ひんやりお祭り

気分転換にと母を誘って、下鴨神社のみたらし祭りへ。 「近くだからいつでも行ける」という典型的京都人発想で、いままで行ったことなくて、なんと今日が人生初!

7.23下鴨神社

夜の方が風情がありそうだけど、日中の暑い盛りにひんやりするのもいいかなというわけで、午後に行ってみました。 団体さんがいっぱい。 そして、地元の親子連れもいっぱい。 老いも若きもわらわらとみんなで「みたらしの池」に足を浸して、水の中をざぶざぶ歩く。 お祭りとはいっても、なにやら水遊び気分。 大人も楽しい。 それにしても思ったよりずっと水が冷たくてビックリ。 30度を超える気温でも「ずっと水に浸してると寒い~」という声があちこちで聞こえました。

7.23下鴨神社2

ろうそくに火をともして、池を歩いて神前に奉納して無病息災を祈願します。 糺の森の参道には夜店がずらっと並んでいて、親子連れがのんびり楽しんでいる姿をみているだけでも和みました。 神社によくありがちな雅楽のような無駄なBGMなどいっさいなし。 森と清水とみんなの楽しそうな声だけのお祭りっていうのもいいな。

7.23下鴨神社3

みたらしの池をでたら、ご神水をいただきます。 葵祭の神社だけに、器も葵の絵柄。 その後、家族全員+闘病中の叔父の無病息災・病気平癒を祈って、足形を奉納。

めったに来ないからと、ついでに本殿(撮影不可)と大炊殿を拝観。 大炊殿の前にある、調理担当の神さまが降臨されるという「いわくら」で、料理上達も祈願してきました。 御利益あるといいな。

7.23みたらしだんご

帰りはお約束の「みたらしだんご」を、珍しくも長蛇の列に並んで(ふだんは行列してまで買うのは嫌い)買って帰りました。 おいしくて満足。 みたらしだんごは、このみたらし祭りが発祥。 湧き水の泡をかたどったのだとか。 串に刺したお団子の端の1個だけが少し離れているのが本式(?)らしい。 暑い夏、ひとときでもひんやり爽やかな気分になれて、でかけてよかったです。

みたらし祭りに行くときは、池からでた後に足を拭くタオルをお忘れなく。

■いつもいろいろな拍手をありがとうございます。
Category: 日々の記録

祝!なでしこジャパン!

珍しく早朝から起きだして、女子ワールドカップ決勝をテレビ観戦。 ふだんは寝る時間に異様に執着する父も最初からみてました。 というのも、父の同級生のお孫さんがスタメンフル出場しているから。 いや~凛々しい。 そのあたりの半端な男子よりずっと凛々しいお姿の女の子を、わが家では重点的に応援しました。 大活躍でした。

もしかして、やってくれるのでは…とほんのちょっぴり期待はしていたけれど、こんな苦しい展開でPK戦を制して優勝するなんて! チーム内での信頼関係、勝利への思いの強さ、あきらめない心に感動しました。 大和撫子たち、すごい。 快挙ですね。 おめでとう、なでしこジャパン!! 男子サッカーも、女子に負けずにがんばって。


7.18ナデシコ

なでしこはもう咲き終わってしまったので、写真は昨年のもの。 派手じゃない、でもくっきりしたピンクがいまのチームのイメージにぴったり。
Category: 日々の記録

香港の街の気配 大島真寿美「香港の甘い豆腐」

「永遠の0」を読みかけてはみたものの、特攻隊の話を読むのは今の私にはやっぱり重すぎました。 そこで、気楽に読めそうな薄い文庫本、大島真寿美「香港の甘い豆腐」を本屋さんでみつけて購入。

香港の甘い豆腐 (小学館文庫)香港の甘い豆腐 (小学館文庫)
(2011/06/07)
大島 真寿美

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なぜ母子家庭なのか、なぜ父親がいないのか、いっさい説明されることなく成長した彩美は17歳の高校生。 夢も自信もなく、級友と群れることに疲れて学校をサボりがち。 それもこれもすべて父親がいないせいにしている覇気のない彩美をみかねた母親が、ある日突然、一方的に香港行きを宣言します。 香港に父親が? 疑問に答えることもなく強引に連れだされた彩美を待っていたのは、エネルギッシュで混沌とした街・香港。 退屈だったはずの夏休みに彩美が出会ったのは…。

タイトルや装丁の雰囲気そのままの、ふんわりと優しい独特の読後感を残す小説でした。 周囲に同調し続けることへの違和感、母親への反発、もやもやとしたものをいっぱい抱えた彩美が、香港の街で自ら人生を選びとっていく女性へとゆるやかに変わっていく。 その過程をほのかなユーモアに包んで描いています。 ごく短くて読みやすいので、夏休みの中学生や高校生の女の子(特に学校生活になじめないと感じている子)にぴったり。 かといって甘酸っぱい青春小説というわけでもなく、大人が読んでも十分に楽しめる内容でした。 ふわふわっとしているようで、しっかり芯のある不思議な味わいがあります。 「ピエタ」とはぜんぜん違う世界。 大島真寿美って結構いろいろ書ける人なんだと認識を新たにしました。 薄い本だし明るい読後感なので、旅のお供にもよさそう。

7.16菖蒲?


