肩がコリコリ

夜更けに一人でひさびさにビール飲んでます。 相変わらず過酷な締切設定に、最近ぼんやりしっぱなしの脳みそを一日中必死で稼働させてみましたが、頭が煮え煮えになったわりにはちっとも進みません。 10時間後には着付け教室3回目に望んでいるはずで、鈍くさいワタシが後ろ手に帯と格闘している予定。 今日はあきらめて寝てしまおうとビール飲んでるわけです。 明日寝ずにやれば仕事は片付くのかなあ…(冷や汗)。 ま、そんなことは考えても仕方がないので考えないことにします。 

10.30野紺菊

野紺菊(のこんぎく)が木漏れ日を浴びて咲き始めました。

最近、仕事をするときはAricoさんのCDを流しています(ふだん仕事中は完全無音なんですが)。 静かで繊細なピアノが、仕事が進まない焦燥も、耳がとても遠くなった両親に一日中声を張り上げてささくれてしまった気持ちも、将来への漠然とした不安も、優しく包みこんでくれるようで。 Aricoさんの音楽は風や雨の音に似ている気がします。

さ、着付け教室に備えてそろそろ寝よっと。
Category: 日々の記録

豆本第1号やっと完成

やっとのことで豆本の第1号が完成しました。 本文や表紙の台紙だけはさっさとできたのに、表紙の紙やデザインに迷って放置してしまい、その後なんとか形にしたはいいけど写真に撮らずまた放置。 できあがってみると、表紙の貼り付け位置がいがんだり、花布(下の写真では、ページのてっぺんに見えている赤い小さな布)が飛び出しすぎていたり、とてもみなさんに見ていただけるようなものではなくて。 ブログに載せるのを躊躇するへっぽこぶり、ご覧ください(笑)。

10.28豆本第1号

豆本も蛇腹の写真立ても、なかはブログに載せた庭で撮った花の写真です。 美しく仕上げるにはまだまだ修業が必要です、ハイ。 旅バージョンはまだ納得できる表紙案が浮かばず、表紙がつかない状態で止まっています(汗)。

作り方の参考にしたのはココとかココ。 ただし、ワタシは写真を上下二つ並べるテクニックがないし面倒だったので、L判の写真用マット紙に写真2枚を白枠付きで横にレイアウトしてプリントアウト、それを半分に折りました。 写真を白枠付きで横に並べるのは、画像加工用ソフトを使わなくても、キャノンのプリンターに付属していたソフトで簡単にできました。 初心者のくせに、単行本のように花布や表紙の開きのところに筋をつけたスタイルにしたくて、以前に買ったおまめの豆本づくりを参考にしつつ適当に(笑)作りました←だから、きちっと仕上がらない。 仕事が一段落したら、中途半端になっているものも形にするつもり。
 
10.28初嵐

このあたり、昨日はしとしと程度の雨が降っただけで台風の影響はなかったのですが、台風一過の今朝、椿の「初嵐(はつあらし)」がいっせいに咲いていました。 初嵐って木枯らしのことで、台風じゃないと思うんですけど。 植物も温暖化に戸惑ってる? 気持ちいい青空に誘われて、今日は近所のギャラリーで開かれていたフェルトの個展へ。 ひさしぶりに羊毛が触りたくてウズウズしてきました(気が多すぎ)。

深く強く地を踏みしめて去った人 ブルース・チャトウィン「どうして僕はこんなところに」

10月も終わりだというのに、関東地方は台風来襲で風雨が強いそうですね。 関西はいつまでも妙に暖かくて、11月が目前だと言うことが信じられないほど。 日本の気候はどうなっちゃったんでしょう?

「パタゴニア」に続いて、ブルース・チャトウィンの遺作「どうして僕はこんなところに」を再読しました。 帯のキャッチコピー「僕はずっと奇跡的な何かを探し続けていた-ブルース・チャトウィン」にひかれて買ったのだったかな。 期待を裏切らず、この本も男っぽく硬派で、かっこいいです。

10.11どうしてここに

さまざまな媒体に書いた原稿をチャトウィン自らが選んで編集し、タイトルをつけた遺作です。 本人は死期が迫っているのを知った上で、病魔とせめぎ合いながら一冊の本にまとめたようです。 48歳で亡くなったチャトウィンの数少ない著作の中で、世間的には長編の「パタゴニア」や「ソングライン」が評価されているのですが、ワタシはこの本が好き。 死を意識しながら古い原稿に手を入れ、過去の記憶をたどって最後の年まで原稿を書き続けたチャトウィン。 キリキリとした切実さが、直接的な表現をほとんどともなわないのに行間からにじみ出ています。 人にも未知の風土にも真摯に向きあった生きざまが、一見脈絡のないような短編の連なりを読むうちに、はっきり立ち現れてくるのです。 30代の頃は漠然としていた「死」がどんどんリアルに感じられる年齢になって、チャトウィンが抱いていただろう「もう残された時間はわずかだ」という切実さが今回はいっそう胸に迫りました。 読書って、やはり「読む時期」によって、受け止め方がずいぶん違うものなんですね。

中国に対する視線が特にすばらしく、「ロックの世界」を読んだら、いつか雲南省の納西(なし)族の村へ行きたくなりました。 ワタシが山が好きだからか、ヒマラヤの旅の記録「雪男の足跡」も記憶の中で今もきら星のように輝いています。 シャネルのように派手に振る舞わなかったために、知る人ぞ知るという存在になった伝説のモードデザイナー「マドレーヌ・ヴィオネ」や、美術品競売会社サザビーズに勤務していた頃を振り返った「美術界」の4編(特に「ベイ」)を読むと、自分がやりたかったことを思い出しました。 Q&Aのようなインタビューじゃなくて、その人の背景を知り、その人の風貌や生きざまをたどる人物ルポが書きたかったんだなあ、ワタシはずっと。 なのに…どうしてワタシはこんなところに…。

