時間が必要なこともある

先週末は小学校のミニ同窓会に参加。 がん発覚の直前に何十年ぶりかで参加して以来、ひさしぶりに行ってきました。 在学中はまったく話をしたこともなかった元・悪童や超優等生でエリートの道まっしぐらの男子となぜかゆっくり話しこんだりして、2次会まで行って本当にひさしぶりに午前様になってしまいました。

がんのことは親しかった友だち一人に話しただけで、あとの人には「ちっとも顔を見せないで何してたの」なんて聞かれても笑ってスルー。 別に秘密じゃないけど、あえて大きな声で発表しなくてもいいかと思って。 笑顔で会える日が来てよかった…と、ひとりしみじみしてました。

5.1ナニワイバラ

兄のことは、何の流れでだったか、割と普通にみんなに話せました。 丸8年近く経ってようやく話せたといったら、ちょうど同じ頃にお姉さんを心筋梗塞で亡くしたと打ち明けた人がいました。 お姉さんの旦那さんは出張中で、家で一人で倒れて亡くなっていたそうです。 ショックすぎて今まで口にできなかったといっていました。

先日、森山良子がテレビで「涙そうそう」を作ったエピソードに触れて、亡くなったお兄さんのことを20数年経ってようやく音楽として自分の外に出せたといっていたから、身近な人の突然の死のショックから立ち直るには、誰でもとても長い時間がかかるのだなと納得しました。 「涙そうそう」を聴くと今でも涙腺崩壊してしまいます。 あまりにも心情が重なりすぎて。 単なる恋人との別れの歌じゃなくて、大切な人と死別した人のための歌なんですよ。 シンプルな歌詞も旋律も、何度聴いても心にしみます。

いろんな悲嘆の本に「3週間で慣れて、3か月でほぼ元通りになれる」みたいなことが書いてあります。 でも、そんなの絶対に嘘だと思う。 兄の死のショックからなかなか立ち直れない自分はダメなヤツなのかと自己嫌悪に陥ったりしたけど、森山良子だって20数年かかってるんだから。

5.3カラー開花


がん治療についても同じなんですよね。 たいていの印刷物に「3週間経てば受け入れられるようになる」と書いてあるけど(病院に置いてあるパンフレットや公的なサイトでも)、私が本当に受け入れられたのは治療が全部終わって1年くらい経って、体調が完全に元に戻ってから。 ああいう風に書いてあるのを読むと、「みんなは受け入れられてるのに、受け入れられない自分は特別に弱い人間なのか」と思ってしまう。

もしも、これをたまたま読んでいる人で、「私は(病気とか死別とか)この事実を受け入れられない」と感じている人がいるなら、きっぱりいいたいです。 くよくよしたっていいんです。 個人差があるんだから、人と比べなくていいんです。 心理学的な平均値と自分が違うからと、自分を責めないで。

目を背けるとこじらせてしまうから、悲しいときは思い切り悲しめばいい。 どんなに辛く悲しくても、いつかトンネルを抜ける日は来ます。 早い人もいれば遅い人もいる。 それだけのこと。 立ち直りが早いから優れているわけでも、なかなか立ち直れないから劣っているわけでもありません。


庭ではナニワイバラが元気に咲き揃っています。 今年はいっぱい花をつけてくれてうれしい。 しかし、一重の野生っぽいバラが好きで選んだけど、トゲがキツイ。 虫がついても殺虫剤を使うのは嫌で、手でつまみ取ろうとしてトゲがグサッ…手入れで何度泣かされたことか。

カラーは数年ぶりに花を咲かせてくれました。 今年の冬の寒さで枯れて死んでしまったとあきらめた母が早々に引っこ抜いて捨てるというのを「もう少しだけ様子をみてから」と説得してよかった。 少し暖かくなったら小さな小さな芽吹きがあって。 今までよりもぐんぐん元気な葉をだして、真っ白な花をみせれくれました。 咲きたてで、まだ白いガクが反り返っていない姿も初々しい。


いつかまた会えると思わず、ひさしぶりに旧交を温められてよかった。 いろんなことが胸を去来した夜更けでした。

死ぬまでにしたかったこと 一つクリア

死ぬまでにしたいことの一つ、本日やってみました。

12.1ツリーの飾り付け

クリスマスツリーを家に飾ること。

何年も迷いに迷いに迷いに迷った(笑)末に先日ネットでポチッとしてしまったドイツ製のクリスマスツリーをやっと玄関に飾りました。 高さ120cm。 わが家には十分過ぎるほど大きい。 本物のモミの木の香りがないのがさびしいし(当たり前だけど)、枝葉を広げてもなんとなくスカスカしていて支柱がチラッとでもみえると興ざめではあるけれど、でも葉っぱの感じは本格派。 ようやく念願を一つ叶えました。

