術後3年半、無事クリア!

7月末、半年に1回の乳腺外科主治医の経過観察診察を無事にクリアしました! 今回はマンモグラフィー+血液検査+視触診。 特に異常なし。 血液検査の結果は甲状腺ホルモンも含め、いずれの項目もピカピカの理想値。 白血球数やリンパ球数が復活していて、それもうれしい。 腫瘍マーカーは1年以上調べていません(バセドウ病とわかるまでは、主治医が何度も調べさせていたけど)。

左胸の全摘手術から丸3年半が経ちました。 私は術後に抗がん剤治療をしたので、治療終了から数えると、まだ3年足らず。 トリプルネガティブ乳がんは3年以内(告知から?術後?抗がん剤治療終了から?数え方は謎)の再発率が他のタイプの乳がんに比べてかなり高い(トリプルネガティブの3分の1が3年以内に再発するとか)ので、抗がん剤治療をしていたとき「丸3年生きのびる!」が当面の目標でした。

トリプルネガティブはひと通りの標準治療が終われば、あとは無治療(ホルモン薬は効かないので服用する必要なし)。 だから、経過観察は半年に1回で、次は年末まで診察はありません。 ということは、辛い自覚症状がものすごく急激にでてこない限り、当面の目標は達成できる! 次の目標は治療終了から5年。 トリプルネガティブは5年以降の再発率が他のタイプよりもぐっと低くなるんです。

8.11秋海棠


「乳がんが再発して遠隔転移した場合、完治は望めません。 検査で早く再発をみつけても、痛みなどの自覚症状がでてから治療をしても、生存期間に差はないとされています。 脳や骨へ転移した腫瘍は手術でとることができないので、本人が痛みで気づくまで特にする治療はありません」などと、結構怖いことを抗がん剤治療が終わったときに、主治医からサラッといわれました(告知のときと同じように、ものすごくあっさりと)。

「それなら、どうして経過観察の診察をしているの?」とききたかったけど、それを問いただすのはちょっと怖くて。 しばらく主治医の診察を受けている間にうっすらとわかってきたのは、主治医が経過観察で気にしているのは遠隔転移ではなく、同じ乳房内での局所再発と、反対側の乳房に新たながんができること(トリプルネガティブは転移ではなく反対側にも新しいがんができる確率が高いらしい)。 ついこの間、NHKのEテレでやっていた乳がんの番組でも、お医者さんが遠隔転移について私の主治医とまったく同じことを言っていましたから、それが乳がん学会の見解なんですね。 他の人のブログで、ものすごく詳細にPETやCT、MRIから骨まで毎回いろいろ検査をしているのを読んで、「私はしなくてもいいのだろうか?」とはじめは不安になったりもしたんですが、特に疑わしいところがなければ、検査のために放射線を浴びすぎるのはかえってよくないとのこと。

再発転移についての主治医の説明を聞いたときはグサッと胸に刺さったけれど、時間が経って冷静になれば、再発について無駄に心配してあれこれ検査したりせず、がんがみつかる前の日常に戻るのがいいのだと納得がいくようになりました。 他の人と治療や検査のやり方を比べても意味ないんですよね。

8.11コムラサキシキブの緑の実

今回は直前まで仕事でバタバタしていたため、いつものように「再発していたらどうしよう」などとナーバスになっている暇もなく、大慌てで病院へ。


仕事とプライベートで多忙だった7月が終わると、急に暇になってホッとしたら暑さでヨレヨレ。 毎日毎日最高気温は35℃とか36℃、おまけに湿度やたら高くて空気が重い。 家の外にでるのに勇気がいります。 夜は夜で、連日27℃くらいの熱帯夜。 暑さに耐えているだけで精一杯。 なーんにもしたくない。

親の寝具を洗ったり干したり、家の中であちこちメンテナンスをしたりと、こまごまとした雑用を少しずつ片付け、お盆のお墓参りをした以外は、暑さに耐えて毎日ご飯を作るだけでグッタリ。 ネットからも遠ざかって、家に閉じこもってミニチュア家具のキット作りに没頭していました。

やたらに更新の間があいてしまいましたが、息苦しいほどの暑さで気力が減退している以外は元気にしています。 夏やせするどころか、高齢の親に良質タンパク質の食事をとらせようとせっせと料理をして、自分が一番丸々してきています(汗)。 夏太りなんて生まれて初めて。


■たくさんの拍手をありがとうございます。

■donauさん、ラベンダー畑、本当にきれいでした。 機会があればぜひ!


