ナチス台頭の背後にあるもの クラウス・コルドン「ベルリン1933」

クラウス・コルドンのベルリン三部作の2作目にあたる「ベルリン1933」は、前作より世界的に有名なドイツのターニングポイントとなる、ナチスが政権の座に着いた年を背景にしています。 第一部にあたる「ベルリン1919」は、第1次世界大戦で疲弊したドイツの首都ベルリンで、水兵の蜂起をきっかけに庶民が立ち上がり、皇帝を追放して共和国を樹立するまでが描かれ、この作品はその続編として書かれたもの。 前作と同様、ベルリンの貧民街に住むゲープハルト一家を中心にしていますが、この本だけを読んでも戸惑うことなく十分に堪能できる内容です。

2.28ベルリン1933

今回、主人公となるのはゲープハルト家の次男ハンス。 前作では栄養失調でぐったりしていた乳飲み子ハンスが15歳になっています。 学校を卒業後、失業者であふれるベルリンで家計を助けるため、不本意ながらも工場での肉体労働の仕事についたハンス。 お父さんは理想主義的な共産主義者、お母さんは筋金入りの社会民主党員、長男ヘレはその名を知られた共産党員、一方、ハンスと仲のいい姉マルタは貧しい暮らしから抜けだしたいと夢想しています。 ハンスは争い事が嫌いで穏健な考えの持ち主なのに、ナチスが少しずつ、しかし確実に権力を持ちつつある状況下で、否が応でも政治の大きな流れに巻きこまれていきます。 職場でナチ一派からの嫌がらせを受けたり、恋をしたり、政治的な立場の違いから家族の間に葛藤がうまれたり、前作以上に波乱の連続で、(貧困に苦しむ人たちの姿はかなり悲惨ですが)中だるみせず最後までおもしろく読めました。

前作では、主人公のヘレ=ゲープハルト家の長男がもう少し子どもで受け身の立場だったのに対して、この作品では青年ともいえる年齢のハンスが主人公で能動的に行動していることが、読み物としておもしろかったのだと思います。 ハンスのヘレに対する信頼感、マルタを理解しようとする姿勢…仲のいい兄弟でも成長するにつれて少しずつ距離ができてしまう切なさは、やはり前作を読んでからの方がより深く胸に響くかもしれません。 前作のヘレは、とにかくけなげなお兄ちゃんなので。

なぜナチスが台頭したのか、そして左派勢力がおおぜいいたのになぜナチスが政権を握ることを許したのか、そもそもドイツ人だけが特別に凶悪な何かを持った民族だったのか、という疑問に対して、フィクションの形をとって、ひとつの答えを提示しています。 実は、歴史を専攻したくせに年号を覚えるのが大の苦手なのですが(汗)、この小説を読んだら、少なくとも1919年と1933年はしっかり頭に刻みこまれました。 それにしても、社会全体に閉塞感がまん延しているいまの日本も、かなり危ないんじゃないかと心配になってきました。 みんなが政治に絶望しているうちに、ヒトラーのような扇動政治家が出現したら…。 政治家のみなさんには、目先のことや揚げ足取りばっかりしていないで、20年後、50年後にどんな国にしたいのか、もっと大きなビジョンを持って、まじめに政治をして欲しいです。


2.28枝垂れ梅

すぐに三部作の完結編「ベルリン1945」を読みたくなって、運動がてら図書館まで歩いて往復。 近所で塀から外へ枝垂れている梅を発見。 ほんの数輪だけど青空をバックに咲きかけている姿が、とってもかわいくてパチリ。 でも、花粉をしっかり感じるようになってきました。 しばらく散歩は控えた方がいいのかなあ。 しばらく憂鬱な季節です。

やりかけばっかり

昨年の春、イースターの頃に刺したウサギを簡単なバッグに作ると決めたのに、ミシンがイヤでちょこっとやりかけて放置。 それなのに、この間買った「かわいい刺繍のほん」を眺めていたら、水玉の布にスモック刺繍をすると花のように見えるというのを、どうしても「いますぐ!」にやってみたくなりました。 でも、わざわざ布を買いに行く気もなくて、きものを片づけたついでに、納戸で母が数十年にわたって備蓄している布をゴソゴソ。 ありました、ありました…母がスカートをほどきかけて放置していた水玉の布。 放置するのは遺伝性みたい。 先日、サッカーの東アジア選手権の放送を横目で見ながらチクチクやってみました。

2.26スモック刺繍

水玉の布でスモック刺繍って、予想以上にカワイイ! 目からウロコです。 写真ではあまりわかりませんが、お花が並んでいるように見えます。 ただですね、この布、刺し始めてから気づいたんですけど(遅すぎ)、ドットの並びが均一じゃなかった! そのため、しわを寄せると均一のダイヤ型にならないし、ときどきドットが中途半端に余ったり間隔が狭すぎたり(泣)。 でも、細かいことは気にせず無理やり適当に(適当にするしかない布)刺しました。 スモック刺繍とはいっても、花をひとつ刺すたびにコブを作って止めるの繰り返し。 玉止めの練習みたいであんまり楽しくはないものの、花を一輪ずつ咲かせていくのはいい感じでした。

さて、ここからバッグに仕上げるまでが長い道のりだわ。 頭の中では下田直子の「きものバッグがほしい」がインプットされているので、いつか丸い持ち手をつけて完成させたいです。 でも、型紙もなにもないし、縫い縮めてしまったから、様子を見ながら適当に切って形にするしかないのかなあ←そんなことができるのか、ワタシに!?

2.26松之露

おやつは頂き物の耕月堂「松乃露」。 芦原温泉のおみやげだとか。 「温泉のおみやげだからなあ」と期待せずに食べたら、これがとても美味しくて。 卵白を固めてコーヒーの風味をつけたメレンゲ菓子のようなもので(でもどこか和風な味)、緑茶にも紅茶にもよく合います。 ふんわりとした口当たりと上品な風味。 芦原温泉に行くことがあったら忘れずに買おう…といっても、行くことあるのか? ところで、松露ってキノコのことだったんですねえ、知らなかった。 そういえば松露って和菓子のジャンルがあるけど、いままで何も考えずに食べてました。 あれってキノコの形だったんだあ。

■Takakoさん
いつも拍手とコメントをありがとうございます。 先日のお菓子屋さんは、そうです、白川通と今出川通の交差点の東、疎水沿いのところです。 全体的にはお蕎麦屋さんとして目立ってますが、和菓子も売っています(店内でも食べられるはず)。 大徳寺納豆がお嫌いでなければ、一度お試しを。 お雛さまの写真は3月3日頃にアップします。 和のミニチュアのかわいさで、毎年みるたびにうっとりします。
Takakoさんも花粉症歴、長いんですね。 花粉症は耳鼻科のお医者さんが「こりゃ、スゴイよ」と太鼓判を押してくれたほどのアレルギーなんですよ。 ほんと、カラダは毎年忘れてくれないんですよねえ…(ため息)。 アレルギーが怖くて、春先は精神的にかなりまいってしまいます。

