つまらないことで疲労MAX

週末、ひさびさに寝こんでおりました。 まぶたが突然腫れて、胃腸や喉の奥にもいやーな感じがあって、土曜日の朝に慌てて皮膚科へ。 中学生の時に原因不明のじんましんの強烈な発作で3週間も入院したことがあるので(それまでじんましんが出たこともなかったのに)、じんましんは私にとっては恐怖。 心身の疲労が極限になったというサインなんです。

思い当たることはあります。 連日にわたる母のお歳暮選びのお付き合いでのイライラと、父の新しいパソコンのセットアップでストレスMAX。 インターネットにはとても簡単に接続できたけれど、プロバイダとは別の古いメールアドレスが設定できず、頭の中は□●※▲??? まっさらなパソコンを前にキイィーッッ(笑)。 母のお歳暮選びもつきっきりで、あれこれアドバイスするけれど、同じことを20回くらい繰り返し押し問答しないと決められない…で、私ヘトヘトヨレヨレ。 勉強したくない子どもに算数ドリルをさせるために、横につきっきりの母親の苦労はこんなかなと想像したりして。

11.25ストレッチのために

2週間に1回のストレッチを楽しみにしているのに、土曜の朝起きたら体調が悪すぎて行けなかった(涙)。 ひさしぶりにものすごく肩が凝ってたから行きたかった。 せっかくストレッチ通いのために、かわいいTシャツとバッグを買ったのに残念。

皮膚科でもらったお薬を飲んだら神経が少しゆるんだみたいで、土曜日は昼も夜も爆睡。 それで少し気分がマシになったけれど、日曜日もダルダル。 父のパソコンのメール設定と、謎のログインできない状態を解消しただけで一日が終わりましたとさ。


明日は遠方で仕事があって、その後はまたバタバタ超特急仕上げの仕事が待っているのに。 はぁ、しんど。 今日は早めに休みます。 おやすみなさい。

■たくさんの拍手をありがとうございます! 励みになります。 映画「男と女」の感想も書きたかったのですが、1週間くらいは無理そうです。
Category: 日々の記録

冷え冷えとした死別もあるということ 映画「永い言い訳」

11月の初めに映画「永い言い訳」を鑑賞しました。 すぐに感想を書こうとしたのですが、これがどうもむずかしくて。 こういうことがいいたい映画、と、ひと言でまとめることができないモヤッとした後味で、好きなのか嫌いなのかも判然としないような不思議な感覚でした。 結局それだけ、人間の割り切れない感情に切りこもうとした重層的なストーリーだったのだと思います。

11.21永い言い訳

バス事故で妻を亡くした流行作家が主人公。 この本木雅弘演じる主人公は洗練された文化人としてマスコミでも華やかに活躍しているけれど、人としてはサイテー! 冒頭のシーンだけで、どれほど奥さんに対して理不尽で嫌な夫かがハッキリわかります。 海のものとも山のものともつかぬ若い日に作家になることを後押ししてくれた妻に対して、密かに強いひけめを感じている主人公は、妻の留守にこれ幸いと若い愛人を家に引きこむようなヤツ。 そこへ、警察から電話がかかってきて、悲惨なバス事故で妻が亡くなったことを知る。

マスコミを前にして思わず「悲劇の夫」を演じてしまうものの、実は全然悲しくない。 そんな心が空っぽの自意識過剰男は軽い思いつきから、妻とともに事故で亡くなった妻の親友の子どもたちの面倒をみることに。 妻の親友の家族=直情タイプで妻子をまっすぐに愛している夫&幼い子どもたちと関わるうちに、カチカチだった主人公の心は少しずつほぐれていく。 しかし、そんな借りものの小さな幸せの日々にはいつか終わりが訪れるのは明らかで…。

