ニヤニヤしながら鑑賞 「KAZARI 日本美の情熱」展

昨日、友だちを誘って京都文化博物館の「KAZARI 日本美の情熱」展に行ってきました。 通常の美術展とはまったく違う切り口で、気楽で楽しい展示でした。 友だちと「うわぁ、これ見て! これはヘンやろ!」とゲラゲラ笑ったり。 とってもひさしぶりで心の底から笑えた気がします。 静かにアートに浸るような展覧会ではなく、誰かと一緒に行っておもしろがるのがよさそう。 京都文化博物館で9月15日まで開催中です。

意表を突く意匠のものがいろいろありましたが、一番すごかったのが武将の兜。

8.29KAZARI展

江戸時代(17世紀)のものとは思えない! ロダンの彫刻かと思った。 これが兜だなんて。 これと並んで、なんと「鯖の尾びれ」とか「兎の耳」をかたどった兜もあったんですよぉ。 兎の耳…て、あまりに弱そう(笑)。 殿様がそんな兜をかぶってきて、家臣は笑いをこらえられたのでしょうか。 ほかに、祇園祭の長刀鉾の飾り金具(ナメクジ・ミミズが蛇の同類、犬の同類は山犬・狼という、無理やりなくくり方をおもしろがって笑ってたら、隣でみていたおじさんまでクックックッとウケてました)、身近な陶器類を針金で「スサノオノミコトの大蛇退治」に組み立てた島根県の「平田一式かざり」などに、目がくぎ付け。 おもしろすぎます。


突如、仕事がギューギューに詰まってきました。 う~。 昨夜は遅くまで仕事の段取りをして、今朝は5時30分起きで別の仕事へ。 そのまま旅に出てしまいたくなるほど遠方の町に、予定通り朝9時に到着。 ところが。 先方が急病でいない! 後日、日を改めて来てほしそうでしたが、校了日から逆算してぎりぎりの日程なのに無理です。 だいたい、もう一度早起きしていくなんてイヤだ。 往復で5時間もかかるのに。 先方の都合でキャンセルになって別の日に出直しても、もちろん特別手当くれるわけじゃなし。 無理やり押しきりましたよ、もちろん。 が、ネタがね、ないんですよ。 カメラマンが撮るべき写真はしっかり確保したけれど、ワタシの仕事は…はぁ、どうしよう。 と、実はブログを書く暇があったら、さっさと手をつけないといけないの、わかってるんですよ。 でも…。
Category: 日々の記録

乱発される「心神耗弱」判決への違和感 日高隆「そして殺人者は野に放たれる」

2009年5月から始まる裁判員制度。 法律について完全に素人のワタシには裁判員制度導入にどういう意味があるのか、さっぱりわかりません。 アメリカの陪審制度のマネして、どうするんだ? 裁判なんか関わりたくもない、というのが正直な気持ちです。 みなさんはどうですか?

そんなワタシでも、裁判員制度は気にはなっていたんでしょうね。 いままで興味をひかれなかった「やがて殺人者は野に放たれる」が文庫本になっているのを本屋さんでみつけて、迷わず買いました。 いや~、この本は強烈です。 ひさびさに出会ったインパクトのある本です。 センセーショナルで浮ついた内容だろうと勝手に決めつけていましたが、ぜんぜん違いました。 渾身のノンフィクションです。 司法制度にも法律にもまったく興味がない!という人にも強くおすすめします。 素人にはわかりにくい法律や司法制度について、わかりやすく書かれていますから、ぜひ読んでみてください。

日高隆の「そして殺人者は野に放たれる」は、いままでタブー視されてきた精神障害者の重犯罪(殺人)について、日本の司法に正面切って異議申し立てを行ったノンフィクションです。 精神障害者だと鑑定されれば、通り魔事件で何人殺しても「心神喪失」=無罪の判決が下される現状の司法制度の矛盾を、さまざまな事件を検証しながら指摘してゆきます。

殺し方が残虐なほど、「正気では理解できないから精神障害がある→心神喪失か心神耗弱」とされる裁判って、どうなってるんでしょう。 著者が書いている通り、もともと殺人なんて正気でできるもんじゃないのに。 一番おかしいのは、多量の飲酒や覚せい剤を「自分の意志で」摂取した上で殺人を犯した場合でも、「心神耗弱」として刑が軽くなるという法律(の穴)。 信じられませんよ、そんなの! みなさん、人殺しをする際は、凶行の前に酩酊状態になっておきましょう。 そうすると、かなり罪を軽くしてもらえるらしいですよ…て、こんなこと参考にしないでね。 なぜ、こんなおかしい状態が放置されているんでしょう? 結局は政治家と法務関係官僚の怠慢なのでは(怒りムラムラ)。 「人を殺したら、たとえ精神障害者であっても、罪に応じた罰を負うべき」という著者の主張はもっともです。