チャトウィンも(←ワタシと同列に扱っていいのか!)ヘミングウェイが好きだったとありました。 昨日ひさしぶりに本屋さんに行ったら、福永武彦「忘却の河」や柴田翔「贈る言葉」が新装復刊されているのをみつけて、昔むさぼるように読んでいた作品をもう一度読み直してみようかという気になりました。 ヘミングウェイやサマーセット・モーム、福永武彦、辻邦生、初期の宮本輝、有吉佐和子、池澤夏樹…こうした人たちの本を読んでいた頃の方が、自分が書く日本語が良かった気がします。 原点回帰してみようかな。
 
10.27謎の花

今日も薄暗い雨の一日。 鉢の中で勝手に咲いていたこの花、名前はなんていうんだろう?

同一人物が描いたの!? 京都国立博物館「狩野永徳」展

きもの着付け教室が終わってから、大急ぎで京都国立博物館へ。 「狩野永徳」展をみるために駆けつけました。 でも、慣れない着付けや帯結びで頭も身体も混乱してグッタリ。 その上、お昼を食べそこねて空腹。 そのまま混雑した会場に入っても鑑賞する気力が湧かない気がして、まずは入口横のカフェで軽食をとって、頭をクールダウンすることに。 うだうだしている間に15時! でも、結果的にはそれがよかったようです。 予想に反して、会場内はわりと空いていました。 人はいるけれど、混雑で疲れるほどではありませんでした。

10.24狩野永徳展

聚光院「花鳥図襖」にみる墨絵での自由でのびやかな筆の運びと、「洛中洛外図屏風」の隅々まで緻密に描き尽くした画面構成と細やかな描き方、そして威風堂々としつつもカッチリと描かれた最晩年の「唐獅子図屏風」。 ほんとうに一人の人物が描いたものなんだろうか?と疑いたくなるほど画風も筆運びも違って驚きました。 実際、狩野永徳の真筆と判明しているものはごくわずかで、永徳の名前が記されていても狩野派の誰か別人が描いたものという作品も多いそうです。 「狩野永徳ブランド」として売っていた、という解説文に「なるほど」と納得させられました。

今回の展覧会で一番印象的だったのは、やっぱり絵画はオリジナルを見ないといけないということ。 「洛中洛外図屏風」は思っていたよりもずっとずっと細かい描写でびっしり埋めつくされていて圧巻でしたし、「唐獅子図屏風」はあれほど大きいとは思っていませんでした。 たとえ二条城のような大きな建物だとしても、あれほど巨大な(背の高い)屏風が飾れる空間なんてほとんどないんじゃないでしょうか?

話題の「洛中洛外図屏風」は楽しい絵でした。 ミニチュアのように細々と書きこまれた小さな人物それぞれにストーリーがあって、店先にはさまざまな品物が並んでいて、祇園祭や念仏踊りがあって、京都の町の賑わいが聞こえてきそう。 遊女屋へいままさに入ろうとしている坊さんをみつけてニヤリ。 事前に絵の細部を調べてから鑑賞するのもいいけれど、自分でみつける楽しさもなかなかいいものでした。 図録は大きすぎたので、狩野永徳を特集している「芸術新潮」11月号を買って帰りました。 展覧会にでていた作品の写真も読み物も充実していて、家に帰ってからも楽しめる内容です。
 
展示作品の数が多すぎず、かつ、お弟子さんやお父さんの絵などで適当に息抜きができたせいか、美術展にしては疲れませんでした。 珍しく両親(特に父が美術展に同行するのは珍事)も一緒にみたのですが、年寄りが疲労困憊するほどでなくて内心ホッ。

10.24夕暮れ

会場を出たのが17時。 西山へと沈む間際の夕日(京都タワーが小さくシルエットで見えていました)、東山から昇ったばかりの月がとてもきれいで、しばらくぼんやり眺めていました。 ついこの間まで「暑い暑い」とうめいていたのに、いつのまにかしんと静かな夕暮れどきに、秋の深まりを感じる季節になりましたね。
Category: 展覧会

初・時代祭

10月22日は時代祭でした。 タイトルが「初・時代祭」だからといって、初めて行列に参加した、ということではありません。 実は…今年、生まれて初めて見たんです。 京都生まれのくせに、人混みが苦手だからあんまり興味がないまま、40年以上(笑)。 たまたま月曜日に仕事で街中へ出なくてはいけなくて、それがちょうどお祭りの時間帯だったので、ちょっと早めに家を出て御所へ。 行列が御所から丸太町へ出る門の付近は、すでに人がいっぱい。 歩道が狭くて人垣の後ろからチラチラ見えるだけでしたが、いちおう雰囲気はわかりました。 お祭りといっても神事ではなく、仮装行列に近いので、厳かな感じはいっさいなし。 行列に出ているのは素人だし、眺める方も気楽に面白おかしく見物すればいいんですね。

10.22時代祭

人垣の後ろからでは、写真はうまく撮れませんね。

ワタシの横に立っていた地元のおじさんが、観光客のおばさん相手にときどき話す会話なのか独り言なのか…「最初は地味なんや(明治維新から時代をさかのぼるので、最初は「桂小五郎」とか「高杉晋作」とと書かれた小さな旗の後を普通の武士がひとりずつトボトボ歩いているだけ)。 きれいな衣裳の行列(=戦国時代以前)までは、しばらく待たなあかんのや」「おっ、さすがに信長役は男前やね。 スカッとしたはるな」とか、ほんわかした味があって楽しかったです。