11.21銀杏の黄葉

自分勝手な主人公は子どもたちとのふれあいの中で、人間的な温かみを持ち始める。 一見すると、そういう単純なハートウォーミングのお話にみえるものの、主人公の中には自意識の呪縛から逃れきれない冷え冷えとしたものが消えたわけではない。 ただ、傲慢なだけの冒頭とは違って、自意識過剰であることを自覚して、そういうどうしようもない自分を抱えながら生きていくしかない。 心の奥底にいろんなものを抱えこみながら、さまざまな思いがけない出来事を受け止めて生きることが人生なのだと、そんなことを伝えたかったのだろうと思います。

「自分」という檻から逃れられない主人公だけれど、妻を突然失った混乱(たとえその死が悲しくなくても)から立ち直るには他者に心を開くことが必要だと理解するので、嫌な重い後味ではありません。 意外にもクスッと笑えるようなシーンもたくさんあって、観ていて息苦しくなるようなことはなかったです。 涙腺が異常に弱い私でも泣かないくらいですから、お涙頂戴の安っぽさもありません。 いい映画なんだけど、何かがもう少し足りないのか過剰なのか…。 西川監督は映画「ゆれる」が強烈な印象だったので、それと比べるとほんの少し物足りないような感じ。


この映画は、震災でたくさんの人が亡くなったことに対する西川美和監督なりの答えと何かで読みました。 事故や天災で突然に家族を喪うのは、想像を絶するものすごい衝撃です。 兄が不条理な事故で亡くなってはじめて、肌身にしみてわかりました。 そんな私は、震災後に「家族の絆」という言葉がスローガンのようにマスコミで繰り返されるたびに強い違和感がありました。 震災のために崩壊した家族だってきっといっぱいいるのに、震災で傷ついた人たちに清く正しく美しく困難を乗り越えることを強いるような風潮に対する違和感。 人間ってそんなに単純じゃないのに。

この映画を観て、西川監督はそういう違和感を描きたかったのだと感じました。 突然に厳しい状況に直面した家族が必ずしも、周囲の人たちが期待するように愛し合い助け合うとは限らないのです(もちろん本当に温かく思いやりに満ちた家族もいますよ)。 むしろ一番身近にいる存在に対してやり場のない怒りをぶちまけ、人格を否定したり、二度と関係を修復できないほどに傷つけ合ってしまったりすることもよくあることなのだと、自分の経験+悲嘆についての本で知りました。

と、「永い言い訳」の感想が永く永くなってしまいました(笑)が、役者さんたちの演技がそれぞれにすばらしかったし、監督の演出も秀逸。 映画でなければ描けない世界でした。 モックンの好演もよかったけど、ちらっとしか登場しない、ほとんど台詞のない深津絵里がなんともいえず美しくて、すごい存在感を放っていて強く印象に残りました。


以上、まずは宿題を一つやっと片付けた心地。 地震のこと、叔父のこと、いろいろ書きたいけど、今日はここまで。


■いろいろな記事に拍手をありがとうございます。 福島沖の地震、大丈夫でしたか? 京都まで揺れるって…日本列島は大丈夫なんでしょうか。 急にものすごく寒くなりましたから、くれぐれも風邪やインフルエンザには気をつけてくださいね。

Category: 映画

晴天に誘われて植物園へ

叔父のことで重苦しいわが家で、突然リビングの床張り替え工事が始まったり、父のパソコンのハードディスクが壊れたり、いろいろありすぎてなかなか更新ができずにいますが、私自身は変わらず元気にしています。

はじめは映画を観にいくつもりでしたが、気持ちのいい秋晴れに誘われて、ひさしぶりに植物園へ。 とっても清々しい青空を満喫したくて、遠回りして出町柳から賀茂川沿いを散策。

11.16賀茂川

鴨川(賀茂川)沿いは空が広い! 大空をみながら歩いたり、

11.16ユリカモメ

ユリカモメの行列を眺めたり。 頭をからっぽにして気持ちのびのび。


11.16コスモス

植物園はコスモスが見頃でした。 今年はコスモスをみられていなかったので嬉しい。


11.16森の小道

こんな森の中のようなひっそりとした小道で、落ち葉をカサカサいわせながら歩く感覚も大好き。 ああ、低くてもいいから、また山を歩きたいなあ。


11.16植物園の紅葉

カエデがそろそろきれいに色づいてきていました。 薄暗い木立の向こう、陽に透けて光る紅葉がとてもきれいで、しばし放心。 この風景がみられただけでも来たかいがありました。