詳しくは本を読んでください。 この本に書いてあることが全部正しいかどうかはわかりません。 情報をうのみするのは危険です。 でも、こういう法律がいつまでも改善されずに放置され、犯罪被害者が苦しんでいる現状は知っておくべきです。 著者のくだけた文体はかなり挑発的で、(たぶん意図的に)感情的に激したように書かれた部分もありますが、それが読みやすさにつながっているのだと思います。 重苦しいテーマですが、一気に読めました。

8.26ニイニイゼミ

今日もまだ異様なほど涼しいです。 おとなになっても、庭でニイニイゼミの抜け殻をみつけると、つい拾ってしまいます。 小さくてかわいい。 こんなに涼しいと、必死で鳴いている蝉が切ないですね。

まじめな本だけど物足りない 平野恵理子「きもの、着ようよ!」

ずいぶん前に読んだ平野恵理子「きもの、着ようよ!」の感想をアップしないままでした。 かわいいイラストにひかれて、内容を吟味せずに文庫本にしては値段が高いのに、つい買ってしまたんですが…。

8.23きもの着ようよ

着物や帯の生地の種類や織り方・産地をはじめ、小物に至るまで、着物全般について詳細に書かれた、かなりまじめな本です。 分厚いですし、値段に見合うだけの内容はあると思いました。 ただ、初心者向きなのかな、着物をぼちぼち着るようになったワタシには物足りなかった。 もう少し「着こなし」の楽しみについて書かれているのか、と期待していたんですが、どちらかといえば「うんちく」に近いです。 かわいくてほのぼのしたイラストは好みなんだけど、きわめてまじめな内容のわりに文章の質がどうも…。 着物の敷居を低くしよう、という意図なのかもしれませんが、ですます調の中に突如「…なんだ。」とか「…なんだよね。」なんて混ざっている文章に違和感がありました。 内容がしっかりしている分、もったいない気がします。 とはいえ、本職はイラストレーターである著者が文章もうまかったら、ワタシの仕事がなくなってしまうわけで。 平野さん、そのままでいいです。

昨日、ふと本屋さんでみつけたノンフィクション「そして殺人者は野に放たれる」。 ひさびさに強烈なインパクトのある本です。

8.24秋海棠

いつのまにか、おもとの鉢の中で大きくなった秋海棠(しゅうかいどう)が花を咲かせていました。 葉っぱの緑に薄紅の小さな花が映えて愛らしいです。 

北京オリンピックが終わりましたね。 夏の終わりのような涼しさとあいまって、ちょっとさびしい気持ち。 中国政府の運営に違和感を感じつつも、毎日アスリートの美しい姿をしっかり楽しみました。 でも、国威発揚の場とはいえ、あの閉会式はやりすぎ。 最後の人間の塔が、バベルの塔に見えたのはワタシだけ?

「生きること」への真摯な姿勢 金城一紀「対話篇」

「憑神」と一緒に、金城一紀「対話篇」を買いました。 今年の夏の「新潮文庫の100冊」から2冊買うともらえる、Yonda?のエコバックにつられたんです。 新潮社の思うつぼだな、単純なワタシ。

8.23対話篇

潔い真っ白の装丁がステキ。 紙質が普通の文庫本カバーとはぜんぜん違うんですよ。 ザラッとした凹凸があって高そうな紙です。 金城一紀を新潮文庫にお迎えするにあたっての破格の扱い…?と、ヘンに勘ぐったりして。 「GO]はかなり気に入ったのに、なんとなく読まないままになっていた金城一紀。 ようやく2冊目を手にしました。

「対話篇」は3作からなる短編集。 恋愛をテーマにしているようなので、恋愛小説にあまり食指が動かないワタシはこの文庫本を買うかどうか、かなり迷いました。 ところが読んでみると、3作とも男×男の対話。 べたべたした恋愛ものとはまったく違いました。 いずれも根底には、現代の寓話のような独特の趣がありました。 2作はあまり好きという作風ではないけれど、最後の短編「花」は著者の、生きること、そして愛についての真摯な思いがストレートに伝わってきてよかった。 読むなら、ぜひ作品が並んでいる順番にどうぞ。

全体としては、著者は恋愛に対しては驚くほどピュアな感覚をもっている人なんだなあ、という感想が一番強いです。 甘いです、理想主義的です。 でも、世の中に満ち満ちている悪意や絶望感で窒息しそうな現代には、こういう小説を書く人がいたっていいんじゃないかしら。 「映画篇」の方が評判がいいようなので、いつか文庫本になったら読んでみたいです←要するに、金城一紀はワタシの中でそれくらいのポジションの作家です、いまのところは。

8.23百合

この2日間、いきなり秋の気温です。 日中35℃&蒸れ蒸れの熱帯夜が7月初めからずっと続いていたから、あ~、26℃ってこんなに涼しかったの~と驚いてしまいます。 母なんて日中も「肌寒い」と言っていました。 それにしても、この寒暖の差は普通じゃないですよね。

