気楽な読書向き 原田マハ「キネマの神様」

前回紹介した「太陽の棘」を買ったときに、「原田マハが特に好きに分けでもないんだけどなー」と迷いつつも、ほかに気になる本がみつからず、なんとなく目にとまったこの本を一緒に購入しました。 帯に「文春文庫 OF THE YEAR 2016-2017」なんて書いてあるし。

原田マハといえばアートというイメージなんですが、これは珍しく映画をめぐる小説です。

8.14キネマの神様

40歳を目前にしたバリバリのキャリアウーマンの主人公・歩は、社内のパワーバランスで足をすくわれ、大企業の職場を突然去ることに。 ちょうどそのとき、ギャンブル依存症で借金をしまくっていた父親が緊急入院。 人生八方ふさがりの歩だったが、無類の映画好きの父のおかげで、有名映画雑誌でライターとしての職を得る。 生きがいを見失った父娘は映画への思いを通して、それぞれに新しい居場所をみつけていく…。 映画をめぐるハートウォーミングな小説。

いやーな気分になりたくないとき、ちょっとした時間つぶしに何か軽いものが読みたいときにおすすめの本です。 読んでいるときはそれなりにホロッとしたりもしましたが、深みは全然ありません。 たぶん映画マニアが読んだら「なんだこれは!」と怒りそうな気がします(笑)。

作中でとりあげられている映画があまりにもベタで、映画をあまりよく知らない私でも「え、これだけ?」と思ってしまいました。 さらに、年齢も職業もさまざまな人の文章を著者は書き分けているんだけれど、それがどうも白々しい。 読んでいるときはそれなりに楽しめたけれど、読み終わって少し経つと、なんだかなーという気持ちになってきました。 原田マハって最近本当に驚くほどたくさん小説を書いているけど、文章の味わいとか話の展開の仕方で何かが少し足りない感じ。 しばらく原田マハはお休みしよう。

私の結論、本の帯のキャッチコピーを信じてはいけない。 文春文庫がこれをイチオシって…うーん。 要するに、最近よく売れている本は(私は)読まない方がいいということなのね、きっと。


8.24セミ

虫が嫌いな人、ごめんなさいね。 庭は毎日、蝉時雨。 でも、昔とは蝉の種類が違ってきている気がします。 亜熱帯化して、身近な虫や生き物が変わってきているのかも。


7月までが公私にわたってやたらに忙しかった反動か、8月はむちゃくちゃ暇で、お盆明けに仕事がちょこっとあっただけ。 あとはただただ酷暑に耐えることだけで必死な毎日。 とにかく超高齢者の両親が夏バテしないように、食事の栄養だけは気を配って、あとはすべて手抜きでだらーっとなってしまってます。

がんとバセドウ病でじっとしていた期間がかなり長かったからか、無理はできない身体になっているように感じていて。 暑さが落ち着いたら、また少しずつウォーキングしたり、できれば軽いハイキングしたり(大文字山くらいはときどき登りたいものです)、あるいは軽い筋トレを日常的にやろうと思うけれど、今はとにかく身体が疲れすぎないようにしています。

乳がんの再発予防には運動は推奨されているし、病気をする前から日常的に運動をしていた人、身体を動かすのがもともと好きな人ならいいんでしょうけど。 「身体を動かさなきゃ」と思って焦ること自体が、運動があまり好きでない人間にはストレスになりそうだから、自分が心地いいと思うペースで生活していこうと、自分に対して言い訳したりしてます(笑)。


■いつも拍手をありがとうございます。 西日本はものすごい暑さが続いています。 こんなときは、無理をせずボチボチでいきましょう。 暑さが苦手な私は秋が待ち遠しい!
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絵画の力 原田マハ「太陽の棘」

ものすごくひさしぶりの読書記録は、原田マハの文庫本「太陽の棘」。 ずっとあまり本を読むことに気持ちが向かなくて。 これが読みたい!という本になかなか出合えないんですよね。 ベストセラーの話題作「村上海賊の娘」のあまりのつまらなさにショックを受けて(!)、いったいどの本を手にとればいいのかもよくわからない状態。

