ほんわか人情もの 畠中恵「まんまこと」

最近、集中力が低下していて読書がなかなか進みません。 気楽に読めるものがほしくて、本屋さんで畠中恵の文庫本新刊をみつけて買ってみました。 「しゃばけ」シリーズとは違う新シリーズ第1作らしいです。

4.30まんまこと

奉行所が裁くほどでもない町内の小さな問題やいざこざを調停する町名主という職が江戸にはあったそうです。 その町名主のせがれ麻之介が悪友二人とともに、持ちこまれる事件を解決していく青春人情時代小説です。

「しゃばけ」シリーズはあの独特の空気感が好きなんですが、これはなんか物足りなかった。 事件といっても殺人や傷害といった血なまぐさいものはいっさいなくて、ほのぼのとした青春ものの要素がこの小説のメインだと思うんですが。 そのわりにほのぼの感が足りないし、江戸っぽい情景も「しゃばけ」みたいに生き生きと立ち上がってこない。 町名主ということで、自分の町内という狭い場所が舞台になっているからかなあ。 「しゃばけ」はストーリーそのものよりも、主人公の生活している町のたたずまいや江戸の夜の闇の暗さが目に浮かぶように感じられるところが魅力と感じています。 妖怪が出てくる荒唐無稽さにもかかわらず、しっかり「生きていることの切なさ」も描かれているし。 そういう畠中恵らしさが出ていなくて残念でした。 シリーズ2作目も出ているようですが、それは買わないかも。

4.30オオデマリ

庭はいま白い花の季節を迎えています。 上の写真は「××ベリー」という名前で売っていたそうですが、大きくなっても実はいっさいつかない品種のようです。 オオデマリにも似ているけど葉っぱが違うから、結局、正体不明のまま。 一度枯れかけた後、元気を盛り返して、昨年あたりからいっぱい花を咲かせてくれています。

4.30白山吹

わが家の土には白い山吹が合うようで、あちこちで勝手に芽を出して増えています。

■いろんな記事に拍手をありがとうございます。 古い記事への拍手もとってもうれしいです。

■Tさん、いつもありがとうございます。 Tさんの温かなコメントにいつも励まされて更新しています。 ありがとうございます! 6年目もどうぞよろしくお願いします。
Category: 畠中恵

日本美術の根底にあるものは 神原正明「快読・日本の美術」

図書館で美術関連の棚を眺めていてみつけた本です。 先日、長谷川等伯展を眺めながら、等伯と琳派のどちらが時代的に先だったのかわからなくなって、そういえば日本の美術史を通しで知らないことに気づきました。 Mさん、嘘を言いました、ごめんなさい。 琳派は江戸時代になってからです(恥)。

4.27快読日本の美術

何気なく借りた本でしたが、とてもおもしろく読めました。 堅苦しい専門書ぽい語り口ではなく、とても平明に書かれていて、門外漢でも楽しく読める良書です。 日本の美術史を縄文土器からバブル期の東京までザッと俯瞰することができます。 教科書のようにただ事実(作品や画家名)を羅列することなく、どちらかといえば美術の潮流、日本人の美意識の変遷をたどれる内容。 「美意識のルーツを探る」という副題の通り、日本人特有の美意識はどこから生まれたのかということを改めて考えさせられました。

室町時代の水墨画や枯山水は20世紀の現代美術に限りなく近い抽象性によっていたとか、彫刻が鎌倉時代以降に発展しなかったわけとか、日本の美意識の根底には「いまこのときがすべて」といった感覚があるとか、目から鱗が落ちて視界が非常にクリアになった感じです。 いままで美術史におもしろみを感じたことはなかったのですが、これを読んだら、学生時代に美術史を学んでもよかったんじゃないかとちょっと後悔したくらい。 歴史が好きで、美術が好きだったのに、2つのものを合わせた美術史には目が向かなかった…。 この本はすごくおもしろかったので購入したいリストに追加しました。 カラーなしで2500円は超金欠の財布には痛いんですが、手元に置いておきたいなあ。