12.1ツリーの飾り付け2

かわいすぎ?(汗) 自分で作ったストロースターばっかりというのもしてみたいけど、まずはどうしてもこのかわいいシリーズを飾りたかったんです。

友だちに付き合ってもらって、2年連続でドイツのクリスマスマーケット巡りをして(もう12年も前のことなんだな)、惚れこんだザイフェンの木工細工がやっと飾れた!  友だちと行った後で、あまりにも好きすぎてもう一度兄と姪たち、両親も一緒にザイフェンへ行って、あれこれ買ったんだけど飾れないまま完全死蔵品。 10年以上経って、やっと。 赤いガラス玉が小さすぎるな。 これは私が子どもの頃(もしかしたら生まれる前かも)に母がドイツで買ったもの。 大きなガラス玉はダメになっちゃったんだけど、これだけ残っていました。

死ぬまでにしたいことがこれ?と笑われそうですが。

人間ドックで「要精密検査」の通知を受けて、検査だけのつもりで行ったその場で「がんです」とあっさり告知されたのがクリスマスイブの日でした。 兄を突然失った打撃から立ち直れずにいる年老いた両親にどう言えばいいのか…そんなことばかりが頭の中をグルグルしてまっすぐ家に帰れず、街中をふらふら歩いていたら、世の中はクリスマス一色で、みんな楽しそうで。 必死で涙をこらえながら、クリスマスの街角でどこへも行けずに一人で呆然としていました。 その時の底なしの悲しさは今も忘れられません。

手術して抗がん剤をして、治療中ずっと、もう二度とクリスマスを楽しめないんじゃないか…と絶望的になったこと何度もありました。 でも、絶望の沼にはまったような告知から4年近く経ち、まだ生きています。 それも、思っていたよりずっと元気に。

両わきのリンパ節は腫れっぱなしだし(でも摘出した部分にがん細胞はみつからずグレーなまま4年経過)、胸腺も腫大していて(甲状腺ホルモンの治療をしたら少しだけ小さくなったみたい)、肺にはあやしい小さい影があって(コレを教えてもらったのは半年前…先生、よほど疑ってたのね)、それでも告知されたときには想像もできなかったほど、4年後の私は元気です。

告知されたあのとき、死ぬまでにしたいと強烈に思ったもう一つのことも、新しく講座に通い始めて実行に移しています。 治療のために失ってしまった丸1年+αの長い時間を、いま少しずつ取り戻しています。 12月半ば、半年ごとの乳腺外科の経過観察で、何も変なものがみつかりませんように!

「緩和ケア」という言葉の響きが重すぎて

週末は2週間ぶりに叔父のお見舞いに行ってきました。 叔父は思っていたよりもずっとずっと元気で、終末期とはとても信じられないほど。 本当に驚きました。

10月半ばに入院した頃よりも顔色いいし、ちょっと肉付きが良くなって顔が丸くなった印象。 お医者さんから「片肺が完全に潰れてしまった。残った方の肺には間質性肺炎があるので、明日どうかなっても不思議ではない」と言われてから1ヶ月近くが経過しているけれど、あの頃よりもずっと楽そう。 上半身は動かさない方がいいらしいけど、足は動かすようにとお医者さんから指導されたそうで、腹筋運動みたいに両足を揃えて勢いよく数回上げ下げしても、酸素吸入しているとはいえ息も切れない。 だいたいが酸素マスクがとれて鼻チューブだけになってるし。ベッドに仰向けに寝たまま、窓からみえる雲を眺め、自分が山で撮った大好きな山野草や山脈の写真をみながら毎日スケッチを楽しんでいるそうです。

12.07ヒイラギの花


最近の緩和ケアってすごい。 一般に漠然とイメージされているよりもずっとずっと進歩している。 叔父は病院へ行きたくないから、ずいぶん長い間苦しかったりしんどかったりを誰にもいわずにじっと我慢していたらしい。 で、苦しいのを我慢していることで全身が弱って免疫力が低下→そうなると体内のがんは増殖力が増す、という悪循環に陥って、がんが予想以上のスピードで進行してしまったと思われます。 それが、入院して緩和ケアとして(緩和は治療ではありません)ごく少量ずつ腹部からモルヒネを入れることで苦しみがなくなって、全身状態が改善→一時よりも体調が安定ということのようです(叔父自身も「そうだと思う」といってました)。

緩和ケア=死ぬ間際の人が受けるものと、がんに罹患するまでは私も先入観をもっていました。 でも、本当はそうじゃないんですよね。 国立がん研究センターの「がん情報サービス」ホームページ内の「がんの療養と緩和ケア」を読めば、病気にともなう痛みは我慢せずに薬を使って取り除いた方が生活の質が上がることがわかります。 海老蔵の奥さんもブログに「我慢せずに、もっと早くに痛みを取り除いてもらえば良かった」と書いていました。

