非常事態にどう備える?

新型インフルエンザやら大地震やら津波やら、いろいろ不安になることが相次いでいるのに、わが家では非常事態に対する備えがまったくできていません。 数日前、母が「非常時対策セットを買っておこう」と言っていたのに、「高いねえ」と乗り気でなかったことを反省。 そこで、ネットで何を買っておくべきなのか調べてみました。

当面の心配は新型インフルエンザ対策です。 高齢者が2人もいるし、なにをどう警戒したらいいのか、ちゃんと知っておこうと厚生労働省のHPをチェック。 なんというか、どういうウィルスかあんまりよくわかっていないんだなあということだけが、よくわかりました。 予防としてのマスクはあまりおすすめではないらしく、手洗い+うがいが推奨されているようです。 満員の通勤電車など、人がすし詰め状態で換気のない場所ではマスクをするのもある程度意味があるけれど、それ以外は、用事がないなら人混みにでかけないのが一番とのこと。 なるほど。 勤め人も学生もいない家なので、マスクは3人で100枚くらいあったらいいんじゃないかということに。 みなさんはどうしてます??

9.30白ホトトギス

マスクよりもワタシが気になっているのが食料品の備蓄。 大流行になって買い物に出られないような事態になったら(あるいはワタシがインフルエンザにかかってしまったら)、どうするのか? パスタやうどん、レトルトのカレーやおかゆをほんの少しは買ってあるんですが、これじゃ、2日くらいしかもたない。 農水省のHPに新型インフルエンザ対策としての食品備蓄についてのページがあって、これがなかなか具体的でわかりやすかったのでプリントアウトして検討。 ああ、ぜんぜん足りないじゃないの! 電気や水道などは使える前提だからレトルトばっかりというわけではないし、缶詰は地震対策用にもなるから、一覧表を参考にして日常の買い物のついでに、少しずつ買い足そうと思っています。

この際だから、地震対策用セットを購入して、そのほかに水、そしてアルファ米などの非常食もおいしそうなものを厳選して買うことに決定。 こういうことって勢いに乗ってやらないと、一日延ばしで結局やらないんですよねえ。 阪神大震災のときからずっと「備えておかなくちゃ」と思い続けて、いったい何年たったのやら…。
Category: 日々の記録

笑いたかったのに 「k.m.p.のぐるぐるノート」

k.m.p.の本は読んでいると思わずププッと吹きだしてしまうこともたびたびで、いつも楽しい気分にしてくれるところが好きです。 それで、書店でみつけて新刊「k.m.p.のぐるぐるノート」を迷わず買ったのですが…

9.27ぐるぐるノート

紙質や色にもこだわった表紙は、やさしい雰囲気でしょ。 でもね、なんだかワタシは楽しめなかった。 笑いたかったんですよ、この本を眺めて。 小ネタで笑って憩いたかったんですよ。 なのに、なぜ? 「ぐるぐるしてる、オンナたち」と同じような違和感がありました。

あの本でも触れていたカレとの事実婚のことも少し出てきて、まったく同じネタを使うのかとややげんなり。 彼女たちにとっては切実な問題なのでしょうが、読者にとっては同じことを繰り返し他の本でも読まされるのはちょっと…。 あるいは、編集者や出版社の対応が悪くて腹立たしいことは、身をもって知っているからよーくわかるんです。 新古書販売業のために印税が減ってしまうことは作家としては死活問題なのも、自分たちと似たようなジャンルでつまらない本が氾濫していることに対する苛立ちも理解できます。 それでも、そういうことはホームページやブログで書くなら気にならないけど、本に書いてあるとなぜだか嫌な感じに見えてしまう…不思議ですけど。 ブログやネットは「話し言葉」的、本は「書き言葉」的だからかな。 話しているときは共感できても、活字になると共感できないこともあるんです、たぶん。

彼女たちの本を買うワタシは「楽しい気分」が味わいたいんです。 だから、もっと楽しいことを詰めこんだ本を作って欲しい。 「素朴な疑問」系のひねりよりも、素直に笑える明るい話を書いて欲しいなあ。 ある意味、夢を売るのが商売なんだから…と、k.m.p.が好きだからこそ苦言を呈したくなる本でした。 ずっと持っていたい本ではなかったから売っちゃうかも。 そしたら、彼女たちに恨まれるんだろうな。 彼女たちの論理だと「あー、つまんなかった」とゴミ箱に捨てちゃう方がいいんだろうか…と、意地悪なことを言ってみたくなるところが、この本にはあるんだよなあ。 残念!


9.28クラマゴケ

このシダがやたらに増殖してほかの植物を圧迫しそうだったため、思いきって草ひきしました。 ウデを伸ばして増えていく姿は、緑の手芸用テープみたいでなかなかかわいいんですけどね。 ネットで調べたら、クラマゴケという名前らしいです。 グリーンとしてブーケに使うこともあるとか。

■拍手をしてくださったみなさん、こぎん刺し&おしゃれへの共感、ありがとうございました。 いくつになっても、おしゃれ心は忘れずに持っていたいですね。
Category: k.m.p.

ついに、こぎん刺し

もうずっとずっと前から、こぎん刺しが気になっていたんですが、フェリシモでキットをみつけてからは、さらに気になって気になって何度フェリシモのサイトを眺めたことか。 でも、クロスステッチの図案や刺繍糸の在庫がたんまりあるのに、また違ったものに手を出すと、また布やら糸やら買いたくなりそうで必死で自己規制していました。 なのに。 シルバーウィークに家でうだうだしていて「どこにもでかけなかったんだから、これくらいポチッとしても罰は当たらんだろう」と、誰にだか知らないけど胸のうちでぶつぶつ言い訳しながら、注文ボタンをポチ。

9.27こぎん刺しセット

もっと時間がかかるかと思ったら、もうブツが到着しました。 むふふ…このシリーズは6回全部頼む予定です。 いままでフェリシモで注文したことなかったんですが、ついに禁断の扉だかパンドラの箱の蓋だかを開けてしまった気分。 手芸キットのカタログの表紙が羊毛フェルトの動物で、ああ、そろそろ年賀状のトラをどうするか本気で考えなくてはと焦ってみたり。 もう年賀状のことを考える季節なの~!? 羊毛でウシを作ったのがついこの間のような気がするのにな、ヘンだな。