4.27稚児百合

日本の美意識というと、特に京都では「わびさび」に集約されているという印象がワタシの中ではいままで強かったんです。 でも、若冲とか永楽とか等伯(の水墨画以外)とか浮世絵とか、みればみるほど「わびさび」なんて影も形もない。 とてもエネルギッシュで鮮やかで。 千利休がはじめた「わびさび」なんて、日本の美の一部に過ぎないんじゃないか…そんな疑問を近頃ずっともやもやと胸に抱いていました。 この本を読んだら、そのもやもやがすっきりしました! 千利休がやった茶の湯は芸術でいうところのパフォーマンスなんですよね。 美のプロデューサーであってクリエイターじゃないところ、朝鮮半島の焼物に目を向けたところ、柳宗悦にも通じるところがあるなあ。 というより、柳宗悦が利休を意識していたってことか。


今年の春は雨が多いですねえ。 「映画でもみるか」と重い腰をあげる気になっているのに、強い雨に降りこめられて行けないうちに打ち切り続出。 なんかちっともみたい映画みてないなあ。 明日こそは「アイガー北壁」をみにいこう。

今年の春は大きな鯛や新鮮な筍といった嬉しい頂き物が続々。 ひまなのでのんびりと手をかけて、鯛ご飯や筍ご飯をル・クルーゼのお鍋でせっせと炊いてます。 おいしすぎてついつい食べ過ぎ。 歳とった両親も上機嫌でパクパク食べてくれます。

■いろいろな記事に拍手をありがとうございます。 いつのまにかブログ開設から丸5年を迎えていました。 3日坊主のワタシが、いつものぞきにきてくださる皆さまに励まされて5年続きました。 本当にありがとうございます!

びっくり!

びっくりした。 心底びっくりした。 パソコンの画面の顔写真をみつめて、夜中にひとり、自分のことのようにドキドキした。 ちょっとばかり歳をとったけれど、でも確かに、10数年前の駆け出し時代、プロダクションで一緒に仕事をしていた子だ。  ものすごい文学賞を受賞して作家デビューするニュースを、たまたまみつけたことにも驚いた。 ペンネームだけで本名を公開していないから気づかない人も多いはず。 当時から「作家になるんだ」と息巻いていたけれど、10数年の時間を経て彼女が夢を実現させたことに、思いがけないほどジンとした。 昔は志ばっかり高くて、書いている様子もたいして読んでいる様子もなかったのに。 すごいよ、すごく格好いいよ。 受賞したことではなくて、これほど長い時間、夢を手放さなかったことが。 ああ…心からおめでとう。 これからの日々が実り豊かな作家生活となりますように。

4.23次郎坊延胡索

メールを送ったら、期待していなかったのに(忙殺されているだろうし)すぐに返事が来ました。 彼女に気づいたことにとても喜んでくれていて。 どんな作品なんだろう。 6月の出版が待ち遠しい。 ワタシも歳を言い訳にしてぼけぼけしていてはいけませんね。 もっと真剣に生きないと、と猛省した一日でした。

【24日追記】
この日記を読んで「どの賞?」と気になる方もいらっしゃるとは思いますが、ここではあえて書いていません。 思わせぶりでゴメンナサイ。 でも、受賞した瞬間からおおぜいの人の目にさらされる立場になった人ですから、個人的な過去についてはプライバシーということで触れて欲しくないでしょうし(本名非公開というところからして)。 受賞作が刊行されたら、読んだ感想をそれとなくアップしますので、それまでしばしお待ちください。 それにしても、どんな小説なのかなあ…楽しみ。 プロアマ問わずの公募賞なので、きっとスゴイと期待してます。

■Tさん、こんばんは。 二人静っていうと、昨年この植物がわが家に来るまでは、ワタシもあのお干菓子の方が先に浮かびましたよ(笑)。
Category: 日々の記録

晴れた日は

今年は春にしては雨が激しく降る日が多くて、不安定な気温とお天気で気分がふさぎがちです。 でも、今日は午後からひさしぶりにすっきり晴れて、気分も体ものびのび。 花粉が落ち着いてきたようなので、布団カバーもシーツも全部洗って、家族の布団を次々に干して、冬のセーターを手洗いして、庭掃除して。 フル回転で家事をこなして疲れたけど、気分良し。 家事の合間に、かぎ針編みの帽子を編み上げました。 自分の頭にジャストフィットしていることに感動。 という以前に、かぎ針編みをしたことないのに、目が不細工に不揃いであるにしても帽子という形に仕上がったことに感動。 帽子編みに、はまりそう。