叔父が肺がんの積極的な治療をすべて拒否していると、叔母から聞いた時に「治療を一切しないのなら、緩和ケアの外来や病棟がある病院に変わった方がいいのでは」と提案したのですが、叔母は夫ががんだというだけで頭がいっぱいで「緩和ケア」という言葉の響きを耳にしただけで拒絶反応が起きたようでした。 緩和ケア=不吉と思いこんで。 「まだそこまで悪くない」と気を悪くしたみたいだったから、説明したり、私が通っている病院にあった緩和ケアのパンフレットを渡したりもしたけど、聞く耳をもたない感じで。 きっと叔母は読まずに叔父の目に触れないうちにと慌てて捨てたんだろうな…。 自分の親だったら、もっとしつこく説得しただろうけど。

12.07スノードロップ

もしも、自分や家族にがんがみつかったら、なるべくたくさんの正確な情報に目を通してください。 告知された直後は混乱していてとてもその気になれないでしょうけれど、少し落ち着いたら、治療について考える段階になる前に一通りの知識を身につけておくことが現代の患者&家族には求められています。

インターネットにあふれる「これでがんが克服できる」とか「これさえ食べれば、がんが消える」とか「放置していれば、がんは自然に消える」といった根拠不詳の情報じゃなくて(今ちょうど、うさんくさい「まとめサイト」が話題になってますよね)、情報の発信元を確認して、ちゃんとお医者さんが監修した正しい情報を精査して読んでください。


叔父ももう少し早くからせめて緩和ケアだけでも受けていたら、寝たきりになるのを遅らせられたんじゃないかとも思えます。 でも、それはしょせん結果論。 叔父は苦しいのを隠して、ギリギリまで妻とあちこち旅行して大好きな山の風景を眺められたのだし、早めから緩和ケアを受けたとしても「こんなケアをしなかったら、もっとたくさんのことが自由にできたんじゃないか」と後悔したかもしれません。 「自分が決めた」ということで辛い現状でも納得ができるのだと思います。 叔父自身は放置していてももう少し長く元気にしていられて、いよいよダメになってからでも何らかの治療の選択肢は残されていると期待していましたが、残された選択肢はモルヒネによる緩和ケアだけ。 ものすごい葛藤があったのでしょうが、叔父も叔母も「自分が選んだことだから仕方ない」とあきらめがついたようです。 すべては自己選択、自己責任。 厳しい時代に生きているのですね、私たちは。

叔父は緩和ケアを受けたことでお医者さんが初めに宣告した余命よりも2ヶ月近く生き延びていて、今の救急病棟から他の病院のホスピスへの転院ができるほどに(!?)安定しています。 移送するのは絶対無理といわれていた状態だったのに、お医者さんにうながされて半月以上後の転院手続きを始めました。

最後まであきらめてはいけない。 けれど、痛みや苦しみはどうか我慢しないで。 がんの治療をするかしないかはその人の考え次第で、いいも悪いもありません。 でも、適切な緩和ケアを受けた方が生活の質が維持できるはずなので、緩和ケアを頭から否定しないで考えてみて欲しいです。


今年は柊(ヒイラギ)がひさしぶりにいっぱい咲いて、前を通ると甘い匂いが漂ってきます。 蜜蝋みたいな意外にも強い香りです。 顔を近づけてクンクンしようとすると葉っぱの先で鼻をチクッ(笑)。 結構痛い。 楠の木の下、いつのも場所に今年もスノードロップが咲いてうれしい。 去年は1輪しか咲かなかったから、数輪は咲きそうで母もニコニコ。


■たくさんの拍手をありがとうございます。 仕事の予定が二転三転して、最悪キャンセルの可能性もでてきてイライラしつつも、ぼちぼち元気にしています。

人の真価が問われる時

昨日は入院している叔父のリクエストでコーヒーとチョコレートを病室へ届けに行ってきました。 週末は状態が驚くほど安定していて、法事で京都へ来た東京の叔母や従妹たちがお見舞いに来てくれて上機嫌だったそうですが、昨日のお昼頃に容態が急激に悪化。 私が病院に着いた時には、病室にいろいろな測定器械が入って検査で慌ただしくなり、病室に泊まりこんで疲れ切っている叔母はパニックになって泣きだしてしまい…。

いろいろな検査をした結果は、すぐその場で担当医から本人に直接説明がありました。 肺の状態が非常に厳しいこと、酸素量はこれ以上増やせないこと、モルヒネにも限界があるので、これから耐えられない苦痛に襲われた時は意識が薄れる眠り薬しか選択肢がないこと。 意識が薄れてもいいから苦痛を取り除いて欲しいほど苦しくなったら、自分で担当医に伝えて欲しいということも。 表情はみえませんでしたが、叔父はとても冷静に受け答えしていました。 叔父は外来の医師とは相性がよくなかったようなのですが、病棟の若い担当医は大好きで全幅の信頼をおいているようなので、それだけでも本当によかった。