今日はひとりで街中へ買い物にでかけて、ケープのようなモモンガのようなセーターと、ボルドー色のエナメルパンプスに一目惚れ。 金欠が続いて今年に入ってから、あまりまともな衣類を買っていなかったワタシに、先日、母が「お金を使うのは罪悪じゃないのよ」とひとこと。 そうね、そうね、ケチケチしすぎて、ちょっとすさんでたかもね。 そういわれた翌日は本屋さんであれこれ本を購入。 本の重みの分だけ満足感もたっぷりでした。 本やら服やら、ひさしぶりにすごく気に入ったものが買えて、気分が外向きになった気がします。 そういえば映画「ココ・シャネル」でも、ココが男のデザイナーに向かって「女は男のためにおしゃれをするんじゃない。 自分のために服を着るのよ」というようなことを言ってたっけ。 ブランドにもメイクにもまるで興味がないけれど、おしゃれな女性でありたいとは思っています。
Category: 日々の記録

夢かうつつか幻か 梨木香歩「f植物園の巣穴」

数ヶ月前に買って温存していた梨木香歩「f植物園の巣穴」を、ついに紐解きました。 表紙の秋海棠のイメージから、読むなら初秋の頃がいいと漠然と考えていたんです。 いま、わが家でも秋海棠がかわいらしく楚々とうつむき加減に咲いています。

9.26f植物園

f植物園の園丁が歯痛に耐えきれず、勤め先の近所の歯医者にかけこんだところから、少しずつ現実の世界からずれていくような感覚にとらわれていきます。 歯医者の言っていることは微妙にヘンだし、歯医者の奥さんがときどき犬の姿になってしまったり、職場の周囲の風景がいつもと少し違って見えてきたり、戸惑っているうちに植物園の巨木の洞に落ちてしまったような気もするのだが、記憶がだんだん混濁してきて…。

梨木香歩の「家守綺譚」が大大大好きなもので、ものすごく期待して読みました。 だって、表紙の美しい装丁も、帯に書いてある惹句も、いかにも「家守綺譚」の世界なんですもの。 でも、あの独特の「のほほん」としたような、ゆっくりした時が流れるような世界観とは違う作品で、読んでいる間は心中で「?」「!」の連続。 物語世界にどっぷり浸かって「ああ、読んで幸せ~」とつぶやくような甘い感じはまったくないんですよ。 とはいっても「家守」とまったく同じだったら、それはそれでがっかりするんですけどね。 ワタシの正直な感想は、「家守」を越えるものではなかった…。 期待しすぎると、ややガッカリかもしれません。

夢かうつつか幻なのか判然としないまま、どんどん主人公の心と記憶の奥深くへと降りていく非常に感覚な文章が延々と続きます。 読みながらも「いったいどこへ連れて行かれるのか?」という思いが何度も胸をよぎりました。 着地点は思いがけないところだったけれど、著者のメッセージがしっかり読者に届く、梨木さんらしい結末でした。 読み終わった後は、忘れてしまったこと、そして忘れてしまいたかったことと対峙することになった主人公と一緒に、長いようで一瞬だったような異次元の旅を終えた気分。 直後は、なんか物足りないなあ…と感じたのですが、なんともいえない余韻を残す小説でした。 とにかく、ほかの何ものとも違う世界を梨木さんは目指しているんですねえ。 すごいチャレンジャー魂だわ。


9.26初秋の庭

老婆心ですが、読もうと思っている人はAmazonのレビューを読まない方がいいですよ。 完全にネタバレしているのがありましたから。 ネタに寄りかかった作品ではないけれど、「どこへ連れて行くの~ッ!」という不安感みたいなものも、この小説の醍醐味のひとつだと思うので。

そろそろ歯医者さんに行かなくてはいけないと前から思ってたんですが、歯医者さんで口を開けてるときに薄目を開けたら、助手の手がいつのまにか犬の足になってたりして…(笑)。 さらに、題名の植物園の名前については作中で何も触れられていないのですが、ワタシの歯医者さんは府立植物園のそば。 「f植物園」ですよ。 ひょっとして、あの植物園をイメージして書いたの?? あの近くには深泥池という沼っぽい地質的にも非常に古い池があるしなあ。


今日の写真は珍しくひきぎみに撮ってみました。 杜鵑(ホトトギス)がいっせいに咲き始めたのでパチリ。 アカマンマやゲンノショウコもそのままで、うちの庭はすっかり野草園です。

■Tさんは「ボローニャ絵本展」をみられたんですね。 いいなあ。 毎年、「今年こそみにいきたい」と思いながら、なかなか行けなくて。 来年こそは!
Category: 梨木香歩

何ものなのかは謎のまま ドラマ「白洲次郎」

NHKドラマ「白洲次郎」の最終回は期待しすぎたのか、やや肩すかしな感じでした。 前の2回はよかったのにな。 結局、「白洲次郎ってなにもの?」というワタシの前々から抱いていた疑問には答えてくれないまま。 ドラマでも最後に正子の目を通して語っている部分でも、結局なにものだったのかわからないという結末でした。 それでも、ドラマのつくりとしては最後に正子の西行に関する文章に白洲次郎の姿を重ねることで、うまく処理していると思いました。

ドラマの中でも、記者との対話のシーンでダークな面に少し触れられていたように、白洲次郎という人物はただカッコいい正義漢という人物ではなかったのでしょう。 戦後のどさくさで、それなりに財を築いたように感じさせる描き方で、それはドラマの作り手としてはかなり誠実な姿勢なんじゃないかと感じました。 昨今の「最高に格好いい男」のようにマスコミがもてはやすことに違和感があったので、ドラマをみて「なるほど」と実態がわからないなりにも一応納得できました。 ただ、もう少し表舞台から去った後のことも知りたかったなあ。

撮影のセットは白洲次郎夫妻が暮らした無相荘を忠実に再現したそうで、和の建築+洋のインテリアがすごくセンスがよくて(たとえば囲炉裏の脇に置かれたタータンチェックのソファーがすてき!)いつか実物を見てみたい。 それと、次郎を演じた伊勢谷友介の英語がいかにもイギリスなまりですごくうまいなあと感心(←ホントは英語よくわかんないくせに)。 正子役の中谷美紀と2人とも、はまり役でよかったです。 トータルすると、ドラマとしては近ごろなかなかない本格派で満足しました。 こんな正統派ドラマは「ハゲタカ」以来かな(別にNHKの回し者じゃありませんよ)。

