胸にしみる一編との出合い 川上未映子「愛の夢とか」

ぐずぐず読んでいた川上未映子の「愛の夢とか」を読了しました。 谷崎潤一郎賞を受賞した短編集です。 谷崎潤一郎賞の小説って、実はどれもあまり好みじゃないんだけど。 本屋さんでみかけた表紙がきれいで川上未映子ならということで、内容を知らないままジャケ買い。

11.4愛の夢とか

高校生の時からつきあって21歳で別れた恋人と交わした遠い日の約束。 その約束の日に思い出の植物園へと向かう女性を描いた「日曜日はどこへ」。 ガーデニングをしている主婦と、ピアノ曲「愛の夢」を毎日弾き続ける隣家の女性との淡い交流を扱った表題作「愛の夢とか」。 大切なマイホームを手放さざるをえなかくなった専業主婦の家への執着が、やがて思いがけない展開をみせる「お花畑自身」など、7つの短編を収録。

読み始めて、ああやっぱり谷崎潤一郎賞は生理的に受けつけられないかも…と挫折しかけ、「他の人はこれがおもしろいと思うのだろうか?」と疑問になってAmazonのレビューをのぞいてみました。 すると、最後の「十三月怪談」がとてもよかったという声多数。 で、結果、途中で放りださないでよかった! 「十三月怪談」がものすごくよかった。 この一編を読むために、この本に本屋さんの店頭で出合ってよかったとつくづく思いました。

この短編集のテーマはたぶん喪失。 東日本大震災後に書かれたと読了後に知って、なるほどと思いました。 大切な何か、淡い何か、あるいは遠い日になくしたもの…いろいろあったのですが、うーん、いまひとつもやもや。 人の死を真正面からとらえた「十三月怪談」が圧倒的にすばらしかったです。

もともと「死」について深く考えこむことが多かった主人公の女性は、腎臓の病気であっけなく死んでしまう。 しかし、死んだ後も目にみえない存在になって愛する夫を見守ることに…と書くと、まるで幽霊譚のようですが(題名からもそんな印象を受けるのですが)、そんなに安直なお話ではありません。 「十三月怪談」の感想をネットでザッとみたところ、「幽霊譚」とか「スピリチュアル」といった読み方をしている人がかなり多くて驚きました。 みんな、斜め読みして誤読しているのでは?? 

後半は妻と死別した夫の視点で描かれ、最後まで読むと「ああ、そういうことだったのか」と納得しつつ、ひさびさに涙腺が決壊しました。 この小説はぜひ予備知識なしに読んでください。

病気で亡くなった兄嫁と、事故で亡くなった兄、それぞれの最期がこんなふうだったらいいなと心から願いました。 川上未映子さん、これを書いてくれてありがとう。 二人を見送って大きな穴が空いてしまった私の魂も、これを読んで救われました。 死別という悲しいテーマでありながらも、安直でない明るさがあって、震災で大切な誰かを失った人の心も少しは救われるのではないかと思います。 「十三月怪談」はまたいつか再読したい一編。 おすすめです。

11.4今年初めての山茶花


昨日、叔父の容態が急変したと連絡があって、母と二人で病院へ駆けつけました。 呼吸苦でとてもしんどそうで、叔母はみていられなくて涙ポロポロ。 モルヒネが効くとずいぶん楽になって、お粥をペロッと平らげ、「ああ、美味しかった」としみじみ言ったり、酸素マスクをつけたままでも結構あれこれ話ができて、ちょっとホッとしました。 食べることはまだ大丈夫で、ちゃんと美味しく感じられるみたいで、苦しい中でそれだけでもよかった。 あれだけ食べられるのだから、まだ大丈夫なんじゃないかと思いたい。

自分で感じていた以上に心身ともに疲れていたようで、今日は一日中ぼんやり。 母も私も、何も手につきませんでした。






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表現のきらめきがすべて 川上未映子「すべて真夜中の恋人たち」

今年最初に読んだのは、川上未映子の長編小説「すべて真夜中の恋人たち」。 途中でだれてしまって休み休み読みましたが、終わってみれば、これはこれなりにおもしろかったような気もしています(曖昧)。

恋愛小説を読みたい気分ではなかったのに、著者+装丁の美しさ、そして主人公の仕事が校閲というところに興味を覚えて買った本です。 

1.31すべて真夜中の恋人たち

フリーランスで校閲の仕事をしている「わたし」は、職場の人とも言葉を交わせないほどに、人付き合いに臆病。 誰にもほとんど会わずに済む校閲の仕事に満足し、仕事以外には世間との接点が皆無の、閉じた世界で一人生きてきた。 しかし、次第に心身のバランスが壊れ始めた時、偶然に冴えない中年男の三束さんに出会って…。 芥川賞作家渾身の恋愛小説です。

