悲しみのさじ加減 吉田篤弘「空ばかり見ていた」

この1年ほど、吉田篤弘の作品をぼちぼち読んでいるのに、なかなか感想が書けないまま。 というのも、初めて読んだ「針が飛ぶ」があまりにも好みにぴったりで、それ以後に読んだものは期待が高すぎるからか、いまひとつピンとこなくて。 世間で人気の「つむじ風食堂の夜」もうーん、悪くないけど、別に特別というほどでもないなあ…という感想。

最近少しずつ読んでいた「空ばかり見ていた」は、ひさしぶりに私の好み寄りでした。

4.5空ばかり見ていた

父が遺した東京の下町の理髪店を閉め、ホクトは流しの床屋として世界をさすらう。 自分が切りたいと願う人の髪だけを、自分が好きな場所で切りたいと願って。 あるときは主人公が読む物語に登場する人物として、あるときは主人公たちの傍らを通り過ぎていくだけの点景人物のように、時代も性別も年齢も国もさまざまな人たちと淡く関わりをもつホクトをめぐる12編の短編集。

連続した内容ではなく、1編ずつ登場人物も場所も味わいもバラバラで、ストレートな物語もあれば、シュールな味わいのものや寓話のような変化球もあって、ちらちらとそこここにホクトが顔をのぞかせる、ゆるーくつながる連作集です。 この作家の作品は、ごく普通に起承転結がある小説が好きな人にはおすすめしません。 この人の独特の浮遊感、そしてヨーロッパの洒脱な映画を思い起こさせる淡々とした味わいが、私の好みには合うみたいです。

最後の1編「リトル・ファンファーレ」がよかった。 この話は割と普通の小説形式。 パリの街を背景に風にはためく白いシーツ、その音が聞こえてくるようで、空を見上げるホクトの胸に去来するものが静かに映画のワンシーンのように心に刻まれて。 砂浜で女の子の髪を切る「海の床屋」も好き。 どちらにも私好みの”透き通るような悲しみ”の余韻があってステキでした。 そう考えてみると、「つむじ風食堂の夜」は私好みのこういう悲しみのエッセンスがちょっと足りなかったのかも。

あとがきによると、著者は行きつけの床屋さんで髪を切ってもらっている心地よさと、萩原祖太郎の「猫町」にインスパイアされて、この不思議な味わいの短編集を紡いだそうです。 それだけのことから、これだけいろいろな切り口を考えつくとはなかなかの妄想力。


4.5山桜満開

わが家の山桜は咲き始めて、あっという間に満開になり、昨日の激しい風雨ですっかり散ってしまいました。 今朝は一面の薄紅色の絨毯。 ほんのひととき、夢のようにきれいでした。


抜歯後は3日ほどだるくて眠くて、入浴後はちょびっと痛くなりましたが、あまり痛みが強くならないうちに痛み止めを飲んだら、さほど苦痛もなくやり過ごすことができました。 今日からやっと本調子に戻った感じ。 でも、花粉がきつそうだったので家の中でできることだけ。 セーター類を次から次へと手洗いしたり、たまっていたアイロンがけを片付けたり、脚立に乗って照明のメンテナンスをしたり、少しだけ庭の手入れをしたり、水回りをきれいにしたり、貯蔵食料品のチェックをしたり。 寒さが去った今頃になって、ウールの分厚いカーディガンの仕上げに四苦八苦したり(汗)。 細々としたことばかりだけれど、何かしら作業ができて満足です。


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ひそやかな気配に耳を澄ます 吉田篤弘「針がとぶ」

ものすごーくひさしぶりの読書記録です。 点滴後のものすごい倦怠感で、布団の上でのびているしかなかった状態の中で、少しずつ少しずつ読んだ吉田篤弘の「針がとぶ」。 とてもよかった。 心にしみました。


9.11針がとぶ

グッドバイが口癖の翻訳家で詩人の伯母が亡くなり、その家を一人で片づけることになった姪の視点で語られる伯母さんの人生の断片「針がとぶ」。 遠い異国のひなびた海辺の町で、画家が出会った不思議な雑貨屋「パスパルトゥ」。 かすかにリンクするようにして紡がれる7つのささやかな物語からなる短編集。


語られるのは、いまはもうそこにいない人たちの人生の切れ端…そこに意味があるのかないのか、そんなことはどうでもいい。 文章をゆっくりゆっくり味わいながら読むのがぴったりの本で、何から何まで私の好みでした。 文章も、行間に漂うノスタルジックな気配も、ミヒャエル・ゾーヴァの絵を使った装丁も。 けれど、好きか嫌いかとても分かれる本だと思います。 読書に何らかの教訓や意味を求める人にはまったくおもしろくないだろうし、明確なストーリー展開を好む人にもおすすめできません。 私にとっては、このひそやかさがとても心地よかった。 著者について「クラフト・エヴィング商會」というセンスのよさげなブックデザイナーが本も書いているという程度の認識で、ずっと気になりながらも一度も手にとったことがなかったことを後悔しました。 早速、ネットで他の本も取り寄せることに。

9.11ゲンノショウコ

がん告知を受けて以来、あんなに好きだった読書が楽しめなくなりました。 心の中の葛藤が大きすぎて虚構に浸る余裕がないのか、治療で刻々と変わる体調に振り回されて、私の感受性がもういっぱいいっぱいの状態なのか、自分でもわかりません。 抗がん剤の点滴を受け始めるとケモブレインになったせいか、字を読んで意味を理解しても心に何も入ってこない感覚になってしまって。 何冊か本は読んだけれど、ちっとも心に響かない。 その本について感想を書くのはためらわれました。 おもしろく感じられなかったのは自分の体調のせいかもしれませんから。

やっと感想を書きたいと思える1冊に、本屋さんの店頭で出会えて本当によかった(積ん読状態が長かったけれど)。 そして、そんな自分にちょっとホッとしています。


■いつも読んでくださって拍手をありがとうございます! みじかーいまつげと眉毛が生えてきて、は虫類からほ乳類にほんのちょっと戻ってきました♪

■donauさん、抗がん剤って血管に入ってくるときもなんか違和感あるんですよ。 ニューッと濃いものが血管をいま入ってきたって感じがするんです。 そして、ある日突然、薬が抜けるというか消化器官の粘膜が復活したという、なんとも不思議な実感があるんです。 がんのカケラを殺すための毒って、ホントにスゴイ…。 でも、抜けてしまえば、辛さをケロッと忘れられる。 忘れっぽい体質でよかったです(笑)。
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