富士山が雨で全然みえなかった日に、この本と高野秀行「怪獣記」を宿でゴロゴロしながら読みました。 舞台はかたや香港、かたやトルコ。 どちらも著者のその土地への思い入れが伝わってくるという点でも、旅先で読むのにいいセレクトで満足しました。 「怪獣記」については、また後日に。

いま読み始めた本は、ずっと前にひとりでコーフンして大騒ぎして出版を楽しみにしていたのに、いろんな個人的な事情で結局いままで買えずにいた「あの本」です←ずっとこのブログをじっくり読んでいる方なら意味わかるかな?(わかんない人はスルーしてください) どんな小説なんだろう…ドキドキ。 といいつつ、短編集に浮気したりして。 集中力が欠如していてなかなか読み通せない。

とりあえずプレッシャーを感じていた免許更新ができてやれやれ。 次は歯医者さんと暑中見舞い書き。

■いつも拍手をありがとうございます。 ひとことだけ補足、「Vogel」は「「フォーゲル」と読みます。
Category: 大島真寿美

大都会の片隅で生きる心細さ ハ・ジン「すばらしい墜落」

以前、図書館で何気なく手にとったハ・ジン「待ち暮らし」があまりにもよかったので、次の出版を楽しみに待っていました。 ところが「自由生活」は上下2巻で合わせて5,500円以上!? 本屋さんで何度も何度も眺めて、でも買う勇気がなくウニョウニョしていたら、新刊の短編集「すばらしい墜落」を発見。 これなら買える!と、5,500円の本を目の前にしたら、突然気前よくなってレジへ一直線でした。

すばらしい墜落すばらしい墜落
(2011/03/18)
ハ ジン

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大都会ニューヨークのクイーンズ地区にあるチャイナタウン、フラッシングで生きる中国系移民の姿を描いた短編集です。 仕事で成功している人、厳しい労働で日々の生活をやっとのことで支えている人、英語がしゃべれないために屈辱的な立場に甘んじている人、アメリカ育ちの孫たちを理解できず不満いっぱいの老夫婦…さまざまな立場の人々の日常生活の一コマを切りとった12編。 中国系移民という枠を超え、市井に生きることのおかしさと哀しさを普遍性をもって描いた現代文学です。

ハ・ジンはやっぱりいい。 すごく好きです。 大都会の片隅で、地味で平凡でささやかな人生を送る人々。 主人公たちは外国暮らしの心細さ、もう戻ることができない遠いふるさとへの郷愁、現地の言葉や生活になじめないがための悔しさなど、それぞれに葛藤を胸の奥に抱えながらも自分がいる場所で精一杯に生きている。 そういう感じがとても好き。 平易でありながら余韻のある表現は、ハ・ジンが外国語として勉強して獲得した英語で書いているからなのでしょう。 美文に堕しない、とつとつとした語り口も好み。 起伏に富んだストーリーが好きという方にはおすすめできませんが、ハ・ジンは一読の価値あり!と私は思います。

待ち暮らし (ハヤカワ・ノヴェルズ)待ち暮らし (ハヤカワ・ノヴェルズ)
(2000/12)
ハ ジン

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■いろいろな記事にたくさんの拍手をありがとうございます。 やさしいコメントをくださったみなさん、本当にありがとう。 みなさんの言葉のひとつひとつ、心の奥までしみて、小さな、でも温かな灯がともったような気持ちになりました。

7.14トラノオ

田貫湖畔に咲いていたトラノオ。 写真に撮れない遠くに群生しているのを眺められて感激。 小さな白い花の穂が風に吹かれたような姿が愛らしい。 会えてうれしかった。

富士山

連日の盆地特有の蒸し暑さにげんなりして、新鮮な空気を求めて富士山西麓へ行ってきました(でも、期待したほど涼しくはなかった…)。

7.10富士山

梅雨まっ盛りの期間だったから、もしかしたら一度も富士山が眺められないかもしれないと一応覚悟していきました。 が、宿に着いたら、目の前に富士山! 宿の部屋から富士山を真正面に眺められて感激。