雛飾りの一日

午前中から始めて午後5時まで。 母とふたりで黙々とお雛さまを飾る作業に集中しました。 昨年は耐震工事で飾れなかったから、虫に喰われたりカビが生えたりしていないか心配だったのですが、無事でホッ。 お雛さまの細かいお道具を飾るのは、80歳になった母には、だんだんしんどい作業になりつつあるようです。 今年も、母と一緒にお雛さまを飾れたことを感謝しなくては。 ホントに疲れたぁ~。 ぐったり。 今日は早く寝よ。

2.23芙蓉の種

一日中、すごい風が吹いていました。 芙蓉も遠くまでたくさん種を飛ばせただろうか。 朝は明るかったけど、午後からどんより雲って、夕方には吹雪! すっごく冷えていたから、あっというまに銀世界。
Category: 日々の記録

歴史的背景をからめた概説 「図説西洋建築史」

ヨーロッパを旅して教会ばっかり眺めると、どんなに美しい建築でもだんだん感覚が麻痺して、最後はどうでもよくなってしまいます(外国人が京都でお寺ばっかり回ると同じことになるでしょうね)。 いつも「建築史を知っていたら、もっとおもしろいんだろうな」と思いはするものの、簡単な流れだけつかもうと概説書を読んでも眠くなるだけ。 古い教会はロマネスクで、高くそびえてステンドグラスがキレイなのがゴシック、調和がとれているのはルネサンス、うねうねゴテゴテしてるのがバロック…という程度になら、すでになんとなく認識しているから、簡単すぎる概説書では物足りない。 でも詳しい概説書となると、建築のテクニックみたいな部分が増えて、素人には興味が湧きません。

2.22西洋建築史

この間、図書館で借りた「図説 西洋建築史」(彰国社)は、そんなワタシにちょうどいい概説書でした。 お勉強としてじっくり、興味がない部分も飛ばさずに通し読みました(メモはとらなかったけど)。 図や写真が全部モノクロで、眺めてワクワクするようなビジュアル系の本ではありませんから、ときどき眠くなりましたが(汗)、でもおもしろかったです。 歴史的な背景と、往時の「時代の気分」を建築スタイルにからめて解説してあって、無味乾燥な概説とは一線を画す内容でした。 ようやく、時代の流れと建築の変遷がぼんやりとながら頭に入りました。 バロックのうねうね曲線に、当時の人たちが感じていた不安(地動説が登場して民衆は信じる基盤を失い、現世さえも幻影のように感じていたらしい)が投影されていたのだと知れば、「ゴテゴテして、いやーね」と感じていた教会も違って見えるかも。 ルネサンスについてもわかっているようで、さっぱりわかっていなかったことを知りました。 イタリアを旅する前に読んでおけば、ずいぶんおもしろかっただろうなあ。

2.22建築の歴史

上の本と一緒に「図説 建築の歴史 西洋・日本・近代」(学芸出版社)も借りました。 こちらは西洋も日本も扱っているため、よりコンパクトに解説してあります。 ざっと流れをつかむにはよさそうです。 建築を勉強している学生さん向きの一般的な概説書といった内容でした。 近代のところをもう少し読みたかったけどタイムオーバー。 時間ができたら、ドイツに限定した建築史の概説書を借りるついでに、もう一度目を通してみたいです。

2.22ロウバイ

フェンス越しに枝を伸ばしている、お隣のロウバイが満開に。 近寄ったら、ほのかに甘い香りが漂っていました。 今日は暖かな日射しいっぱい。 どこかに出かけたかったけど、花粉が飛び始めて頭が重い。 うかうか出歩くと翌日が辛いので断念しました。 とほほ。

コーディネイトのお勉強 笹島寿美「きもの・帯くみあわせ事典」

また図書館で借りた本です。 きものブログをさまよっているときにおもしろそうだと思って、笹島寿美「きもの・帯くみあわせ事典」を予約。 この本は実物が棚になったら、その場で眺める程度で、借りなかったなあ。

2.20くみあわせ事典

著者が実際に着ているきものや帯を中心に、帯揚と帯締までコーディネイトした例を1ページに1カットずつ、表紙のような状態で撮影した写真がズラズラ載っています。 結婚式とか同窓会とか観劇やパーティーなど、さまざまなシチュエーションを想定して紹介。 著者のセンスが好きな方なら、いろいろ参考になると思います…が、正直、この本もやっぱりあんまりピンとこなかったです。 この方は帯揚と帯締をきものと同系色にしたりするのがお好みのようですが、ワタシはもう少し「効かせ色」のように使う方が好きかも(いまだに自信なし)。 それでも、いろんなコーディネイトを眺めて、自分なりに「この例はステキ」「この例はココがあんまりだな」と考えるのは、自分なりにどういう風にきものを着たいのかを探るのには役に立ちますね←何が似合うのか、まだ把握しきれてない初心者なので。

新装版のようですが、もともとはかなり以前に出版された本だから、なんとなく古びた感じは否めません。 「きものは流行がない」とはいいますけど、でもあるんですよね、実は。

さて、新しいきものや帯なんて買えないワタシは、また「保留缶」をガサゴソ。 発掘したもので自主練です。 コーディネイトは必然的に古びてます。

2.20塩沢紬

向かって左の半衿はどこにお隠れになっているのでしょう(汗)。

きものや帯って「格」がどうのこうの…ややこしんですよね。 母もよく横から難癖つけます。 「紬のきものには、その帯は立派すぎる」とかなんとか。 色合わせや柄合わせも考えなきゃいけないし、それなら「この赤い紬のきものに何を巻けばいいの?」と訊くと、返事なし。 しつこく訊くと「それなら新しい帯を買えば?」と反撃されて。 結局、母もよくわかってないらしい、ということに気づきました。 おばあちゃんがいればなあ…。 仕方ないから、自分で全部考えることにしました。 この帯、赤い牡丹がどーんとついてて、あんまり気に入りませんが、色合いは合いそうだし、気軽な帯っぽいから紬にも合いそう。 母も気に入らなかった帯だそうです(笑)。 帯揚の飛び絞り(これも母のおさがりで実はボロボロ…)が邪魔でした。 白っぽい無地にすればよかったと、ひとりで反省会。 この名古屋帯は巻きつける方向が京都巻きでよかったと思ったけど、やっぱり短い。 手先が「美しい着付け」のお手本のようには出ません=ウェストが50cmくらいの人なら出るかも。 どう考えても昔は、帯の巻き方がぜんぜん違ったんですよね。
 