4.20花水木

花水木があっというまに満開になりました。 大きく育ってしまって花は高いところにしか咲かず、下から仰ぎ見るしかありませんが、青空をバックにパチリ。 明るい空を背景にして適当に撮るとアンダーな写真になってしまうのですが、+補正するのではなくて絞り値をいじることで克服するコツ(というほどのこともないけど)が最近やっと理解できてきた気がします。 一眼レフを買って1年…理屈ではなくて、ようやく体感できました(遅ッ!)。

4.20フタリシズカ

柿の木の下では、昨年、母がもらってきたフタリシズカが今年も無事芽吹きました。 開いた葉っぱの間にはすでに、寄り添うように2本の花の穂が抱かれています。

■いつも拍手をありがとうございます。
Category: 日々の記録

草食系男子との恋物語 有川浩「植物図鑑」

図書館で忘れるほど前に予約を入れた有川浩の「植物図鑑」がようやくワタシのところへきました。 1年近く待ったんじゃないかな。 昨年の春、一眼レフを買って庭に生える雑草の写真を片っ端から撮っていました。 そんなときにおもしろそうだなとこの本に興味を持ったんですが、現在のワタシは頭の中が「江戸時代の絵師」でいっぱい。 長谷川等伯の小説を読んだ直後に読むのは違和感たっぷりだったんですが、返却期限も迫って無理やり読みました。 図書館本は自分の気分に合わないタイミングで本が手元にきたりするのが難ですね。

4.19植物図鑑

行き倒れになっていた若い男=イツキを、酔った勢いでつい「拾ってしまった」OLのさやか。 なかなかに好青年で、あり合わせのものでおいしい食事を作ってくれたイツキをつい引き留め、そのまま同居を始めてしまいます。 植物に詳しいイツキに誘われて嫌々散歩にでかけたさやかは、イツキが摘んだ雑草で作る食事のおいしさに目覚めて…。

分類すれば、これは恋愛小説です。 でも、恋愛小説として読むのはあまりおすすめできません。 リアリティを求める人は読んではいけません。 女の子をけっして襲ったりしない好ましい男子(まさに草食系男子)が目の前に落ちていることなんてありえませんからね。 展開は昔々の少女漫画みたいです。 ただ、植物が好きな人なら、ストーリーとは違ったところで楽しめると思います。 さやかがイツキと一緒に探す雑草のことや、雑草を使って料理する様子、ふたりで味わう雑草料理の楽しさなど、この小説は植物があって初めて成立する類のもの。 そういう部分は楽しく読めました。 巻末にイツキの料理レシピがついていたり、物語に登場する雑草の写真が見返しにカラーで紹介されているところも、本の作りとしてもなかなか楽しいです。

4.19ヒメウズ

ま、図書館で借りてよかったというのが正直な感想。 文庫本なら許せるかな…。 なんというか、言葉の使い方がよくわからない人です。 地の文章もきわめて現代的な口語体なのに、若い主人公たちが突如「人口に膾炙(かいしゃ)する」なんて言い出したり、「料る」と普通に話したりすることにものすごく違和感がありました。 「料る」って、ひょっとして現代では若者が普通に使うんですか?? どうして「料理する」と普通に書かないのか不思議でしょうがありません。 雑草を採りに行くことを「狩り」というのもなんとはなしに嫌だった。 こういうのは生理的な問題なので克服できません。 この著者の本を買ってまで読もうとは思えない理由の第一はこんなところにあるようです。


先週のうちに、やっとのことで出産祝い用の羊毛フェルト写真をカードに仕立てて郵送して、ようやく肩の荷が下りました。 たいへんっていう意味じゃなくて、やらなくてはいけないのにやっていないという自責の念からやっと解放されました。 で、またフェリシモの宿題がたまりそうなので、必死でやったことないかぎ針編みに奮闘中。 かぎ針編みって一度もやったことないのに(棒針編みでなら昔はいろいろ編んでましたが)、いきなり帽子を編んでます。 ワタシってチャレンジャーだわあ。

形のないものを描こうとした志 「長谷川等伯」展@京都国立博物館

土曜日は展覧会友だちと一緒に京都国立博物館の「長谷川等伯」展へ行ってきました。 先週末はとても空いていたというクチコミ情報に淡い期待をしていたんですが、朝一番でも激混み。 9時30分開館に合わせて20分に到着したときには、すでに気が遠くなるほど長蛇の列ができていて、待ち時間は60分とのこと。 長谷川等伯なんてそれほど人気ないと思ったのになあ。 これはやっぱり宣伝効果?? やたら寒い風が吹く中、待たされること40分ほどで入場できました。