牛車の牛がとても毛づやがよくてキレイでした。 どこから連れてくるのかな。 目の前に来たところで、牛車の後ろを歩いていた牛が切なそうにモーモー鳴いて、ちょっとジタバタ。 付き添いの方が鼻面をなでて一生懸命なにか話しかけてなだめていました。 ちゃんと最後まで機嫌良く歩いてくれたかな。 室町時代が始まるまでに先頭が行ってから40分くらい経過。 残念ながらタイムアウト、仕事の現場へ駆けつけました。 仕事先の女将さん曰く「時代祭を見るなら、やっぱり御所が一番いいわよ。 松の緑がバックにあって、それに行列の人たちもまだ出発したところで元気でシャッキリしてるから。 平安神宮に着く頃には、みんな疲れてダラダラ歩いてるし」。 行列そのものをじっくり見るなら御池通がよさそうでした。 人の密度が丸太町ほど高くなくて、よく見えましたよ。 ただ、ビルの間の大通りなので風情はありません。 そうそう、母によると、行列が始まる前に御所へ行くと、衣裳を着けて待っている人たちが間近で眺められて、それがなかなかおもしろいとか。 ワタシは一度でも見たから(前半分だけなのに)満足しました。 もう一度見ることあるかな?

■Tさん、洋紙のお店情報をありがとうございました。 そういえばオープンした直後に行ったことあったんですが、すっかり忘れてました。 時間があればのぞいてみます。
Category: 日々の記録

お掃除で日が暮れて

いいお天気でボーッとしていると、どんどん時間が過ぎて…かれこれ2週間前から「行かなくては」と気になっている美容院に行きそびれ、近所のギャラリーで開かれている羊毛フェルトの個展もみにいけず。 密度の薄~い日を過ごしています。 本日はいいお天気に誘われて、(珍しくも)丸一日お掃除三昧。 陽ざしが明るいとホコリがとっても目立つんですよね(汗)。 まずは庭の草ひき&ザクロ収穫を手伝い、掃除機のフィルターを全部外して水洗いして、その後は自分の部屋まわりをひたすら拭き掃除。 ついでにひさびさに窓もしっかり拭きました。 窓からの風景がクリアになって、最近なにやら落ち込み気味の気分がパッと晴れました。 床も棚の上もツルツル♪ 空気もとってもクリーンになった気がします。 ただし、床からそびえたつ本の山脈や、机の周辺を占拠したまま行き場のない資料があるので、見た目は相変わらず散らかり放題な部屋ですけれど。 どうすれば美しく片付いた状態を維持できるんだろう?(ワタシにとっては一生の謎)

あとは大騒ぎして納戸のタンスを引っかき回して、着付け教室に持っていくきもの+帯さがし。 母が娘時代に買ってもらったきものと帯をなんとかリユースしようとしているので、組み合わせがなかなか決まらず悩む悩む(というほど枚数があるわけでもないのに)。 きものって洋服とは全然違う感覚なので戸惑います。 きものに関する仕事をしたこともあったけれど、実は何もわかっちゃいない(大汗)。

10.21貴船菊

近ごろ、いろんな蜂や蝶がせっせと花から花へと飛んでは蜜を吸っています。 スズメバチやアシナガバチの巣が軒先にあったときは、ほかの蜂の姿をまったく見かけなかったのですが、昨年撤去してからは庭に平和が戻ってきました。 さらにイモムシや毛虫もぞろぞろ。 蝶になるのか蛾になるのか気になって、ネットで調べようとしましたが、毛虫とイモムシの画像が画面にいっぱい…ぎょえ~、正視できず挫折しました。

早く豆本を完成させたいのに、表紙のイメージに合う紙がみつからず…中断したまま。 あ~いつのもパターンだ(汗)。 そういえば春に刺繍したウサギはバッグになるはずが、結局刺したところで放置…いかんなあ。 とりあえず、明日は仕事の後に紙を探し歩いてみなくては。 京都でプリントの洋紙を探すのはひと苦労です。

■Tさん、素敵な作品展情報をありがとうございます! みにいきます。 ネットをのぞいただけでウットリです。 やりたくなりそうでかなり危険です(笑)。
Category: 日々の記録

いくつになっても

昨日は着付け教室の第1回でした。 ものすごく飲みこみが悪くて鈍くさいので、ちゃんとできるかちょっとドキドキ(気弱すぎ)。 最初は浴衣と半幅帯の練習。 先生の指導のもと、きちっと着付けられました。 帯を結ぶのが初めてだったけど、言われたとおりにすれば意外にできるもんなんですねえ。 先生に「きれいに着られてるわよ」とほめてもらってウレシイ。 いくつになっても、できなかったことができるようになるのって楽しいものですね。 しかし。 帰ってから復習しようとしたら…あれれ? えっと、どうするんだっけ? すでにあやふや。 なんとか強引に帯の形を整えた頃には、しっかり着崩れてるじゃないの(汗)。 1週間後までに、着付けに関するすべての記憶を喪失してしまうのではないか、本気で心配です。 