11.7枇杷の花

といっても、叔父は酸素マスク越しでも声がしっかり出て、多少苦しそうにしながらも普通に話ができていて、とても最末期とは思えません。 片肺への気道ががんで完全にふさがってしまい、そのために片肺がつぶれて非常に厳しい呼吸苦に陥っているはずなのに「泣くな!」と叔母を叱咤激励したり、泣き虫の叔母にしばらく付き添ってくれと私に頼んだり、叔母や娘婿と一緒に私も担当医からの説明を聞いておいてくれと頼んだり、娘婿に叔母のことを頼むと重いひと言を伝えたり。 終始、病人の方が付き添っている妻を心配している。

会いたい人には早めに会っておくようにとのことで、夕方に同居している従妹(叔父の娘)が子どもたちを連れてきたのと入れ替えに、水入らずで過ごしてもらうべく私は帰宅。 赤ちゃんの時から添い寝をしておしめを替えたりして、叔父が文字通り「溺愛」した中学生の男の子は病室に入るなり号泣してしまい、それを叔父が「大丈夫だよー」と苦しいのにニコニコしながら顔を上げて手を振ったりして。 私にも笑顔で「いろいろありがとうね」と手を握ってくれました。


病気が怖くて病院へ行くことを頑なに拒んでいた叔父でしたが、すぐそこに迫った最期を前にした今、思いがけないほど冷静で、家族になんとか心配をかけまいと気丈に振る舞っている姿に強く心打たれました。 できることなら、私も最期はこんな風でありたいと思ったけれど、その時になったらあんなにしっかりしている自信はありません。

叔父さん、柄にもなくカッコよすぎるよ…。


11.6夕陽の鉄路

日曜日は東京の叔父の三回忌の法要が京都であって、仲のよい従妹のHちゃんや叔母たちと本当にひさしぶりにゆっくり話ができました。 亡くなった人の遺徳が残された人たちの縁を結んでいてくれているのですね。 ありがとう、東京の叔父さん。 帰りはたまたま電車の先頭に乗ったら、逆光の中で鉄路だけが夕陽で輝いてとてもきれいでした。 鉄道と旅を愛した東京の叔父、そして仕事人として尊敬していた故Mさんのことを思いつつ、一枚写真を撮りました。



余命なんて誰にもわからない

10月半ば、突然呼吸苦に襲われて緊急入院した叔父。 主治医は「最悪の場合、1週間、あるいは月末までもつかどうか」、そんな厳しいことを叔母に告げたそうです。 本人は肺がんがみつかった時から主治医に対しては「何も知りたくない、治療で苦しみたくない、放っておいてくれ」というスタンスだったので、面と向かってはいわれていないようだったけれど。

母と私がお見舞いに行った時にたまたま主治医が病室に来て「ご本人のご希望にしたがって、これからは苦痛をなるべく感じないようにしていくことに力を注ぎます」というようなことを、叔父のベッドの横で私たちに向かって話されました。 ごくサラッと、ここでこれから行われるのは「治療」ではなく「緩和ケア」だけなのだと、この人は結構ハッキリ言っているのだなと主治医の無表情な顔を見ながら感じました。 治療を拒んできた叔父でしたが、呼吸苦に陥ってからは放射線治療でがんを少しは抑えられるのではないかと期待しているみたいに叔母経由で聞いていたので、叔父は主治医のその言葉だけで自分が思っている以上に状態が悪いのだと悟っただろうと思います。

医療者としては、後で責められないように本人と家族の意思をしっかり確認しておかないといけないのは当然のことなんでしょうけれど、なんとなく冷たい気がしました。 お医者さんとしては「こんなになってから、いまさら…」って感じなのかもしれません。 お医者さんが冷たいから叔父が治療を拒んだのか、叔父がかたくなだからお医者さんが冷たくなったのか、どちらが先だったのかは誰にもわかりません。 主治医との間に信頼関係がないまま、みてもらっている叔父。 そのことがとても悲しかった。


10.31野紺菊

でも、叔父は余命宣告より生き延びられています。

一昨日、叔父と電話で話をしました。 2泊3日の一時退院から病院に戻ったところだったようで、思っていたよりもずっとハッキリ機嫌良さそうに話してくれました。 入院した時は1週間くらいでどうかなりそうだと思ったけれど、来年の77歳の誕生日まで生きていられる気がしてきた、と。 これからの寒さ対策に寝袋を買えばリビングでもごろ寝できるかもとか、明るい声でまだあきらめていないと。 「当たり前よ、自分を信じなくちゃ。 結局は自分の生命力が大事なんだから」とかなんとか、そんなことを私は叔父に言ったんだったかな…。 何をどう言ってあげればいいのか、正解なんてないんでしょうね。 がんサバイバーとして、普通の人よりは死を意識していると思うけれど、病臥している叔父にかける言葉がみつかりません。

叔父は朗らかだけれど、実は人にとても気を遣うタイプ。 だから、心配させまいとよけいに朗らかにいろいろしゃべっているんじゃないかと思えて切なかった。 こんな調子で、個室に寝泊まりしている妻にも、留守宅を守っている娘一家にも、一生懸命明るく振る舞っているんだろうと、叔父がどんな顔をして笑っているかまで見えるようです。 叔父よりずっと若い、優しくて泣き虫の叔母が涙をこらえながら叔父に合わせて一生懸命朗らかにしている様子もありありと目に浮かびます。

余命宣告するときに、お医者さんは必ずかなり短めに言うと聞いたことがあります。 言っていたより早く亡くなると遺族から責められる恐れがあるし、言っていたより長く生きていると「先生のおかげで」と感謝してもらえるから。 結局わからないのに、なぜ余命宣告なんてするんでしょう?