9.24月下美人

白洲次郎のドラマが放送されている時間帯に、むせかえるほどの芳香を放っていた月下美人。 一夜限りの純白の花。 ドラマをみたり月下美人を写真に撮ったり、真夜中まで忙しい日で、ブログを更新する気力もなくて。 その後、梨木香歩の「f植物園の巣穴」を読み終わっているのですが、それはまた明日にでも。 こちらも期待が大きすぎて…。
Category: 日々の記録

枯れた境地の動物画 「橋本関雪展」@大丸ミュージアムKYOTO

シルバーウィーク最終日の23日は、お墓参りの後、母の買い物につきあって大丸へ。 招待券をもらっていたので、買い物前に「橋本関雪展」(9月29日(火)まで)をみました。 休日なのに会場が空いていて驚きました。 知名度が高くないんでしょうか。 最近の美術展はマスコミがヘンに煽って人が集まりすぎてしんどいから、今回はゆっくり鑑賞できてホッとしました。

9.23橋本関雪展

出品点数が思ったよりも少なくて、ちょっとがっかり。 全部で50点ほどだそうです。 四半世紀ほど前に、橋本関雪の大きな展覧会をみたことがあったから、よけいにそう感じたのかもしれません。 でも、年寄りの母がじっくり眺めても疲れてしまわない程度でよかったです。 文展に入選した大作は、とても大正初期のものとは思えないほど力強くて豪快で、当時としては斬新な画風だったのでは。 現在の院展でも、とても似たような描き方でもっともっと力のないものがいっぱい出ています。 南画風の作品が多かったのですが、やっぱりワタシは関雪の動物画が好きだな。 ポスターにもなっている上の白い猿「霜猿」とイタチを描いた「秋圃」が、以前の展覧会でも今回のでも一番心に残りました。 南画や洋画風の試みを経て到達した、無駄をそぎ落とした簡潔で力強い筆の運びが秀逸。 ただ愛らしいだけではなくて、写生の向こうにある枯れた精神性を感じます。 烏を描いた掛け軸がかわいくて、母も「烏なのにねえ、いいねえ。あんなのがうちの床の間に欲しい…」とぶつぶつ。


9.24ゲンノショウコの実

展覧会の後は、母の靴や父のセーターを見立てて、母が友だちにあげるもの探しを手伝って終了。 ものすごくひさしぶりに行ったデパート、なんだかすごく疲れました。


写真はゲンノショウコの実がはじけた後。 くるくるっと巻いた姿がとても愛らしくて、なんだか妖精の世界っぽい。 そうやって思いっきり種をあたりにまき散らして来年はさらにはびこってしまうのでしょうけれど、こんなにかわいいと草をひくのを躊躇してしまいます。
Category: 展覧会

シルバーウィークといっても

世間では「シルバーウィーク」なるものが今年から始まったようですが、わが家はなんにもしないで家にジーッとしてました。 先週の金曜日の朝、関東にいる兄から電話で「うちもみんな休みになるから、どこか泊まりがけで行かない?」というお誘い。 とはいっても、自分は忙しいから、どこか適当なホテルを探して欲しいとのこと。 そんな直前に!と思いつつも、ジジババも兄一家と遊びに行きたいようだし、ネットで朝から晩まで探しましたが、どこもかしこも高い宿から安い宿にいたるまで全部満室。 ゴールデンウィークよりも混んでいてビックリです。 姪も2日にわたって探したらしいけど。 結局、そんなにぎりぎりになってから宿泊先をみつけるのは無理でした。 ぐったり。 いくらなんでも言い出すのが遅すぎだろ、お兄ちゃん!

「空いているのは東京都心のホテルだけ」といったら、「東京は空いてるの? それなら、一生に一度くらいデズニーランドに行ってみようかしらん」と母はなにやらウキウキ。 えっと…お母さま、日本中でたぶんディズニーランドが一番混んでるよ。 だいたい「デズニー」じゃないし。 そういう娯楽施設にはいっさい興味がないとばかり思っていたんですが、実は、一度くらいは行ってみたいと思っているのか、母?? う~ん、意外だ。

9.22ミズヒキ

そんなわけで、どこにもでかけず、母の庭仕事を手伝ったりしてるうちに連休は終わりそうです。 そうそう、母と2人で楽しみにしているのがようやく放送されるNHK「白洲次郎」の最終回。 明日、やっと放送されるのねえ。 あ~長いこと待たされたもんだ。
Category: 日々の記録

かなりマニアック 牧野富太郎「植物一日一題」

ずいぶん前から眠りに落ちる寸前に、牧野富太郎「植物一日一題」をちびちび読んでいました。

9.21植物一日一題

端正な表紙の絵と著者にひかれて、文庫にもかかわらず1050円もするのに買いました(ちくま文庫って高い!もう少し安ければもっと気軽に買うのに)。 牧野さんの植物に関する随筆を期待していたんですが、随筆というよりは蘊蓄でした。 植物にも牧野博士にも興味あるけど(仕事にひっかけて高知の牧野博士の生家跡まで行ったことも)、細々とした蘊蓄にはあんまり興味がないので、正直、ちょっと退屈してしまいました。 この本に1050円を払うなら、牧野博士の植物図鑑にお金を使った方がよかったな。 表紙みたいな牧野博士による植物画が中にもカラーで載っていたらいいのに。 植物に関してマニアックな人なら満足できそうだけど、植物をめぐる情緒的な随筆を期待する人にはおすすめしません。

思いつくままに植物について書いているといっても、半分以上は植物名について=昔(江戸時代、あるいはもっと前の時代)の学者が中国の植物と混同して間違った命名をしてしまったとの指摘。 それゆえ、植物名を漢字ではなくカタカナで書くべきだと牧野さんはおっしゃるんですが、ワタシは漢字で書いた方が叙情的で好き。