 

抗がん剤最終投与から丸2年半 温泉へGO!

抗がん剤最終投与から4月20日で丸2年6ヶ月になりました。 3分の1が3年以内に再発するというトリプルネガティブ乳がんなので、目下の目標は治療終了から丸3年を何事もなく迎えること。 気にしても仕方がないし、元通りの生活サイクルに戻ったら、あれこれ他のことに気が行くから、「がん」を意識することはずいぶん少なくなってきました。

ただ、温泉へ行こうとすると、やっぱり全摘の胸が気になります。 今回の白浜温泉でも、露天風呂付きの部屋にするかどうか迷ったのですが、お金ないのにそこまで贅沢しなくてもいいのではないかと思えて、広めの和洋室に泊まって大浴場に行くことにしました。 

4.24白良荘

ここに泊まりました。

週半ばで空いているだろうと期待していたんだけれど、実際には思っていた以上におおぜいの人が泊まっている様子。 チェックインしてすぐの16時頃は大浴場は空いていて数名程度だったので、他の人と一緒に露天風呂に浸かってきました。 案外、平気! 夕食後はずっと混雑していたため、10時過ぎまで待って再トライ。 ガラガラではないけれど、シレッと露天風呂へ。 若干1名、東洋系外国人が何やらぶしつけに私をみているような視線を感じましたが、無視。 別に悪いことしてるわけじゃないし、そこまで私がコソコソしなくちゃいけない理由なんてないし、だいたいその人がほんとうに私の胸をみているのかどうかもわからないから自意識過剰なだけ!と自分を鼓舞して完全無視。 途中で母も気づいたのか、さりげなく全摘の胸の側に座ってくれて視線をブロックしてくれました。

湯船に入っている間は左手を首にかけるようにして、さりげなく(?)左胸を隠して、あとは気にしない気にしない。 潮風と波の音が心地いい露天風呂は、温泉のぬるっとした湯触りが心地よくて、お湯からほんのり潮の香りがして、とっても気持ちよかったです。 こんなに気持ちがいいのだから、見られていようかいまいが、もうそんなことはどうでもいい。 ぶしつけな視線にも傷つかないくらい、いつの間にかずいぶん図太くなっている自分にビックリです。 居直った(笑)。

思っていた以上に平気で入れたので、次からはあまり葛藤せずに温泉に行けそうです。 胸を気にして温泉の心地よさを味わえないのはもったいない。

4.24白良浜

実は、同じ頃に同じように全摘手術と抗がん剤治療をしていた人のブログで「大浴場でも平気」と、とても自然に温泉を楽しんでおられるのを読んで、そうだよね、そんなこと気にしなくてもいいんだよね、誰も他の人の身体をそんなにまじまじ見ないよねと励まされました。 人によって感じ方はいろいろだけれど、温泉に対するハードルは時間の経過とともに少しずつ低くなっていくようです。 自分の欠けた身体イメージに慣れてくるというか。

4.24渚


そんなこんなで、白浜温泉の海が間近の露天風呂はとっても気持ちよかった♪ 図太い自分に乾杯!


■たくさんの拍手をありがとうございます。 どんどんおばさん化しているだけかもしれないけれど、図太くなることも時には悪くありませんよね。

術後、丸3年が経ちました

「○○記念日」と、いろんな日を覚えているのがとても苦手な、うっかりものの私でも忘れられません。 3年前の2月12日、左胸の全摘手術を受けました。 建国記念日の翌日の夕方に。

手術を受けた頃は、3年後の自分なんて想像もできなかった。 でも、乳がん発覚から3年以上が過ぎて、意外なほど(!)普通に元気に生きています、今の私。 わきからバッサリ30センチの傷があっても、左胸がなくても、案外普通。

バセドウ病やら骨粗しょう症やらメニエール病やらキツイ花粉症やら(結構たくさんあるなあ…)、細かい病気はいろいろ抱えているけれど、なんでも美味しく食べられて、行動の制限がないどころか以前と同じように普通に仕事も家事もできて、超高齢者の両親のお守りもできて、こまかーい手芸や手仕事も楽しめて、最近ではウォーキングに飽き足りず、ランでもしてみようか(さすがに無理と思うけど)、あるいは四国の歩き遍路の続きをしようかという野望さえ芽生えたりして。