最初の方はやたら混雑していて、人垣越しにしか見えません。 でも、能登の七尾にいた頃に描いた仏画は端正でそれなりに優美だけれど、別に特にピンときません。 このあたりはささっと眺めるのみで通過。 中盤以降くらいからは意外に「むちゃくちゃ混んでいる」という感じでもなくて、結構じっくり鑑賞できました。

4.17長谷川等伯展

長谷川等伯といえば、智積院にある楓図と桜図が桃山時代らしい絢爛豪華さで強く印象に残っていました。 でも、展示されていた楓図をみて「!?」。 色が褪せたの? それとも会場の照明が悪いの? えらくすすけてる感じで、20年以上前にみて感動した絵と同じものとは信じられないくらい。 当時はまだほんものが何気なく座敷にはまっていて、それはそれは豪華で力強くてインパクトあったのに。 萩耿介の小説「松林図屏風を読んで、桜図をもう一度ゆっくりみたいという気持ちになっていたのに、桜図は展覧会後期のみの展示でした。 がっかり。

4.17博物館の桜

前半はいまひとつだったんですが、後半はすばらしかった! 長谷川等伯って智積院の楓図のイメージが強くて「金碧障壁画の人」と勝手に思いこんでいたんですが、水墨画の方がすごいんですね。 展覧会の目玉である国宝「松林図屏風」は、想像以上に実物はすばらしかったです。 深い霧(ワタシのイメージでは海霧)の肌にまつわりつくような湿気、そして松葉を揺らす風の音だけが聞こえてくるかのような世界。 こんな風に日本画で霧を描いたものってみたことがありません。 まるで水墨画の印象派! これは下絵だったとのこと。 下絵だから省略してささっと描いたのか、それとも本絵もこんな風に描いたのか。 本絵が失われてしまった今となっては謎です。 その向かいに展示されていた「檜原図屏風」も絵と書のコラボレーションがとてもステキでした。 この檜林も同じように霧の中に浮かび上がっている絵。 もう少し前に展示されていた「萩芒図屏風」ではうねるような秋風を感じさせる秋草ともども、等伯は形にならないものを懸命に紙の上に定着させようとした絵師だったのだと感じました。

4.17博物館の桜2

33歳で故郷・七尾から上京した等伯は、50歳を過ぎてからどんどん絵がよくなったように思えました。 手本となる絵の描き方から脱却したのが50歳を過ぎてから(とワタシには思えた)。 狩野派が独占していた都での絵の仕事に食いこみ、秀吉に気に入られて栄華を手にした等伯。 それでもなお、最晩年まで独自の描き方を模索し続けた姿勢は絵師としてきわめて意欲的です。 展覧会前に読んだ小説は2つ揃って、等伯のことを陰険で抜け目ない上昇志向の強い人物として描いていたんですが。 展覧会をみたら、ぜんぜん違う等伯像がワタシの中に生まれました。 絵を描くことに真摯に向き合った人だったんじゃないか。 狩野派から仕事を奪うために賄賂を渡したとしても、それはコネがなくて仕事のきっかけがつかめなかったからじゃないのか。 野心は強かったのでしょうけれど、でもなによりも「描くこと」が好きだったことだけは確かだとワタシは思いました。 小説の描き方はちょっと気の毒だな。

あちこちのお寺で等伯の襖絵ってみている気がするんですが、いまひとつどういう画家なのがわかっていませんでした。 知っているようでよく知らなかった等伯の絵を知るにはいい機会でした。 Mさん、いつもつきあってくれてありがとう!