そこで、ネットがなかった頃のように、まったく予備知識なしに本屋さんの書棚でなんとなく気になる本を買って読んでみようと思い立ってやってみました。

8.14太陽の棘

この表紙の絵、すごくインパクトがありました。 装丁にひかれて、内容がよくわらないままジャケ買い。


舞台は太平洋戦争が終わって3年後、アメリカ統治下の沖縄。 医大の大学院を卒業したばかりの若い精神科医エドワードは従軍医として沖縄に赴任を命じられた。 軍医といっても実戦をまったく知らないエドワードは、基地の周囲は焦土戦の傷跡がまだ生々しいことも知らず、父親から真っ赤なポンティアック(スポーツカー)をプレゼントとして沖縄まで送ってもらうほどのお坊ちゃん育ち。 気晴らしをしようと愛車でドライブ中に偶然、絵描きたちが暮らす「ニシムイ美術村」にたどり着く。 絵描きになることに憧れていたエドワードは、ニシムイの芸術家たちと交流を深め、友情を育んでいく。 しかし、戦争で破壊された沖縄の窮状が、国籍を超えた友情に暗い影を落とし、やがて…。

なんの予備知識も期待もなく買ったけれど、なかなかの良作でした。 原田マハって、ほんのちょっとどこか軽いなあというイメージだったのですが、戦後の沖縄の重苦しい部分を描きつつ、友情の話だから気持ちが落ちこむような重苦しさではなくて、読後感もよかったです。 直感を信じて買って大正解!

絵を描く人をテーマにした小説が好きで、今までにもいろいろ読んできているんですが、この小説では絵に対するあふれんばかりの情熱に焦点が当たっているのではなく、主眼はあくまでも友情でした。 だから、全体的にちょっと軽い感じがしなくもないのだけれど、戦後の沖縄が舞台として重い分、この程度で読みやすかったのかも。

読み終わってから、表紙の絵を改めてじっくり眺めて、帯のキャッチコピーの下にある「事実をもとにした感動作」に目がとまりました。 ようやく「これってフィクションじゃなくて、モデルがあったのね」と理解して、ニシムイの画家たちがどんな絵を描いていたのか、実物がすごくみたくなりました。 この絵、やっぱりすごくいいもの。 沖縄に行かないとみられないのかな…。


8.15朝顔

今日、銀閣寺の門前まで明日の「大文字の送り火」(間違っても京都で「大文字焼き」と言ってはいけませんよ!)の護摩木を書きに母と一緒に行ってきました。 途中の家に咲いている朝顔やノウゼンカズラを眺めたり、哲学の道のベンチでひと休みしたりしながら、ゆっくりゆっくり。 ご先祖と兄夫婦、そして年頭に亡くなった叔父の供養、姪たちと両親の平穏、自分の病気平癒、全部護摩木に書いて納めてきました。

今年はもしかしたら母はもう歩いていけないのでは…と危惧していましたが、がんばって全部歩けました。 今日は京都の夏にしては画期的に涼しくて、それがよかったようです。 往復40分以上歩いて、汗まみれにならなかったことにビックリです。 明日、送り火の日は晴れますように。


■たくさんの拍手をありがとうございます。 励みになります。

■京子さん、そうそう、そうなんですよ、「病気は空から降ってくる」。 まさにそういう感じ! 心配して気に病んでもどうしようもないことなんですよね。 心配しすぎて「再発しないために」ということばかりに毎日心とらわれているよりも、今日という一日をじっくり味わう方がいいなと私も思っています。 涼しいのは心底羨ましい!とは思うものの、今年の東京の涼しさって尋常じゃなさそうですね。 それはそれで物足りないかも。 京都は「夏を満喫!」とは思えないほど蒸し暑くて(今日を除く)、外出する勇気がもてません。 せめて最高気温32℃くらいにしておいてほしいんだけれど。

■りろさん、ありがとうございます。 いつのまにか手術から3年半が経ちました。 無事に3年半、昔と変わらない状態で迎えられたことに改めて驚いています。 ところで、りろさんもたいへんだったのですね。 少しは落ち着きましたか?? 涼しくなったら、またのんびりおしゃべりしましょうね。
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画家アンリ・ルソーへの愛 原田マハ「楽園のカンヴァス」

画家アンリ・ルソーに特に興味があったわけではないのですが、たまたまテレビでみた著者のインタビューがおもしろくて単行本を買ってみました。 直木賞候補にもなった作品です。



著名なコレクターからの依頼を受けて、未発見のアンリ・ルソーの絵についての真贋対決をすることになった野心的な学芸員と気鋭の女性研究者。 謎に包まれた実在の画家アンリ・ルソーの生涯をテーマに、現代に生きる男女の恋の行方と美術界の実情をからめてスリリングに描いた長編小説です。