2.13白梅3分咲き

30センチもの大きな傷があって、わきのリンパを3分の1切除していても、腕はほとんど左右の差がないほど自由に上がるし、傷の痛みは手術直後から驚くほどなかったし(主治医の腕がよかったのだと深く感謝)、抗がん剤でカチカチになった右腕の血管の違和感も今ではほとんど消えている。 とにかく、日々の生活に特に支障なく普通に過ごせています。 

この「普通」っていうのがとっても大事なんだということは、がんが発覚してから身にしみて知りました。 術後に抗がん剤治療をしていた頃は、それまで普通と思っていたことがことごとく何もできなくなって、それがとてもとても辛かったから「普通」でいられることに心から感謝。 いつまで生きられるかは誰にもわからないから、今このときを大事に、一日一日、陽ざしや風の匂い、空の高さ、身のまわりの一つ一つをしみじみ味わって生きていきたいと思っています。

抗がん剤治療中によくのぞいていたブログの方々が「全摘した胸に誇りを感じている」と書いておられるのをみて、胸を失って自分でも予想していなかったほど悲しくて悲しくて仕方なかった私は、とてもそんな達観した心境には一生なれないと思っていたけれど、今はなんとなくそういう気持ちもわかるようになってきました。 全摘の傷=いろんな辛いことに一人で耐えられた証のようにも思えるものなのですね。 再建は今のところ考えていません。 健康を守るために必要な手術ではないし、やっと手に入れた平穏な日常を、身体にメスを入れることで乱したくないから。

2.13コブシの蕾

もしも、これから手術を受ける方や手術直後にこれを読んでいる方がいたら、大丈夫ですよと声を大にして言いたいです。 大きな傷は考えただけで怖いけれど、現代の医学はとても進んでいて思っているほど痛くありません(執刀医が下手でなければ)。 私は病院の指導でリハビリを手術翌日からさせられました。 そのおかげで、わきのリンパを切除しても腕は自由に上がります。 辛い時は泣いてもいい。 でも、いつかまた普通に笑える日が戻ってくるから、それを信じて目の前の辛い治療を一つ一つ乗り越えていってください。 何もできないけれど、ここから応援しています。


連日、大雪警報などがでているわりに、このあたりはすごい底冷えはしても(最高気温が4℃とか5℃とか)たいして雪は降りませんでした。 写真はもう1週間も前に撮った白梅とこぶしのつぼみ。 こんなに寒いのに、今年は梅の花がずいぶん早く咲き揃ってきました。 お隣の梅の木はもう3分咲きくらい。 でも、コブシはまだまだ。 コブシの真っ白な花が咲くのが待ち遠しいです。

■たくさんの拍手をありがとうございます!

■京子さん、いつも優しいコメントをありがとうございます。 京子さんのコメントを読んで、叔父が亡くなってからいろいろあって弱っていた心の奥底がじんわり温かくなりました。 毎日をきちんと生きていること、本当に大事なことですよね。

抗がん剤最終投与から丸2年 元気です

10月20日で抗がん剤治療の最終回から丸2年が経ちました。

抗がん剤治療を受けていたときはお先真っ暗、1年後の自分もイメージできなかったけれど、2年生き延びられました。 最近では東京オリンピックのことを聞いても、治療中のように「それまで生きていられるだろうか」とヒリヒリするような切実な感じは薄らいで、漠然とそのときも生きていることを前提に物事を考えている自分がいます。 そして、そんな自分に気づいて、ずいぶん病抜けしたものだと安心したりして。

10.15琵琶湖

人は誰も自分がいつまで生きているかはわからない。 それはがんに罹患した人も、いま現在自分は健康だと思っている人もまったく同じ。 ただ、健康だと思っている人は自分が死ぬことを具体的にはイメージしない。 「終活」なんていって、なんだか楽しそうにやっている人たちもそれは同じ。 がんだと宣告されると、「自分の死」が視界のすべてを覆うほど目の真ん前に突きつけられた気持ちになります。 その生々しい感覚は体験してみないとわからない。 「死ぬ気でがんばる」なんてことは、死ぬ気がしない人にしか言えない台詞。

治療中は目の前にずっとぶら下がって視界を遮っていた「自分の死」。 それが治療が終わると、時間の経過とともに少しずつ遠ざかっていきます。 意識の中から消えてはしまわないけれど、自分は健康だと思っていた頃のように「生きているのが当たり前」な感覚に近づいていくようです。 抗がん剤の辛さも、脱毛したときの悲しさも、死を意識してのヒリヒリするような切迫感も薄らいでいく。 生物としてそれが健全なんだと思います。