11.16植物園の紅葉2

写真だけみていると、まるで山の中の池のような風情。 ものすごく古くて小さなデジカメしか持って歩かないため、本物の美しさが写せないのが残念。 そろそろ、いいコンパクトデジカメに買い換えたいなあ。


今日の歩行距離は約6km。 しっかり歩いて、いい気分転換になりました。 光合成できて、ホネの強化もできたはず。 映画や本の感想がいろいろたまっているのもぼちぼち更新していきたいのですが、このところ自分の用事じゃないことに振り回されっぱなし…。


Category: 日々の記録

人の真価が問われる時

昨日は入院している叔父のリクエストでコーヒーとチョコレートを病室へ届けに行ってきました。 週末は状態が驚くほど安定していて、法事で京都へ来た東京の叔母や従妹たちがお見舞いに来てくれて上機嫌だったそうですが、昨日のお昼頃に容態が急激に悪化。 私が病院に着いた時には、病室にいろいろな測定器械が入って検査で慌ただしくなり、病室に泊まりこんで疲れ切っている叔母はパニックになって泣きだしてしまい…。

いろいろな検査をした結果は、すぐその場で担当医から本人に直接説明がありました。 肺の状態が非常に厳しいこと、酸素量はこれ以上増やせないこと、モルヒネにも限界があるので、これから耐えられない苦痛に襲われた時は意識が薄れる眠り薬しか選択肢がないこと。 意識が薄れてもいいから苦痛を取り除いて欲しいほど苦しくなったら、自分で担当医に伝えて欲しいということも。 表情はみえませんでしたが、叔父はとても冷静に受け答えしていました。 叔父は外来の医師とは相性がよくなかったようなのですが、病棟の若い担当医は大好きで全幅の信頼をおいているようなので、それだけでも本当によかった。

11.7枇杷の花

といっても、叔父は酸素マスク越しでも声がしっかり出て、多少苦しそうにしながらも普通に話ができていて、とても最末期とは思えません。 片肺への気道ががんで完全にふさがってしまい、そのために片肺がつぶれて非常に厳しい呼吸苦に陥っているはずなのに「泣くな!」と叔母を叱咤激励したり、泣き虫の叔母にしばらく付き添ってくれと私に頼んだり、叔母や娘婿と一緒に私も担当医からの説明を聞いておいてくれと頼んだり、娘婿に叔母のことを頼むと重いひと言を伝えたり。 終始、病人の方が付き添っている妻を心配している。

会いたい人には早めに会っておくようにとのことで、夕方に同居している従妹(叔父の娘)が子どもたちを連れてきたのと入れ替えに、水入らずで過ごしてもらうべく私は帰宅。 赤ちゃんの時から添い寝をしておしめを替えたりして、叔父が文字通り「溺愛」した中学生の男の子は病室に入るなり号泣してしまい、それを叔父が「大丈夫だよー」と苦しいのにニコニコしながら顔を上げて手を振ったりして。 私にも笑顔で「いろいろありがとうね」と手を握ってくれました。


病気が怖くて病院へ行くことを頑なに拒んでいた叔父でしたが、すぐそこに迫った最期を前にした今、思いがけないほど冷静で、家族になんとか心配をかけまいと気丈に振る舞っている姿に強く心打たれました。 できることなら、私も最期はこんな風でありたいと思ったけれど、その時になったらあんなにしっかりしている自信はありません。

叔父さん、柄にもなくカッコよすぎるよ…。


11.6夕陽の鉄路

日曜日は東京の叔父の三回忌の法要が京都であって、仲のよい従妹のHちゃんや叔母たちと本当にひさしぶりにゆっくり話ができました。 亡くなった人の遺徳が残された人たちの縁を結んでいてくれているのですね。 ありがとう、東京の叔父さん。 帰りはたまたま電車の先頭に乗ったら、逆光の中で鉄路だけが夕陽で輝いてとてもきれいでした。 鉄道と旅を愛した東京の叔父、そして仕事人として尊敬していた故Mさんのことを思いつつ、一枚写真を撮りました。