9.21ヒガンバナ

今年はじめて、思いがけず庭に彼岸花が咲きました。 どうも母が知人からもらったヒオウギの土にくっついてきたらしい。 秋の陽ざしを浴びて深紅の花が輝いてみえました。 それにしても不思議な形の花ですね。

■Tさん、確かに「人のセックスを笑うな」というタイトルだと図書館で借りるのはちょっと躊躇しますね(笑)。 「ここに消えない会話がある」はサラサラッと読めて、予想外にあっさりしてました。 カクタさんは同時代人の作家としていま一番気になる人です。 「八日目の蝉」はおすすめですよ。

たあいない雑談の大切さ 山崎ナオコーラ「ここに消えない会話がある」

山崎ナオコーラってどんな作家なのか、ずっと興味がありました。 名前が変わってるし、デビュー作は「人のセックスを笑うな」なんていうタイトルだし。 すごく若い感じの小説なのかなとか、とんがりすぎてたらついて行けないかなと躊躇してたんですが、図書館で新作の「ここに消えない会話がある」を借りてみました。

9.18消えない会話

あれ…意外に普通じゃないの!というのが正直な感想。 名前やタイトルは奇をてらってる感じ全開なのに、文章は普通に読みやすくて素直でした。 内容は、テレビ欄のデータを新聞社に配信する職場の小説です。 社員と派遣社員混成の小さな班の中で、日常の厳しい業務の合間に交わされる小さな会話の断片。 それぞれが少しずつ相手のことを考えたり、職場での自分の立場や将来を考えたりしながら、たあいない「おしゃべり」が続くだけの小説です。 登場人物6人が特に親しくなるわけでもなく、でもギスギスしない人間関係をおしゃべりを通して構築していて、読むとちょっとホッとした気分になれました。 深くどーんと迫ってくるテーマがある小説ではなくて、コーヒーブレイクのような感じ。 それにしても、派遣社員の待遇はキツイなあ…格差あるのに悪びれずに働いている20代の子たちがけなげに思えたりしました(それは小説の本筋とは違うことなんだけれど)。

視点となる人物が変わったりシーンが変わるたびに行間をとるスタイルと、ところどころに著者による箴言のようなものが入っているのが文学的にちょっと変わっていて、そういう点では芥川賞ぽい小説の書き方だと思います。 何度か候補になって、まだもらっていないようですが。

9.20サンジソウ

そういえば駆け出しの頃は、「仕事ができたらメールで送って終わり」なんていう時代ではなかったから、締切日にはフロッピーもって行かなくてはいけなくて、それ以外にも打ち合わせが頻繁にあったり、写真の切り出しに呼びつけられたりと、たびたび事務所に顔を出す用事がありました。 当時は面倒くさいなあと思っていたんですが、いまから振り返ると、みんなで集まってワイワイしゃべるのがすごく楽しかった。 資料をコピーしたり写真切ったり行数を数えてる横で、ほかの人たちがおしゃべりしているのを聞くのはおもしろかったな。 いまは通信手段が便利になった分だけ、あんなに熱気のある仕事場に遭遇することがなくなって、ちょっと寂しような物足りないような。 そういう点でも、「ここに消えない会話がある」のような職場が現在もどこかにあってくれたらなと思えました。


上の写真の花、わが家では「サンジソウ(三時草)」と呼んでいますが、ネットで調べると「ハゼラン」「コーラルフラワー」「サンジカ(三時花)」となっています。 そろそろ咲いているかなと、2時過ぎに庭に出てみたんですが、まだつぼみ。 ホントに3時頃にならないと咲かないんですよ。 かすみ草くらいの小さな小さなピンクの花のまわりに、ドットのような真っ赤な実を散りばめたところは、雑草とは思えないほどかわいい。

最後に彼女を支えたのは仕事 映画「ココ・シャネル」

明日で打ちきりになってしまうからと、大急ぎでいった映画「ココ・シャネル」。 平日の昼なのに1席の空きもない完全満席で(収容人数の少ない小さいホールとはいえ)、立ち見まで出てビックリしました。 それも、シャネラーじゃなくて結構年配の観客が多かったのが意外でした。 シャーリー・マクレーン効果でしょうか? 今年がシャネル創業100周年ということで、今週末から「アメリ」のオドレイ・トトゥが主演する「ココ・アヴァン・シャネル」も公開されるので、どっちをみようか迷ったのですが、まずはこちらを。 それにしても、若き日のココを演じた女優さんがオドレイ・トトゥに雰囲気がとても似てたなあ。 マクレーンも若い女優さんもすごくよかったですよ。

9.17シャネル映画

母親の病死後、父親によって妹ともに修道院に預けられた(=捨てられた)ガブリエルが貧しいお針子の生活から苦い恋愛を経て、「ココ・シャネル」としてブランドを起こすまでの半生を、1954年のシャネルが回顧するという形で描いた作品です。 「働く女性」として自立した初めての世代だったココの生き様はけっして平坦ではありませんでした。 貧しい生まれゆえの世間からの冷たい視線やさまざまな苦難に屈せず、常に自分の才能を信じて真っ直ぐ突き進み続けたプライドの高い女=ココ。 恋を失っても、仕事は最後まで残った…という強い生き方がすがすがしかったです。 2時間20分ほどある長い映画でしたが、ブランドものにまったく興味がないワタシでも退屈せず楽しめました。

ブランドとなったシャネルのファッションよりも、女性の服装がこんなにも短い期間にこれほど激変したという驚きが一番心に残りました。 ココが子どもだった19世紀末は、まだ中世をひきずってるような服装で、コルセットでウエストを締めあげてたんですねえ。 ココがオトナの女性になったときも、女がズボンをはくなんて考えられず、ズボンをはいただけで「足が見えてる!」と驚かれた時代なんですよ。 乗馬がしにくいからと、馬の世話をしていた男の子がはいていたズボンとブーツを身につけたり、男物のざっくりしたセーターを着たり、社交場であるポロの試合観戦に手製の麦わら帽をかぶっていったり(まわりの人は「マイ・フェア・レディ」のダービーのシーンみたいな大げさな帽子とドレスなのに)、避暑地で漁師たちが着ているボーダーのTシャツや厚手のセーターを買い取ってだぼだぼのシルエットのまま着て歩いたり。 常識にとらわれない斬新なアイディアと身体的な窮屈さからの解放、そしてそういう服を堂々と着て歩く反骨精神がすがすがしい。 服飾史としても非常に興味深かったです。