10月後半は珍しく仕事がいい感じに忙しかったのですが、それも月末で終了。 仕事をしながらも、ずっと叔父のことを考えていました。 いつかは私の身にも、誰の身にも起こること。 私だったら、どうして欲しいだろう。

キラーストレスに負けないために 100のリスト

今日もしつこくNHKスペシャル「キラーストレス」の感想を。 忘れっぽい自分のための備忘録&番組をみてない人の参考のためにメモ。

前回書いた「”いま”を味わって生きる」というのは、がん治療を経験して思うようになったことなのですが、キラーストレス対処法の一つとして放送で紹介された「マインドフルネス」(瞑想法の一種)の考え方にとても似ていました。 番組のHPによると、「マインドフルネスとは『今の瞬間』の現実に常に気づきを向け、その現実をあるがままに知覚し、それに対する思考や感情にとらわれないでいる心の持ち方です」とのこと。

6.23半夏生

骨粗しょう症を少しでも改善しようと日光浴と運動を兼ねて毎日近所を歩くようになって、人間も生物なんだと深く実感しています。 屋外を歩くことで(曇りの日でも骨粗しょう症対策としてはまったく問題ないそうです)、本当に「光合成」している感じがするんですよ。 日光には電気の光とはまったく違う作用があって、そのプラスの影響が身体だけでなく心にも及んで、なんだかよくわからないけれどエネルギーをチャージしている感覚があって。 日光ってすごい!

美しいものやかわいいものに見惚れる、暖かい陽ざしを心地いいと感じる…そういった感覚的なことに、余計な解釈や意味づけなどしないで、「美しいから」「心地いいから」私はいま気持ちがいい、ただそれだけでいいと思うようになりました。 こんなどうでもいいことにボーッとしていて何の役に立つのか?などと考えすぎないように。 考えこんでしまいそうになったら、小鳥や猫や植物をイメージしたりして。


番組のHPには「マインドフルネス」のやり方が詳しく書かれているので、興味がある方はココをみてください。 でも、こんな風に10分も呼吸だけに意識を向けることは一人ではむずかしいですよねえ。 呼吸法&ストレッチに数年通っているけど、先生のかけ声がないと全然ダメだもの。

6.23アガパンサス

瞑想法マインドフルネスのほか、キラーストレス対処法として「コーピング」という、より具体的な手法も紹介されました。 これは瞑想よりももっと簡単で誰でも取り入れられそう。

まず、気持ちを軽くしてくれるもの、気分を上向きにしてくれるもの、自分がリラックスできることを100個くらいリストアップする。 リストは質より量。 どんなしょぼいことでもOK。 なるべくたくさんリストに書いておいて、ストレスを感じたときにそのリストの中から効きそうなものを選んで試してみる。 そうやって、どんなストレスにはどう対処すればいいのか、その方法を自分で知っておく、というのがコーピングだそうです。

例えば、私がパッと思い浮かぶのは「散歩する」「かわいい動物の動画をネットで探す」「世界ネコ歩きをみる」「空を見あげる」「動物をなでる」「きれいな花を眺める」「花のいい香りをかぐ」「気持ちが安らぐアロマオイルをかぐ」「緑の葉っぱをなでる」「川縁のベンチに座ってせせらぎを聞く」「海外の紀行番組をみる」「山歩きの番組をみる」「旅行のパンフレットをながめて旅を妄想する」「美しい風景の写真を眺める」「星を眺める」「月光浴をする」「背中にお日さまの暖かさを感じる」「風を感じる」「小鳥を探す」「編み物をする」「刺繍する」「手芸本を眺める」「かわいい布を並べて何か作ろうと妄想する」「今まで作ったことがない新しい料理を作ってみる」「美味しいお菓子を食べる」…などなど。 「友だちとおしゃべり」もすごくいいストレス発散だけれど、一人でできることをたくさんリストにもっていた方がより手軽に実践できるかも。

番組では、コーピングで鬱病を克服した男性が、自分のリストの一つとして木に抱きついてられました(いい笑顔だった!)。 「猫の肉球のにおいを嗅ぐ」とか「宝くじが当たったら何をするか考える」とか、ホントになんでも、どんなくだらないことでも自分の気持ちが晴れればいいみたい。

自分にとって楽しいことを思い浮かべるので、リストアップするだけでなんか楽しい気分になれそう。 これって、以前、雑誌の記事がおもしろくてやってみた「100の夢リスト」に似ている。 興味のある方は、コーピングのリストとか夢リスト100を試してみてください。 