写真は京都国立博物館の敷地内で咲いていた桜。 まだ八重桜は品種によってはみごろのものも。 寒いのでいつまでも市内の桜がちらほら残っています。
Category: 展覧会

長谷川等伯の生涯を淡々と 萩耿介「松林図屏風」

桃山時代を代表する画家・長谷川等伯の生涯を描いた小説「松林図屏風」を読了。 なんとか京都国立博物館で開催中の「長谷川等伯展」に行く前に読めました。 先日読んだ葉室麟「乾山晩愁」の長谷川等伯を描いた短編とほぼ同じく、狩野派と競り合った末に栄達をつかんだ老獪な絵師というとらえ方でした。 そういう点でちょっと既視感があって、新鮮味に欠けてしまいました。(書影は撮り忘れました。後日アップします)

2008年の日経小説大賞の受賞作だそうです(こういう賞があることさえ知りませんでしたが、2回だけ開催されたようです)。 日経にふさわしい(?)まじめで内容的に厚みのある歴史小説でした。 無理にドラマチックに仕立てず、じっくり読む大人向きに書いている著者の姿勢は好印象でした。 題名は「松林図屏風」ですが、そのわりにこの絵については意外にあっさり。 等伯の息子・久蔵が命を削って描いた桜の絵(現在は智積院にあるもの)の方がずっと印象的です。 おもしろく読みはしたけれど、全体的にはなんとはなしに物足りない。 等伯の芸術家としての葛藤みたいなものがほとんど伝わってこなかったからかな。 工房の主宰者としての苦労や挫折に重点を置いているように感じました。 辻邦生やオルハン・パムクのような、美をひたすらに追い求める芸術家の心情とか、破滅的なほど芸術にのめりこむ姿を描いた小説が個人的に好みだからかもしれません。

淡々とした筆致は癖がなく、いかにも歴史小説らしい感じ(というほど歴史小説を読んではいませんけど)。 ただ「も」が不必要に多いこと(「が」「は」と置き直せるところに)と、一ヶ所だけあった女性に「してあげる」という表現が歴史小説としては強烈な違和感。 細かいことにこだわりすぎかもしれませんが、せっかく読みやすい小説なのに、チクッとときどき小骨のような違和感が残ったのが残念でした。 悪くはないけれど…という気持ちをずっと最後まで引きずりながら読み、この著者の文章表現や小説の展開の仕方に乗り切れず。 脇役の人たちのエピソードや内面描写に冗長と感じるところがあったので、もう少し削ったらよかったのに(というワタシはいったい何様だ)。

この本を読むなら、長谷川等伯展をみてからがおすすめです。 小説中に登場する絵について、いずれもまったく現在の呼称が書かれていないので、ピンとこない部分がありました。 展覧会で作品をひと通りみていれば、たぶんもっと具体的に個々の絵を思い描きながら読めて興味深いと思います。

4.15ヒヨドリと桜

上の写真は4月初旬に撮ったもの。 スノードロップの写真を載せようかと思ったのですが、長谷川等伯っぽい「和の風景」の方が合っていそうなので。 ふだんは遠くからカメラを向けただけでサッと逃げるほど怖がりなのに、この日は珍しくずいぶん接近できました。 ファインダーをのぞいていたら「ここは僕の庭!」とキッとにらまれました。 どこか近くに巣があるのかもしれません。 それにしても、ヒヨドリを描いた絵はあまり見かけませんね。 ギャーギャーうるさいから? 黙っていれば、なかなか姿のいい鳥なのにね。

■毎日たくさんの拍手をありがとうございます。 近頃、ちょっと更新をサボりがちですが励みになります。

■おーりさん、シロクマの赤ちゃん、気に入っていただけましたか。 実物がかわいすぎるものは作るのがむずかしいです(どれも作るのに苦労してますけど)。

■Tさん、お仕事お疲れさまです。 いろいろたいへんなんですね。 くれぐれも体にだけは気をつけてくださいね。 羊毛フェルトのカードをほめてもらってにんまり自己満足。 ありがとうございます! 趣味を仕事にできたら…と妄想するのが好きです(笑)。 でも、実際に趣味を仕事にすると、それはもう趣味ではなくなってしまうのかもしれません。 仕事になると必ず締切があって、気力が湧かなくても体調が悪くても家族が病気になっても、やらなきゃいけなくなりますからねえ…つらくなりそう。 写真の背景や光については、10年くらい写真を習っている母がいつも横からあれこれ激辛の批評を浴びせてくれるおかげです、たぶん。

やっとカード完成…か?