このきものなら普段着として、そこらへんを歩いても違和感なし、なんだそうです。 でも、紬より「柔らかもん(柔らかいもの=染めのきもの)」の方が着心地も雰囲気も好きだなあ、ということを何度かきものを着てみて認識しました。 このきものは特に好きではないんだけれど、祖父の出身地ゆかりの塩沢紬で、たぶん遠い親戚からもらったものなので大切に着たいです。 もっといっぱい着たら、カラダになじむのかもしれませんね(母はほとんど着ていなかったみたい)。

女性が内からみたイラン革命 アーザル・ナフィーシー「テヘランでロリータを読む」

昨夏、ナボコフの「ロリータ」を読んだのは、アーザル・ナフィーシー「テヘランでロリータを読む」の予習のつもりでした。 それなのに肝心の「テヘランで~」の方を読まないままになっていて、昨日やっと読み終わりました。 約500ページの長編です。 独特のこみいった文章と構成で読みにくくて、最初の100ページくらいはなかなか集中できず、思ったより時間がかかりました。

2.20テヘランで読む

この表紙の装丁のセンスと発売直後の評判、ネットでみたレビューにひかれて手にしました。 が、思ったよりも読みにくかったです。 もっと純粋なドキュメンタリーを想像していたのですが、ぜんぜん違いました。 この本は「ノンフィクション」としていいのかどうか…。 ノンフィクションを思わせる小説「ベルリン1919」とちょうど逆で、限りなく小説に近いノンフィクションです。 登場する人たちがイラン国内で迫害されないように、事実をはっきり書けないという制約もあったのでしょうが、それ以前に「語り」の感覚が欧米や現代日本とは違うんですね、たぶん。 「千夜一夜物語」の国ですからね。 どこへ連れて行かれるのかなあ…と思いながら、薄暗い森の中で著者の足跡をたどっているような感じでした。

第一部「ロリータ」は特に、女性である著者たちが革命後のイランでおかれた状況が把握できずイライラ。 第二部「ギャツビー」以降はイラン革命をほぼ時系列で追体験することになって、ようやく状況がわかりました(ワタシが鈍すぎ?)。 最後は、このうまいのかヘタなのかわからない独特の語りが、無味乾燥なドキュメンタリーとは違う情感を醸しだして心地よかったです。 アメリカに渡った後、思わせぶりな存在だった「私の魔術師」と、著者が想像の中で語らう場面と、イランの教え子たちの消息には、著者が自由と引き替えに失ってしまった祖国イランへの想いがにじんで、胸の奥がシンとしました。

よくわかっていなかったイラン革命のことが、少しだけわかりました。 てっきりイラン革命=イスラム(宗教)革命だと思っていたのですが、シャーを追放した後、アメリカ大使館占拠事件の頃は、左翼的な政治勢力と宗教勢力がせめぎ合って混乱状態だったんですねえ。 そして、ホメイニをはじめとする宗教家が国家を主導するようになってからの、女性への仕打ちはやはりヒドイです。 そういう点で、フェミニズムを論じている本でもあります。 ただし、この著者は非常に恵まれた立場の方なので、イランの一般大衆を代弁しているとはいえません。 また欧米文学批評に関する部分も、特殊な状況下にある女性として論じているところが多くて普遍性があるのかどうか…(授業で、ギャツビーを擬似裁判にかける部分はスリリングでよかったです)。 ある角度から見たイラン革命というところでしょうか。

全体としては「読書会」が中心なのではなく、イラン革命後の閉塞感の中で、禁止されている欧米文学を読むことの意義について、さらに広く「フィクションを読む意義」について書かれています。 ただ、個人的にはこの著者にわざわざ教えてもらわなくても「フィクションを読む意義」は知っていたので、一番著者が言いたかったことに新しい発見はありませんでした。


そして本筋とはまるで関係ないことなんですが…ワタシ、ずーーっとナボコフの名前を間違って覚えてました。 ウラジミールだと思いこんでいた(恥)。 以前の記事も「ウラジーミル・ナボコフ」に訂正しておきました。 今夜は穴に入ってます(笑)。

いつもと違う刺繍に挑戦するなら 「かわいい刺繍の本」

下田直子「きものバッグがほしい」が欲しいのに、近所の本屋さんでみつからず。 この「かわいい刺繍のほん」を手にとって、ついふらふらとレジへ行ってしまいました。 なぜ買ったのか、自分でも不明。 耐乏生活に疲れて魔が差したのかも。

2.19かわいい刺繍本

正直にいうと、この本が自称しているほど、かわいいとは思いませんでした。 ポップな図案のフランス刺繍・クロスステッチ・スモック刺繍・ハーダンガー・刺し子の刺し方と図案、そして日本刺繍やこぎん刺しもちょこっとだけごく簡単に紹介しています。 クロスステッチとかフランス刺繍(というかフリーステッチ)はそのまま作ってみたいような図案はありませんでした。 ただ、今までやったことのないハーダンガーやレースワークは、ごく簡単な手法だけだからこそ「これなら、ひょっとしてワタシにもできるかも」という幻想を抱かせてくれます(笑)。 それで買ったんだと思います(自分のことなのにあやふや)。 単純なハーダンガー刺繍の下に、淡いチェックの生地を敷いているのは、なかなかよいアイディア。 いつか、そんな感じのブックカバーを作ってみたいな。


2.19今日の和菓子

今日のおやつは、近所の和菓子屋さんが作っているお菓子。 ものすごくマイナーなお菓子ですが、母のお気に入り。 母が手みやげにするついでに自宅用にも買ってくれました。 作りたてはホントに美味しかった♪ 「京都の美味しいもの」みたいなガイドブックが氾濫しているから、かえってマイナーなものはマイナーなまま、そっと自分だけのお気に入りにしておきたい気分です←だから、あえて品名は書かずに写真だけ。 

きものが主役 映画「細雪」

仕事の手直しをしながら、横目でちらちらNHK-BSでやっていた市川崑監督の「細雪」をみました。 女優さんたちの華やかなきもの姿の競演がすべて、という感じの映画でした。 ワタシもきもの鑑賞としてみました、もちろん。 原作とは印象がずいぶん違うような…というか、どんな話だったかよく思い出せない(汗)。 原作もテーマとかストーリーというよりも「雰囲気」重視だった気がしますから、そういうところを映画化したんですね、たぶん。 羽織を脱ぐシーンで、意味もなく羽裏の大胆な柄がアップになって一瞬画面が止まったりしてましたし。