明日が来るかどうか、本当は誰にもわからないのだけれど、何の根拠もなく明日も今日と同じようにやってくると思えるようになった自分にホッとしています。

10.20キンモクセイ

去年の今頃は帯状疱疹になったり、その前からバセドウ病を発症していたり(たぶん)、まだ身体的にしんどかった。 バセドウ病とわかっていなかったから、異常なほどの倦怠感や激やせ、血液検査結果の異常な数値に「再発したのでは」と心底びびりましたが、不調の原因がはっきりして治療を受けて、今は本当に普通に元気になりました。

抗がん剤の副作用はほとんど何も残っていません。 脱毛した後に生えてきた髪の質が変わったとか、まつげが短くなったとか、足の爪の黒ずみがまだ一部残っているとか、足の甲が色素沈着して黒いままだとか、細かいことはあるけれどたいしたことではありません。 あえてあげるなら、点滴をした右腕の血管が今もまだ硬いことくらい。 といっても、重い荷物も平気で右腕でもてています。 バセドウ病になったのは抗がん剤の後遺症のようですけど(たぶんもともと甲状腺に多少問題ありの体質で、弱いところにしわ寄せが来たのだと勝手に思っています)、薬でコントロールできるものなので大丈夫。 自由に動き回れるだけでも本当にありがたいことです。

トリプルネガティブ乳がんの再発率が高い3年間を越えるまで、あと1年。 まずは3年生き延びるのが当面の目標です。

10.20白のホトトギス

自分が無事でホッとひと息つけたはずなのですが、半年前に肺がんがみつかったものの無治療を選択した叔父が間質性肺炎とがんのリンパ節転移で体調が急変し、叔母は非常に厳しい余命宣告を聞かされたそうです。 こんなに早く悪くなるなんて…。 お願いです、もう少し猶予をくださいと天に祈ることしか私にはできません。 無治療についてはいいたいことがいっぱいあるのだけれど、今は叔父の選択を否定したくないので何もいいません。 叔父と叔母にとって今晩が安らかでありますように。

全摘でも温泉

5月の旅行で、私にとってのビッグイベントは大浴場デビューでした。

全摘手術で左胸のすべての肉と脂肪と皮膚のほとんどを取ったので、25センチのバッサリ切った大きな傷+凹んであばら骨が浮きでた胸。 もちろん人目にさらしたくない。 好奇の目で見られたくない。 たまたまそんな胸を見てしまった人にとってもトラウマになりそう。 なので、大浴場に入るにはとても勇気がいります。

ドキドキしながら大浴場に行ってみたら、宿全体がとても空いていたので無問題! 女性客はほかに1グループしかいなかったので、いつも完全貸し切り状態。 1日3回も温泉に浸かってきました。 案ずるより産むが易しですね。 抗がん剤治療が終わって1年7ヶ月、あれこれ気にせずシレッと温泉にも入っちゃおうと思いました。 24時間いつでも入れるお風呂なら、空いていそうな時間を狙っていけば、きっと大丈夫。 

ところで、温泉がガラガラなのをいいことに温泉に浸かりすぎたのか、左腕が異様にだるくなりました。 手術直後に感じた、だるさと同じレベル。 ちょっとやばそうなだるさ。 「脇のリンパは3分の1取っただけだから、何をしてもリンパ浮腫にはならないと思いますよ-」と主治医はあっさり言っていたけど、ひょっとしてリンパ液が増えちゃったとか?? 重い荷物を左手で持たないように気をつけていたし…原因は温泉? 熱いお湯に長く浸かっているとリンパ液が増えると、どこかで読んだことがあるような。

異様なだるさが気持ちが悪いので、宿の部屋や電車に乗っているときはなるべく左腕を肘から上げるようにクッションを当てたり、寝るときは枕を使って腕を上げて、優しく腕をさすったり。 家に帰ってからはあまり気にならなくなりました。 よかった…。


6.8一重のクチナシ

家の横の解体工事は連日ドドドガガガ、粉塵モヤモヤ…まだまだ終わりません。 庭仕事もできず、家にいても気分的にまったく休まりません。 庭ではクチナシやアジサイが見頃なのに。 どこかへ逃避したいと思っていたのに、母の体調がふるわなくて、そんな人をこの騒音と埃の中に置いてきぼりにもできず。 仕方なく騒音に耐えて手仕事しています。