7.10逆さ富士

雲がかかって突然まったくみえなくなったり、急に姿を現したり。 富士山がチラッとでもみえそうだと気もそぞろで、落ち着きなく湖畔の散歩道を右往左往する母&私。 父は富士山をみても、そこまでコーフンしないようで部屋でゴロゴロ。 晩ご飯を食べていたら、窓の外にいきなり赤く染まった富士山出現! 大急ぎでご飯を終えて、湖畔の展望デッキへ。 人工的な音がいっさいしない、静かな静かな夕暮れの逆さ富士を堪能しました。

7.10富士山2

丸一日は完全に雨でしたが、それはそれで心穏やかに(?)一日中部屋でゴロゴロ、たまに温泉。 いままでの疲れが噴きだしてきたのか、自分でもあきれるくらい寝ました。 雨降りでない日は、富士山がどこにあるのかもわからない曇り空…などと気をゆるめていると、ふと振り返ったらしっかりみえてたりして。 それにしても、雲でかき消えては現れる富士山に、「え、そんなに高いところが頂上なの?」と何度みても驚いてしまいました。 感覚的にもっと下の方で山頂を探してしまうんですよ。 独立峰だから高く感じるのか、それだけ近くから仰ぎ見ているということなのか。

泊まったのはここ。 晴れていれば、目の前に富士山がドーンとみえて(人工物はほとんどなにもみえません)、自然に囲まれた最高のロケーション。 温泉もあるしお手頃だし、人気が高くてなかなか予約ができませんでした。 ホテルのような贅沢感はないけど、清潔で気持ちのいい宿。 食事はバイキングですが、地元産の食材をいろいろ盛りこんでいて、宿泊費を考えればおいしくて満足しました。


7.10白糸の滝

なんの期待もせずに立ち寄った白糸の滝。 すんごい気持ちいいところでした! 水が霧状になって谷全体を包み、マイナスイオンを実感しました。 体の中がキレイになった感じ。 あとで知ったのですが、この滝の上には渓流がないんですって。 幅200mにわたって地下水が流れでているのだそうです。 それでよけいに清涼感があるのかな。 もう一度行きたいなあ。 団体さんが来ると雰囲気が一変しますが、人が少ないときは最高♪ おすすめです。
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日本一の山を眺めに

もう、うちの家族全員(両親+私)が心身ともに我慢の限度を超えてしまっているみたい。 せめて雄大な風景を無心に眺めて、新鮮な空気を胸一杯吸いこんで、よれよれな自分を立て直したい。 ということで、ほんのしばらく自然の中へでかけてみようと、重い腰を上げるにいたりました。

まわりがすごく楽しそうにしている場にいると、心から楽しめていない自分が黒いシミになったように感じられて、この1年間外食もカフェでひといきなんていう時間も皆無でした。 梅雨の今頃なら、多少は静かに過ごせるかな。 相変わらず、荷造りが下手な一家で、持ち物がいっぱい。 いつか、旅慣れた友人たちのようにもっと身軽にスマートな旅がしたいわあ。

梅雨の晴れ間を願いつつ、意外に蒸し暑そうな湖の畔へ行ってきます。
Category: 日々の記録

悲嘆を乗り越えるために 「死別の悲しみを癒すアドバイスブック」

みなさん、心配してくださってありがとうございます。 優しい言葉の数々、とてもとてもうれしく心に響きました。 ぐったりと重い体を引きずりながらも、なんとか日常生活を普通に送っています。

以下は、とても重い話なので、精神的に弱っている方は読まない方がいいかもしれません。


兄と兄嫁の法要を終えて少しホッとしたところで、兄の命日=兄の末娘および私の誕生日を迎えて、最悪の気分に落ちこんでしまいました。 どの日に亡くなったとしても、記号としての日付になんの意味もないのかもしれません。 でも、どうしても納得できません。 どうして、よりによって私たちふたりの誕生日に、通り魔のような事故で兄があんなに悲惨な最期を迎えなくてはいけなかったのか。 いまも毎日毎晩、考えたくないのに、まるで自分の目でみたかのようにリアルに(病院や警察での説明や、弁護士を通じて入手した警察調書、事故現場に立ったときの記憶から構成されているのでしょうが)、兄の最後の瞬間の映像が頭のなかで再現されます。 それはいつも兄の視点で、突っこんでくる車がみえて、兄が味わったであろう死の恐怖にわしづかみにされ、自分の胸がきりきり痛くなる。 その映像がもう嫌というほど何度も何度もリピートされて、気が変になるんじゃないかと自分が怖くなるくらい。 この1年、ずっとそんな日々でした。