きものも着方も、四姉妹の性格や年齢によって違っていて興味深かったです。 ずっと気になっている帯締めや帯揚げの色は、映画でも意外なほど大胆な色合わせがステキに見ました。 羽織姿もすてきでした。 わが家にある古い羽織もなんとか、きものに合わせてみたいな…でも、なかなか合わないんですよ、これが。 母はいったい、どのきものとどの羽織を組み合わせていたのか不思議なほど、わけわかんないです。

今日は去年の春に刺したクロスステッチをなんとかバッグに仕立てようとして四苦八苦。 バッグといっても、四角いだけなんですけどね。 布を裁断したりしただけで時間がかかって、本日はタイムオーバー。 なんとか形にできるかしら。 あ、そういえば、秋に刺したのも刺しっぱなしだし。 新しいモノに手を出す前に、まずは「ちゃんと形にする」がワタシの課題です。 ああ、それにしても「きものバッグがほしい」が欲しい(笑)。

2.17雪と花

今日も雪。 ほんとに毎日毎日寒いです。 観光に来られても、この寒さではとてもお寺でゆっくりする気になれないでしょうねえ。
Category: 映画

日本の手仕事の美しさ 「白洲正子のきもの」

昨日図書館に行って、ふとみつけた「白洲正子のきもの」。 持ち帰るには重かったので、1時間以上かけてじっくり眺めました。 日本の手仕事のすばらしさに、時を忘れて見入りました。 思いがけずステキな本に出会えて幸せいっぱい。

2.15白洲正子きもの

目利きとして知られる文化人(といえばいいのでしょうか?)白洲正子のきものと帯の数々を、正子が住んでいた武相荘で撮影して、オールカラーで紹介している贅沢な本です。 きもの好きの人向けのコーディネイト参考本ではなくて、美術書に近いと思います。 きものそのものに特に関心がなくても、柳宗悦が「用の美」を提唱した「民藝運動」に興味がある人なら、ものすごく楽しい本です。

正子が娘のために作らせたという型染の黒地のきもの、塩瀬の黒い帯に描かれた鉄線の花の凛とした佇まい、おっとりとした趣の弓浜絣、瀬戸の麦藁手に似た縞のおおらかさ…ああ、なんてステキなんでしょう! うっとり見惚れました。 いま流行の地味で粋なきものと似ているようで、まったく違うんですよ。 もっとゆったりとしているというか、おおらかで、おっとりした上品さがにじみ出てくる感じ。 究極の「本物の手仕事」が見せる美にクラクラ。 熟練の手から生まれる織物や染め物は、非常に緻密でありながら、ほどよい隙があるんですね。 緻密すぎたり柄が細かすぎると、詰まった感じがして、ゆとりがなくて息苦しい印象になってしまうようです(いまの機械によるきものはそんな感じ)。 そういえば京繍の熟練の職人さんについて、店主が「手がほどよく枯れてきて、いい味が出てきた」と言ってられたのは、こういう「隙」のようなもののことだったのかも…と思い至りました。

白洲正子のきものを作った方々は人間国宝級ですから、すばらしいのは当然です。 さすがお金持ちだわ。 「こんなきものが欲しい」なんてことは、つゆほども思いませんでした。 ワタシには似合わないですから。 よほどの人が着ないと田舎っぽくなりそう。 それだけ白洲正子は筋金入りのおしゃれだということですねえ。 いつか白洲正子のきものの本物を見てみたいなあ。 前から好きな民藝系の伝統工芸、ますます萌え~となって(笑)、今やっている苦手な仕事をしばし忘れました。

2.16ロウバイ

お隣のロウバイがかわいく咲いています。 フェンス越しにわが家の苔の上に一輪こぼれ落ちていました。 ひよどりが蜜を吸ったのかもしれません。

ひと味違った京都案内 木村衣有子「京都のこころA to Z」

なんとなく気になっていたけど買うのもどうかと思っていた本があったので、図書館でついでに借りました。 腐るほどある京都本の中でちょっと心ひかれた「京都のこころAtoZ」です。

2.13京都AtoZ

単なる物欲刺激型ガイドブックではなく、著者が京都の気になる場所やモノを、自分の思いや記憶をからめて紹介しています。 ただ主観的な印象や思い入れを書くのではなくて(そういう項目もあるけど)、きちんと取材して調べて書いてる姿勢が伝わってきて好感が持てました。 項目の立て方というか切り口がひと味違って、それもよかったです。 プロのカメラマンが撮った写真に雰囲気があって、基本的に見開きに写真1カットで1ページ+文章1ページというレイアウトや紙質・装丁がセンスいいです。 でもなあ、「文筆家」と名乗って、このレベルの文章なのか…。 別に悪くはないのですが、でもすばらしいこともないです。 軽くサラサラッと読める文章が、いまは受けるんですね。 う~む、やっぱり項目立てがいいんだな、この本は。 お勉強になりそうだし、貸出期間を延長してもう少し研究しようかな。 ちょこっと目先の変わった京都散策をしたい人にはおすすめです(穴場ってほどのものは載ってないけれど)。

個人的な備忘録として
「亀屋良永」の大原路…季節によって色を替えるこの和菓子は知らなかった。
「豊田愛山堂」の匂い袋…どんな香りなんだろう、きものに合いそうな感じ。


2.13雪の東山

今日の東山。 細い枝にまで雪が積もって、空はときどきパッと晴れわたり。 日本にいることを一瞬忘れそうな風景でした。 最高気温は4℃。 寒い寒いッ←同じ言葉(形容詞?)を2回繰り返すのって京都弁なんですってね。

きものを知り尽くして 石川あき「昔のきものに教えられたこと」

まだまだ続く、きもの=マイブーム。 石川あき「昔のきものに教えられたこと」も内容を知らないまま、図書館で予約して借りた本です。

2.13昔のきものに

はぁ~すごいです、昔の贅沢なきもの文化に圧倒されました。 奈良の旧家の子女は、きものの色も柄も全部自分で考えてオーダーしてたんですねえ。 当時の写真があるわけじゃないけど、言葉で読むだけでも、大正・昭和初期の非常に自由で大胆なきもの文化の一端がかいま見られました。 どんなお誂えでもOKといわれても、現代人はそこまで凝ったきものをオーダーすることができないんじゃないでしょうか。 お母さんや伯母さんの美しいきものを見て育った石川さんは、その後、デパートで呉服の企画と販売の仕事をされたそうですが、それはやはり究極の贅沢なきものを知っているからこそできたこと。 贅沢さが半端じゃないレベルだから、自慢とかそういう感じは全然しないんですよ。 まさに「細雪」の世界そのもの! でも、それだけの「お嬢さん」でも、毎日1枚浴衣を縫うようにお母さまから言いつけられたんですって、きものを知るために。