キラーストレスに対処する方法は上記の2つ+運動というのがNHKの番組の結論。 運動はジムで本格的にやるばかりでなく、本当にちょこっとのことでもよくて、通勤の歩き方を少し早足にする程度でもいいみたいです。 運動が特に好きじゃない人は「運動をしなくては!」と無理をすると、それがストレスになりそうですものね(笑)。 上でも書きましたが、私の経験上、ジムのような建物内よりも屋外、できれば緑の多いところや空がいっぱいみえるところを散歩すると光合成できて(笑)気持ちいいです。

6.23サクランボ

そうそう、リラックスのリストには「サクランボを食べる」もぜひ載せたい。 サクランボって特別。 

ちょこっと隙間時間にできるようなことでキラーストレスを解消して、みなさま、重篤な病気を予防してくださいね。 私も日々、お気楽散歩&光合成で骨密度アップと免疫力アップを目指します。 それでも再発したら…という不安がどこか奥の方から突如湧いてでてくる日もあるけれど、それはそうなってからゆっくり考えればいいこと。


昨日は夏至。 散歩道の傍らでひっそりと咲く半夏生(ハンゲショウ)をみつけました。 前日まで気がつかなかったのに、律儀に夏至に合わせて白く色づいて。 涼しげな薄紫のアガパンサスも散歩道沿いにいっぱい咲いています。 クチナシのいい香りも漂ってきて、梅雨の晴れ間をしっかり楽しんでいます。


■たくさんの拍手をありがとうございます。

■るりさん、はじめまして! 拍手コメントを残してくださってありがとうございます。 身に余るお言葉、恐縮です(汗)。 とにかく書きたいことを好き勝手に書いているだけのブログなんですが。 リアル友だちには「長すぎて読む気がしない」「読んでもよくわからない」などと不評なので、ほめてもらえると素直にうれしいです。 また、のぞきにきてくださいね。

"いま"を生きる キラーストレス対処法

一昨日と昨日、NHKで2夜連続放送の「キラーストレス」をみました。 興味深い内容でしたが、経験値としておおよそわかっていたことばかりという気もしました。

キラーストレスと呼ばれる過度のストレスがかかると、心筋梗塞や脳梗塞、がん(特に乳がんについてのメカニズムが実証されたとのこと)、糖尿病などを引き起こすという。 そんなことは、それほど目新しくない。 直感的にうっすらわかっていたことが、はっきり科学的に証明されたという点が新しいだけで。

乳がんの手術を受けるために入院していた際、6人の大部屋でした。 同室の方たちはほぼ同世代。 それぞれに違うがんでしたが、雑談タイムに「私のがんの原因はストレスだと思っている」と話したら、全員が「私もストレスだと思う!」と即答。 医学のド素人でも多少なりとも、がんについて本気で調べれば、過度のストレスが免疫に傷を作ったり、ふだんは免疫作用で日々消されているごくごく小さながん細胞が、免疫力が低下したときに増殖&暴走をしてしまったのだろうということは誰でも容易に見当がつきます。

6.20ホタルブクロ


私の場合は、兄の不慮の死の衝撃と、その後に続く外国との法的な不毛のゴタゴタ、そしてあまりにも思いがけない、そして理不尽な理由での兄の急逝が引き金になって起こった家族内での確執、それらによる抑鬱状態から延々と不眠症が続いたことが、体内にあった微少ながん細胞を2センチを超すまでに育ててしまったのだと思っています。

でもね、原因についてあれこれ考えても仕方がないとずっと思っていました。 だって、もうがんになっちゃってるんだから。 原因がわかったとしても、がんに罹患した現状は変えられない。 原因を探るのは医師の仕事。 今後、みんなががんになるリスクを減らすために、私の治療の記録が少しでも役に立てばいいなとは思っているので、個人のデータは医学研究のために使っていいですよと同意書にサインしましたが、もうがんになってしまった私自身は原因にさほど興味はありません。

時間を巻き戻すことはできない。 がんになる前の過去に戻ることは絶対にできない。 それなら、過去を振り返って「あのとき、こうしていればよかった」と後悔することは身体に悪いだけでなんの益もない。 兄の死のショックからはなかなか立ち直れず、過去ばかり向いていたわりに、自分の乳がんについては過去を振り返ることは当初からあまりありませんでした。

毎年きっちり人間ドックに自費で行ってマンモグラフィーも超音波検査もしていたのに、なぜ2センチ越えるまで見逃されていたのか、という点についてもあまり恨みには思っていません。 私はただ毎年「異常なし」といってもらって安心したかった。 前年に1センチ弱のしこりを触診で指摘されても、マンモグラフィーにも超音波にも写らないからホッとして、しこりのことなんか忘れていました。 がん発覚の3年ほど前に、反対側の胸に良性の乳腺症といわれたことがあったので、良性のしこりができやすい体質なのだと勝手に納得したりして。 検査をしていてもみつからないこともある。 それも、私が持って生まれた運だと思いました。