10.18ピラカンサ

ピラカンサ(橘もどき)の実が色づいてきました。 日だまりの中で気持ちよさそう。

テレビではボクシングの亀田一家のことばっかりやっていますね。 ついこの間まで、やたらに一家を持ち上げていたテレビ局が手のひらを返したようにバッシングしているのは、みていて気分よくありません。 亀田家の行儀の悪さにはヘキエキしていたけれど、なにもそこまで言わなくても…。 坊主刈りにして目もうつろな大毅はやっぱり子どもだなあ、と思いました。 父親のしつけが悪いのであって、子どもをさらし者みたいにして責めるのはなんだかかわいそう。 反則行為はもちろん悪いこと。 叱るのはいいけど、いじめちゃダメでしょ。 チャンピオンだって「僕はいじめっ子じゃありませんから」と言ってたんだから、もう亀田家の話題はやめにして欲しいです。 苦労人のチャンピオンが実力でも大人の貫禄でも勝ち。 実力がともなわないのにチヤホヤしたテレビ局やマスコミが一番罪深いと思うんですけど。
Category: 日々の記録

この人にしか書けない旅がある ブルース・チャトウィン「パタゴニア」

ブルース・チャトウィンの「パタゴニア」を10年ぶりくらい(?)に再読しました。 う~ん、やっぱりすごい。 この本の何がすごいのか、言い表すのはとてもむずかしい。 「こんなところが魅力です」と簡単にくくれない、重層的な内容と文章表現なので、感想を書くのがとてもむずかしい本です。 削ぎおとした文章は非常に男っぽくて、でもヘミングウェイみたいにマッチョじゃなくて…もっと繊細で。

10.11パタゴニア

さらさらと読めるものではないので万人向きの本ではありませんが、紀行文学としてのひとつの到達点をみせる、屹立した秀作だと思います。 ほかの何ものとも似ていない、チャトウィンでなくては書けない世界が活字となって凝縮されています。

紀行文というと、たいていは単なる「個人の旅の記録」なのですが、チャトウィンにかかると個人的な思い入れや感慨は背景の中に淡く消えてしまい、パタゴニアという地の果ての世界そのものが物語のように立ち上がってきます。 ありとあらゆる事情からパタゴニアに流れ着いたさまざまな人たちに出会い、荒野に悪漢たちの足跡を探し、ひたすら歩き続ける旅。 時系列ではなく詳細な記録でもなく、深い教養と洞察力からチャトウィンの思索は思いも寄らない方向へ飛び…文章そのものが、さまよい歩く感じを伝えてくるような。 人物名が出ても知識がないので、その背景がちゃんとわからないこともたびたびありました。 手放しで「すてき!」「大好き!」とはいえないのですが。 読後に残るのは、パタゴニアの荒涼とした風景、パタゴニアの荒れ地を吹きわたる風の音(そんな表現はほとんどないのに)、地の果てにまで至った寂寥感、心のおもむくままに歩き、見尽くしたという一種の達成感。 

この本を手にとった頃は、紀行文についての新たな可能性を自分なりに考えていたときだったのですが、あまりにもスゴイものを読んでしまって意気消沈。 自分と比べること自体がバカなんですけどね、まだ当時は若かったもので(笑)。 再読したら、その苦い記憶も掘り起こされて…チャトウィンについて語ることはとてもむずかしい。

10.16三時草

この花を母は「三時草(さんじそう)」と呼んでいますが、調べてみると一般的には「三時花(さんじか)」というそうです。 名前の由来は三時頃に咲き始めるから。 ちゃんと名前の通り、2時30分頃に開花して夕方まで咲いています。 雑草だけど、小さな小さな花がパラパラッと咲く姿、花の深い色合い、真っ赤な実がとてもかわいい。

■Tさん、いつもみてくださってありがとうございます。 製本されてたなんてステキ! 製本ってすごく奥が深そうで興味があるのですが、なかなか習うところが身近になくて。 豆本はきちんとした工程ではなく、すごい手抜きなんですよ(汗)。 濃い色のホトトギスは確かにダルメシアンぽいですね(笑)。

写真展をハシゴ

日曜日は、母の写真仲間の個展と「今森光彦写真展」を連続して眺めて写真三昧な一日となりました。 今森光彦は昆虫写真家だと思っていたら、いまは「里山」をテーマにしたナチュラリスト的な見地での写真を多く撮っているようですね。 実は最近、たまたま今森さんの活動について知る機会があって、とてもまじめに環境問題に取り組んでいる方という印象を受けました。 「里山」という言葉を言い出したのも、この方ではないかしら? 滋賀県の棚田や自然、琵琶湖の写真がたくさんあって、滋賀県出身の母は楽しそうでした。 ただ…風景写真は確かに美しいのですが、個性としてのきらめきは感じられませんでした(←ホントに何様なんでしょ、ワタシは)。 この方はやっぱり昆虫やカエル、魚の写真がいいですね(鳥はイマイチ)。 小さな命がとても生き生きしている、その一瞬を切り取れるのはやっぱり被写体への愛情と深い興味があるからだと思います。

個展の方は10点ほどの作品でしたが、個性と(ほどよい)野心がうかがえて、ぼんやり日を過ごしているワタシにはなかなかに刺激的でした。 個人的にはピントがキチッときているのが好きなんですけど、ぶれたりにじんだりした味もあるのだなあと改めて認識しました。 写真という手段で自己表現して、それを世に問うていこうという意欲=ワタシに最も欠けているもの(私の場合は写真ではないけど)がそこにありました(笑)。

やっぱり一眼レフでフィルムで撮った写真はいいですねえ。 デジタルとはぜんぜん違う奥行きや陰影があって。 一眼レフ+リバーサルフィルムがちょっと恋しくなりました。 デジタル画像はモニターで見ているときはまだしも、プリントするとすごく平板になってしまう気がします。 それを逆手にとってマット紙に刷りだすことでいっそう平板にして、画質処理せずに絵本化させてしまうのもいいなあと、近ごろ感じています。