ああ、やっとです。 今日、写真を撮って文字入れをして、やっとのことで出産祝いカードのレイアウトができました。

4.10出産祝いカード

友だちに送るカードには、ハートの中に赤ちゃんの名前を入れます。 後ろに立っている大きな鳥は「こいつ、うまそうだな」と赤ちゃんを眺めているわけではなく、一応コウノトリのつもりです(念のため)。 長い足でも自立してくれてホッ。

できた~!とひとり達成感に浸ってみましたが、まだ完成じゃないですね。 写真をプリントアウトして、台紙になる紙と中の薄紙をカットして貼りつけないと、カードとしては完成じゃないんだな。 大きいサイズの写真プリント紙も、台紙になる厚紙も手元にない…ここで気を抜くと、やばい。 いかん、いかんよ、ワタシ、まだカードじゃないぞ、これ(と自分に言い聞かせる)。 とりあえず、今日はここまで。

■いつも拍手をありがとうございます。

赤ちゃんその後

高齢出産した友だちのために、羊毛でオリジナルの誕生祝いカードを作ろう!と決めたのは、いったいいつのことだったか…。 すっかり放置プレイ。 たぶんブログをご覧の方は覚えてらっしゃらないと思いますが、カードに寄せ書きをして送ろうといっていた友だちから「できた?」とメールをもらって大汗。 天使のように愛らしい赤ちゃん、今ごろはしっかりした幼児になってしまっているような気がする。 ギャ~ッ、ごめんなさい! で、今週になってから、まじめに作業中。 近頃、楽しい話題が欠乏気味なので、フライングして赤ちゃんだけ公開。

4.9ベイビー

いつもカチカチにニードルでかためて作っているんですが、赤ちゃんのふんわり感を出したくて、珍しくゆるゆるな状態のまま。 この子だけなら、とっくにできてたんだけど。 ひとりじゃ寂しい気がして、もう少し物語性をつけたくて欲張った結果が長期間放置。 そうそう、髪の毛の付け方もむずかしかった。 ちょっと、かの軍事評論家に似てしまいそうで。

となりのシロクマくんは友情出演。 カードには出てこない予定です。 このシロクマくんは、白浜アドベンチャーワールドのシロクマの赤ちゃんのニュース映像を見て「萌え~」となって、ずいぶん前に衝動的に作ったもの。 実物はそれはそれはかわいくて、ワタシが作った子はな~んかどっか何かが不足している気がして満足できない仕上がり。 赤ちゃんと同じく、もう少しふんわり作るべきだったのかも(この子はガッチガチに堅い)。

4.9ベイビー2

羊毛を作ることと同じくらい、たいへんでかつ楽しいのが、撮影してPCでカードに仕立てる作業。 100枚以上ある写真の中からセレクトして、入れる文字の書体を探したり、色を工夫したり。 バックの紙の色によっても印象がまったく変わるので、家にある布2種で試し撮り。 どっちがいいかな(下の画像はいじって明るめの色調に調整)。 いつもの年賀状のように背景は柄なしの方がいいかな。 

羊毛をニードルでサクサク刺していると、気持ちが落ち着くワ♪ それなら、さっさとやればいいのに、自分。 この、何事も始められない(始めてしまえば案外すんなりできるのに)腰の重さがトシってやつなんでしょうかね。 今日はなにがなんでも、赤ちゃんの相棒に足をつけてしまわなくては(と自分に言い聞かせる)。

4.7海棠

わが家の庭の海棠(カイドウ)。 バラ科らしい可憐な花がプランと下がる姿がかわいい。 今年は花付きが良くてうれしいな。 例年4月初旬からゴールデンウィークまでに次々に咲くはずの花が全部いっせいに咲きそろって、ちょっと変な感じ。

■いつも拍手をありがとうございます。

青空に誘われて桜散歩

今日はぬけるような青空が広がりました。 これほど青空なのはひさしぶり。 桜はこれ以上もたなさそう…と気もそぞろになって家にじっとしていられず、午後から御所(御苑)へ。

4.8御所の桜2

一般公開中の御所(内裏)に続く人の波を横目に、御苑の桜を眺めてぶらぶら。 老若男女が思い思いにのんびり散歩したり、桜の下で寝転がったり、おしゃべりに花を咲かせていたり。 ここだけは車もバイクも入ってきません。 京都御所って町の真ん中にある広大な公園として、本当にすばらしい空間だなあ。 穏やかで平和な光景に、このところのうつうつとした気分が吹き飛ばされました。