掲載されている石川さん好みのきものは、ワタシの趣味ではなかったです。 でも、きものに興味がある人間にとっては読み物としておもしろかったです。 高齢になっても紅絹が袂からチラッと見えるのがステキとか、帯ときものの柄を重ねないとか(花柄の帯と花柄のきものみたいに)、帯ときものの色合わせは同系色や濃い×淡いは面白味に欠けるから濃い×濃い、淡い×淡いがいいとか、帯締めの色は帯やきものと関係ない色を合わせるとおしゃれとか。 きものを知り尽くした人だからこその、実践的なアドバイスが勉強になりました。


わが家にあるのは、石川家とは雲泥の差のもの。 でも、これも「昔のきもの」。

2.13子どもきもの

母の留守中に「保留缶」から掘りだした、いかにも古そうなきもの。 先日、着付けの自主練に着てみました。 合う帯がなかなかみつからず…人目に触れるわけじゃないのだからと、「こんな色の帯、一生使えない」と思っていた朱色の無地のちりめん帯を合わせてみました。 ものすごい朱色(これまでの人生で、こんな色を身につけたことはありません)なんだけど、紺地に紫の帯締めをしたら全体が落ち着いた…と、勝手に思いこむ(笑)。 着てみるまではいまひとつピンとこなかったきものなのに、「意外にもいいかも」とすっかり勘違い女状態に。 帰宅した母は「まあ…」と絶句。 懐かしすぎて声が出ないらしい。 このきもの、母が子どものときに着てたんですって! え~ッ、子どものきものなの~(汗)。 どうりで身幅が少し狭いなあと思った。 しかし、子ども用にしては渋い趣味だなあ。 さすが、おばあちゃんのお見立てだ。 っていうより、母が10歳前後で着ていたきものを40代半ばで着てしまった自分がコワイ。

また襦袢の右袖が出てる…ってことで、この後、長襦袢の袖をつまんで裄丈を調整しました。

【追記】
Takakoさん、拍手のコメントをありがとうございます。
このきもの、40代でもOKでしょうか?(冷や汗) ふだんは黒や茶系ばっかり着てるんですけど、きものだとまったく違う色や柄に挑戦できて楽しいです(やっぱりコスプレ感覚か?)。

今様クラシカル?? 「秋月洋子のおでかけ着物コーディネイト帖」

きもののコーディネイトがまだまだむずかしい初心者なので、とにかくいろんなきもの本に片っ端から目を通しています。

2.12秋月きもの帖

「秋月洋子のおでかけ着物コーディネイト帖」は、どんな雰囲気なのかもわからないまま図書館で予約した本です。 好みの問題なのですが、ワタシには合いませんでした。 秋月洋子さんは自分のコーディネイトを「今様クラシック」と呼んでいるようですが、これがクラシック…か?? 全体に無地っぽいきもので、色合いもベージュや茶色、紺など。 そして帯や帯揚げ・帯締めもすべて同系色コーディネイト。 無難すぎて、おもしろくないです。 これなら失敗はないでしょうが。 秋月さんご本人はまだ若い女性(30代前半)なのに、同世代にこんな色合いは地味すぎない? ワタシはもう少し帯締めの色を効かせるとか、思い切ったきものと帯の色の組み合わせを楽しみたいです。 でも、「あえて和装小物を持たない」というのは、まったく同感! ふだんの革のバッグや毛糸のストールを、きものに合わせる感覚は好きです。

連休中は家でひたすら苦手なお針仕事に励んでいました。 好きなクロスステッチではなくて、きものまわりの細々した針仕事ばかり。 半衿の掛け替えとか、長襦袢の袖口の止めとか、脇のほつれ修復とか、母の袖丈の短いきものも着られるようにちょっとだけ肩をつまんで裄丈を短くするとか。 半衿が汚れていそうなので、思い切って3枚まとめて付け替えました。  はぁ~ッ、疲れた。 それにしても、半衿って思っている以上に汚れるもんですねえ。 はがした半衿をつくづく見たら、汚れの首輪(古ッ! 若い世代は知らないよなあ)がクッキリで恥ずかしい。 今日は意地になってポリエステルの半衿をガシガシ手洗いしました。 白半衿は完全に消耗品ですね。 先日、3枚1000円の化繊の塩瀬を買ったけど、もっとまとめ買いしておけばよかったと後悔しました。

ただ半衿をつけるだけならまだよかったのですが、問題だったのは「捨てる籠」から拾いだした古い長襦袢。 祖母が古いきもの地をリサイクルして縫ったものみたいで、衿のところも紅絹(もみ)なので、白い半衿をつけると襦袢の赤が透けて濃い桃色になってしまうんです。 それも縫い代の折り返した部分がまたクッキリ透けて、半衿が桃色と白のツートンカラーみたいになってしまいます。 いまは新しい長襦袢を買う余裕がないし…仕方なく、前回は家にあった古くて厚い半衿を畳んで土台代わりに縫いつけ、その上に白い半衿を縫いつけて着ました。 赤い色は透けなかったけど、衣紋を抜いた衿がガバガバ波打って、衿元が美しくない。 う~ん、ならば…と、今度は縫いつけるタイプの厚い衿芯(一般にはバイアスの三河芯と呼ばれているもの)を買ってきて、半衿の土台となる部分を挟んでみることに。 これだと赤い色は透けません。 しかしですね、硬い衿芯を長襦袢の衿の芯地にしっかり縫いつけるのは、お針仕事が苦手なワタシには至難の業。 波打たないように気をつけて縫いつけたつもりでも、やっぱり衿の内側が波打って…四苦八苦して、往復3回も縫ったりはずしたり。 半衿は一辺が1m弱。 ということは、6mくらいは一目一目チクチクしたことになります。 「もういやッ! 貯金を切り崩してでも新しい長襦袢を買う方がマシだ~」と半泣き。 なんとか縫いつけた衿芯はけっして満足のいく出来ではないけど、もう直す気力が湧かず、よしとしました。 衿芯付けがあまりにもたいへんだったため、普通に半衿をつけるのはとっても楽な作業に思えました(笑)。 合計10mは軽く縫ったわ。 前回の針仕事がすごくたいへんで、「衿芯付け用に」と買ったみすや針の、すてきな縫い心地のおかげで、それでもなんとか投げ出さずにできました。 みすや針、ホントにおすすめです!

2.11寒菫

庭のあちらこちらで、ずいぶん前から寒スミレが咲いています。 雪が降ってもしおれず、誰も見ていない片隅で凛と咲いている姿がいじらしいです。

少年の目に映ったドイツ近代史 クラウス・コルドン「ベルリン1919」

クラウス・コルドンの「ベルリン1919」を読み終えました。 ドイツという国が好きなわりに、ドイツの文学や映画がどうも苦手なワタシは、現代ドイツ児童文学なんてノーチェックで、「読書夜話」のぎんこさんの感想で初めて知った本です。 図書館で予約した本を受け取ったとき、予想していなかった分厚さに驚きましたが(650ページ!)、読み始めたらどんどん話に引きこまれて一気に読んでしまいました。 この本は児童文学なんですよ。 ドイツの「児童」のレベルはこんなに高いのか…とビックリしました。 小学校6年生くらいを対象にして書かれているんでしょうか?

