骨太な野獣山岳ミステリ 熊谷達也「漂泊の牙」

熊谷達也はたまたま読んだ「邂逅の森」があまりにもすばらしくて、かえってがっかりしたくなくて、熊谷達也の他の本を読む気になれずにいました。  あんなすごい小説、なかなかかけるものではないと思えたので。 この「漂泊の牙」は本屋さんでみつけてジャケ買い。 猫派と思われているようですが、実は根っからの犬派なんですよ、これでも。 遠吠えしてる犬の、不思議に丸い口先をじっとみるのが好き。 丸くなった口が愛しくてムギューッと抱きしめたくなる(笑) ま、写真はオオカミのようですけど。

漂泊の牙 (集英社文庫)漂泊の牙 (集英社文庫)
(2002/11/20)
熊谷 達也

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舞台は熊谷達也らしく雪深い東北、仙台の郊外(?)の鳴子温泉近く。オオカミの生態研究調査を行っている動物学者・城島の留守宅で、城島の妻が謎の野獣に喰い殺される無残な事件が発生。 その後も、人間が惨殺される事件が続発。 野獣はひょっとしたら絶滅したはずのオオカミなのではないか。 あるいは人為的な殺人を隠すために巧妙に仕組まれた計画的な犯罪なのか。 ドキュメンタリー制作を狙っているテレビクルーや、地元の警察をまきこんで、野生の本能を備えた城島は雪山でたったひとり真相へと近づいていく。

なんというか冒頭の奥さんの惨殺シーンが今の私の精神状態にはきつくて(グロイというほどではないんですけど)、なかなかこの小説の世界へすんなり入りこんでいけませんでした。 で、ちょっとずつちょっとずつ読む程度。 私の精神的なコンディションがよければ、もうすこし違った感想になった気がします。

東北の山の中で生活していた「山の民」の由来や歴史もしっかり書きんだり、人が足を踏み入れない厳冬期の山を歩くときの五感はいかにも熊谷達也らしい作品です。 ミステリ仕立てになっていて、クライマックスまでの緊張感はそれなりにいいし、これだけ読んだらこれはこれでいいと思えるかも知れません。 ただ、私個人としては「邂逅の森」にくらべたらやっぱりがっかり。 piaaさんが読んでられた「山背郷」の方がよさげ。

「邂逅の森」はすごくおすすめ。

邂逅の森 (文春文庫)邂逅の森 (文春文庫)
(2006/12)
熊谷 達也

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5,24シラン

前日の土砂降りの雨の後でも、すっきり元気なシラン。 うすぐらい木立ちの下で、発光しているよう紫の花が、歳をとるにつれて好きになってきました。
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マタギの世界に没入 熊谷達也「邂逅の森」

迷いに迷った末に、鹿児島の旅へ持っていったのは熊谷達也「邂逅の森」でした。 まだ熱いような陽射しが降り注いでいた鹿児島で、東北のマタギの話を夢中で読みました(笑)。 ひさびさに読み応えたっぷりの本に出会えて、前半の一人旅の間に小説の世界に没入して幸せな時を過ごしました。 

11.14邂逅の森

明治から昭和初期の東北の山間部を舞台にした、熊やカモシカを狩るマタギの一代記です。 実は、本屋さんで最初に、偶然目にしたとき、表紙とタイトルにひかれたんですが、紹介文にマタギの話と書いてあるのをみて棚に戻したんです。 マタギなんて男臭くて熊臭そうで全然興味がなかったから。 でも、なぜか気になって気になって、後日購入。 マタギなんてまるで興味ないワタシが読んでも、あっという間に小説の世界に引きずりこまれました。 なんなのでしょう、この迫力は。 雪山の情景、冬山のキーンと凍えた空気、木々を揺らす風の音や匂いまで感じられるんですよ。 東北弁(仙台あたりの言葉?)を活字化してあって、初めはちょっとわかりにくかったんですが、方言が持つ力強さとか土臭さが物語に深みを与えているようでした。

この小説は直木賞と山本周五郎賞をダブル受賞したそうです。 これが「文学」なのかどうかは何ともいえませんが、独自の世界観を持った骨太の「小説」であることは確か。 読み出したら、先が気になってページを繰る手が止まりませんでした。 マタギである主人公に女のワタシが感情移入できるはずもなく、それでも引きこまれるままに500ページを一気に読みました。 男女のシーンなどはかなり濃厚で苦手なはずなんですが、それさえも「熊も人間も同じ」という感覚で受け止められて。 唯一、最後のクライマックスがワタシはあんまり気に入らなかったんですが、そこまでの山で生きる男たちの世界を描ききった迫力で十分に満足。 クライマックスだけが残念…「氷壁」や「神々の嶺」のエンディングを知っているからか既視感がありました。

11.15ベゴニア

確かAmazonの感想に「主人公は流されて生きているだけだから骨太な小説ではない」とあったように記憶しているのですが、時代背景を考えれば、僻村の貧農の息子に人生を選択することなどできなかったはず。 周囲の思惑に流されながら、それでも自分の生き方を求めてもがいた男の人生だと、ワタシは肯定的にとらえました。

意外にも、鹿児島で読んでも違和感なし。 この本は都会で読むより、土の匂いを感じるようなところで読むのがいいようです。 おしゃれなリゾート向きではありません。 鹿児島はいいけど、沖縄のリゾートホテルのビーチは違うかも。

読み終えた後、しばらく他の世界に入っていけそうもないと思えた、ひさびさにすごい本でした。
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