これは恋愛ではなくて、ただひたすらな片思いのお話でした。 主人公が孤絶した生活の中で壊れそうになっていく過程がやたらに長くて辛くて、読んでいてもしんどかった。 それに、言葉を扱う仕事をしているのに、自分の感情を言葉にできないために、他人と素直に関わることができない主人公の狭い狭い生き方にイライラ。 自己完結してる恋にもあまり共感できず。 後半になってようやく話が進んで、やれやれ。 終わり方は予定調和のようでもあるけれど、それはそれで後味がよくてホッとしました。

物語を味わう小説ではないなあ、というのが私の感想です。 物語がどんどん動いていくのが好きな人はやめておいた方がいいです。 川上未映子を始めて読む人にもおすすめしません。 私はこの人の表現=言葉の選び方が感覚的に好きなので、文章そのものを味わいました。 ところどころにキラッと光る感性があって、息長く続くセンテンスなのに、くどさを感じさせない独特の筆致もいい。 でも、この小説はちょっと冗長過ぎ。 3分の1くらい削ったら、ずいぶん良くなりそう。

内容とは関係ありませんが、本のカバーのストーリー紹介に主人公の仕事を「校正」と書いてあって「?」。 校閲と校正は違うと思うんだけど。 この文章を書いた人、ホントに中身読んだ??


1.31ベージュ恋猫

早朝から深夜までうちの周りをぐるぐる、愛しい誰かを声の限り呼んでいるこのヒト。 全身全霊、恋の季節。 いいねえ、狂おしいほどの情熱。 ちょっと羨ましい(笑)。


金曜日に大阪へ仕事の打ち合わせに行って夕方帰ってきたら、なんともいえず気分が悪くて、頭も身体も鉛がつまったかのような疲労感。 丸2日、家でただひたすらぼんやりと過ごして、ようやく何かをするエネルギーがでてきた感じ。 ずっと「やらなきゃ」と思いながらだらだら後回しにしていた仕事関連の雑用を片付けて、気分がスッキリしました。 このしんどさは薬で甲状腺ホルモンが急激に減っているからなのかな。 全身的なしんどさはいつまで続くんだろう。 明日はまた病院へ。

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芥川賞ブンガク 川上未映子「乳と卵」

100ページほどの短編なのに、文庫本化された直後に買ったものの、数ページ読んでは挫折の繰り返し。 大島真寿美「ピエタ」の後に、薄いからと手にとって大失敗! 世界観もテイストも違いすぎで読む気がなくなってしまいました。 今日は遠方まで電車で行く仕事があったので、川上未映子の芥川賞受賞作「乳と卵」をやっと読了しました。 宿題をひとつ片づけたような気持ちです。

乳と卵(らん) (文春文庫)乳と卵(らん) (文春文庫)
(2010/09/03)
川上 未映子

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豊胸手術を受けるために上京してきた姉とその娘を迎えた「わたし」。 姉はホステスをして生計をなんとかたてているシングルマザーで、不可解なほど豊胸手術にこだわり、その娘は母親とも叔母ともまったく口をきかず筆談で受け答えをするのみ。 「わたし」のアパートで過ごす3日間が終わるとき、母と娘の葛藤が露わになって…。

もうなんといったらいいのか、これが現代の純文学ってやつなんでしょうね、きっとね。 月経だとか排卵だとか受精だとか、生々しい。 こういうことは今までもブンガクですでに何度も表現されているような既視感があって。 こういうどろどろは苦手。 しかし、女性の産む性としてのどろどろと胸の奥でとぐろを巻いているものを吐きだしたかのようにみえて、実は最後まで読むと結構、小説の骨格はまっとうというか古めかしい印象なのでした。

大阪弁の完全な口語調で、改行もなくズルズルと進むさまは、本当に目新しいのかどうかについてはちょっと懐疑的。 大阪弁なら田辺聖子がいるし、ズラズラと息の長い文章の積み重ねは「がんばりません」頃の初期の佐野洋子を彷彿とさせます。 ひとり語りで展開していく女性同士の話であるのにもかかわらず、「ピエタ」とは対極にある感じ。 ただ言葉のセンスがいいし、勢いのある長い文章も私は苦痛ではなかったです。 これしか読んでなかったら、今後、川上未映子に食指を伸ばすことはなさそうでしたが…

ヘヴン」を読んで、胸の奥にずしんと直球で作者の思いが伝わったので、今後も注目していきたい作家ではあります。



ヘヴンヘヴン
(2009/09/02)
川上 未映子

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強烈で残酷ないじめをテーマにした「へヴン」は、作家が魂を削って書いた小説だろうと思います。 未映子チャンって、前衛みたいにみえて、実は根の部分では意外にクラシック。 そういうスタンス、嫌いじゃないです。 「ヘヴン」を超える大作を待ってます!