騒音が響いているよりはテレビがうるさい方がましな気がして、テレビをつけっぱなしにしていたら、海老蔵の記者会見が…。 ああ、奥さん、まだ若いのに乳がんだったのね。 それも進行がんで手術ができないなんて。 抗がん剤しか効かないということはトリプルネガティブ乳がんなんだ、たぶん。 涙目で淡々とかなり細かく説明している海老蔵が切なくて、こちらまで泣きそう。 きっと体調が安定したら、家族で旅行に行きたいんだろうな。 本当にそっとしておいてあげて欲しい。 子どもたちと一緒の時間を過ごして、少しでも笑顔になれますように。 笑顔で免疫力が上がって、抗がん剤がよく効きますように。

治療終了からほぼ1年半の主治医診察

先週木曜日、乳腺外科の主治医の診察でした。 トリプルネガティブ乳がんの場合はホルモン薬などの投薬治療がないため、私がかかっている病院では、無治療になると経過観察は半年に1回だけ。 無治療になった当初は、病院に行くのは嫌にくせに、主治医に会うことが急にほとんどなくなると、それはそれで一人で放りだされたみたいで心細かったりして。 勝手なものです(笑)。

前回の主治医診察は12月末。 本来は次は6月末か7月頃のはずでしたが、バセドウ病の治療の経過も知っておきたいとのことで、3ヶ月後の今日が乳腺の診察日になったわけです。

触診と問診だけで、あっさり終了。 あやしいシコリはなし。 「傷はおかげさまで全然痛くないです」「ストレッチで肩や腕の動きは左右ほぼ同じくらい、まったく痛みなくできています」ときっぱり言ったら、喜んでた(たぶん)。 傷に痛みがあると訴える人がかなり多いそうです。 「ストレッチはなるべく早くから、よく動かすといいんですよ-。早くから動かしておいて良かったですね」とニコニコ満足そう。

バセドウ病発症原因については「抗がん剤治療中も、vogelさんは他の人に比べてかなり元気だったのにね。 そんなに弱ってなさそうだったのに、なぜ、それも治療が終わって時間が経ってから発症したのか??」と不思議がられました。 TSH=脳下垂体からでるホルモンが「0.001未満」というデータに「こんなに低い数値、あまりみたことがありません」と驚かれ、「うーん、バセドウの治療はかなり時間がかかりそうですねえ」と。 一生のおつきあいを覚悟しないとダメそう…。 

3.31桃の花

ひょっとして主治医が転勤になったらどうしようと、ちらっと不安がよぎりましたが(年度末だし)、別にその気配もなくてホッ。 病院内で出世してくだされば、患者としてはそれが一番。 じわじわと院内での地位が上がっているようなので、このままゴールなるか…先生、がんばって残ってね。

主治医のいうことならなんでも一も二もなく信じるというわけでもないけれど、医師と患者としての信頼関係はこの2年あまりで築けていると感じています。 私の胸に巣くっていたがん細胞のことだけでなく(病理の検体があれば、医学的事実は別の医師でもわかるはず)、治療中の様子をみているから、私がどんな性格なのか、どういう反応をするのか、人間性の部分もだいたいはわかってもらえているという安心感があります。 患者としては、もうしばらく(できればずっと)今の主治医にみてもらいたい。


いつもの病院までの川沿いの散歩道、木曜はまだ染井吉野も枝垂れ桜もまだ全然咲いていなくて拍子抜け(今は満開だろうな)。 エナガと会った小さな梅の木は花がすっかり終わり。 雪柳以外、何も咲いてないなあとがっかりしていたら、まだ若い桃の木がちょうど目の位置で、ぷっくりとした丸みのあるかわいい花を咲かせてくれていました。 今年はスモモと桃を改めてじっくり眺められて、それぞれの愛らしさを再認識しました。 年間パスを買ったから、近々もう一度スモモを眺めに植物園に行こうかな。

■いろいろな過去記事にもたくさん拍手をありがとうございます!

■名なしさん、いつも見守ってくださってありがとう。

■京子さん、拍手コメントをありがとうございます。 京子さんのところにも、コゲラが励ましに来てくれたんですね。 私もまったく一緒! 治療を始めたばかりの頃、一度だけ手が届きそうなほどそばに来てくれたんですよ。 病院へ行きたくない、点滴なんか受けたくない、と後ろ向きだった気持ちをそっと支えてもらった気がしました。 偶然、まったく同じ体験をされたなんて不思議。 小鳥は自由で軽やかで、そしてはかなげで、でも明日のことも遠い未来のことも憂いていない、この瞬間を精一杯生きていて、ときどきはちょっと楽しげで(他の生物もそうなんですけど)。 いいですよね。 いっぱいキレイなもの、かわいいものを眺めて、いっぱい脳内の快楽物質をだして免疫力アップ目指しましょう!