それでも、なんとか地をはうような気持ちで一日一日をやり過ごしてこられたのは、ネットや本で「死別の悲嘆」についての知識を得られたことが大きかったと思います。 私の、この混乱しきった頭の中の状態は、けっして特殊なことではないと知ること。 それだけでずいぶん気持ちが楽になった気がしました。 香山リカさんもこんなことを書いておられました。


死別の悲しみを癒すアドバイスブック―家族を亡くしたあなたに死別の悲しみを癒すアドバイスブック―家族を亡くしたあなたに
(2000/03)
キャサリン・M. サンダーズ

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兄の事故後、本を読む気力がまったくなくなっていたのですが、藁にもすがりたい思いで「死別の悲しみを癒すアドバイスブック」をネットで取り寄せました。 とてもいい本でした。 さまざまな死別体験をしてきた著者の書き方は、「アドバイスブック」などというタイトルとは裏腹に、押しつけがましさは皆無。 ほんとうに思いやりに満ちた優しさと温かい人間性を感じました。 さまざまな死別体験をした人たちの声をたくさん収録してあって、自分の感じ方に普遍性があるのだと知ることで、少し気持ちが楽になりました。 いまでも、私は「ひきこもり」段階なのかな…と思うと、とてもやるせないのですが。 読んだとたんにすべてが解決するわけではありません(そんなうさんくさい本など信じる気になれませんけどね)。

この本を読んでいて、もっと早くに出会っておけばよかったと思いました。 妻を病で喪った兄の喪失感や苦しみを、もっと深く理解して、もっとなんとか支えてあげられたんじゃないかと深い後悔が残りました。 この本は死別の苦しみの最中にいる人だけでなく、身近な人が悲嘆に暮れていてどう接したらいいのかわからない人にも、ぜひ読んでいただきたい本です。

大切な人を喪った人がどんな風に感じていて、どんなに他者からの温かさに飢えているのか、広く知っていただきたいです。 いままで、私はそんな遺族の痛みを知らず、なにかとんでもなく傷つける言葉を言っていなかったかと今更ながら心配になっています。

この本自体は、交通事故や殺人事件の被害者、自死にはほとんど触れていません。 メインは小さな子どもを失った若い親や、幼くして親と死別した子ども…など。 80歳を過ぎて息子を失った親の悲しみとか、両親を相次いで亡くした姪たちの虚無感とか、大人になってから兄弟を失った心の痛みといった、わが家の事情とはまったく一致するところがなかったのですが、それでもたくさんの証言の普遍性で一番辛い時期を支えてもらえました。


悲しみを超えて―愛する人の死から立ち直るために悲しみを超えて―愛する人の死から立ち直るために
(2000/08)
キャロル シュトーダッシャー

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こちらは犯罪事件や交通事故の被害者遺族、自死に直面した家族など、個別の問題が詳細に書かれているとのことで期待して購入しました。 でも、上の本の方がずっとおすすめです。 著者の実体験を赤裸々に書いていないためか、書き方がかたくて学問寄り。 交通事故死についての項目があっても、海外で亡くなったうちのようなケースは、悲しさも、法的なさまざまな手続きもまるで違っていて、誰とも、本当に誰とも分かち合えない。 それをかえって強く感じさせられてしまいました。


交通事故には加害者がいます。 心に受けた衝撃の大きさと、事故後のいやほど現実的な雑用の数々に振り回される事故や事件の被害者は、心の傷からなかなか回復できません。 ましてや、加害者が強制措置入院から出てきたばかりの男で、事故について誰からもひと言の謝罪もないという状況、各種保険会社や現地葬儀社の理不尽な対応…死者を何度も何度も愚弄するような対応に、悲しみにうちひしがれて放心状態の中で精神的にズタズタに引き裂かれた気持ちがしました。 精神的に病気の人が運転する権利を守ることの方が、一般人のふつうに生きる権利を守ることよりも優先されているような状況が正常だとは到底思えません。 加害者が本人の希望通りその場で死んでしまったことだけはよかったです。 加害者が生きていて、何の反省もせずに、普通に結婚したり子どもを持って幸せになったら、どれだけ憎むことになるか…。 加害者があっさり消えてしまったので、私たち家族には恨む対象もありません。 憎み続けたり恨み続けるにはとてもエネルギーがいるので、たぶんとてもそんな余力はなかったと思いますが。


いつか、いつか、本当に心から笑える日は来るんだろうか? いつか、また自分の誕生日を祝う気持ちになる日が来るんだろうか?
Category: 悲嘆の本