10.14ホトトギス蕾

日々ぼんやり生きているワタシが撮ったホトトギスのつぼみ。 ベルベットみたい。
Category: 展覧会

デジカメ画像で遊ぶ

このところ夜な夜な、先日買ったを参考にしつつ、Photoshop Elementsの体験版でデジカメ画像を並べて、プリントアウトして切ったり貼ったり。 つまんないことがわからなくて四苦八苦しつつも、プリントしたものを手作りで加工するのが楽しくて、デジカメ画像の新しい楽しみ方発見!という感じ。 豆本は表紙に貼る適当な紙がみつからず、画像ページに見返しをつけたところで止まったまま(汗)、街中へ買い物に行くのがおっくうで放置。 蛇腹式アルバムにしてみたり、ポストカードのレイアウトで迷ってみたりしてます。 光沢紙じゃなくてマットな紙を使って、画像が小さくなると、どことなく絵本ぽい質感が出て、それがかなりいい感じ。 ワタシの写真に対しては常に辛口コメントの母も、豆本の作りかけを見て「こんなのなら、私だって作ってみたい」と羨ましがってます(母はリバーサルフィルムをいまだに使っているので)。

でも、Photoshop Elementsにしても紙の切り方にしても、まだまだ修業が必要だなあ。 ああ、もうすぐ体験版の使用期限が切れちゃう…買ってしまうんだろうなあ(お金が…)。 動画処理までできる最新版なんていらないんだけどなあ。 どのソフトも、もっとシンプルな内容のものを安く売って欲しいのに。 ソフト開発(デジカメ開発も)って何か方向を間違ってない?
 
10.13画像で遊ぶ

自己満足の世界…うしし。 近ごろの作業で得た教訓=刃物も大切だけど、いい定規があると画期的に作業がしやすい。 マットと金属製の定規を買って正解でした(こんなことするのに、どんだけ投資してるんだか)。

ユダヤ人って何? 内田樹「私家版・ユダヤ文化論」

突然ですが、質問です。 あなたは「この人はユダヤ人だ」と見分けられますか? ワタシは外見では全然わからないです。 どこからみても白人みたいな人やら、どうみてもアラブ系にみえる人やら…パッとみてもわからないどころか、「私はユダヤ人です」と自主申告してもらわないと見分けがつきません。 それなのに、ヨーロッパやアメリカでは「あの人はユダヤ人だから」という言葉を結構聞くんですよ。 ワタシの認識が根本的に間違っていて、実はすぐにわかる特徴があるのかなとずっと気になっていました。 ユダヤ人って、そもそもどういう人たちのことをさすのでしょうか?

今年の旅でプラハ行きの飛行機に乗ったときに、隣りに正統派ユダヤ教徒の服装をした男女が座っていて、そんな間近からそういう格好をしている人を見るのは初めての経験でした。 「へえ、女の人はあんな服装をするのか」と好奇心でついジロジロ(ごめんなさい)。 しかし、20代の頃、ギリシアの島で同宿したイスラエルから来た若者たちは、ミーハーさが日本の学生と同レベルで親近感を覚えるほどだったので、ユダヤ人といってもいろいろなんですよね(当たり前だ)。 そうかと思えば、先日テレビでナタリー・ポートマンのインタビューをぼんやりみていたら「私はユダヤ人だから」とヘブライ語でひと言挨拶していて、「うわ、この人もユダヤ人なのか」と意味もなく驚いて。 そしてこの間、北欧のデザイン展で解説文を読んでいたら、スウェーデンの有名な家具デザイナーもユダヤ人だという箇所があって、でも写真をつくづく眺めてもワタシには白人にしか見えなくて。 ユダヤ人って何?

先日、内田樹「私家版・ユダヤ文化論」(文春新書)が小林秀雄賞を受賞したときいたので、それならそれほど変な本じゃないかな(ユダヤ論ってトンデモ本が多そうなイメージがあって)と読んでみました。 が、冒頭でいきなり、この本を読んでもユダヤ人がどういう人をさすのかわかるようにはなりませんよ、と書いてありました(笑)。 でも、それなら、見分けがつかないワタシがおかしいわけじゃないのね、と妙なところに納得してしまいました。

10.11ユダヤ文化論

この本に結論とか、ハッキリとした単純な事実を求めてはいけません。 ユダヤ人がどうして長年にわたって嫌われてきたのか(乱暴な言い方でスミマセン。著者はもっと洗練された書き方をされています)ということを通して、ユダヤ独特の「知性」=「ものの考え方」を思弁的に探っていこうとする、その過程がそのまま書かれているといえます。 「ユダヤ人とはこういう人たちだ」と単純に規定することはできないのだそうです。 しかし「反ユダヤ主義」についてなら述べられる。 そこで反ユダヤ主義を通して、「ユダヤ人」という極めてとらえにく集団に少しでも近づこうというのが著者のスタンスです。 もちろん著者は反ユダヤではありません。

「わかりやすい本」とはいえませんが、著者がいわんとしていることは伝わってきました。 ユダヤ人特有の知性が非ユダヤ人に恐怖感を生み、反ユダヤ主義へと向かわせた。 その恐るべき知性は、勧善懲悪とはまったく違う宗教観から生まれたものである…ということのようです(ワタシが理解できた範囲では)。 ただ疑問に感じたのは、そういう宗教観はどういう民族的歴史に由来するのか、ということが説明されていないこと。 そういう宗教観を持っているから、ものの考え方の出発点が他の人たちとはまったく違うと著者は書いているのですが、ワタシは歴史に影響されて宗教はできていくものであって、唐突に宗教が先にあるわけではないはずだと思っています。 なんでバビロンへ民族ごと連れて行かれるほど弾圧されたのか? そのあたりの知識がまったくないためなのか、納得いきませんでした。 とはいえ興味深く読めた本です。 「ユダヤ人ってどうなの?」ということに興味がある人は、読んで損はしないと思います。