4.8御所の桜1

4.8御所の桜3

いろんな桜が咲きそろっています。 桜が咲き始めてから冬並みに寒い日が続いて花が長持ちした結果、山桜も一緒に満開を迎えました。

4.8御所の桜5

桜は旧近衛邸あたりが一番多いのかな。 近衛邸跡のメインのしだれ桜はすっかり葉桜だったけど、周囲にはさまざまな種類のしだれ桜が満開を迎えていて、松の緑の間にちらちらみえるピンクの濃淡がきれいでした。

4.8御所の桜4

これは紅しだれ? つぼみの色が特に濃くて、細かい花がとてもかわいい。 今頃になって気づいたんですが、御所には染井吉野がありませんね(どこかにはあるのかな?)。 今日みた桜はどれも染井吉野よりも古い品種っぽい、細かい花の桜ばかりでした。 意識的にそういう品種を選んでいるのかしら? 染井吉野が咲き誇る江戸っ子の春とは違った、古式ゆかしいというか昔ながらの京都の春らしい感じがしていいな。

4.8高野川の桜1

出町まで歩いて、賀茂川沿いを歩くべきか、高野川沿いにするか迷って、結局いつも通りお気に入りの高野川沿いを上流へ向かって少し散歩。 高野川沿いは地元度=のんびり度が高くて好き。 無粋なブルーシートを広げる人もほとんどいないし。

4.8高野川の桜2

真っ青な空に満開の桜。 ときどきそよ風に花びらが舞い散って、ただただボーッと眺めているだけで幸せ。

御所から出町柳へ歩いている途中、絶対に前を素通りできないケーキ屋さん「童夢」でケーキをテイクアウト。 ひさしぶりでおいしかったあ(いつものように即食べてしまったため画像なし)。 帰宅後、お茶を飲みながら、同じく今出川沿いの書店でみつけた江戸時代の「内裏図」を眺めて、家族でしばし楽しみました。 江戸中期頃の御所はいまより狭くて、お公家さんの邸宅がずらっと(現在の御苑内に)立ち並んでいたらしい。 いまのように整然と広々とした空間ではなかったみたいで興味深いです。
Category: 日々の記録

山桜も開花

京都はほとんどのところで桜の満開を迎えました。 外出していた母によると、賀茂川や高野川沿いはまだ満開手前だそうです。 桜は長持ちしている分、例年より白っぽい気がします。 庭掃除のときに、花びらが風で落ちているのをみて、うちの山桜も満開になっていることに気づきました。 ほんの2日ほど前はまったく咲いていなかったのに。

4.3山桜

お隣や道路の上にばかり枝を張り出すので、植木屋さんにばっさり切ってもらったためなのか、今年はいつもよりさらにしょぼしょぼとしか咲いていません。 この数年、豪華な染井吉野より楚々とした山桜がより愛らしく感じられるようになってきました。 おばさんになったってことか…。
Category: 日々の記録

実用品だった浮世絵 辻惟雄(監修)「すぐわかる楽しい江戸の浮世絵」

図書館の美術の棚をボーッと眺めていてみつけた本です。 薄い本でマンガの挿絵もあったりして、一見すると「子ども向き?」と思えるのですが、これがなかなかおもしろい本でした。 浮世絵そのものに興味がある人、そして江戸時代の庶民生活に興味がある人には特におすすめ!

4.2江戸の浮世絵

江戸の人たちが浮世絵どのようにみていたのか、浮世絵はどういう用途や目的で刷られていたのかをわかりやすく楽しく解説した本です。 役者絵=アイドルのブロマイド、美人画=ファッションリーダー、血みどろ絵=ホラー、風景画=妄想をかきたてる海外旅番組、吉原遊楽図=(吉原の花魁との)デート図解マニュアル、歌舞伎上演告知のポスター、暦、宣伝効果を狙ったものなど、現代の日常生活に引き寄せての使い方紹介がギッシリ。 図像がたっぷりで、1枚ずつがすみずみまでみどころ満載なので、意外に読み応えもありました。 これから浮世絵をみるときは、描写法や江戸の風俗だけでなくて、隅っこの方までじっくり眺めたくなります。

驚いたのは遠近法をとりいれた浮世絵も作られていたということ。 けっして遠近法を知らなかったわけじゃないんだと目からウロコ。 歌川豊春作で、イタリアの版画から写したベネチアと思われる風景画なんていうのも江戸時代にあったなんて!

