「がんばれ」といわないで

毎日テレビが伝える被災地の惨状、子どもたちが無邪気に語る重い現実、親を喪った子どもたちの将来、原発で十分な装備もなく現場で作業をしている方々の恐怖と疲労感。 被災地の方々に必要な食料や燃料、清潔な下着や衣類が届いて、少しずつでもなんとか気持ちよく過ごせるようになってきていますように。 それを遠くの町でただ祈ることしかできません。

被災されて家や仕事を失った方、家族や親戚を喪った方を力づけたい、励ましたいという善意は全国で確実に大きくなっていると感じます。 他人事ととらえず、多くの人が助けになりたいと考えていることに、日本はいい国だと見直した気分です。

3.25花を一輪

ただひとつ気になるのは、そこいら中にあふれている「被災者のみなさん、がんばってください!」という他の地域からの励ましの言葉。 いま何もかもを失ってしまった方々に「がんばれ」と励ますことはあまりにも酷です。 生きて、息をして、何か口に入れて咀嚼して、寝る…それだけのことでぎりぎりいっぱい。 不慮の死に直面した遺族は、生きているだけで精一杯。 生きるエネルギーがまったくなくて、がんばることなんてできない心身の状態です。 「がんばれ」と言ってくれてる真意は痛いほどわかっているけれど、それに応えられない自分が辛い…という思考回路に陥ることが多く、善意がかえって重みになることもあると思います。「がんばって」ではなく「がんばろう」なら一緒に手を携えていく感じが幾分かでも伝わるかもしれません。 不条理にうちひしがれている人に必要なのは、激励の言葉ではなく、心に寄り添うこと。

私が個人的にもらった励ましの言葉の中で「亡くなられたお兄さんもあなたが幸せになるのを願っています。早く元気になってください」「ご両親のためにも一日も早く回復してください」は、友人や知人が本当に私を思っての言葉だと知っていても、不慮の事故で家族を喪った身にはすごく辛かったです(自分自身で「なんとか早く元気にならなくては」とひたすら焦って切羽詰まった精神状態で、「もうこれ以上がんばったら、張りつめた神経が切れてしまう」というギリギリなところにいたので)。 悲しみの最中にいる人を励ますのは逆効果だと実体験で知りました。

サッカーの長友が日の丸に書いたメッセージは、その点でとてもすばらしいと思いました。

どんなに離れていても心は一つ。
一人じゃない。
みんながいる。
みんなで乗り越えよう。


そう、被災されたみなさん、あなたたちを一人にしたりしない。 これからも、何ができるのか考え続けていきます。 被災地の方々がどうか一晩でも心安らかなときが持てますように。 今日も北の空を見上げて祈っています。 大事なのは忘れないこと、継続すること。
Category: 日々の記録

寄り添いたい

大震災で被災された方々に心からお見舞い申し上げます。
亡くなられた多くの方のご冥福をお祈りしております。

家族を喪われた多くの方々がどれほど辛い思いをされておられるか、想像を絶するような心の痛みに、かける言葉が浮かびません。 遠くにいる私には何もできないけれど、でも、みなさんのこと、朝から晩までずっと思っています。 できることなら傷ついた心に寄り添って、ただ黙って手を握り背中をさすってあげたい。

テレビ映像には映らないけれど、原発の現場で自分の体を危険にさらしながら懸命に対応されている方々に心から感謝しています。 二次被害の懸念もあるなかで、被災者救援のために活動されている自衛隊や地元の警察・消防の方、自らも被災されているのに働き続けている医療関係者の皆さん、たくさんの方々に日本のために本当にありがとうと伝えたいです。 せめて、原発でさらなる被害と緊急事態が出ないことを祈るばかりです。


金曜日の午後、外出中の母から「関東で大地震があったらしい」と携帯に連絡があり、家にいる父に電話してみると、関東に住んでいる従妹からの電話が途中で切れたと聞いて大慌てで家へ。 ヘリコプターからのライブ映像で、津波に次々にのみ込まれていく家や田畑・車をみて、身体中から力が抜けてしまった。 あの家にいた人は、あの車に乗っていた人は、その人たちの家族はどうなってしまうんだろう…体の芯から震えて言葉が出ない。 従妹にも姪たちにも電話もメールも通じない。 どこにもつながらない携帯を握りしめて、心配のあまり自分の精神状態がどうかなってしまうのではないかと恐ろしくなった。

結局、知り合いはみな無事が確認できたけれど、姪たちが帰宅難民に。 心配で心配で、つながらない携帯をかけ続ける。 週末に朝から晩までテレビに流れる惨状の映像を目の当たりにして無力感と虚脱感で足に力が入らない。 家族を捜す人たちの姿に胸が痛くなった。

いま、私に何ができるのだろう。
募金くらいしか思いつかない自分がもどかしい。 このあたりで節電しても役に立たないと聞いたけれど、無駄な電力は使わないように心がけます。 こんなにだらだらブログを書くこと自体が電力の無駄遣い…自己矛盾。
Category: 日々の記録

永久保存版!

ひさしぶりに心から嬉しいと思えることがありました。
8ヶ月ぶりにコンパクトデジカメを鞄から引っ張りだしてパチリ。
わが家では永久保存版です。

3.11雑誌

姪が卒業制作として完成させた作品が、思いがけず大きくきっちり取り上げていただいてビックリしました。 作品そのものは写真だけでは伝わらないような気がしましたが、小さく添えられたコンセプトの文章を読んで、思わず胸の奥がじんとしました。 よくがんばったなあ。 えらい! 10歳で母を病で亡くし、22歳の自分の誕生日に父親を喪った、そんな子がその父の死から半年あまりで、こんなに夢のあるものを作れたなんて。 なんてすばらしいことでしょう! 叔母さんはただただうれしくて、これから社会人として歩み始める日々がどうぞ心豊かで実り豊かでありますようにと、兄の遺灰を前に祈りました。 でも、どうしてでしょう…うれしいときほど、大切な人の不在がはっきりして悲しくなってしまうのは。 兄が生きていたら、どんなにどんなに喜んだことか。 そのどうしようもない欠如感をそれぞれに背負った姪たちの心中を思うと、たまりません…。


何か書こうとしても、自分の内面を表す言葉がみつかりません。 心の衝撃が強すぎて、思考回路と心情を結ぶ神経が(もしそんなものが本当にあるとしたら)ぶっつり断ち切られたような感じ。 私の悲しみが大きすぎて私の心に入りきらない、そんな感じ。

ご心配いただいたみなさん、ほんとうにありがとうございました。 春めいてきた明るい陽射しとともに、気持ちも少しだけ上向いてきた気がします。 なにごとにも前のめりな姿勢で生きている姪3号を見習わなくては。
Category: 日々の記録