胸にしみる一編との出合い 川上未映子「愛の夢とか」

ぐずぐず読んでいた川上未映子の「愛の夢とか」を読了しました。 谷崎潤一郎賞を受賞した短編集です。 谷崎潤一郎賞の小説って、実はどれもあまり好みじゃないんだけど。 本屋さんでみかけた表紙がきれいで川上未映子ならということで、内容を知らないままジャケ買い。

11.4愛の夢とか

高校生の時からつきあって21歳で別れた恋人と交わした遠い日の約束。 その約束の日に思い出の植物園へと向かう女性を描いた「日曜日はどこへ」。 ガーデニングをしている主婦と、ピアノ曲「愛の夢」を毎日弾き続ける隣家の女性との淡い交流を扱った表題作「愛の夢とか」。 大切なマイホームを手放さざるをえなかくなった専業主婦の家への執着が、やがて思いがけない展開をみせる「お花畑自身」など、7つの短編を収録。

読み始めて、ああやっぱり谷崎潤一郎賞は生理的に受けつけられないかも…と挫折しかけ、「他の人はこれがおもしろいと思うのだろうか?」と疑問になってAmazonのレビューをのぞいてみました。 すると、最後の「十三月怪談」がとてもよかったという声多数。 で、結果、途中で放りださないでよかった! 「十三月怪談」がものすごくよかった。 この一編を読むために、この本に本屋さんの店頭で出合ってよかったとつくづく思いました。

この短編集のテーマはたぶん喪失。 東日本大震災後に書かれたと読了後に知って、なるほどと思いました。 大切な何か、淡い何か、あるいは遠い日になくしたもの…いろいろあったのですが、うーん、いまひとつもやもや。 人の死を真正面からとらえた「十三月怪談」が圧倒的にすばらしかったです。

もともと「死」について深く考えこむことが多かった主人公の女性は、腎臓の病気であっけなく死んでしまう。 しかし、死んだ後も目にみえない存在になって愛する夫を見守ることに…と書くと、まるで幽霊譚のようですが(題名からもそんな印象を受けるのですが)、そんなに安直なお話ではありません。 「十三月怪談」の感想をネットでザッとみたところ、「幽霊譚」とか「スピリチュアル」といった読み方をしている人がかなり多くて驚きました。 みんな、斜め読みして誤読しているのでは?? 

後半は妻と死別した夫の視点で描かれ、最後まで読むと「ああ、そういうことだったのか」と納得しつつ、ひさびさに涙腺が決壊しました。 この小説はぜひ予備知識なしに読んでください。

病気で亡くなった兄嫁と、事故で亡くなった兄、それぞれの最期がこんなふうだったらいいなと心から願いました。 川上未映子さん、これを書いてくれてありがとう。 二人を見送って大きな穴が空いてしまった私の魂も、これを読んで救われました。 死別という悲しいテーマでありながらも、安直でない明るさがあって、震災で大切な誰かを失った人の心も少しは救われるのではないかと思います。 「十三月怪談」はまたいつか再読したい一編。 おすすめです。

11.4今年初めての山茶花


昨日、叔父の容態が急変したと連絡があって、母と二人で病院へ駆けつけました。 呼吸苦でとてもしんどそうで、叔母はみていられなくて涙ポロポロ。 モルヒネが効くとずいぶん楽になって、お粥をペロッと平らげ、「ああ、美味しかった」としみじみ言ったり、酸素マスクをつけたままでも結構あれこれ話ができて、ちょっとホッとしました。 食べることはまだ大丈夫で、ちゃんと美味しく感じられるみたいで、苦しい中でそれだけでもよかった。 あれだけ食べられるのだから、まだ大丈夫なんじゃないかと思いたい。

自分で感じていた以上に心身ともに疲れていたようで、今日は一日中ぼんやり。 母も私も、何も手につきませんでした。






Category: 川上未映子