読みました。 でも、思いがけず世を去ることになった死者の視点はカラッと乾いていて、湿っぽい話でもなければ、安易なお涙頂戴小説でもありません。 ひとつひとつの言葉を大切にしつつ最小限の言葉で描く、やわらかな筆致はさすが歌人。

最初の「ロージン」は、亡き夫が妻を見守るという視点で書かれた池澤夏樹「骨は珊瑚、目は真珠」に少し似ていると感じました。 後味のいい話だけど、ずっとこんな感じだったら、これほどひきこまれなかったと思います。 意外にもとても悲しい結末のものもありましたが(幼い子どもを亡くしたお母さんはこの短編集を読まない方がいいです)、生きること、そして死ぬことの普遍性を描いた短編集として心に響きました。 でも、よくよく考えるとそれぞれの主人公の執着心はすごいわけで、自分ならやっぱり「ロージン」や「骨は珊瑚、目は真珠」のようにスッと大気のなかに拡散するように消えていきたいな。

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ほんわか人情もの 畠中恵「まんまこと」

最近、集中力が低下していて読書がなかなか進みません。 気楽に読めるものがほしくて、本屋さんで畠中恵の文庫本新刊をみつけて買ってみました。 「しゃばけ」シリーズとは違う新シリーズ第1作らしいです。

4.30まんまこと

奉行所が裁くほどでもない町内の小さな問題やいざこざを調停する町名主という職が江戸にはあったそうです。 その町名主のせがれ麻之介が悪友二人とともに、持ちこまれる事件を解決していく青春人情時代小説です。

「しゃばけ」シリーズはあの独特の空気感が好きなんですが、これはなんか物足りなかった。 事件といっても殺人や傷害といった血なまぐさいものはいっさいなくて、ほのぼのとした青春ものの要素がこの小説のメインだと思うんですが。 そのわりにほのぼの感が足りないし、江戸っぽい情景も「しゃばけ」みたいに生き生きと立ち上がってこない。 町名主ということで、自分の町内という狭い場所が舞台になっているからかなあ。 「しゃばけ」はストーリーそのものよりも、主人公の生活している町のたたずまいや江戸の夜の闇の暗さが目に浮かぶように感じられるところが魅力と感じています。 妖怪が出てくる荒唐無稽さにもかかわらず、しっかり「生きていることの切なさ」も描かれているし。 そういう畠中恵らしさが出ていなくて残念でした。 シリーズ2作目も出ているようですが、それは買わないかも。

4.30オオデマリ

庭はいま白い花の季節を迎えています。 上の写真は「××ベリー」という名前で売っていたそうですが、大きくなっても実はいっさいつかない品種のようです。 オオデマリにも似ているけど葉っぱが違うから、結局、正体不明のまま。 一度枯れかけた後、元気を盛り返して、昨年あたりからいっぱい花を咲かせてくれています。

4.30白山吹

わが家の土には白い山吹が合うようで、あちこちで勝手に芽を出して増えています。

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長谷川等伯の生涯を淡々と 萩耿介「松林図屏風」

桃山時代を代表する画家・長谷川等伯の生涯を描いた小説「松林図屏風」を読了。 なんとか京都国立博物館で開催中の「長谷川等伯展」に行く前に読めました。 先日読んだ葉室麟「乾山晩愁」の長谷川等伯を描いた短編とほぼ同じく、狩野派と競り合った末に栄達をつかんだ老獪な絵師というとらえ方でした。 そういう点でちょっと既視感があって、新鮮味に欠けてしまいました。(書影は撮り忘れました。後日アップします)

2008年の日経小説大賞の受賞作だそうです(こういう賞があることさえ知りませんでしたが、2回だけ開催されたようです)。 日経にふさわしい(?)まじめで内容的に厚みのある歴史小説でした。 無理にドラマチックに仕立てず、じっくり読む大人向きに書いている著者の姿勢は好印象でした。 題名は「松林図屏風」ですが、そのわりにこの絵については意外にあっさり。 等伯の息子・久蔵が命を削って描いた桜の絵(現在は智積院にあるもの)の方がずっと印象的です。 おもしろく読みはしたけれど、全体的にはなんとはなしに物足りない。 等伯の芸術家としての葛藤みたいなものがほとんど伝わってこなかったからかな。 工房の主宰者としての苦労や挫折に重点を置いているように感じました。 辻邦生やオルハン・パムクのような、美をひたすらに追い求める芸術家の心情とか、破滅的なほど芸術にのめりこむ姿を描いた小説が個人的に好みだからかもしれません。

淡々とした筆致は癖がなく、いかにも歴史小説らしい感じ(というほど歴史小説を読んではいませんけど)。 ただ「も」が不必要に多いこと(「が」「は」と置き直せるところに)と、一ヶ所だけあった女性に「してあげる」という表現が歴史小説としては強烈な違和感。 細かいことにこだわりすぎかもしれませんが、せっかく読みやすい小説なのに、チクッとときどき小骨のような違和感が残ったのが残念でした。 悪くはないけれど…という気持ちをずっと最後まで引きずりながら読み、この著者の文章表現や小説の展開の仕方に乗り切れず。 脇役の人たちのエピソードや内面描写に冗長と感じるところがあったので、もう少し削ったらよかったのに(というワタシはいったい何様だ)。

