知的好奇心まっしぐら サイモン・シン「暗号解読」

難題に挑む数学者の姿を歴史群像として描いたノンフィクション、サイモン・シンの「フェルマーの最終定理」に感動したワタシは、同じ著者の「暗号解読」が文庫化されているのをみつけて早速購入しました。 数学が並外れて苦手なくせに、こんな本に手をだして大丈夫かな…という一抹の不安が。

9.14暗号解読

読むのにやたらと時間がかかりました。 正直、完璧文系のワタシにはちょっとむずかしかったです。 アタマ悪い人間の感想なので、あまり参考にならないと思いますけど(汗)。

この本で語られるのは、暗号を作る人間と解読しようとする人間の、スリリングな知の対決。 暗号にまったく興味がなかったので知りませんでしたが、暗号は常に軍事機密に関わる分野であったため、暗号制作者と解読者の活躍はほとんどが歴史の闇に葬られてしまっているのですね。 スポットライトを浴びない数学者たちの姿を丹念に愛情を持って書いているサイモン・シンの姿勢は、「フェルマーの最終定理」のときと同様、読んでいて心地いいです。 歴史を追いながら、さまざまな暗号のシステムをわかりやすく(普通の人にとっては…たぶん)解説しています。 暗号に多少なりとも興味がある人なら、すごく楽しめると思いますよ。 インターネットの決済画面などで「暗号化されていて安全です」とメッセージが出るたび、「どういう風になっているのか?」と気になっていた謎も一応(ワタシなりに)理解できました。 でも、素因数分解で大丈夫なのかなあ、パソコンの性能が上がってるのに…あんまり安心できないなあ。

ただ、暗号解読の技術で古代の文字を解読する部分は非常に興味深いのですが、この方面のことにページを割いたことで、人知れず懸命に暗号に取り組んでいた数学者の姿を追うという本の構成が少し薄まってしまったように感じました。 たった1つの定理だけに絞った「フェルマーの最終定理」の方が、素人にはスリリングで感動的な構成になっていた気がします。 あれこれ多方面に目を向けた内容であったために、怒濤の一気読みにならなかったのかも。 とはいいつつ、金塊を隠したとされる未解読の「ビール暗号」のエピソードには興味津々(笑)。 アレって、ほんとうに金塊を隠したんでしょうかねえ。 いつか「解読できた」というニュースを聞きたいものです。

読後に父に貸したら「え~、こんなの文系の人間にわかるのか? むずかしそう…」とすぐには読み出しません。 理数系の人間でも、本気で理解しながら読もうとするとかなり気合いがいるようです。

サイモン・シンを初めて読むなら、やっぱり「フェルマーの最終定理」がおすすめです。

■Tさん、気分を変えようと壁紙を替えてみました、ブログタイトルに合ってるかなと思って。 映画「リトル・ミス・サンシャイン」は、家族って煩わしいようで、やっぱりいいなあ…と、観た後ほのぼのしますよ。 ブログ拍手についてはいまだにわかっていないんですが、確かにオープンなままコメントを書くと、次に拍手した人にはコメントが全部見えるんですね。 知りませんでした(汗)。

理数系人間が「フェルマーの最終定理」を読むと

完璧文系のワタシがむさぼり読んでいる姿をみて、骨の髄まで理数系の父も
読みたくなったサイモン・シンの「フェルマーの最終定理」。 やはりとても
おもしろかったようで一気読みしてました。 「感想は?」と尋ねたところ、
最大の驚きは「数学があれほど嫌いだった娘が、どうしてこの本をそれほど
興味深く読めるのか?」だったそうです。 「ほんとにおもしろかったか?」と
何度も何度も訊かれました(笑) そして父なりの結論は「やっぱり、ウチの
娘は変わっている」ということらしい…。 「1+1=2」を理屈で分かろうとして
結局、算数の初歩で挫折した娘の存在は、理数系人間の父にとっても
ある意味挫折だったみたいです。 とにかく、理数系の父からすると
理数系の人が読んで楽しめるのは理解できるけれど、数学が分からない
人が読んで、いったいぜんたいどこの部分にそれほど感動するのか、
理解不能なんですね。

たった一つの問題に7年間もひとりきりで集中して考え続ける、ということは
理数系の父からみても、非常に深い感銘と尊敬の念を覚えることだったらしい。
いたく感動して、自分もなにやら古いボロボロのノートをどこかから引っぱり
だして、むかし解けなかった問題を解こうと計算してました。 わずか1日で
あきらめましたけど(笑) それでも理数系としての面目を保とうとしたのか、
「最後に載っていた補遺くらいなら、ほとんど分かるな」と、どこか自慢げに
ひとりごとのようなふりをしながら大きな声で言ってました…。 お父さま、
そんなもの、文系のワタシは理解する気もないし読む気もなかったわよ、
もちろん。 さて「フェルマーの最終定理」を読み終わった父は、早速
サイモン・シンの最新刊「ビッグバン」を本屋さんに買いにいって、文庫の
棚ばかり探して手ぶらで帰ってきました。 「え、アレは単行本か?」と
ガッカリ。 そのうち耐えきれずに単行本を買ってくる気配が。 新潮社の
思うつぼにはまってるな。 ふふふ…そして、ワタシの思うつぼ!