6.20紫陽花


話が脱線して長くなりましたが…

NHKの番組では、キラーストレスを減らすには運動が有効とのことでした。 30分程度のウォーキングなど軽いものでもいいそうです。 それも当たり前といえば当たり前だけれど、実証されたことに意味があるのですよね。

現代人のストレスは過去や未来のことを思い煩いすぎていることに起因しているそうです。 これはなるほど。

がんになってから、動物や小鳥は”いま”を生きている…昨日の失敗を後悔したり、明日のことを考えて憂鬱になったりしない。 あるのは”いま”だけだとふと気づきました。 抗がん剤治療に耐えているときに、無心に餌を探し、ときには気持ちよさそうに歌っている小鳥をみていて、自分ももっと”いま”を大事に生きようと思いました。 3年後に自分が生きているかどうかなんて、いくら心配しても誰にもわからない。 過去を悔いても、がんになった事実は変わらない。 それなら、いま、このときを大事にしよう。 刹那的ともちょっと違う。 目に映る空の青さを、ひとり見あげる月の静けさを、新緑のみずみずしさを、しみじみ味わって生きようと。

そういう考え方はストレス対処法としてはいいことみたい。 抗がん剤治療という極度のストレス状態にさらされている間に、無意識にストレスに対処する術をみつけていたのかもしれません。

ほかにストレス対処法としてあげられていたコーピングもなかなかおもしろそうでしたが、長すぎるのでまた後日に。


■いろいろな過去記事にも拍手をありがとうございます。 抗がん剤治療中の方、辛いことばかりかもしれませんが、小さなことでも自分がホッとできること、笑顔になれることを探してくださいね。 誰だって(健康にみえる人だって)自分がいつまで生きているかはわからないのです。 いまに目を向けて、この瞬間を味わいながら生きていくことで免疫力を上げていきましょう。 


がん患者の気持ちも、残された家族の気持ちもわかるから

最近、がん関係の話が次々に報道されて、ちょっとテンション下がっていました。

川島なお美の訃報、自分でも思っていなかったほどショックでした。 特に好きな女優さんというわけでもなかったのですが、鎧塚さんと結婚してからキレイになったなあと、鎧塚さんと一緒にでている番組をみて幸せそうで、年齢を重ねてきれいになる女性って素敵だなあと思っていました。

ご本人はたぶん最後の瞬間まで、自分が選んだ女優としての人生を全うされて、短いけれど充実した一生だったのではないかと思います(もちろん、もっともっとやりたいことはあったのでしょうが)。 ただ、残された家族の気持ちを思うと、とても悲しいです。 芸能人なんて遠い世界の知らない人なのに。 義姉がすい臓がんで亡くなった時のことを思い出して、淡々とインタビューに応じておられる鎧塚さんの姿に、40代前半で義姉を喪った兄が重なってみえて。 義姉には、兄の妻として、まだまだ母親が必要な年齢だった3人の娘たちのためにも、もっともっと生きてほしかった…。 何も積極的な治療をしないというのは(川島さんは手術を受けられているので何もしていないわけではないですが)、家族にとってもとても重いものだと思います(義姉は末期過ぎて治療するどころではなかった)。 その人を失った後、ずっと「あの時××していたら」という後悔を引きずってしまいます。

でも、鎧塚さんはきっと女優という仕事に殉じた、最期までキレイなお姉さんを貫いた川島なお美が好きだったんでしょうね。
川島さん、お疲れ様でした。 大切なダーリンにみとられて幸せでしたね。 安らかにおやすみください。


義姉のことがあったので、私は治療を選択するときに「(初発時は)やれることは全部やる」と考えました。 自分の命は自分だけのものではないと感じたから。 万が一、治療を受けたにもかかわらず、がんが叩けなかった場合(こんなこと考えたくない!)でも、残る家族に後悔という重荷を置いていかないために。 特に、思春期に母親の壮絶な死を目の当たりにした姪たちは「がんになったら終わりだ」と思っているようだったので、「がんでも早くみつければ怖くない」ということを伝えたかった。 がんと対峙して生きるという選択肢を示したかった。

姪たちのため、高齢の両親にこれ以上逆縁の悲しさを味わわさないために、そしてこのブログを読んでくれている方ががんを必要以上に怖がらないために、少しでも長生きしたいと思っています。 …といいながら、東京オリンピックの話がでるたびに「その時まで生きてるかなあ」と自信がなかったりするんですが。


乳がん罹患を公表した北斗晶さん。 全摘は悲しいよね。 私も全摘した胸をみられなくて、さらに抗がん剤でハゲになった自分をみたくなくて、ずっと脱衣所兼洗面所の照明をつけられなかった。 でも、治療全部が終わって、体調が戻って気持ちに余裕ができたら、大きな傷があってあばら骨がみえている胸でも受け入れられるようになります。 だから、焦らないで。 と、北斗さん&治療中の皆さんにひっそりエールを送ります。