抗がん剤治療終了から1年の検診 一難去ってまた一難

昨日は抗がん剤治療が終わって丸1年の検診でした。 ひさびさに川沿いの散歩道を歩いて病院へ。 この道を歩くと、ふだんはすっかり忘れてしまっている、抗がん剤でボロボロだった頃の記憶がまざまざとよみがえってきて、鼻の奥がツンとなります。 元気になって歩いてみると、病院までの距離は思っていたよりずっと短く感じました。

半年前は胸部MRI+血液検査+触診で、今回は単純CT(造影剤を入れない検査)+血液検査+触診(私のがんはマンモグラフィーにもエコーにも写らず、触診が診断の決め手になったので、たぶん今後もずっと触診のみ)。

何も異常がみつかりませんように…。 気にしたって仕方ないとわかっていても、検査の前はナーバスになって落ち着かず、何も手につかない。 トリプルネガティブ乳がんで再発転移すると効く薬がほとんどないということを忘れることはできず、メンタルが弱ります。

がん発覚が年末ギリギリだったため、いつもいつも検査結果がわかるまで年末年始をはさんで2週間くらい待たされるという負のスパイラルになっているのも、とても精神的に負担で。 主治医も今回はそのことに気づいたみたいで、待ち時間は長くても当日中に検査結果を教えてもらえるように予約を入れてくれました。

12.18冬木立

で、結果は…「がんとは関係ないけど、甲状腺の異常をはっきり示す数値がでました」と主治医。 先生にとっても思いがけない展開だったみたい。 すぐに院内の甲状腺専門医に予約を入れてくれました…お正月明け早々の1月4日に。 今年の年末年始もまた、なんだかなあ。 そして、甲状腺の治療のことも合わせて判断したいからということで、主治医診察は今度は半年後でなく3ヶ月後。 また病院通いか…いやだなあ。

バセドウ病?? 若い頃から甲状腺が腫れていると何度も検査したけど、いつも甲状腺ホルモンの値はごく普通で無罪放免だったのに、今頃になって。 血液検査結果をネットで調べると、ほぼ間違いなくバセドウ病だ。 甲状腺ホルモンの値のほか、肝機能のALPが急上昇、LDLコレステロールが異常に低いこと、しっかり食べているのにやせ過ぎがなおらないのも、全部納得がいくので。 今年の6月頃、ものすごくしんどかったのは、あの頃にバセドウ発症してたのかも。 でも、汗をたいしてかくわけでもなく、手が震えるわけでもなく、目が飛び出しているようでもなく。 でもまあ、がんよりはコントロールできるものだから良しとしなければね。


と、まあ、乳がんに振り回された丸2年が終わったと思ったら、今度は甲状腺で病院通いになりそうです。

抗がん剤最終投与から丸1年!

抗がん剤(FEC)の最終投与は2014年10月20日でした。 副作用がひどくて苦しんだ抗がん剤治療が終わってから、もう丸1年が経ったんだなと、ひとりでしみじみしました。 術後に抗がん剤治療をしたので、手術が終わってからはもう1年8か月。 治療中は永遠のように長く感じられたけれど、終わってみればあっという間。 幸い、私はしびれなどの副作用が残らなかったので、辛い記憶は治療が終わった途端に急激に薄れていきました。 いま治療中の方、大丈夫ですよ。 終わるまでの辛抱です。

トリプルネガティブ乳がんは3年以内に3分の1の人が再発するといわれているので(年数をカウントするのは術後からでいいんだろうか?)、一番心配な期間の半分は越えたことになります。 トリプルネガティブは3年を超えると、再発率が他のサブタイプの乳がんよりもぐっと下がるらしい。 だから、私は3年元気に生き延びることを当面の目標にしています。