9.15白い花

ただ少しモヤモヤしたのは、やっぱり女は美人が得なのね~と若干ひがみたくなった若き日の恋愛(笑)。 愛人として囲われたのも、その後に出会った運命の彼も、きっかけはココが美人だから…なのよねえ。 それも、お金持ちの男たちの力をしっかり利用してるんだから、したたかな面もあったんでしょうね。 でも、ただ男に囲われてるだけで終わらないのがココ。 男の邸宅の一室で、パリで買い集めてきた素材で帽子つくりに熱中するシーン、とても楽しそうで印象的でした。 それに、男にもてるけど、仕事の相棒でもあるいい友だちをもっていたんだから、女からみて嫌な女じゃなかったんでしょう。

映画のHPにある「シャネル語録」も、鼻っ柱が強くて貧民から仕事でのしあがった彼女らしくておもしろいですよ。 映画では、夜会にでかける姪に向けての台詞にもなっていた「(男にとって)かけがえのない人間になるためには、常に他の人とは違っていなければいけない」は、ブランド大好きな日本女性に対してはすごく皮肉だなあ。 みんな、制服みたいに同じデザインのバッグをもってちゃダメ!って、あのココなら言ったんじゃないかと思います。

■Tさん、同じ雑草でも「キンミズヒキ」と「ヘクソカズラ」では、命名にはずいぶんな差がありますよね。 カタツムリくんはたぶん全速力で走るためにツノを力一杯伸ばしていたみたい。 考えてみれば、カタツムリもナメクジも似たようなものなのに、殻を背負っているだけでカタツムリは得してますね。
Category: 映画

雨上がりの庭で

気になっている映画「ココ・シャネル」をみにいこうかと思いながら、ぐずぐずしている間に行きそびれてしまって家でうだうだ。 部屋を片づけようとあれこれ引っぱりだして収拾がつかなくなり、ホコリで喉や鼻を刺激されて、前より散らかってしまった部屋にいるのがイヤになって、庭仕事に逃避。 しばらく草ひき&笹との戦い(うっかりしていると笹原になってしまいそうな勢い)に没頭して、頭も体もリフレッシュできました。 雨上がりは庭が生き生きして、シャッターを押したくなるものがいっぱいみつかります。

9.15雨上がりの散歩

チゴユリ(稚児百合)の上を全速力で歩いていたカタツムリ。 チゴユリは葉っぱもキレイです。 群生している葉っぱがファブリックのパターンみたい。

9.15シュウカイドウ

野放図に枝を伸ばして夏に華やかなピンクの花をいっぱい咲かせていたフヨウ(芙蓉)の下で、シュウカイドウ(秋海棠)がいつのまにかひっそり咲いていました。 うつむき加減で咲く花も草全体の姿も楚々として、いかにも「和の花」という感じです。 だんだんこういうひっそりとした風情のある花にひかれるようになってきました。 年をとったということかな?(笑) シュウカイドウが表紙に描かれた梨木香歩の新刊「f植物園の巣穴」もそろそろ読もうかな。 読むのがもったいなくて買ったまま熟成させてあるんだけど。

ああ…部屋はどうしたらいいのやら(ため息)。 仕事が暇なうちにちゃんと片づけなきゃ。

■いつも拍手をありがとうございます。 励みになります。
Category: 日々の記録

池澤夏樹+ゴーギャン

昨夜(13日の夜)、なにげなくみたNHK教育で放送されたETV特集「我々はどこへ行くのか-池澤夏樹とゴーギャン/文明への問いかけ」、すごくおもしろかった。 いま東京でゴーギャンの大作「我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこへ行くのか」が公開されているのに合わせた番組のようでした。

ゴーギャンが好きなくせに、あの番組をみるまでゴーギャンが物心がついたのはペルーだったとは知りませんでした。 なるほど! 目からウロコがどっさり落ちた感じ。 タヒチで描いた作品の女性のプロポーションって、そういえばインカの石像にそっくり(池澤さんはそんなことは言ってなかったようだけど)。 足が妙に大きくて、どっしり大地に根づいている安定感があって、そこに土俗的な雰囲気が漂っていて。 そして、ペルー育ちだからキリスト教に対しても複雑な(同調し得ない)感情を抱いていて、パリから移住したブルターニュ地方がケルト文化の名残をとどめている(つまり非キリスト教的な感覚が残っている)ことにゴーギャンはひかれた、という池澤さんの解説(記憶が定かではないですが)にさらに深く納得。 ゴーギャンはキリスト教と近代の物質文明に背を向けて、タヒチへと逃避したんですねえ。 フランスのブルターニュ地方やタヒチ、さらに最晩年を過ごしたマルケサス(ってどこ?)の美しい風景を堪能できて満足しました。
 
9.14キンミズヒキ

ひさしぶりに雨がたっぷり降って、庭の緑は一気に息を吹き返しました。 雑草も元気いっぱいなのは困るけれど。 雑草のキンミズヒキ(金水引)も元気に新しい花を咲かせています。 葉っぱも緑が濃くてきれいだから、リビングの真正面の位置に生えているのに、母もワタシも特に相談したわけではないけれど、そのまま草ひきせずにおいています。

■いつも拍手をありがとうございます!
Category: 日々の記録

ぬか床から始まる壮大な話 梨木香歩「沼地のある森を抜けて」

梨木香歩は「家守綺譚」が大好きだけど、「西の魔女が死んだ」は好みではなくて、梨木香歩なら何でもOKというわけではないワタシ。 梨木香歩の本は、本屋さんで手にとってジーッと眺めて好きな匂いがしているかどうか、嗅覚を全開にして判断します。

で、「沼地のある森を抜けて」はですね、嗅覚的にOUTだったんです。 だって、ぬか床をめぐる物語なんですよ。 好き嫌いがほとんどないワタシの2大苦手食物=ぬか漬け&納豆。 無理です、ぬか臭い話なんて、納豆屋繁盛記(そんなのあるのか?)と同じくらい体質的に受けつけられません。 ところが、リンクさせてもらっている「P&M Blog」のpiaaさんが大絶賛されていて、むむむ…。 それならばと読む気になったのに、本屋さんで探してもなぜだかみつからず、ようやく入手できて、やっと読めました。 ああ…なんかね、すごいお話で読後もしばしボーッと放心。 この話、いったいなんと紹介したらいいのか、うまく言葉がみつかりません。