個人的に一番印象に残ったのは、中国とインドではユダヤ人との間に過去2000年間なんのトラブルもなかったということ。 もちろん両国に居住するユダヤ人がとても少数だからという理由もあるのでしょうが、歴史的に考えて両国はかなり早い時期から高度な文明を持っていたため、ユダヤ人を驚異に感じることがなかったのでは?(ワタシの勝手な憶測)。 中国人やインド人は経済的な感覚がしっかりしていて「ユダヤ人に出し抜かれた」と恨むような摩擦がおきなかったのでは?(これも勝手な憶測)。

10.11ホトトギス紫

ホトトギスがいつのまにか、ものすごく増えていました。 これは濃い紫。 もともとはこれくらい濃い色だったのが、白と交配して淡い紫のものが多くなったみたいです。

本日は、庭の花の写真を並べて豆本作ろうとPhotoshopをいじっていました。 PCなんて全然わからないくせに、ひとりで手探りでやっているので、異常に時間がかかります。 でも、少しずつわかってきて豆本ぽい形になってくると楽しい♪ ブルース・チャトウィン「パタゴニア」の感想も書きたいのに、相変わらずダラダラいっぱい書いてしまい、本日も時間切れ。
Category: 内田樹

一段落…かな

はぁ~ッ、ただいま直しをメールで送付して、ひと仕事終わった!…はず(汗)。 世の中は連休というのに、ワタシは連働(?)でした。 でも、実はニューヨーク在住の友だちが「実家に帰ってきてるんだけど、ひま?」と急に電話してきて、ひまじゃないけど、仕事ほったらかしておしゃべりしに出かけたりもしてました。 その分、昨日は朝から午前2時過ぎまで、脳みそが絞りかすになってスカスカになるほど集中して仕事に励みましたデス。 といっても、やりがいを感じるような内容ではないので、チェックさえ無事に通ればそれでよし。 昨夜はさすがに脳みそが沸騰していて、疲れているのに寝つかれず、新書「私家版・ユダヤ文化論」を半眠り状態で読んでるうちに朝になってしまいました。 そのわりに一日中、特に眠くないのが不思議です。

締切を守れれば、どう働こうと自己責任、という仕事の仕方がワタシには合っているんだなあ…もう絶対に勤め人にはなれません。 「明日できることは明日する」、最近のワタシの座右の銘でございます。 佐野洋子じゃないけど、ワタシも「がんばりません」(この人のこの文章、大好き!)。

10.9金木犀満開

今年は金木犀の花付きがとてもいいですね。 もう満開になりました。 おつかいに出てみると、ご近所でもいっせいに満開になっていました。 夏が暑くて長いと、金木犀がよく咲くのでしょうか?
Category: 日々の記録

仕事渋滞中

仕事が煮詰まって頭が煮えてます。 それなのに脳内メーカーやってみたら(仕事が忙しいのに遊んでいる…)、ほとんどが「嘘」と「休」。 真理を突かれてるかも…と、思わずギクッ。 なんだかねえ、仕事をする気はあるのに集中力が全然ダメなんですよ。 かなりなボリュームがある仕事を火曜の朝一番までに仕上げて送らなくちゃいけないのに、ちっともまったく進まない(焦)。 もう今夜はあきらめてお風呂入って寝ちゃおうかな。 今夜は寝て、明日朝から集中しよッ!

10.7リュウノヒゲ  10.7お茶の実

10.7椿の実  10.7金木犀

「気分転換」と自分に言い訳して、まだ蚊が群がってくる庭をウロウロ。 夏枯れの季節が終わって、庭に出るたびに何かちょっとした発見があって楽しいです。 左上はリュウノヒゲの実。 右上はお茶の木の実、大きく映っていますが、親指の先ぐらいの大きさです。 左下は椿の実。 珍しく割れて種が見えています。 お茶の実よりはだいぶ大きいです。 右下は咲き始めたばかりの金木犀。 まだ蕾なのに、もうたっぷりいい香りがしています。

■Tさんも高島屋の月ヶ瀬がお好きなんですね! プラッと気楽に入れていいですよね。 我が家の庭はたいして広くもないのに、木がうっそうと茂っているので動物や鳥、虫にとっては憩いの場のようです。 昔はもっと周囲の家にも庭があったのに、どこも建て替え時に敷地ぎりぎりまで建物になってしまって、気づけば我が家だけが緑の小島みたいになってしまいました。 うっかりしてるとすぐにジャングルになってしまうことと、夏に蚊の巣窟になるのだけが難点=近所迷惑。
ポストカードはまだまだ妄想の次元なので、気長にお待ちください。 でも、楽しみに待っていてくださる方がいると励みになります。 PC音痴ですが、がんばりますね。 年賀状も見てくださって、ありがとうございます! 今年の年賀状は優柔不断なワタシにしては珍しく、パッとひらめいたのですが、来年はどうなることやら(笑)。 ネズミって…アイディアがまったく浮かばない(汗)。 こんな素人の遊びでよろしければもちろんお送りいたします。 あ、でもくれぐれも期待しないでくださいね。 ネズミ…ネズミ…ネズミ…どうしよう??(仕事より考えてて楽しいなあ)
Category: 日々の記録