さて、抗がん剤最終回から丸1年の状態は…
●しびれ・むくみ・リンパ浮腫…なし。 術側の腕も普通に痛みなく動いて、ストレッチも問題なし。 ほんのわずか手に力が入りにくい感覚はありますが、ウィークリータキソール中のような脱力感やしびれはありません。
●爪…手は完全に元通り、足も黒い縦じまや黒ずみは消えました。
●髪の毛…生え始めた毛はふにゃふにゃでくせ毛でしたが、後から伸びてきたところからだんだん元のように真っ直ぐに近づいてきました。 2か月ごとに3回カットして(今もショート)、くせ毛部分はほとんどなくなりました。 コシやハリがなくなりましたが、それは抗がん剤のせいなのか、純粋に老化のせいなのか??
●手足のこわばり…なんとはなしに手の関節や足首がこわばっている感じがあります(たいしたことはない)。 これも年のせいかな?
●血管炎…抗がん剤点滴でボロボロになった血管(主治医からも「めったにみないほどの立派な血管炎」と認定されてました…とほほ)はまったく痛みなし。 血管は相変わらずくっきり黒ずんでいるけれど、伸ばしたり重いものをも持っても痛みや違和感はいっさいありません。
●ひどい耳鳴りと不眠気味なのは変化なし(治療前からあった)。
●体重低下…ただいま一生懸命たくさんご飯を食べて太ろうとしてます。 健康的に太るにはご飯+運動がいいかなと思って。

事情を知らない人がみたら、大病をしたとは絶対にわからないと思います。 治療前に通っていたストレッチも、脱ウィッグ後に再開。 あと、私が乗り越えられないのは温泉の大浴場に入ることくらい。 そのうち、全摘の胸をうまく隠して素知らぬ顔で入ってみたいものです。


今週は仕事の追い込みでたいへん!と思っているところに、さらに突然の特急仕事の依頼があって、いまアップアップしています。 といいながら、ストレッチにも行ったし、その帰りにデパートの北海道展に寄って美味しそうなもの買いこんできましたけど。 ストレッチでほぐれてほにゃほにゃになってしまい、今日は結局仕事は一切進みませんでした。 明日は全力でがんばります。 火曜日の昼頃には強制的にすべてが終わるので、それまでもう少し。

ずっと家に引きこもっているのがしんどくなって、近所を散歩したら、道の真ん中にきちんとお座りしたニャンコが。

10.24猫

写真を撮ろうが、私が近づこうが、全然動きません。 ひたすら前を見つめています。

10.24開店待ちの猫

ラーメン屋さんの開店待ちだったようです(笑)。

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ラスト抗がん剤から10ヶ月

昨日で抗がん剤最終投与の日から丸10ヶ月になりました。

髪の毛は1ヶ月前に2回目の美容院でカットしてもらって、今はごく普通のショートカットの長さです。 伸びが遅い前髪も、押さえつけなくても自然な状態でほぼ眉毛まで達しています。 以前はしっかり太くて黒くて直毛だった髪質は、細くてこしのないくせ毛になりました。 が、ツルツルの禿げ頭を経験した後では髪の毛が再び生えてくれただけで十分。 美容師さんはくせ毛の扱いに慣れているから、それなりにいい感じに仕上げてくれますし。 ただ、いわゆる「そりこみ」といわれる額の両角がすごく薄いのは、いつか生えてくるのかしら?

白髪がすごく増えたので、ラスト抗がん剤から半年後の美容院再デビュー以来、染めてもらっています。 抗がん剤終了後1年くらいは染めない方がいいという説があるのも知ってはいますが、脱ウィッグするときにはきちんときれいでありたかったので。 美容師さんも「髪の生え方がしっかりしているから、染めても大丈夫」と太鼓判を押してくれましたし。 染めたダメージが気になるのでフルコースのヘッドスパもしてもらって、髪の毛は洗いっぱなしで手入れ手抜き状態だった以前とは大違い。

眉毛とまつ毛は薄くなりましたが、ごく普通です。 昔があまりにも濃くて困るほどだったので、唯一ほめられる身体パーツだった長くて濃いまつ毛がまばらで短くなってしまったのは残念ですが、現状に不満はありません。

8.21サンダル

美しくもない足をお見せしてすみません。 手と足の爪の黒ずみももうほとんど気にならなくなって、ついにこんなサンダルも履けるようになりました。 ジッと見ると左足の親指の爪の際が黒いんですけど(知らない人が見たら「この人、足をちゃんと洗ってないんじゃないか」と思われそうだけど)、もう気にしない!