せせらぎに癒される

世の中はシルバーウィーク。 でも、私は特に予定ありません。 朝起きて、掃除や洗濯して気が向いたら刺繍して、気が向かなくても年寄りのくどい話に辛抱して付き合って、おやつ食べてご飯作って片付けしてお風呂入って寝る。 それだけ。

今日は家にいるのがもったいないような晴天に誘われて、お昼からちょっと長めのウォーキングしてきました。 有酸素運動になる狸谷へ行きかけて、せっかくの青空を満喫できる広々したところへ行きたくなって高野川を目指すことに。

9.20せせらぎ

お天気がよくて、川の水がとても澄んでいました。 高野川沿いの木陰のベンチで、持参の温かいほうじ茶とコンビニのドーナッツでひと休み。 ずっと爽やかな風が吹いていて、暑くも寒くもなく、理想的な気候。 例年ならまだまだ残暑が厳しい頃なのに、京都では珍しいことです。 本を持ってきてここで読めばよかったと思ったりもしましたが、なにもせずただ川の流れを眺めてボーっとしているのがとても気持ちよくて、ずいぶん長いこと座っていました。 ふと気づいたのは、川のせせらぎにすごくヒーリーング効果があるということ。 自分でも驚くほど放心状態だったのは、川のせせらぎを聞いていたから?

9.20白鷺

堰のそばで白鷺がウロウロ。 えらく小さいのはまだ幼鳥なの? 鷺にしては落ち着きなくあっちへ行ったりこっちへ来たり。 なかなか魚が捕まえられない様子。 夕方までにお腹いっぱいになれたかな。

9.20白い花

川の土手に群れ咲いていたこの白い花は何かな?


広い青空の下で、風が気持ちよくて、ちょこっと甘いもの食べて、気分がよくて。 それだけで幸せ。 去年の今頃は抗がん剤の副作用で心身ともにボロボロ、最悪だったことなんて嘘みたい。 再び元気になれてよかった。 平穏な日が戻ってきてよかった…と何かはよくわからないけれど「大いなるもの」に感謝。

抗がん剤は毒だから絶対に嫌だと頭から拒絶する人が結構います。 確かに毒を以て毒を制するようなものではあります。 でも、気持ち悪くなったり体調が悪くなるのは抗がん剤が身体に入っている、ほんの一時的なものです。 抗がん剤が身体から抜ければ、体力が普通にある状態なら、また元気になれます。 髪の毛も生えてきます。 完全に元通りにはならないかもしれないけれど、放置した末にがんが身体のあちこちに広がって激痛に襲われたり弱っていくよりは、手術と抗がん剤治療のために1年足らずを無駄にしたとしても、やはりやる意義は大きいと思います。 もしもがんがみつかったら、「あのときやっておけばよかった」と後悔しないために、放置療法(放置して「療法」だなんてなんだそれは!と思うし、放置してがんが広がったしまった場合、そう簡単に安らかに死ねるものではない)や免疫療法オンリーに走らないで欲しいと願っています。 最終的には、どう生きるのか、どう死ぬのかは個人の問題なので、正解はないと思いますが。


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ちょっとわがまま

金曜日の朝に仕事をアップしてやれやれ。 ひと息つけて復活しました。 旅行から帰ってすぐにたまっていた家の仕事を片づけ、その直後に仕事と急な暑さが重なってヨレヨレになっちゃって。 もともとひきこもり系なのに、出歩くことが多すぎたのかも…と、ちょっと反省しました。 

土曜日は、中学以来の友だちBさんが会いに来てくれました。 仕事バリバリなだけでなく、子育ても親の介護も犬の世話もしている超多忙なBさんには、なかなかゆっくり会えないから、ひさびさにおしゃべりできて嬉しかった。 前回会ったときは抗がん剤治療終了後2ヶ月くらいで、家でバンダナを巻いている状態だったから、今回会ってあまりにも普通になっている私にすごくビックリされました。 ツルツル坊主からふさふさの髪の毛に復活したのが結構早いことにも驚いたみたい。 「絶対に誰もそんなたいへんな病気だったとは思わないよ」といわれました。 眉毛をしげしげチェックされて「前は眉毛がちょっと濃すぎたら、今でちょうどいいくらい」とも(笑)。 

5.30スカシユリ

週末のイベントに誘ってくれたんだけれども、それは気が進まなくて断りました。 Bさん、ごめんね。

今ではもうずいぶん治療中の辛さを忘れてしまったとはいえ、ものすごく辛いことしかなかった1年間を経験して考え方が大きく変わりました。 やりたいことはサッサとやる、やりたくないことは極力しない。 以前よりも少しわがままになることを自分に許そうと思うようになりました。 人生がいつまで続くかわからないのだから(本当はみんながそうなのだけれど)、ちょっとぐらいわがままになってもいいよね。

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■名なしさん、そうですね、病み上がりなんですものね。 あんまり調子に乗って飛ばしすぎてはいけませんね。 アドバイスをありがとうございます。