軽い人情もの 浅田次郎「憑神」

高校生から大学生の頃、何を読んだらいいのか、どんな作家が自分の好みに合うのかもわからなくて、「新潮文庫の100冊」をかたっぱしから読んでいた時期がありました。 読まず嫌いしていた作家の面白さを発見したり、いろんな作品に触れる、いいきっかけになりました。 当時リストアップされていた作品はだいたい読んでしまって、それ以来あんまり「新潮文庫の100冊」を手にすることがなかったのですが、ひさびさにリストを眺めてみたらずいぶん昔と違う作品がたくさん入っているんですねえ。 う~む、隔世の感。

そんなわけで、新潮文庫の100冊に新たに入っていた浅田次郎「憑神」を読んでみました。 浅田次郎は「鉄道員」「月のしずく」「蒼穹の昴」(当時は小金があったので、いずれも単行本が出版されてすぐに読みました)以来。 3作品ともそれなりに味があって、「泣かせようとして書いてるんだから、泣くのは口惜しい!」と思いつつも、涙腺系統が単純な仕様のため(?)ダラダラ涙を流して読みましたよ(笑)。 でも、3つも読んだら、浅田節でお腹いっぱい。 それっきりご無沙汰してました。


8.22憑神

「憑神(つきがみ)」は幕末の江戸を舞台に、食べるのが精一杯の貧乏な御家人・別所彦四朗がさまざまな悪神に取りつかれる不運に見舞われながら、懸命に自らが信じる「武士道」を全うしようとするお話です。 人情ものの定石をしっかり踏んでいて、爽やかな読後感を残すので、安心してサラッと読めます。 ひまつぶしや気分転換にちょうどいい本です。 著者のメッセージがあまりにもストレートで(まじめな心持ちは嫌いではないけれど)、一番最後の最後でちょっとしらけちゃいました。 裏表紙の紹介文に「抱腹絶倒」とありましたが、ユーモラスではあっても笑うほどではないような気がします。 いわゆる浅田節が充満しているため、著者が好きな人なら読んで楽しいでしょうし、著者が苦手な人が読んだら「つまんない」と感じるような本です。 「しゃばけ」シリーズとか「家守綺譚」のような、人間でないものが出てくる小説がひょっとしてワタシは好きなのか?と気になっていたのですが、別に「憑神」は「ふーん」という程度だったので、妖怪変化が出てくるファンタジーが好きなわけでもないらしいです。

時代小説って、苦労してもなかなか報われず出世できない人物をよく主人公にしますよね。 あれって、武士の悲哀がサラリーマンの心をつかむのでしょうか? サラリーマンじゃないワタシは、どうも時代小説特有のトーンにあまりなじめません。


8.22ヒヨドリの巣立ち

今朝、わが家の庭のどこかから巣立ちしたヒヨドリの子。 朝から親に餌をねだってピーピー大騒ぎしてました。 全体の姿がまだ、どことなくヒヨドリらしくありませんね。 尾羽もしっかり伸びてるけど…ひょっとして、木に留まっている姿が違うのかな。 もっとよーく眺めたかったのですが、雛を刺激して上空でカーカー鳴いているカラスに気づかれるとたいへんなことになるので、カーテン越しにそっとのぞくだけで我慢我慢。 夕方には、親鳥に連れられてどこかへ飛んでいったようです。 雛たちがいた木の下には、紫色の実がコロコロ。 親からこの実をもらってたのかな。

8.22スズメの親子

こちらはスズメの親子。 どちらが親か、さっぱりわかりません。 イネ科の雑草の穂を食べてるのかな? もっと食べて食べて~(もうこれ以上の花粉症にはなりたくない!)。 蚊の大群が怖くて、なかなか草抜きができなくて、庭中が草ぼーぼーです。

伯母をおくる

お盆が明けてすぐ、伯母が彼岸へ旅立ちました。 90歳でした。 彼岸へ帰るお精霊さんに手をひかれて三途の川を渡ったのでしょう。 あちらで、恋しかった顔も知らない生母に無事会えたかしら。

父より9歳年上の伯母は、まだ1歳になるかどうかという頃に生母を亡くしました(父は後妻の子)。 もともと胸を病んでいた先妻さんは、伯母を産んだことで体調を崩して寝こんでしまい、そのまま帰らぬ人となったそうです。 4歳くらいの長女と乳飲み子の次女を、古武士のような(つまり家事など、どこをどうしたらいいのか想像すらできない)祖父が育てられるはずもなく、先妻さんのお葬式の後すぐに、先妻さんのお兄さん(結婚したけれど子どもに恵まれなかった)が乳児の次女を養女として育てることになったそうです。 そこで実子と変わらず慈しんで育てられた伯母は、自分の実父方の遠い親せきと結婚。 ところが、まもなく第2次大戦が勃発。 戦地へ送られた伯母の夫は、戦後なんとか南洋から生きて帰ってきたものの、結局子どもには恵まれず。 東京大空襲で両親を失って、たまたま生き残った乳飲み子(その子の両親と親しかったそうです)を引き取って育てたのです。 伯母が育てた女の子は、大学に入学するための戸籍謄本を自分でとりにいくまで、母親と血のつながった親子でないなどと想像したことすらなかったと聞きました。 伯母はずっと娘夫婦と同居していて、最晩年は恍惚の人になっていましたが、最期まで娘夫婦の世話になりました。