2.10ベルリン1919

この本は、第1次世界大戦を終結させた1919年の11月革命(ドイツ革命)から、ナチスの台頭を経て、第2次世界大戦が終わる1945年までを描いた「ベルリン三部作」の第一部にあたります。

主人公ヘレはベルリンの貧民街に住む13歳の少年。 お父さんは第1次世界大戦に出征してしまい、お母さんが朝から晩まで工場で働いても、ヘレと5歳(?)の妹マルタ、赤ん坊のハンスを養うには無理があります。 ドイツの社会全体が食料や薬など、物資そのものが極度に不足している状態に陥り、貧民街に暮らす人たちは空腹を満たす食べ物も、暖をとるための石炭にも事欠いています。 やがて、生活に疲弊した人々は戦争の終結を願って立ち上がり…。 貧しいながらも支えあって生きるヘレの家族と周囲の人たちが、大きな歴史の波にのみこまれてどうなっていくのか、というストーリーとしての運びがいいため、非常に政治的な題材を扱っているのにもかかわらず読みにくさを感じさせません。 ヘレや革命を起こした水兵のハイナーたち、登場人物のひとりひとりが確かな存在感を持っていて、表紙や見返しの写真を見ていると、どこかの片隅に彼らが写っていそうな気がしてきます。

ドイツ近代史の政治的なうねりを背景にしていて、ノンフィクションかと錯覚するような緻密な内容で、すごく読み応えがありました。 ドイツの歴史になじみがない日本では、むしろ大人向けなのではないかと思うほど。 片手間に読むのではなく、「腰をすえて読書する」というタイプの本です。 でもでも、ぜんぜん小難しくないので、ぜひ気軽に手にとってみてください。 父は表紙を見て気になったのか、ワタシが読み終わったら早速読んでいます(図書館の貸し出しを延長しなくちゃ)。

クラウス・コルドンは、「飛ぶ教室」の著者エーリッヒ・ケストナーについて「ケストナー ナチスに抵抗し続けた作家」という本も書いているんですね。 昨年の夏、ドレスデンのケストナー博物館を訪れて、それまで知らなかったケストナーの人生に興味をひかれたので、この本も読んでみたくなりました。 とはいっても、まずは次の「ベルリン1933」を図書館で借りてこよ。 いい本なんですが、現在ひどい金欠に苦しんでいるワタシには買えません。 1冊でもいいお値段なのにシリーズで3冊あるし、それにこの分厚さ…部屋にこのシリーズを収納する場所もありません(涙)。

2.10雪の日

土曜日は一日中雪が降っていました。 日曜日の朝は庭が一面の雪原(おおげさ!)。 寒いけれど、日射しは日に日に明るさを増していますね。 春の気配を秘めた雪景色っていいなあ。 一番好きなシーズンです(花粉さえなければ最高なのに)。

音楽でふれあう心 「once ダブリンの街角で」

気になっていた映画「once ダブリンの街角で」が金曜日で打ちきりだったので、最終日に駆けこみでみてきました。 先日みた「ヒトラーの贋札」が重かったので、お口直しにピッタリの映画でした。

ひとことでいえば、音楽で描く「ボーイ・ミーツ・ガール」。 ただし主人公はボーイではなくて、かなりいい歳のオッサンですが。 ダブリンの街角でボロボロのギターをかき鳴らして、いまも音楽の夢を追い続けているストリート・ミュージシャンが出会ったのは、チェコからきた女の子。 彼のオリジナル曲を聴いて「とてもいい」と評価してくれた彼女は、楽器店のピアノをただで弾かせてもらうのを唯一の楽しみにしている貧しい移民。 お互いの性格や生活を知るよりも前に、音楽を通して魂がふれあった2人はやがて一緒に音楽を紡ぎはじめ、それが彼の人生を変えていくことに。 音楽の深まりとは逆に、2人の関係は友情と恋愛のはざまで揺れ動き…。

とても地味な映画ですが、アコースティックな音楽とシンプルなストーリーで深い余韻の残る作品でした。 音楽が好きな人、音楽で自己表現したいと感じている人に特におすすめです! 音楽というジャンルが人生から欠落しているワタシのような人間にも、自分の中からほとばしり出てくるサウンドと言葉を紡ぎだすときのすばらしさ、一緒に音楽を創りだすことの楽しさを十分に感じさせる内容でした。 ただ、彼らの歌が肌に合わない人には耐えられないほどつまらないかもしれません。 ミュージカルではないのですが、ほとんど全編にわたって歌が流れているので。 実は正直いうと、彼の歌は(声も歌詞も)あんまりワタシの好みではなかったんです。 で、前半はなんか展開がやたら遅いし、フラストレーションたまり気味だったんですが、彼女の歌声はとても繊細で好きだったので後半はだんだんいい感じになりました。

彼の音楽に「詩をつけて」と頼まれた彼女が、夜更けの街で(かなり物騒そうなのに)CDを聴きながら歌を口ずさんで歩くシーンは、音楽への愛にあふれていて一番印象的でした。 生活に追われるような日常でも、音楽によって本当に心が潤うってステキだなあ。 デモ用CDのレコーディングのシーンでは、「ああ、音楽でつながるって、こういう感じなんだなあ」と音楽ができる人たちの関係がとてもまぶしく、羨ましかったです。 ちょっと切ないエンディングも、ハリウッド的脳天気なハッピーエンドとは違って、ワタシ好みでした。 ということで、音楽そのものがピタッとこなかったわりには、じんわり楽しめました。
Category: 映画

テレビ番組がつまらない

いまさらですけど、近ごろのテレビ番組ってつまんないですね。 特に連続ドラマはおもしろいと感じるものがなくて、ほとんどみなくなりました(歳のせいかな)。 内容の如何にかかわらず、親が必ずみるNHKの朝の連ドラと大河ドラマだけは半強制的にみさせられていますが。 そんなワタシが、珍しく「鹿男あをによし」はみています。 他愛なくて奇想天外なドラマですが、舞台が奈良なのにひかれて。 奈良人はみんな「マイ鹿」をもっていて、近鉄奈良駅前に専用の駐鹿場がある…という話に、「奈良だったら、あるかもね」と近鉄駅前を思い浮かべて笑ってしまいました。 奈良のロケシーンがいっぱいあって、ひさびさに奈良に行きたくなりました。 東大寺の鐘楼への石段、若草山からの眺め、奈良町の古い家並み、奈良公園の飛火野のあたり…ああ、奈良、いいなあ。 なぜだか母もこのドラマは気に入ってます。 