9.18沼地のある森を

両親を学生時代に失った久美は、会社の研究室に勤める独身女性(たぶんほどほど妙齢)。 急死した独身の叔母が遺したマンションとともに、謎めいた祖先伝来のぬか床を受け継ぐことに。 ところが、このぬか床からうめき声が聞こえてきたり、卵のようなものが湧きだしてきたり、ついにはぬか床の卵から人のようなものが出現してきて…。 不思議な運命の糸にたぐられるようにして、叔母の知り合い・風野さんとともに先祖の出身地である島へと向かった久美を待っていたのは…。

ものすごく変わった小説でした。 あらすじを書くとホラーみたいですが、別に怖い話ではありません。 SF的な純文学とでもいえばいいのでしょうか。 生命とは?自己と他者を隔てるものは?死とは?といった問いに対して、哲学もジェンダー論も生物学的生命論も含めた壮大なスケールで梨木香歩は自分なりの答えをブンガクとして提示しようとした…のかな(苦笑)←この小説をちゃんと読めたか自信なし。

9.13シソ白

正直な感想としては、物語世界をちょっと大きく広げすぎたんじゃないか、という気がします。 小説として描くには壮大すぎることに挑戦して、破綻する一歩手前って感じを受けました。 最初の章「フリオのために」は、あり得ないことが目の前で起きて驚きながらも「ま、しかたないか」とわりとあっさり受け入れてしまう主人公のあり方が結構ワタシ好みなんだけど(初期の川上弘美の「神様」「椰子椰子」に似ていて)、その後はだんだん小説のテイストが微妙に変わってしまった。 もっとあっけらかんと不思議なことが不思議でない世界へ連れて行ってくれるのかと思ったんだけど、その後に展開したのは予想したのとはぜんぜん違う世界でした。 途中に挟まれる主人公とはまったく別世界の「かつて風に靡く白銀の草原があったシマの話」もなんとはなしに、小説全体にしっくりとけこんでいないような、未消化な感じがしました(それでも、シマの物語のクライマックスとなる「死」の描写は感動的!)。

物語の神話的なラストは、すべての始まりであるような終わりであるような永遠のような、細胞の話であるような宇宙創造の話であるような。 まさに「エロスとタナトス」!(さっきみていたTV番組で池澤夏樹が語っていた言葉の受け売り) でも結局、「家守綺譚」に感じたような「圧倒的な共感」というものは「沼地のある森を抜けて」には抱けませんでした。 ま、大嫌いなぬかの匂いに包まれたお話ですからね、所詮無理でした。 それにしても、細胞分裂による増殖から、ほかの細胞との合体による増殖へと移り変わる最初の瞬間って、どんなだったんだろうと、その問いかけがとても心に残りました。

ところで、「家守綺譚」は、「沼地のある森を抜けて」を書いていてとても精神的にたいへんだったときに、まかない食のような感じで軽く書いたものだったそうです。 肩の力が抜けている分だけ、素直に軽く、それでいながらなかなかに深遠なことが書けたのかもしれませんね。


わが家の庭では、雑草と化しているシソが白い花をつけています。 野生化してしまってから、葉っぱはえぐみがあって食用に適さないんだけど、花はどうかなあ。 花が咲いているうちにお刺身を買ってきて、一度は添えて食べてみよ。
Category: 梨木香歩

ご近所散歩

近ごろ、体調も気力も弱ってなんだかヘロヘロ。 気づけば、仕事を除いてすっかり引きこもりになっています。 あれこれネットで調べて、いよいよ「微妙なお年頃」に本当に突入したんだなあと自覚しました。 東京へ個展をみにいきたかったのに、結局行けない(涙)。 行ったら、会場でわんわん泣いて収拾がつかなくなってしまいそうで…。 お別れに行けなくてごめんなさい、真島さん。

そんな自分にいい加減ヘキエキして、外の空気を吸おうと、ひさしぶりに一乗寺の恵文社までちょっと長めの散歩をしました。 どっぷり本屋さんで過ごして、気分がリフレッシュ。 串田孫一の随筆集「鳥と語る夢」と、「柳宗民の雑草ノオト」を買って、ほくほく気分で帰宅しました。 恵文社一乗寺店って、詩集とか、それまで知らなかった著者の随筆集とか、ふつうの本屋さんで目につかないような本に出会えるのがいいんですよね。

そうそう、父は角田光代の「八日目の蝉」をあの後一気読みして、満足のため息をついておりました。 母が読み終わったときにストーリーは詳細に聞かされたようなんですが、あの本の面白さはストーリーだけではないと父。 カクタさんのエッセイ「しあわせのねだん」も読了して、「なんか、独特の感覚を持った人だな」と感心してました。

9.11ヤブラン

木曜日は驚くほど一気に涼しくなったけど、金曜日はまた最高気温が30℃近くまで上がって結構暑かったです。 庭仕事をしていると、首筋がじりじり焼ける感じがしました。 少し暑さが和らいで、雑草と格闘する日々です。 写真はヤブラン(藪蘭)。 植えた覚えがないのに勝手に増えまくって、わが家では雑草扱いです。 花が咲いていると、さすがに抜く気にはなりませんが。

■いつも拍手をありがとうございます。
Category: 日々の記録

昭和の激動期を生きた人々 多島斗志之「離愁」

この本を手にとるまで、多島斗志之という作家をまったく知りませんでした。 ネットでうろうろしていて、いい評判をいくつもみかけたので文庫本を買いました。 単行本は「汚名」というタイトルで出版され、文庫化の際に「離愁」と改題されたそうです。 ひさびさに一気読み。 派手なストーリー展開ではないのに、先が気になってページを繰る手が止まりませんでした。