8.19藪蘭

東京に住んでいる伯母と顔を合わせたのは、法事のときくらい。 でも、9歳下の腹違いの弟である父を異様なほど溺愛してくれているのを、子どものころからうっすらと感じていました。 ふつうよりもずっと複雑な人生を歩んだ伯母ですが、愛されることも愛することの意味もよくよく知っていて、たくさんの愛情に恵まれた人だったのだと思います。 戦地で体を壊した夫の代わりにバリバリ働き、まわりの人を愛することにもエネルギッシュでした。 遺伝子にこだわり過ぎて代理出産までさせてしまう風潮を空しく感じるのは、そんな伯母の人生を知っているからでしょうか。

快活で明るくておしゃべりだった伯母さん、きっと今頃はあちらで、こちらの最新情報をいろいろ披露しているんだろうな。
Category: 日々の記録

江戸時代案内書 杉浦日向子「大江戸観光」

暑くてだらんだらんしている上にオリンピックが始まって、読書もハンドメイドも長期停滞中。 このあたりで、ずしんと読み応えのある長編を読んでみたいのですが、気力が衰え気味のときは勘が鈍っていて「店頭で何げなく手に取った本が大当たり!」なんてことは起こりそうもなくて。 仕方なく軽いエッセイや短編集ばかり読んでいます。

杉浦日向子は初めて読んだ「一日江戸人」がめっぽう面白くて、亡くなられた後に杉浦さんの本に出会ったのがとてもとても残念に思えました。 で、本屋さんで「大江戸観光」という文庫本をみつけて購入。 杉浦さんの本は何冊か読みましたが、う~む、やっぱり最初に読んだ「一日江戸人」が一番好きだなあ。 最初に読んだ本があまりにも好みにぴったり合い過ぎると、そのあとで手に取る同じ著者の本がどれも満足できなくなってしまう…そういう状況になりかかってます。 読む順番が違ったら、この本がもっと楽しめたかも。


8.22大江戸観光

「大江戸観光」は「はとバスに乗ったつもりで、江戸の街をご案内。 江戸の空気を気楽にお楽しみください」というノリで書かれています。 杉浦さんがまだ漫画を描いていた若いころに、いろんな雑誌に掲載された短文を集めたものです。 そのため日本語の表現がまだこなれていなくて、内容の深さに合っていない感じがしました。 全体としても「寄せ集め」という感じは否めません。 一番おもしろかったのは、江戸時代の不良。 服装やまゆ毛の整え方が現代と不思議なほど似た感覚で驚きました。 おもしろすぎて眠れなくなることもないし、かといって退屈でもなく、適度なところで眠くなる…暑くて眠れない夜に読むのにぴったりの本でした。

8.17芙蓉

もう芙蓉が咲き始めました。 毎日こんなに暑いのに、季節はゆっくり移り変わりかけているようです。 そういえば、日が暮れるのがずいぶん早くなりましたよね。

今夜はものすごくひさしぶりに涼しい(といっても室温は27℃)。 月が冴え冴えとしていて、どこかでかすかに秋の虫が鳴いています。 今夜は熟睡できるかな。
Category: 杉浦日向子

大文字の送り火

8月16日は大文字の送り火。 例年通り、午前中に送り火の護摩木を書きに行ってきました。 薄曇りで風があったので、銀閣寺門前の坂を上がるのが少しだけ楽でした。 それでも護摩木を書いているだけで汗が噴きだしてきますが。 護摩木の受付場所をみて「これは何してるんですか?」とか「何を書いたらいいんですか?」と尋ねてる方も結構いて、たぶん銀閣寺に来て偶然見かけたから「それなら書いていこうか」という人もかなりいるようでした。 大文字山の送り火で焚いてもらう護摩木は、送り火当日のお昼ごろまで銀閣寺の門の真ん前で受付してます。 毎年、うだるほどの暑さの中、たくさんの護摩木を担ぎあげる保存会とボランティアの方々、ほんとうにお疲れさまです。

8.16かき氷

帰り道、観光客に混ざって参道下の茶店で今年初めてのかき氷。 特別にお願いして、外の椅子で食べました。 冷房が効いた部屋でだと、冷房が苦手な母とワタシはかき氷を最後まで食べきれないんです。 暑い屋外で、宇治金時をぺろりと食べて脳内温度も少し下がった感じです。

8.16大文字

夕方に雨がパラパラして心配しましたが、今年はちゃんと「大」の字になってきれいに灯りました。 送り火が燃え尽きるころまで眺めて合掌。 お精霊があちらへ帰られるのを見送ると、夏もそろそろ終わりだなあという気になります。 実際はまだまだ9月いっぱい暑いんですけどね。 燃え尽きる送り火を眺めていると、心の奥がしんと静かになって、ほんの少しさびしいような独特の感覚を味わいます。
Category: 日々の記録

なでしこジャパン!