■ブログ拍手をありがとうございます。 「まほろば駅前多田便利軒」みたいな、過去に読んだ本もぼちぼちアップしていきます(たいした量ではありませんが)。
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哲学的なテーマに挑んだ渾身作 川上未映子「ヘヴン」

川上未映子「ヘヴン」を一気に読み終わりました。 遅読なワタシが一日で読んでしまう、すごい力を持った小説でした。 ものすごくひさしぶりに「純文学」のドーンと重いものを胸の奥に打ちこまれた気持ちで、読み終わってしばらく放心。 川上未映子を完全に誤解していました。 その派手な外見と独特の話しぶりで勝手に「どうせ奇をてらったようなこと書いてるだけでしょ」と読みもせずに先入観を持ったりして、ごめんなさい、川上さん。 すごい作家です。 もっとアナタが書いたものが読みたいです。

1.17ヘヴン

教師や親の目が届かないところで同級生から陰湿で暴力的ないじめを受けながらも、ただひたすらひとりで耐える中学生の「僕」。 そんな暗い日々の中で僕は、同じようにいじめを受けている女子生徒コジマと言葉を交わすようになり、不潔な外見のコジマと心を通わせていく。 コジマの登場で僕の毎日に光がさしこむかに思えたのだが…。

中学生のいじめを題材にしていると聞いて読むのを躊躇したんですが、もっと深くて大きなテーマに真正面から挑んだ著者の心意気がストレートに伝わってくる小説でした。 いじめのシーンは目を背けたくなるほど辛いにもかかわらず、読むことを止めたいとは一度も思いませんでした。 息を詰めて、終盤の「僕」の絶望的な思いに涙を流しながら読み続けるしかないという不思議な感覚。 ハッピーエンドでもなければ、いじめが解決するわけでもないけれど、著者がみせてくれた最後のシーンの美しさと、血のつながらない「母さん」の存在に、ワタシは十分に救いを感じました。 著者の力業に圧倒され(たとえ著者の目指したものが全部は成功していなくても)、いろんな考えが押し寄せてきて交錯してうまく言葉にできない、心が真空状態になったような読後感です。

1.17黄色の千両

「僕」がラストに見る、「僕」の意志で選びとった世界が美しくて、それが「僕」を祝福していると読み取ったのですが、父はあのラストに不満だったそうです。 非常に大きなテーマを目の前に広げられながら、その明確な結論が提示されていないから納得できなかったとブツブツ。 う~む、でも、文学って問題解決への道筋を提示するためのものではないと思うのですよ、ワタシは。 読んで考えるものじゃないの? いじめに対処する方策が知りたいとか、悪いヤツが懲らしめらることがないエンディングなんて許せないとか、重松清的なほのぼの温かい涙を流すエンディングでないとイヤだとか、中学生としてのリアリティがない小説は嘘ものだ(確かにほんものの中学生は「僕」やコジマみたいに本質に関わるような会話はしないでしょうし、百瀬みたいにニヒリズムに骨の随まで染まっている中学生もいないでしょう…いて欲しくない!)と感じるような人にはおすすめしません。 

哲学にも人生にも「これが絶対的な正しさだ」といえる基準なんてないのだということ、アイデンティティはどこにあるのかということ(外見が変わるとその人らしさが損なわれるのか)、非常に哲学的なテーマを読みやすい文体で書いた小説です。 ドストエフスキー的な対話もあれば大岡昇平「俘虜記」のような根源的な問いかけもありながら、驚くほど読みやすいのですよ。 もともと詩を書いていた著者らしい言葉のきらめきも(この小説ではとても抑え気味にしているようですが)好みでした。 この1冊で川上未映子がすっかりお気に入り。 次は何を読もうかしら?

■いろんな記事に拍手をありがとうございます。

■Tさん、川上未映子って独特の存在感ですよね。 いまどきの天然系かと思いきや、読んでみたら、深いことを考えているのだなあと予想外の奥深さにビックリ。 上の記事の通り、川上未映子ワールドにワタシはすっかりひきこまれました。 少なくともこの本はすごくまっとうな普通の書き方でしたよ。 意外に読後感は暗くないので、興味をお持ちでしたら、ぜひ読んでみてください。
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