体調は最悪だった7月に比べるとずいぶんマシになりました。 ただ、いくら食べても痩せるのが不気味。 毎日3食しっかり食べているのにな。 あとは手と足が少しだけむくんでいること(なぜか術側の手ではなく健側がむくんでいる)、なんとなく手に力が入らなかったり手を握りにくいこと、くるぶしや膝の関節が少しこわばった感じがすることくらい。 手足の不調はちょうどパクリタキセルをやっていた頃によく似ているんですが、投与が終わってから夏になるまでこんな症状はなかったのに。 不思議。

明日はストレッチ。 楽しみ♪


8.21ブックカバー刺繍

なんにもやる気がでない毎日。 仕事がヒマ期でボーっとしているのにあきてきて、家にある材料でちょこっと刺繍を始めました。 白い麻布がなくて地味な土台に刺したら刺繍が目立たない(泣)。  青木和子さんのデザインはやっぱりいいなあと思ったのですが、小さな図案で糸をしょっちゅう変えなくてはいけないので、実は思ったよりずっと面倒。 でも、草花を刺すのってヒーリング効果あります。


■いろいろな記事に拍手をありがとうございます!


柄にもないことをして

関西も梅雨明けしたそうです。 すっきりした青空ではないのにものすごく暑くて、盆地特有のムシムシ。 ああ、山のみえる高原に避暑に行きたい。

背中の痛みはとれたけれど、相変わらず身体がだるだるでいまひとつパッとしない毎日を送っています。 子連れで里帰りしていたニューヨーク在住の友だちと会って、いくつになってもパワフルで仕事も子育てもバリバリ、でも「私、すごいでしょ!」という感じが一切ない物静かで余裕しゃくしゃくな彼女から、プラスのエネルギーがもらえた感じだったんだけど。 何かしようという意欲がまるで起こらず、ご飯を作る以外何もしていない自分にじれじれしながら日を送っています。

たいしてない仕事を放置して、だんだん雪だるま式にたまってきました。 今日は気合を入れてやるべきなのに、全然集中力がわいてこない。

7.21ミズヒキソウ


仕事を片付けなくてはと思いつつも、何か今までと違う新しいことをして、どんよりした日常に風穴を開けたくなって同病者の集いに行ってみました。 がん友もいないし興味もなかったんだけど、同病の友だちとおしゃべりすると楽しいよと体験談を話してくれる人が何人もいたので、そんなものかなと。

しかし、結果からいうと行かなければよかった…ただただ疲れました。 乳がんに関するお医者さんのレクチャーがメインで、たまには主治医と違うお医者さんの話を聞くのもいいかと思ったのだけれど、トリプルネガティブの話一切なし。 1時間半以上じっと座って聞いていて、一度だけ「3つの要素がすべて陰性のトリプルネガティブというサブタイプもあります」とでてきただけ。 あとはずーーーっとホルモンの話。 2つのホルモン受容性0%な私にはまったく関係のない話ばかり。 心底退屈でした。 結論、「トリプルネガティブ乳がんについて」と題した講演会以外は行っても無駄! もう二度と行きません。

結局、トリプルネガティブについてはあまりわかっていないことを否応なく目の前に突きつけられ、50人くらい参加者がいるのにトリプルネガティブは私だけ!?とすごい疎外感を味わって、トリプルネガティブであることのマイナス面を強く感じてしまいました。 隣の人と話しても「経過観察が半年ごとっていいですね」と素直にうらやましがられて、内心「…ホルモンの影響を受けているタイプなら、再発しても効く可能性のある薬がいろいろあるけど、トリプルネガティブが再発したら効く薬があまりなくて平均余命は9か月なのに」とどす黒い気持ちが湧きあがったりして。 そんな自分がまたイヤー!

実際には、トリプルネガティブで再発しても克服している人もまれでもたまーにはいるし、ホルモン系の人だって再発するリスクがないわけじゃない。 トリプルネガティブでもホルモン系でも再発率はそれほど変わらないと何かで読んだ気がします。 ただ、トリプルネガティブの3分の1は早くに(治療後3年以内に)再発して、ホルモン系は10年越えてからでも再発したりする、という風に理解しています。 何歳まで生きるのかはお医者さんも自分もわからないのだから、他の人をみてうらやましがっても仕方がないこと。 そもそも、人は誰でも必ず死ぬんだから…昨日のことは全部忘れよう。

だいたいが群れるのが大嫌いなんだから、そんなものに参加しようとした自分がいけなかったのね。 ピンクリボン活動にも私はまったく関心がないし(なぜだかは、また別の機会に)。 

明日からは怒涛の仕事週間に突入(というほどでもないけど、もともとトロイので)。 暑さに負けないようにがんばります。


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