暑くてヨレヨレなんですが、兄がひとりで帰ってきていたため、ここ4日ほど家事に専念していました。 とはいっても、大食漢の姪っ子たちが今年は誰もこなかったから、ご飯作りはかなり楽だったんだけど。 兄の布団をひっぱりだして干してベッドメイキングしたり、ふだんは手抜きしているあちらやこちらを掃除したり、兄のご希望の食事を作るためにおつかいに行ったり…いつもよりずっと楽とはいっても、普通の日よりは忙しかったです(母は家事に関して戦力外になりつつあるし)。 今朝、兄を見送ってやれやれ。

とにかく毎日体温を超えそうなほど暑くなるので、外出なんてする気にはなれず、ちょっと時間があるとテレビでオリンピックをみてしまいます。 今日は、なでしこジャパンが中国を破ってベスト4に進出! いや~、なんかひさびさにサッカーの試合をみて気持ちよくなりましたよ。 中国があまりうまくないことにずいぶん助けられたようですが、それにしてもみんなよく最後まで走ってました。 チームとしてのまとまりがすごくいいし、ゴールへの執念があって、エライ! 男子サッカーは初戦を半分くらいみて、それ以上みる気がしなくなったんだけど(ひいて守るばかりのプレーにうんざり)。 澤がどんどんいい顔になってきて、いいなあ。 男子は女子に攻撃の仕方を教えてもらった方がいいんじゃないの?と言いたくなるほど見事な試合でした。 澤の1点目もすばらしかったし、2点目の畳みかける攻撃でのゴールがステキ! ベスト4、おめでとう!!

あとは初めてみたんですが、馬場馬術競技のお馬さんの独特のステップがおもしろかったです。 だって、馬がスキップしたり、右前脚2回進めて次は左前脚2回進めて…という歩き方をしたり、同じところで足踏みしたり、斜め横向けにカニ歩きしたり。 ああいう歩き方は、お馬さんにとってはものすごくむずかしいんじゃないのかなあ。 世界チャンピオンのオランダ(だっけ?)のエースの馬が特に素晴らしかった。 漆黒の美しい馬がイッチニーイッチニーとリズムを刻んで、バネ仕掛けみたいに歩く姿…とても美しいんだけど、ちょっとヘンテコで(笑)夢に出てきそうだわ。 オリンピックって、普通には目にすることがないマイナースポーツがみられて、それもおもしろいです。 もちろん、水泳とか柔道(父が大好き)もしっかりみてますけどね。 日本競泳陣がいつのまにかバタフライや自由形でも世界と戦えるレベルになっていることにビックリです。

8.16黄色の花

この花は母がもらってきたものが種こぼれで、庭のあちらこちらで勝手に咲くようになりました。 たった一日だけの花。 名前はなんていうのかしら??
Category: 日々の記録

イケズの音読でぐったり 入江敦彦「イケズの構造」

ずいぶん前に読んだ入江敦彦の「京都人だけが知っている」がおもしろくて、新潮文庫になっている「イケズの構造」を買いました。 「京都人だけが~」は、京都について胸の奥でずっとモヤモヤしていたものをはっきり言葉に置き換えてもらえて、目からウロコの連続でした。 それに対して、「イケズの構造」はいまひとつ納得できないというか、「そうそう!」と膝を打ちたくなるようなところが少なかったです。 これはイケズだけに特化した本なので、なかには理屈をこねくり回しすぎて無理やりな感じが漂うところもありました。 怖いもの見たさで、本場・京都で生粋のイケズに果敢に挑戦したい方は、ぜひこの本を手にとって「傾向と対策」を練ってください。 まあね、そんなことしても絶対にムダですけど。 イケズだけじゃなくて京都人の実態とか、京都を包む独特の重い空気を知りたい方には「京都人だけが~」の方がおすすめです。

「イケズの構造」は薄い本なんですが、読むのに意外と時間がかかりました。 なんでかな?と考えたところ、どうも京都弁の部分を全部あたまの中で京都のイントネーションでねっとり音読していたようなんです。 そのせいか、イケズされたシミュレーション風の読後感で、ミョーに重かったです(笑)。