2.7おみくじ鹿

これは春日大社のおみくじ。 かわいいでしょ。 おみくじをくわえた鹿が巫女さんの前にずらっと並んでいるのを見たら、ひかずにはいられませんでした。 最近、京都でもかわいいおみくじや御守りがはやっていますが、これはずいぶん前のもの。 奈良の特産、一刀彫っぽいところもお気に入りです。 

つまんないテレビといえば、この間の日曜日に22時から放送されたフジテレビの番組を何気なくみていて、ものすごく腹が立ちました。 アメリカ大統領選挙の民主党候補(ヒラリーさんとオバマ候補)に突撃取材というコーナーで、英語もろくすっぽできないレポーターがただ群衆の中から「日本をどう思いますか」と大声で騒ぐだけ。 まじめにインタビューするならわかりますが、通りすがりの候補におもしろおかしく(実際には、ちっともおもしろくもおかしくもありません)声をかける、ただそれだけのためにアメリカまで取材しに行かせるって、どういうことなんでしょう? そんなことをする日本人と日本のテレビ局がバカに見えるだけだと思わないんでしょうか? あんなつまらないことのために、テレビ局がどれほどのお金をかけているかと思うと本当に腹が立ちます。 桜井さんや安藤アナウンサーが顔を揃える番組で、どうしてあんなことするのか理解できませんでした。 うんざり。 もう、二度とみないぞ(今までもみてなかったけどね)。


また個人的な備忘録(近ごろ、激しく忘れっぽいので)
■行きたい展覧会&非公開文化財特別公開
東寺五重塔    1月12日(土)~3月18日(火)
乾山の芸術と光琳展@京都文化博物館  3月8日(土)~4月13日(日)
ユキ・パリス/ヨーロッパ・アンティークの手仕事展@美術館「えき」Kyoto 4月3日(木)~4月23日(水)

う、まだ何か気になるイベントがあった気がするのに思い出せない(汗)。

Category: 日々の記録

ほっこりおやつ

昨日は、映画でみたホロコーストの恐ろしさで暗澹としたまま、半衿を買いにデパートへ。 疲れた心を癒したかったのか、むしょうに「あんこ」が食べたくなりました。 こんなとき高島屋だったら、月ヶ瀬のあんみつを食べるんだけどな。 デパ地下をさまよっていたら、隅っこの台の上に常設していない和菓子屋さんのお菓子がちょこっとだけ並んでいました。 「出町ふたば」の豆餅もあったけど

2.5神馬堂

このお馬さんと目が合っちゃった(笑)。 神馬堂の包み紙って、こんなにかわいかったっけ? そういえば最近、上賀茂神社へ行かないから「やきもち」を食べてないな、ということで決定。 上賀茂神社には白馬のすごくおとなしい神馬がいるんですよ。 みんなからニンジンをもらって、お正月なんてお腹こわさないかと心配なくらい食べてます。

2.5やきもち

夕方だったから、お餅が少しかたくなりかけだったけど、家に帰ってすぐにパクッと2個食べちゃいました。 あっさりした甘みの餡をしっかりしたお餅で包んで焼いただけの素朴さがいいです。 「あんこが食べたい!」欲求は心地よく満たされました。 でも、まだ今日も「あんこな気分」が続いてます。 ああ、おいしい和菓子が食べたい。
Category: 日々の記録

重いテーマを良質のエンターテイメントに 映画「ヒトラーの贋札」

今日は朝から花粉をビシビシ感じたのですが、気になっていた映画が2本とも今週の金曜日で打ちきられてしまうため、気合いを入れて「ヒトラーの贋札」をみにいってきました。 ホロコーストがテーマの映画は、なんとなく一日延ばしにしているうちに行きそびれてしまうのですが。 最近のドイツ映画=「白バラの祈り」「善き人のためのソナタ」が非常に重い負のテーマを扱いながらも、とても映画としてよかったので、今回はがんばって映画館へ足を運びました。

2.5映画贋札


第2次大戦末期に、強制収容所内でユダヤ人技術者たちを使って、ナチスによる極秘の贋札作りが行われていた。 その史実を元に、極限状態の中で生きるために葛藤する姿を描いた、良質の人間ドラマです。 主人公のサリー(ユダヤ人)はもともと贋札作りや旅券偽造に手を染めていた前科者。 その天才的な腕をナチス親衛隊の少佐に見こまれて、贋札作りグループのリーダーをさせられることに。 人と深く関わることなく、収容所内でも小賢しく立ち回ってなんとか生き延びてきたサリーが、リーダーという立場に立たされたことで「仲間」を強く意識するようになります。 贋札ができれば、自分たちユダヤ人を迫害しているナチスを助けることになり、贋札ができなければ即刻「死」。 生き延びるために、仲間たちを守るために、そしてユダヤ人の正義のために、どうすればいいのか…。

サリーが「正義の人」じゃないところが、この映画に深みを与えているのでしょう。 つまらない正義感など振りまわして死ぬよりは、一日でも長く生きていたい。 仲間たちにも生きていて欲しい…サリーはとても現実的で、生きることにどん欲。 尊厳を踏みにじられても、ひたすら生き抜こうとする、しぶとさが印象的でした。 そして、温情的なのか冷酷なのか分からないナチス少佐が、終盤でかいま見せる小市民的な一面。 塀一枚を隔てた向こう側から聞こえてくる死の行進、命乞いの声、発砲音。 それをかき消す作業所内のクラシック音楽。 どうすると、あそこまで残酷になれるのか…人間が抱える闇に慄然とさせられました。

映画の舞台のほとんどが強制収容所内ですから、みたあとに爽快になるような映画ではありません。 特に収容所内のどこを見回しても無彩色の世界が、残酷さ・過酷さをどんなセリフやシーンよりも強く物語っていました。 絶望をそのまま表したような無彩色の世界が、感覚的に辛かったと、見終わってから気づきました。 いまもどんよりと重い感情を引きずっていますが、かといって絶望的な気分で置き去りにされたわけでもありません。 ストーリー展開が早くて話にひきこまれるし(たぶんシーンの切り替えがうまい=編集がいいのだと思います)、強制収容所内とはいえ、贋札作りのメンバーは特別待遇を受けているので、見ていて苦しくなるほどの飢餓感とかガス室送りとか、そういうのはありません。 目を背けたくなるような残酷な描き方はされていないから、怖がりのワタシでもひとりで十分耐えられる範囲内でした。 ホロコーストを真正面から描いていない分だけ、幅広い人に見てもらえる内容になっています。 ワタシのように「ホロコーストの映画はちょっと…」と腰が引け気味の人にこそ、みてほしい映画です。 お涙頂戴といわんばかりのシーンが皆無で、それもよかったです。 ほどほどの気力があるときにどうぞ。