9.18離愁

美しいのに世の中のすべてに心を閉ざしたまま亡くなった叔母。 その叔母が他界してから30年後、生前にほとんど交流がなかった甥が叔母の謎めいた人生に興味を持ち、叔母の遺品にあった手紙をたどる中で、明らかになってくる叔母の知られざる青春の日々。 人を寄せつけなかった叔母にも、明るく輝く青春と恋愛があったのだ。 しかし、戦争へと突入する不穏な空気に叔母の恋愛は飲み込まれていく…。 そして、叔母の足跡をたどる甥は、思いもかけない事実を知ることになる。

第2次世界大戦前夜から戦中・戦後にかけての激動の時代とゾルゲ事件を背景に、昭和という時代をていねいにじっくり描いた長編小説です。 文庫本裏の紹介文には「渾身の純愛小説」と書かれていますが、そういう軽いノリの小説ではなくて、もっと大きな時代のうねりを描ききっていると感じました。 叔母の主観はまったくわからないまま、さまざまな人物が自分の視点からみた叔母を語っていく構成が秀逸で、ミステリではないけれどミステリっぽく先が気になって気になって。 思いがけない人が後半に登場することで、一方的に被害者・加害者と決めつけない多角的な視点になって、ストーリーに奥行きがぐっと増しています。 最後の最後までひきつけられました。 物語世界をたっぷり堪能して満足。

9.9スイレンボク

ただ…ただね、最後のページは、ワタシの感覚では違和感が残りました。 最後のページで感動できた人なら、別格扱いになるほど気に入ったかも。 最後のオチになんとなく釈然としなかったので、手放しで大絶賛!まであと一歩届かなかったなあ。 でも、叔母だけでなく時代に翻弄されたさまざま人の足跡をあぶりだし、時代の空気を描くのがこの小説の主眼だとワタシは思うので、読んでよかったです。

甥がよく知らなかったおばの人生を、おばの死後にたどる設定ということで、ずっと前に読んだ「嫌われ松子の一生」を思い出しました。 雰囲気はぜんぜん違うけど、あの小説も(生々しい描写があってもなお)結構よかったな。


今日の花は、母が買ってきたスイレンボク。 「茶花にもなる」と売っていたおばさんはいったらしいけれど、それほど風情のある花でもないです。 花の形はホトトギスに似ているんですが、名前の通り「木」なので全体をみると頑丈そうなイメージです。 ひさしぶりにまじめにサッカー日本代表の試合をみました。 ひさしぶりに勝てて、少しはいいイメージトレーニングができたんじゃないでしょうか。 前半はどうなるかと思ったけど。 GK下手だなあ。 シュンスケがさがってからの方がずっとチームとしてよくなってるようにみえましたが、岡ちゃんはどうしてシュンスケがそんなに好きなの? ずーっと前からシュンスケのプレーが嫌いなワタシはイライラしっぱなしだったわよ。

悲しいくらい平凡なのもよし 平安寿子「もっと、わたしを」

読み終わった本の感想がたまってくると、宿題をサボっている小学生みたいな気分になってきますね(笑)。 今日は短めにサクッといきましょう(できるのか?)。

ネットで感想を何度かみかけた平安寿子「もっと、わたしを」。 文庫をみつけたので買ってみました。

9.18もっとわたしを

もっさりしているのに二股をして板挟みになる男、顔がいいことに自信を持ちすぎて仕事ができない自分を客観視できない勘違い男、美人ゆえモテるのに本命になれない女、打算いっぱいで媚びを売るバツイチ子持ち女…など、どこにでもいそうな普通な人たちの格好悪いエピソードをカラッと明るく描いた短編集です。 登場人物がほかの短編にちょこっと顔を出して、全体の構成が緩やかなまとまりのある連作になっています。

恋愛小説のなかな、これ? 恋愛を描いているけど、恋愛を通してすけてみえる本質の方が印象に残りました。 登場人物それぞれのかなり格好悪いところが描かれているんですが、著者の視線が温かで、1冊読み終わると(特にハッピーエンドということでもないのに)心がほわんとしました。 これだけ普通な人を主人公に、たいした波乱もない物語を書いているのに読ませてしまうのは、平安寿子の筆力なんでしょうね。 ただ、読んでるときは楽しいけど、後に深く残るものはあんまりない。 そこが角田光代とは違う気がします。 重いものは読みたくない、楽しい読書をしたいときにおすすめです。

9.8アスパラガスの実

あれ、やっぱり長い? これでも短くしようと努力したんだけど(あー、仕事と同じだなあ)。 写真はアスパラガスの実です。 風に揺れてなかなか写真が撮れません。 仕事が終わった後の疲労困憊で(なぜこんなに疲れるのか?謎)今日(正確には昨日)はなにもしたくなくて、午後はどっぷり庭仕事。 長時間の草ひきで膝や股関節が痛くなってしまいました。 でも、草ひきって、なんにもしたくなくて無心になりたいときに最適ですね。 今日はじめてわかりました。

カクタ旋風?

お盆にうちへ来た姪が「近ごろ読書にはまってる」というので、角田光代談義に花が咲きました。 以前は「重松清しか読まない!」(それもワタシがすすめたのがきっかけでした)と言い切っていたんですが、読書の幅を広げたくなってきたようです。 直木賞をとった「対岸の彼女」より「空中庭園」の方がカクタさんらしくていいよねと意見が一致。 そうそう、ちょっとはわかってきたんじゃないか、きみも。 そこで、ワタシがもっている角田光代の本全部を並べておいたら、3日間の滞在中に読みやすそうな「さがしもの」と「Presents」を読み、1冊(タイトル失念)持って帰りました。

そのままリビングのテーブルに置きっぱなしになっていた角田光代の本の山。 ふと気づいたら、母が「Presents」を真剣な表情で読んでいて、父が「八日目の蝉」をこっそり(笑)読んでいました。 「Presents」を読み終わった母は珍しく感想を述べないまま、ソッと本を山に戻していました。 あの短編集のラストは意識が混濁した認知症のおばあさんの最期を描いてるんです。 けっして暗い話ではないけど、それが気になってあえて母にすすめなかったんですが(80歳を超えた人にはリアルすぎそうで)。 母は本を読みながら、自分の最期を想像していたのかも。 父の方は、母が「八日目の蝉」を夢中で読んでいるときは冷ややかな視線を送っていたくせに、読み始めたら止まらなくなった模様。 それが悔しいらしくて、こそこそ読んでますよ。 ということで、わが家はただいまカクタ旋風通過中。