空ばかり見ていた

とても身近な方が深い悲しみに沈んでいることを知らないまま、日を過ごしていたことを昨夜知りました。 今日は仕事もせずに、空ばかり見ていました。

10.5貴船菊

あまりにも突然に、遠くへ逝ってしまった方のご冥福をお祈りしております。 今年初めての貴船菊に思いをこめて。
Category: 日々の記録

忙しい一日 「院展」+「北欧モダンデザイン&クラフト展」

母と行く約束をしていた「院展」に、今日ようやく行ってきました。 院展は現代の日本画の傾向がうかがえておもしろいのですが、今回はハッとするような絵に出会えませんでした。 重鎮の先生方の作品もいまひとつ小粒な感じで物足りなかったです(何様なんだ、ワタシは)。 平山郁夫さんもひさびさにトルコのエフェソス遺跡を描いた大作を出してられたのですが、遺跡の列柱にはかつての作品とは違って、なんというか「重さ」がなくて積み木みたいに見えて…。 やはり高齢になると、体力的に大きな画面の隅々まで濃密に埋めつくすのはむずかしいのかな。 その真反対に、大観賞受賞の番場三雄(だったっけ?ちょっとあやふや)の作品はすごかったです。 にごった色も異国の題材もワタシの好みじゃないんですけど、でも好き嫌いを超えた「絵の力」が画面の隅々にまでみなぎっていて圧倒されました。 水牛だかヤクだかの群像を後ろからとらえている画面の切り取り方もすばらしくて、力強さが印象的でした。 入選しただけで隅こっに展示されていた東儀恭子「宝探し」がワタシは気に入りました。 波打ち際で何かを探している犬を描いているのですが、波打ち際の海水と砂浜の配置や描き方がステキでした。 もっとこの人の作品をみてみたいなあ。 あとは、写真でもなく洋画でもなく「日本画で描くこと」の意義を感じさせる作品が少なくて残念でした。

「院展」だけのつもりだったのですが、同じ京都市美術館内で「北欧モダンデザイン&クラフト展」をやっているのを知って、母がそれもみたいというのでついでに鑑賞。 こちらはいま注目されている北欧家具や食器・ガラスなどの工業製品が展示の中心でした。 いま注目されているジャンルなので、わりと既視感のある展示物が多くて、展示の切り口も会場の形状と合っていないのか、錯綜していてちょっとわかりにくかったです。 プラプラ眺めて楽しむのにちょうどいいくらい。 いつもの美術展のように疲れなくて、それはそれでよかったです。 ショップが充実していたら買いたくなるかも…と心配(?)していたのですが、財布の紐がゆるむようなものが並んでいなくてホッ。 というわけで、Mさん、誘っておきながら勝手に行っちゃいました。 ゴメンナサイ!!

美術鑑賞のあとは四条河原町へ出て、高島屋の「月ヶ瀬」であんみつ食べて一服。 ひさびさでおいしい~! 「月ヶ瀬」のあんみつはワタシにとっては永遠の定番、いくら食べても飽きない味です。 四条河原町の近くに本店があるのですが、ワタシは一人でも入れる雰囲気の高島屋内の店がお気に入りです。 その後は、テフロン加工のフライパンやらキッチンバサミやらお風呂の温度計やらスリッパやらトイレ掃除の道具やら所帯道具ばかり購入して、大急ぎで帰宅して晩ご飯作って、NHKの乳ガンの番組を見てちょっと気になって、明日の仕事の資料をイヤイヤ読んで。 珍しく右往左往の一日でした。 もともと家でボケッとしているのが好きなので疲れました。 

10.2ホトトギス

庭ではホトトギスが咲き急ぐように次々に開花しています。 気候がおかしいと、花を咲かせる時期が短くなって植物もなかなかたいへんそう。
Category: 展覧会

これならオリジナルができる! 石川美和「お気に入りの写真で作る素敵なポストカード」

9月23日に載せたように「Re:Cafe Style Photographer」の内容が期待はずれでガッカリ。 piaaさんや友だちからアドバイスをいただいて、PC音痴なんだから無理にPhotoshopをいじろうとしない方がいいのかも…と、すっかりあきらめかけていたんですが。 ふらふらネットをさまよっているうちに偶然たどりついた本が、まさにワタシが知りたいことが書いてありそう!ということで、性懲りもなくネットで取り寄せました。

ちなみに、本の取り寄せはたいていe-honを利用しています。 e-honのシステムなら、少しくらいは近所の本屋さんに手数料が入るのかなと思っているのですが、実際はどうなんでしょう? amazonが流行って、近所の本屋さんがこれ以上つぶれたらワタシは本当に困るので、なるべく本屋さんを利用しています(焼け石に水?)。

10.2素敵ハガキ

石川美和「お気に入りの写真で作る素敵なポストカード」は、ワタシがやりたかった”自分の写真を使ってオリジナルなポストカードを作る”方法がちゃんとわかりやすく解説されています。 もう1冊の本のようにPhotoshop Elementsの30日間限定体験版CD-ROMは付いていませんが、体験版はネットからダウンロードできるそうなので、本のお値段もこちらの方がずっと安くておすすめです。 本に載っているデザインをそのまま自分の写真に流用したい人は「Re:Cafe Style~」がいいと思いますが、少しは自分流にしたいと考えているなら「素敵なポストカード」の方がずっと実践的です。 デザインのセンスも、写真を邪魔しすぎない石川さんの方がワタシは好きだな(これは好みの問題ですが)。

ポストカードばかりでなく、ポストカードを2つ折りにして作る小さなメッセージカードやレシピカード、名刺代わりのミニカード、蛇腹式のミニアルバムなどなど。 どれもいいアイディアで作ってみたくなりました。 あ、でも料理写真はむずかしいな…撮るのに上級テクニックがいるし、だいたい料理は熱々のできたてをパクッと食べたいから無理だワ(笑)。