読んでいて「そうやそうや」と同意したのは、訪問先でコーヒーをすすめられたときの対応。 「コーヒーでもどないです」と訪問先で言われたら、真に受けるのが「よそさん」、京都人は固辞するという指摘は本当にその通りですから、万が一にも京都へ仕事で来られる方はお気をつけください。 先方が言うタイミングにもよりますけど、用事がひと通り済んだところで言われたら「そろそろ帰る潮時」というサイン以上の意味はございません。 かといって、もしも実際にコーヒーを出されて飲まなかったら…おおコワッ。 その微妙な感覚を知りたい方は本を読んでみてください。

世の中にあふれている京都本はたいてい「よそさん」が書いたものなんで、京都に生まれ育ったワタシが読むと「へえ、よそさんはそんな風に思わはるの」(イケズっぽい響きを出すには京都弁に限りますな)と違和感たっぷり。 その点、入江サンは京都の西陣出身なので「ほんまもん」です。 ただ、これだけあけすけに京都について語れるのは、ご本人がロンドン在住だから。 京都に住んでいて、これからもずーっと住み続けることになるであろう人間は恐ろしくてこんなことは書けません。 よろしいなあ、遠いところに住んではって…とイケズを言いたくなったりしました(笑)。


8.11サルスベリ

うちのサルスベリはなんで咲かないのかしら?と、「家守綺譚」を思い出しつつ、サルスベリの幹をときどきなでてたら、いつのまにか高い高いところで咲いてました。 でも、ほんの少しだけ。 いっぱい咲きすぎると暑苦しい感じになるけど、もうちょっと咲いてほしいなあ。

「高い高い」と重ねて言うのは京都弁なんだと、つい最近知りました。 ワタシは自分でも京都人とは思っていませんが(祖父母は京都生まれじゃないし、住んでいるところが「碁盤の目」の中じゃないから)、意識せずによく「きれいきれい」とか「いっぱいいっぱい」と言ってる気がします。 そやけど、真正京都人やないから、イケズなんか言わへんえ、ワタシ(笑)。

灼熱の陶器まつり

土曜日に「五条坂・陶器祭り」に行ってきました。 いや~もうね、想像以上に暑かったです。 午後2時に行ったワタシがバカでした。 ふだんはめったに汗が流れない体質なのに、じっとしているだけでも、全身の毛穴から汗が噴きだしてきて、脳みそまでが汗になって流れ出てしまった感じ。 暑さで意識がもうろうとなりながら、何かの修行のように端から端まで、すべての露店をじっくり見て回りました。 陶器の露店が全部で430くらいあったとか。 アホです、ワタシ。 それにしても、お店の方は朝の11時から夜11時まで、ずーっとあんなに暑いところに座っていて、体に悪くないのかしら。 本気で心配してしまいました。

8.10陶器まつり

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陶器まつりを1周した後のワタシの顔。

ありとあらゆる陶器があるようでいて、ワタシが欲しかった銘々皿風のものはほとんどありませんでした。 初日ならあったのか、それとも売れ筋商品だから、こういうところには持ってこないのか?  雑貨屋さんに売っていそうな粉引の、和食器にも洋食器にもなりそうな器はいっぱいありました。 繊細な絵付の京焼、刷毛目や織部もいっぱいありました。 でも、どうしても欲しいと思えるものには出会えませんでした。 それでも、十分おもしろかったです(もの好き)。 友だちは青磁のすごく素敵な器を購入。 器の形がとても美しく、波をイメージした抽象的な模様も素敵で、ワタシの欲しい大きさのお皿がなかったのが残念。 どうも今のワタシは青磁や白磁が気分らしい。 ああ、それにしても暑かった、暑さで疲れた。


ところで、オリンピックが始まりましたね。 リンクしてもらっている「P&M Blog」のpiaaさんが「開会式の最終聖火ランナーがパンダかも…」と書いてられるのを見て、開会式の選手行進で飽きてみるのをやめちゃったのに、つい深夜にテレビをつけてしまいました(笑)。 パンダだったら一生忘れられないオリンピックになったのになあ。 開会式の演出は美しくて迫力があったけど、でもね、さまざまな民族衣装に身を包んだ子どもたちの嘘笑いの顔が気持ち悪くて(さすが全体主義国家)、かえって胡散臭さ満点。 あ~、やだやだ。 国旗を持った兵士の歩き方が整然としすぎてて、母がぽつりと「ナチスみたい」。 ほんとにね。 違和感がいろいろありました。  それでも、ついついテレビで試合をみてしまうのですが。

■takakoさんも先日のNHKドキュメンタリーをみられたんですね。 声高に反戦を叫ぶのではなくて、しみじみ心にしみる番組でしたね。 アメリカの人たちにもみてほしいと思いました(けっして実現しないでしょうけど)。
Category: 日々の記録

テンプレート変更

先日、友だちから「テンプレートを変えたらブログが見られなくなった」と言われたので変更してみました。 今度は見られるようになったかしら? 前に使っていたペンギン、かなり気に入ってたんだけど。 連日の酷暑に脳みそが沸騰して何もやる気がしない状態で、ブログの更新もさぼりがち。 せめてテンプレートだけでも爽やかな涼しそうな感じに…とあれこれ探したんですが、希望するようなあっさりしたものがみつけられず妥協しました。