9.6ゲンノショウコ

と、こんなこと書いてる場合じゃないんですけどね。 仕事の締切が7日の朝なんですけどね、できてないんですよ(大汗)。 楽しい取材だったのに、なんだこの苦しみは…。 肩こりゴリゴリだし、頭はフリーズするし。 更年期って頭が悪くなったりもするんでしょうか?? もう寝ちゃおうかな…早起きすることにして(どこまでも逃げの体勢)。

今日の一枚はゲンノショウコ。 元気に庭ではびこっています。 なかなかに可憐な花ですが、茎は毛深くて驚くほど太くて、「これぞ野生」って感じ。

■Tさん、いつも拍手をありがとうございます。 まだ2次があるんですか…お疲れさまです。 アラハンはカラダにもきますよねえ(しみじみ)。 どうぞ無理なさらずに。
Category: 日々の記録

緑の中で仕事

「神戸に美術展をみにいくついでに、パンダに会いに行かない?」というお誘いを泣く泣く断って、今日は仕事でこんな子がいるところへ行ってきました。

9.3山羊

生きてる草刈り機(?)のはずが、栽培してるものを食べてしまったりして、なかなか扱いがむずかしいヤツらしいです。 この子たち、ぼんやりしている羊とはぜんぜん違って、やたら気が強い。 同じご主人に飼われていて、毎日顔を合わせているはずのわんことにらみ合いして一触即発状態。 見渡す限り田畑が広がる里山で、そんな動物たちの様子を眺め、果樹園のまわりに植えられたミントのそよ風に吹かれながら木から無農薬の果物をつまみつつお話をうかがうのは、気持ちよかったです。 あ~、仕事じゃなかったら、もっと楽しかったのに。 こんなところが近くにあったら、果物や野菜・卵を買いにせっせと通うのになあ。 ちょっと遠方なのが残念。 そして、夏の終わりにしっかり日に焼けてしまって、それも残念。 日焼けでだるだるねむねむ。 読了本の感想はまた明日にでも。

■いつも拍手をありがとうございます。
Tさん、ずいぶん前に拍手コメントをいただいたのにバタバタしていてお返事もしないままで失礼しました。 お勉強の成果、今頃は朗報が届いているのでは。
Category: 日々の記録

空は秋

陽ざしは強いけれど、晴れわたった空の青は透明度を増して、ほんとうにすっかり秋ですねえ。 近年は9月いっぱいギラギラ太陽が照りつけ、10月初旬まで夏日があったりするのに、今年はこのままホントに秋になるのかな。 暑いのが嫌いで秋から冬が好きなんだけど、こうあっさりと夏が終わってしまうと寂しいような心細いような感じ。 日が暮れるのが、いつのまにかとても早くなりましたね。

9.1夕暮れどき

今日は夕暮れがとてもキレイでした。 夕焼けが届かない頭上の空が淡い淡いすみれ色に染まって、静かに暮れていきました。 今日も思わず夕食の支度中にベランダに駆けあがってパチリ。 愛宕山の山容が市内の家並みの向こうに、くっきりシルエットでみえました。

選挙が終わって、民主党が思った以上に大勝して、これからいい方にいってくれるといいけど。 でも、政治のことがわかってなさそうな人たちまで民主党だというだけで当選してるのは、ちょうど前回の「小泉チルドレン」と同じだなと思うとイヤになります。 みんながいっせいに雪崩を打ったように同じ方向へ流れるのは、内容や質とはあまり関係なく特定の本(なんとかの中心で叫ぶとか、近ごろのハルキとか)だけが異様なほど売れたりするのと、現象としては同じ種類のような気がする。 とはいっても、うちのあたりは民主党の有名な若手政治家の地元なので、よっぽどの左翼か宗教に凝っている人以外は、その人に入れるのが当然って感じなんですけどね。 お盆に帰省していた兄なんて、「おお、さすが地元。こんなに間近でみられるなんて」とミーハー丸出しで写真撮ってたそうです。 とかいいつつ、ワタシは友だち2人と立ち話しているところに、たまたま当時首相だった小泉さんが通りかかって、成り行きでなんとなく一緒に並んで記念写真とってもらったことあるな(それも首相がつれてた人に)←ミーハーそのものの。 えっと、ミーハーってもう死語かしら?
Category: 日々の記録

しゃばけシリーズ第5弾 畠中恵「うそうそ」

畠中恵の「しゃばけ」シリーズは文庫化されたら必ず買います。 ずいぶん前に買ったんですが、あれこれ読みたい本があって長らく放置。 その間に、父がさっさと読んじゃいました。 こういうファンタジー系小説をまったく受けつけない父なんですが、しゃばけだけは大好き。 いったいどのあたりが父の琴線に触れるのか、いまだに謎ですが、一家3人で楽しく回し読みできるから、文庫本の元はとれてます。

8.31うそうそ

シリーズ第5弾の「うそうそ」は、若だんなが生まれて初めて旅に出る話。 箱根に湯治に行ったはずが、同行していた手代の兄やたちがこつ然と姿を消し、若だんなは夜半に宿から侍に拉致され、烏天狗に襲撃され、村人につけねらわれて…。 ひ弱な若だんなが初めてひとりで災難をかいくぐり、群発地震の謎に迫っていきます。

8.31アカマンマ

いいの、いいの、しゃばけはこれで。 楽しくてほのぼのして。 重厚なブンガクもいいけど、こういう楽しい読書もいいもんです。 途中で、これはイラクやアフガニスタンの問題がモチーフになっているのかなとか、リストラされてホームレスに転落してしまったサラリーマンの悲哀を下敷きにしてるのかなという部分もあって、ほんの少しいつもより理屈っぽい気がしなくもないけど、あいかわらず袂に入ってしまうほどの小鬼=鳴家(やなり)は猫っぽくてかわいいし、印籠から抜けだした獅子も犬っぽくてかわいいから、いいのです←表紙の絵がぴったり! この本の中では、雲助の新龍さんが一番いい味だしてました。 不本意なことで予想していた人生から外れても、気持ちを切り替えて自己卑下せず、たくましく生きていくのは大事なことですね。
Category: 畠中恵