あと、おもしろかったのが喜多川歌麿の「教訓 親の目鑑(めがね)」シリーズの「俗にいうぐうたら兵衛」。 美人画なんだけど、寝起きで頭ボサボサ、ボーッとした顔の娘が歯磨きセットを手にうがいをしているところなんです。 ちゃんと親が育てないと、こんな風にボケーッとした主体性も個性もない子になってしまいますよという戒めらしいです。 こういうのって知らずにみたら、単に「寝起きの女の人」としか思わない。 解説があって初めておもしろみがわかる絵です。

4.3春蘭

この本を読んでいると、(ワタシだけかもしれないけど)江戸時代の気分がいっぱいになってきます。 ヘアスタイルを変えられる着せ替え人形などを切り抜くおもちゃ絵や、箱のリメイクなどに使う貼箱絵なんて、現代人でも欲しい。 お菓子を入れる紙袋に広重の風景画が刷られていたら、即ジャケ買いだわ。 もしもワタシが江戸時代に生きていたとしたら、やっぱり「紙もの」に弱そう…かんざしを買うのは我慢しても、ついつい浮世絵を買っちゃう色気のない町娘だろうな…なんて想像するのも楽しい。 ミーハー視線に徹したような本だけれど、ページをめくっているうちに歌麿や国芳など画家それぞれの作風の違いも飲みこめて、浮世絵に対する興味が増しました。

土曜日はお昼頃からようやく晴れて、ひさびさに庭掃除と草ひきに没頭。 3時間あまり庭に座りこんでいたら、ぐったり疲れてしまいました。 草ひきの姿勢って腰や膝に悪いんですよね。 ときどき風に乗って春蘭のなんとも心地いい甘い香りが漂ってきて、天然のアロマテラピー。 疲れを癒してくれました。

アイディアはいいけど 高野秀行「神に頼って走れ」

近頃お気に入りの高野秀行の文庫本「神に頼って走れ」を本屋さんでみつけました。 旅の気分あふれる気楽な本みたいだし、ボーッと春霞がかかったような頭の状態にちょうどよさそうで吟味せずに買いました。 しかし…ちょっとでも立ち読みしてからにすれば良かった、と激しく後悔することに。

4.2神に頼って走れ

取材のためにインド入国したいのに、トラブルがあってなかなか許可が下りないという宙ぶらりんな状態の高野クン。 家で悶々としていても仕方ないと、道中のあらゆる神仏に祈りながら自転車で東京から沖縄までの旅に出ることに…。

う~、これ、ほんとにビックリするほど内容がない本でした。 ブログで掲載したものをそのまま本にしたそうです。 ブログだったら臨場感あったのかなあ?(懐疑的) もともと歩く旅=四国のお遍路に憧れているワタシは、自力で(自動車を使わず)進みつつ祈る「自転車でお遍路」というアイディアがおもしろいと思ったのです。 が、自転車旅のおもしろさが読者に伝わってこないし、道ばたの神仏が多すぎるからとほとんど神仏についての記述がなく(たまに神社などをあげて祈ったことを書いてますが)、内容が薄すぎ! 出会う人はほとんどが旧知の変人的お友だちというのも身内ネタで盛りあがっている感じ。 「幻獣ムベンベを追え」での懐かしいメンバーだとわかるワタシでもつまらん。 シロウトの人たちがブログで詳細に書いている実体験の四国お遍路旅記録の方が、読んでいてはるかにおもしろい。 沖縄では日本から無理やり輸入させられた神仏ではない、沖縄独自の祈りの場所について書かれていたりして、最後の方の島旅あたりでうっすらおもしろかったぐらいで物足りなさ充満。 どんな本でも高野本なら大好き!というよほどのファンでない限りは読まなくていいです。 と、安価な文庫本とはいえ、ちゃんと定価で買った読者として、言いたい放題書かせていただきました。

4.1スミレ

今日も風が強くて寒かったです。 ブルブル。 夜半の強い風雨で桜が散ってしまったかと心配しましたが、意外に大丈夫みたいです。 京都も寒い日が続いているのに、ついにそこいら中が満開になったようです。 明日あたり、ちょっと哲学の道へ行ってみようかな。
Category: 高野秀行