原爆の話ってあまりにも恐ろしくて避けてたんですが、今夜放送されていたNHKスペシャルのアメリカ軍カメラマンのドキュメンタリーをついみてしまいました。 軍規に違反してでも(原爆投下後の長崎一般市民を命令なく撮ってはいけないと言われていたそうです)シャッターを押してしまった、重くて悲しい30枚の写真。 死んでしまった幼児の弟を背中にくくりつけて、火葬の順番を直立して待っている少年の姿に胸が痛み、そして、その少年を忘れることができなかったアメリカ人兵士のその後の苦しい人生がずしんと胸にこたえました。 同じ任務に就いても、そこまで感じない人だっていたでしょうのに。 写真には撮った人の心まで写るものなんですね。 それにしても、あの少年のその後はどうなったのか…。 戦争で傷ついた多くの方々に合掌。
 
フランス人富豪アルベール・カーンが世界中の民衆の姿をカメラマンに撮らせた写真コレクションも、そういえばすばらしかった(NHKのBSで再放送していたのをたまたまみたんですが)。 ストレートなポートレート写真の強さを改めて感じました。

8.7サフランモドキ2

ワタシの写真には何が写っているかといえば、瑣末な日常の断片。 平穏無事であることのありがたみを感じつつ、庭で今日もパチリ。
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備忘録 気になる展覧会いろいろ

ここのところ「ぜひ行きたい!」と思うような美術展がなくてつまんないなあと思っていたら、これから秋に向けてはおもしろそうな展覧会が目白押し。 楽しみです。 忘れないようにメモ代わりに。

■「KAZARI 日本美の情熱」 京都文化博物館 8月2日(土)~9月15日(月)
工芸品の中に日本の美を探る展覧会のようです。 工芸品好きなので見逃せません。
■「生活と芸術 アーツ&クラフツ展」 京都国立近代美術館 9月13日(土)~11月9日(日)
副題は「ウィリアム・モリスから民芸まで」←東西の大好き2大要素、絶対に行くぞ!
■「japan 蒔絵」 京都国立博物館 10月18日(土)~12月7日(日)
大好きな蒔絵をたっぷりみられるようで、こちらも楽しみ。 京都の後、東京でも開催されるようです。
高麗美術館
8月いっぱいやっている高麗青磁も、9月から始まるポジャギ展も気になります。

こうやってみると、この秋は工芸品の展覧会ばかり。 流行りなんでしょうか?

8.5折り鶴蘭

折り鶴蘭はさすがに蘭の仲間だけに、連日の猛暑でも元気いっぱいです。 ニューッと茎を長く長く伸ばした先に小さな白い花をつけています。 うっかりとしていると、この長い茎の先がいつのまにか他の鉢に着地して勝手に増殖していたりして、かわいい外見に似合わず、なかなかにしたたか。 白のストライプが入った葉っぱが、暑苦しい季節にはことのほか目に爽やかです。

ここのところ連日、就職して兄の家を離れた姪の相談に乗ったりしていて、なんだか落ち着きません。 仕事も「お盆前にお願いしたい」と言っていたはずの案件が2つ、いまだに日程が決まらなくて、先の予定が立たず落ち着きません。

姪の言い分は客観的に判断すれば「いまどきの若者はこれだから困る」と会社の方たちに眉をひそめられるようなことで。 ハッキリいって、身内のワタシが聞いても「目先のことしか考えていない」と思いますから。 就職活動のときも、「その仕事は、あなたに合っていないんじゃない? もっとよく考えたら」とずいぶん言ったのに、内定が出たらそれに飛びついて就職活動から逃げだしてしまったんですよね(就職活動の辛さはよーくわかりますけどね)。 そのくせ、わずか4ヶ月で「こんな仕事、やりたかったわけじゃない」と下積み仕事の辛さに音をあげてしまいました。 関東の実家に帰ることしか頭にないみたいで、何を言ってもダメ。 家に逃げ帰っても、職歴がないままの再就職は新卒の就職活動よりずっとずっとたいへんなのになあ。 「家に帰れば友達もいる」と思っているようなんだけど、みんなは社会人として働いていて、自分は無職だったら、話が合わなくてものすごく落ちこむのにね。 その精神的なきつさはワタシが誰よりもよく知っている(汗)。 まあね、なんだかんだ挫折続きの20代を経て、ワタシも今の仕事にたどり着いたわけだから、姪っこも挫折を繰り返しているうちに精神的に打たれ強くなってくれますように。 というわけで、一番上の姪もイタリア留学を途中で切り上げて帰ってきちゃったし、なんと兄はいい歳をしたスネかじり3人娘をまだしばらく扶養していかなくてはいけないようです。 お気の毒。