この本を読むなら、長谷川等伯展をみてからがおすすめです。 小説中に登場する絵について、いずれもまったく現在の呼称が書かれていないので、ピンとこない部分がありました。 展覧会で作品をひと通りみていれば、たぶんもっと具体的に個々の絵を思い描きながら読めて興味深いと思います。

4.15ヒヨドリと桜

上の写真は4月初旬に撮ったもの。 スノードロップの写真を載せようかと思ったのですが、長谷川等伯っぽい「和の風景」の方が合っていそうなので。 ふだんは遠くからカメラを向けただけでサッと逃げるほど怖がりなのに、この日は珍しくずいぶん接近できました。 ファインダーをのぞいていたら「ここは僕の庭!」とキッとにらまれました。 どこか近くに巣があるのかもしれません。 それにしても、ヒヨドリを描いた絵はあまり見かけませんね。 ギャーギャーうるさいから? 黙っていれば、なかなか姿のいい鳥なのにね。

■毎日たくさんの拍手をありがとうございます。 近頃、ちょっと更新をサボりがちですが励みになります。

■おーりさん、シロクマの赤ちゃん、気に入っていただけましたか。 実物がかわいすぎるものは作るのがむずかしいです(どれも作るのに苦労してますけど)。

■Tさん、お仕事お疲れさまです。 いろいろたいへんなんですね。 くれぐれも体にだけは気をつけてくださいね。 羊毛フェルトのカードをほめてもらってにんまり自己満足。 ありがとうございます! 趣味を仕事にできたら…と妄想するのが好きです(笑)。 でも、実際に趣味を仕事にすると、それはもう趣味ではなくなってしまうのかもしれません。 仕事になると必ず締切があって、気力が湧かなくても体調が悪くても家族が病気になっても、やらなきゃいけなくなりますからねえ…つらくなりそう。 写真の背景や光については、10年くらい写真を習っている母がいつも横からあれこれ激辛の批評を浴びせてくれるおかげです、たぶん。

江戸時代の絵師を描いた歴史小説 葉室麟「乾山晩愁」

展覧会友だちが貸してくれた本、葉室麟「乾山晩愁」を寝る前に読みかけては一瞬で寝入ってしまうを繰り返して10日ほど。 ようやく読み終わりました。 貸してくれた友だちが「読むと眠くなるけど、この本を読むと小説に出てくる絵がみたくなるよ」という言葉通りでした。

3.3乾山晩愁

尾形光琳の弟・乾山を主人公とする表題作のほか、狩野永徳や探幽をはじめとする狩野派の人々、長谷川等伯など、江戸時代の絵師たちを描いた短編小説集です。 それぞれが少しずつリンクしていて短編小説集としてのまとまりがある構成なんですが、小説の流れの中に歴史的事実や著者の歴史認識を客観的な筆致ではさむ書き方がしっくりこなくて、興味津々でページを繰るということにはなりませんでした。 こういう書き方は司馬遼太郎がやっていたように思うんですが、歴史は好きだけれど、歴史小説とか時代小説はどうも苦手。 小説化している以上、著者の客観的な考察は邪魔に感じます。 でも、司馬遼太郎は国民的作家といわれるほど人気だから、ワタシの感覚がおかしいのかな? また、光琳&乾山と赤穂浪士の討ち入りを結びつけた解釈には「??」でしたが、そこが評価されて歴史文学賞受賞してのデビューだったそうです。

友だちの予言(?)通り、小説としてはあまりおもしろくありませんでしたが、この本を読むと江戸時代の絵師のことが以前よりはっきりとした輪郭を持って感じられました。 狩野派とか長谷川等伯とか、絵はほどほどみて知ってはいましたが、彼らが生きていた時代背景や互いの関係性(たとえば狩野派と長谷川等伯のライバル関係)がストンと頭に入ってよかったです。 尾形光琳・乾山、狩野永徳・探幽、長谷川等伯の絵に興味がある人なら、それなりに興味深く読めます、たぶん。 4月10日~5月9日に京都国立博物館で開催される「長谷川等伯」展に向けて、これで準備ばっちり!? 長谷川等伯が描いた智積院の障壁画は桃山時代らしい力強さで好きだけど、「ホントにあんなに陰険だったのかなあ」と見る目が少し変わっちゃうかもな。

3.3わが家の白梅

お隣さんの梅の木とは違って、わが家の白梅はほんの少ししか花を咲かせない老木。 これでも、いつもよりはたくさん咲いている方です。 青空がちらっとのぞいたときにパチリ。 楚々とした梅が、ほわほわとした春の雲の浮かぶ青空に映えて、いっそうかわいく撮れました(自画自賛)。