内容の詳細については、著者による本の紹介HPがあります。 興味がある方はココをのぞいてみてください。 さすがデザイナーだけあって、HPもおしゃれで楽しいですよ。

「さあ、オリジナルのポストカードを作るぞ!」と気合いだけは入ったものの、いまだに家族用の旅行アルバム作りが完成していなくて、そっちを先にしなきゃいけないんだけど…。 あ、そういえばブログでも最後のドレスデンだけ書いてない(汗)。 ああ、それなのに写真の豆本を作っていたワタシをお許しください…て、誰に許可を求めているんだろ? そして、その豆本も表紙用の適当な紙がみつからず、仕上げられないまま。 どこまでいっても中途半端だわ~近ごろのワタシ。 え、それは昔から?

■Tさんは安部公房の不条理を堪能されたのですね。 ワタシはカフカで不条理系に懲りて、むずかしそうな安部公房サンには近寄りもせず(笑)。 どんな年齢で何を読むか、その偶然によってその後の読書人生ってずいぶん違ってくるものなんですね。 抽象思考に弱いワタシは物語系に走ってしまいました。

「ツ、イ、ラ、ク」が好きな人向き 姫野カオルコ「桃」

姫野カオルコ「桃」はずいぶん前に読んでいながら、旅行のどたばたで感想が書けないままになっていました。 ようやく書く時間ができた頃には、細かいことは忘れちゃって…(笑)。 サブタイトル「もうひとつのツ、イ、ラ、ク」とある通り、長編小説「ツ、イ、ラ、ク」の周辺を描いた短編小説集です。

10.1桃

この表紙…なんかイヤです。 脱ぎ散らかしたズック靴に汚らしい色をかけて、全体的に汚らしい感じがして、内容とぜんぜん合っていません。 産毛までみえるほどの桃のアップ写真だった単行本の方が装丁がずっと素敵でした。 交歓シーンの生々しい描写がありながらも、まっすぐで清冽な恋に落ちたからこその痛々しさが伝わってきた小説にふさわしくないです、この表紙は。

滋賀県の田舎の中学校で起こった「ある事件」に関わった6人を主人公にした6編を収録しています。 当事者のその当時の内面を吐露するものだったり、「ツ、イ、ラ、ク」では脇役だった子が事件をどう感じて、その後をどう生きたのか…など、視点も時間の構成もバラバラ。 「あ、そうそう、この子はどう思ってたのかな」なんて、脇役の子たちに再会するのを楽しむような本です。 あくまでも「ツ、イ、ラ、ク」のサイドストーリーだと感じました。 短編としてこの本だけを読むと、それぞれの短編に断片的に出てくる「ある事件」がどういう風に感じられるのかな?

それにしても著者の「文庫本あとがき」は書かなきゃよかったのになあ…。 姫野サンは「ツ、イ、ラ、ク」で直木賞がとれなかったのがそんなに悔しかったのかぁ。 自嘲気味に「権威とは無縁の、功成らず名も遂げず三十年を過ごした小説家なわけです」と書いてあるのを読むと、10数年前には姫野サンの熱心な読者だったワタシは「そんなにいじけなくても」と言いたくなりました。 確かに、姫野カオルコがなんの賞ももらっていないのは意外な気がしました。 もっとつまんない小説で直木賞をもらってる人もいますからね。 ふてくされずに独特の毒をもった小説をこれからも書いていって欲しいです。 恋愛小説があまり心に響かなくなってしまったワタシは読まないかもしれないけど(ゴメン)。

10.1ハート茸

雨上がりの庭で蚊と戦いながら撮った1枚。 薄暗いところにハート型みたいなキノコが生えていました。 前夜の雨がたまっていてかわいい。

急に寒くなって

金曜日の日中は30℃を軽く超えて蒸し暑かったのに、週末は突然10℃近くも気温が下がって、軟弱なカラダはついていけません。 父の大くしゃみに連日さらされて、結局は風邪をうつされてしまいました。 風邪薬を飲んだらダルダルネムネム。 暗い秋の雨に振りこめられて、ダラッと週末を過ごしておりました。 一昨日まではずーっと半袖Tシャツの生活で、秋物はまったく出していないし、いったい今なにを着たらいいのかよくわかりません。 夏にセールで買った綿のジャケットなんて、酷暑では着る気になれず、でも10月に着るには夏っぽすぎるようで、一度も袖を通さないまましまうのかな。 もったいないなあ。

金曜日の晩はひさびさに仕事仲間とご飯食べ会。 妙齢の女性ばかりでワイワイしゃべって食べて、仕事に前向きになっている方のオーラを浴びて。 家に引きこもってばかりいないで、たまには刺激を受けないとダメですね。

いま、ブルース・チャトウィンの「パタゴニア」をひさびさに再読していて、ずっと以前に自分がどんなことを考えながらこの本を読んでいたのか、当時の夢や希望を思い出して、何者にもなれずにいる自分に複雑な思いになりました。 48歳で亡くなったチャトウィン。 その年齢を目前にして、ワタシはどうしてこんなところで…。 次はチャトウィンの「どうして僕はこんなところに」を読んでみようかな。
 
9.28柿の実 9.28ザクロの実

暑い!暑い!と人間が騒いでいるのに、柿やザクロの実はいつのまにかすっかり色づいていました。 今年は柿・ザクロ・花梨、どれも実がたくさんなっています。 猿の来襲近し!?
Category: 日々の記録