人生において「無駄な経験」なんてひとつもない…ということがわかるのは、やっぱり30歳を過ぎてからなのかな。
Category: 日々の記録

これが現代の空気感なのか 「百万円と苦虫女」

気になっていた映画「百万円と苦虫女」をようやく観ました。 評判がよかったので期待していたのですが、うーん、ワタシの好みじゃなかった。 クスッと笑ったり、(いつものごとく涙腺が安っぽいので)ほろりとしたりするシーンはいろいろあったし、主人公の痛みも伝わってはきたんだけど、でも全体としてみると釈然としない気分が残りました。

短大を卒業したものの、就職に失敗してアルバイトに精を出す鈴子が、ふとしたことからトラブルに巻きこまれて、とんでもない目に逢ってしまいます。 家に居づらくなった鈴子はアルバイトで百万円貯めると、それを元手に逃げるように海辺の町へ。 人と接することがもともと苦手で、うまく自己表現ができないうえに、後ろめたい過去を背負いこんでしまった鈴子は、さらに人と深くかかわらないように生きようとします。 そのため、海辺の町から、山間にある桃の栽培地の集落へ、さらに東京近郊の町へと移り住むことに。 さまよう鈴子と合わせ鏡のように、いじめられっこの弟のエピソードが挿入されていきます。

蒼井優が好きな人なら、きっと楽しく見られると思います。 彼女のための映画って感じですから。 とても、主人公鈴子をうまく演じていると思いました。 それはつまり、ずっと「うまく演じているな」という視点でしか観られなかった…ともいえます。 蒼井優(あるいは鈴子)と同世代なら、きっともっとワクワクしながら鈴子の足跡をたどれたのかもしれませんが。 いい歳をしたワタシからすると、映画としての完成度が低いように思えました。 素材は悪くないけど、料理の仕方が物足りない。 そして、この映画はいったい何が言いたかったのかがワタシには伝わってきませんでした。 人とのコミュニケーションの大切さ? 人とかかわって生きていくことの大切さ? そのわりには、エンディングが中途半端じゃないでしょうか。 恋愛はしたけど、恋人以外の人との接点はちっとも広がっていない鈴子の姿には救いが感じられませんでした。 でも、世の中ではえらく評判いいし、「ほのぼのした」「癒された」なんて感想も見かけるので、天邪鬼なワタシの感覚は特殊なのかもしれません。 少なくとも、ワタシにとってはあんまり後味の良くない映画でした。

気分転換したかったのになあ。 「カンフー・パンダ」を観た方がよかったかも(笑)。
 
8.2百合

ジャングル状態の庭で、たった1輪、百合が咲きました。 雑草がすごいことになってきて気になってるんだけど、蚊の大群が怖くて庭でじっとしていられません(涙)。 明日は早朝にお墓参り、午後は母方の祖母の法事と一日忙しいので、そろそろ寝なくちゃ。

■マーシャさん
いつも遊びに来てくださってありがとうございます。 マーシャさんもブログ通信簿されたのですね。 更新を頻繁にしないと「マメ度」が低くなったり、なかなかおもしろい仕掛けですよね。 
Category: 映画

当たってる?

最近ネットのあちこちで見かける「ブログ通信簿」。 こころさんのブログ「思いやりでいこう」にリンクが貼られていたので、やってみました。 いや~ん、成績優秀なこころさんとは大違いの結果。
 
7.31ブログ通信簿

ああ…痛いところをつかれた感じです。 忘れてしまいたかった小学校時代の通信簿を思い出しましたよ。 ある方からの突っ込み必至、来週は説教部屋に閉じこめられそう。 ブログでさえも自己主張できてませんか…そうですか(やけくそ)。 それにしても、ふだん書きたいことが書けないうっぷん晴らしに、好きなことを書いているつもりなんですけどね。 あちこちで見かけたのは、それぞれユニークな「××委員」とか書いてあったけど、「一般生徒」タイプなんてのもあるんですねえ。 妙にちゃんと解析されてる感じだワ。 この通信簿で唯一うれしいのは、年齢…うふふ。 年齢はブログで使っている言葉を解析しているのだとか。 自分のブログの通信簿がほしい人はこちらでどうぞ。


7.29ギボシ

この暑い中で、紫のギボシが咲きました。 先日の大雷雨にたたかれたのに倒れもせず、元気に花を次々咲かせています。 上は雨上がりの朝に撮った写真。 雨上がりに薄日がさした朝は、テクニックがなくてもきれいな色に写りますね。

それにしても、ダメだ! 「一太郎・ATOK」じゃないと、ワタシはやっぱりイヤです。 「Word・IME」で仕事してみましたが、「どうして、こんな日本語変換になるのよ、キーッ!!」と何度なったことか。 ブログを書いていても、「IME」は「タイ産朴」とか「儀防止」とか…頭悪すぎ。 パソコン買ったポイントで「一太郎」を手に入れなくては。
Category: 日々の記録