8.5足長さん

今日は母の具合がさらに悪くて、一日中救急に行くとか行かないとか。
どうもお医者さんに処方された新しい薬が合ってないみたい。 一昨日から
「もう一度、お医者さんに相談に行ったら?」とすすめていたのに、土曜日
の午後になって病院が閉まってから「気分が悪い」と言い出すし…今夜は
ちゃんと眠れるかな。 明日は少しは気分よくなるといいんだけど。
来週は仕事の締切が重なっているのに…こういうときに限って具合が悪く
なるのよね(泣)。 子どもと同じだな、たぶん。

「あっさりしたものが食べたい」と母が言うので、夕方、少し涼しくなって
から大急ぎで往復30分のスーパーまで買い物に。 大きな袋をぶら下げた
影をパチリ。 足が長いゾ。

人類最大の難問に挑んだ数学者の群像 サイモン・シン「フェルマーの最終定理」

小学校に入学して一番ショックだったのは、算数の時間に「1+1=2」が
理解できなかったことでした。 父も歳の離れた兄も理数系だったので、
2人の会話を横で聞いていて子ども心に「数学は非常に論理的なもの」と
思っていたのに、「どうして1+1=2なの?」と誰に訊いても明確に答えて
もらえませんでした。 クラスメートが2桁の計算を習っているのに、ワタシ
だけはまだ「1+1=2」が納得いかなくて、算数の時間はいつも半泣き。
困った先生が「ハトが2羽いました。そこへスズメが3羽来ました。全部で
何羽?」と訊かれて「ハトとスズメは別のものだから、2羽と3羽」と返事
してました。 いま思えば、先生は本当に困っただろうなあ(笑)
そんなワタシにとって、数学はずっとずっと理解しようとしてもできない
理不尽なもの。 苦痛以外の何ものでもありませんでした。 それなのに
そんなワタシが「フェルマーの最終定理」という本を楽しめるなんて!!

6.25フェルマー

ひさびさに心にズシンとくる本に出会えて、幸せな時間を過ごしました。
新しくリンクさせていただいた「読書夜話」のぎんこさんに、「だまされた
と思って手に取ってみて」と強くすすめられて購入した文庫の新刊です。
買っても「算数嫌いだったしな、読み通せないよ、絶対」と思ってました。
ぎんこさんにだまされたと思ってました(笑)、読み始めるまでは。

この本は人類に残された最大の難問ともいわれるフェルマーの定理をめぐる、
数論の歴史群像を描いたノンフィクションです。 読んでも数学ができる
ようになるわけでもなく、フェルマーの定理が理解できるわけでもありません。
でも、重症の数学アレルギー患者でも数学の歴史が追えるように、ときには
定理などの数学的要素について非常に平易に解説しています。

フェルマーの定理を最終的に証明したのはワイルズという数学者なのですが、
そこへいたるまでの3世紀にわたる、さまざまな人々のアプローチを起伏
たっぷりにたどっています。 ヘタな小説よりずっとおもしろく読めるのは
サイモン・シンの筆力。 すばらしい構成力と人間存在を肯定的にとらえる
温かな視線…訳者あとがきにあるとおりです。 おおぜいの人たちの苦闘を
礎として、ついに天才ワイルズが定理を証明するに至るエピソード、完璧と
思われた証明にみつかった小さなほころびを埋めようと苦悩する数学者たちの
純粋さに心を打たれました。 天才といえども、7年以上にわたって世間と
ほとんど断絶して、たったひとりでひたすら考え抜いた末、天啓のように
「ひらめき」が舞い降りるのであって、やすやすと思いついたものではない
ということも印象的でした。 それだけの執着心、それだけのひたむきさを
持つ人だからこそ、大きな仕事が成し遂げられたのでしょう。
この本は中・高生の推薦図書にしてもいいんじゃないでしょうか。

ひょっとすると、数学について素人な方が楽しく読めるのかもしれません。
冒頭のように「算数大ッ嫌い!」だったワタシがかじりついて読んでいた
ので、理数系の父も興味を持ったようです。 あと何日かで理数系人間が
この本を読むとどう感じるのか、人体実験の結果が出そうです(笑)
ぎんこさん、すばらしい本をすすめてくれて、本当にありがとうございました!


6.26ナデシコ

カワラナデシコが雨に打たれて折れていたので、切って家に連れ帰りました。
ピンクの中で、たった一枝だけ真っ白。
Theme: 読書メモ | Genre: 本・雑誌