ただ、映画としては「善き人のためのソナタ」には及びませんね。 いま一歩、なにかが欠けている感じがしました。 「善き人のためのソナタ」はホントにおすすめの映画なので「暗そう」などと思わずに、ぜひ一度みてください(テーマはホロコーストではなく共産主義時代の東ドイツですが)。

主人公サリーのモデルになった人物は、戦後にまた贋札をつくって警察から追われる身となったそうです。 ブラジルへ逃亡して、そこでおもちゃ工場を経営して91歳で亡くなったと、映画のHPにありました。 最後におもちゃを作ったというのがいいなあ。 映画のサリーは美術を愛する一面をもっていて、強制収容所への移送列車の中でも敷いてあるワラで動物を作っていた短いシーンによって、見た目よりもずっとやわらかな内面を持った人という感じがうまく出ていました。 実在の贋札作りの天才はいったいどんな人生を送ったのか、ノンフィクションで誰か書いてくれないかしら(もう出てるのか?)。

【追記】
昨夜、NHKの22時からのドキュメンタリーで、宇宙からみた青い地球の映像にジョン・レノンの「イマジン」が流れたら、泣けてきました。 宗教や民族の違いで殺し合うなんて、ほんとうに愚かなことを人間はいつまで繰り返しているんだろう。
Category: 映画

雪の節分

毎日ほんとうに寒いです。 昨夜は雨音を聞きながら眠ったのに、朝起きたら一面にうっすらと雪。 とはいっても、湿った重い雪で昼前には消えてしまいました。 地面がじっとりして、さらに骨にしみるような底冷えを助長しただけのような雪で、つまんないなあ。

2.3雪の大文字

2月2日と3日は節分の行事があちこちの神社やお寺であるので、どこか見に行こうかと考えていたのに、結局は寒さと花粉に負けて家でうだうだ過ごしました。 こういうときは本にも集中できず、なにやらぼんやりしているばかり。 どうせだらだらしているのならと、きものの着付けの自主練をすることに。 毎週1回は着ようと決めていたのに、ふと気づくと10日ほど間があいていました。 今日はまた違う母のきものを引っぱり出して、名古屋帯と袋帯の2パターンを練習。 ああ、やっぱり間隔があくと忘れちゃう(汗)。 今日は地味なえび茶色のきものに、黄色の派手でアンティークな柄行の帯と、臙脂色でモダンな柄の帯。 地味な臙脂の帯を締めたときの方が似合ってました。 年相応で(笑)。 どちらの帯も柄の配置の仕方や長さが現代のものと違っていて、ちゃんと締めるのに四苦八苦。 昔の帯って規格が一定でなかったんですねえ。 昔の日本女性はどんな帯でもスルスルッと巻けたんでしょうか。 日常に来ていた人のレベルに、一朝一夕で追いつこうと考えること自体が身の程知らず。 でも、自分自身を着せ替え人形みたいにして遊ぶのも、それなりに楽しいです。 で、気がつくともう日が暮れていて…一日なにしてたんだろ?


2.3雪とメジロ

雪が降ったらエサがみつかりにくいだろうと思って、朝食で食べたリンゴのヘタをさしておいたら、すぐにメジロのカップルが来ました。 どこで見てるんだろう? リンゴに夢中なこのメジロ、真ん丸でかわいい。 くちばしの先にリンゴが付いてるよ。

■Tさん、拍手をありがとうございます。
身近に小鳥が好きな木があると、それだけでなんとなく楽しいですよね。 鳥って実際に来ているのは一瞬ですけど、かわいい姿を目にするとトクした気分になります。
Category: 日々の記録

下田直子のジャポネスク! 「きものバッグがほしい」

図書館に返却に行って、またどっさり借りてきてしまった…図書館に行きだすと、借りる→返すついでに借りる→また返しに行って借りるというパターンに陥ります。 昨年の収入が少なすぎることに先日気づいて、しばらく本を買うのを控えようと決意いたしました。 ホントはちゃんと本屋さんで買いたいんだけど我慢。

予約してあった本だけで思っていたよりずっと重かったので、前から気になっていた「きものバッグがほしい」が棚に並んでいたものの、借りるのはあきらめて図書館でジーーーッと穴が空くほど(笑)眺めてきました。

2.1きものバッグ

ああ、この本が欲しい! 「きものにも洋服にも合うバッグを」と下田直子さんがデザインしたバッグは、形も色もテクニックもさまざま。 とてもバラエティがあって、きものが好きな人なら「これが欲しい」と思うものが必ずみつかりそうです。 この表紙のバッグにはあまり心をひかれなかったけれど、レトロモダンな雰囲気のビーズ刺繍をした信玄袋、水玉の布が亀甲模様に見えるようにスモック刺繍をほどこした柔らかなバッグ、パッチワークと刺繍を組み合わせたバッグ、…きもののときはもちろん、ごくカジュアルな洋服にでも十分合いそうなものがいっぱい載っています。 さらにウールステッチした帯、そして刺繍やスパンコールを施した鼻緒!(いつか手製の鼻緒で草履をオーダーしてみたいなあ…ため息) なによりも、古布や和柄といったイメージとはぜんぜん違う、ジャポネスクな(ってどんな感じなんだか)テイストがステキなんです。 ワタシなどは思いつきもしない形、そして色。 さすが下田直子さんだなあ、と感心しました。

しかし、いずれも実際に作るかというと…ビミョウ。 たとえば、信玄袋の紐を通すところのパーツなどは入手しにくそうだし。 しかしなあ、欲しいんだよなあ、この本が。 ただ眺めて「こんなの作れたらいいなあ」と妄想するだけでも十分楽しいんだから。

2.1赤い山茶花

珍しくこちら向きに咲いている山茶花。 今日も一日寒くて、たまに雲間から淡い日射しがチラチラッとあるだけで、ほとんどずっと霰が降っていました。 それでも、花粉は飛び始めていますね。 この3日ほど花粉を感じます。 慌てて耳鼻科で薬をもらってきました。 これからヒノキ花粉が終わる5月初旬まで、また花粉を恐れて陰気に家に籠もる日々が始まるのか…いやだなあ。

図書館行きにはキャスケット型の帽子をかぶって、スキニーな(要するに細いシルエット)コーデュロイのパンツ+白い革のスニーカー+短いジャケットにマフラーをグルグル巻き。 ふと店舗のガラスに映った姿を見て「その格好は若すぎだろッ」と自分にツッコミを入れたくなりました。 ウチの近所は学生街なので、そのあたりを歩いている20歳前後の学生さんとほとんど同じような服装になってました(汗)。
Category: 日々の記録