アンリ・ルソーの強烈なインパクトのある画風は知っていましたが、これほど不遇だったとは知らなかったので、とても興味深く読めました。 この本を読むとルソーのいろんな絵をじっくり眺めてみたくなります。 ただあまりにも著者がアンリ・ルソーが好きだったためと思われますが、書き急いだ感じ。 直木賞がとれなかったのは読んでみるとそれなりに納得です。 ニューヨーク近代美術館MOMAでキュレーターとして働いていたという著者だから描ける舞台裏が(知りすぎていたため?)かえって説明的になってしまっていたり、冒頭の展開がちょっとモタモタしていたりと、すごくもったいないなあと感じるところも。 それでも、美術に興味がある人なら楽しく一気読みできると思います。

9.14サルスベリ

サルスベリの花はそろそろ終わり。 1週間ほど前までは、小さな花が輪っかのようになって木の周囲に落ちていました。 きれいなまま花が落ちてると思ったら、木の根から新しく生えてきた細い枝の先で咲いていました。 近くで見るとサルスベリの花ってフリルたっぷりで愛らしくて、不思議な形。

月曜日は、東京から叔母が母方の祖母と兄のお墓参りに来てくれてました。 あとは相変わらず終わりがみえない兄の事故の補償交渉のため、さらに追加で必要な書類を揃えるのにあちこち連絡したりして、それだけでグッタリ。 補償交渉といっても、妹は対象外なので完全なるボランティア…せめて、この2年間の心身の不調のために支払った医療費だけでも返してもらいたいくらいなのに。 法律のこと、保険のこと、普通の人が知らないまま一生を終わるようなことばかりに振り回されて。 こんなこと、知りたくなかった。 この件が終わるまで、ほんとうに喪が明けることはない気がします。


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現代女性の胸のうち 原田マハ「ごめん」

気が遠くなりそうなほどの猛暑+姪っ子の心配で、読書熱も手作り熱もすっかり冷え切ってしまった最近のワタシ。 あまりに重い内容には耐えられそうもなくて(そのわり「そして殺人者は野に放たれる」なんて読んでましたが)、でも軽すぎると物足りなくて、無いものねだり状態が続いています。

ここらでちょっと気分を変えたくて、今まで読んだことがない作家の小説でおもしろそうなものがないかと、ネットを徘徊。 原田マハの「ごめん」がよさげだったので、図書館で借りました。

9.6ごめん

「ごめん」は女性を主人公にした4編からなる短編集です。 現代の働く女性を主人公にしているのですが、不倫がモチーフの根底にあるために、恋愛小説に興味がなくて、かつ不倫にまったく同感できないワタシは感情移入ができませんでした。 ぶつ切れの短文を重ねた、なめらかさが欠如した文体に違和感を覚えたり、「不倫なんてするから…」と、読んでいるときは否定的に感じていたはずなのに、独特の余韻を残すから不思議です。 はっきりとした結末がなく、どの主人公もひとり立ちつくしているような終わり方なんですが、ひとりでしっかり困難を乗り越えていってくれそうな強さを感じさせるからか、後味が悪くない。

4編の中では、短編小説らしい企みと答えが用意されている「最後の晩餐」が一番気に入りました。  短編を読みつけている人だと、すぐに展開がわかってしまいそうだし、少しセンチメンタルなんだけれど、舞台となっているニューヨークの雰囲気がとてもよかった。 著者はNYで美術の勉強と仕事をしていたそうで、「借りもの」でNYを舞台にした作品とは一線を画す、しっかりとした核があるというか…NYに対する、愛情とは言い切れない複雑な感情を抱いているのだろうと推察しました。

表紙は高知の風景です、たぶん。 高知を知ってる方なら「ごめん」はすぐにピンと来ますよね。 そう、アレと謝罪の「ごめん」をかけているのです。 内容とうまくリンクした、つかず離れずのタイトルのセンスがなかなかいいな、と思いました。 原田マハって、本を読むまで知らなかったのですが、作家の原田宗典の妹なんですね。 若い頃、原田宗典の小説で好きなものがあったからビックリ。 日本ラブストーリー大賞を受賞して作家デビューしたとのこと。 この経歴を知っていたら読まなかったかも。 すごく好き!というのではないのですが、また気が向いたら読むかも。

9.6ゲンノショウコ

昨日はあまりにも仕事をやる気になれなくて、時間がないのはわかっているのに、庭で草ひきに精を出してしまいました。 頭が重いのは、イネ科の雑草がはびこっているせいかと思って。 抜いても抜いてもきりがありません。 ひさびさに庭をうろうろして写真を撮りました。 雑草のゲンノショウコがあちこちでパッチリ咲いていてかわいい。 これを抜いておかないと、今度はゲンノショウコだらけになるのかな。

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