掌編小説集を包む不穏な気配 川端康成「掌の小説」

若い頃、川端康成「掌の小説」を絶賛するフランス人に遭遇して、日本人として読んでいないのはまずいのではないかと買ったものの、読みかけてすぐに放りだしてしまった文庫本です。 先日、「P&M Blog」のpiaaさんのレビューを読んで、そういえば部屋のどこかにまだあったなと思い出して発掘しました。 中の紙がすっかり茶色くなっていて、放置したまま流れた歳月の長さを感じさせます。

6.12掌の小説

ごく短い掌編小説ばかり122編が収められた、500ページ以上ある分厚い本です。 ただ風景や身辺をスケッチしただけみたいなものから、小説として発芽直前の種みたいなもの、不条理で不気味な陰を含んだものまで多彩…なはずが、みっちり濃厚なカワバタ・ワールド。 全部読んでみると、バラエティ豊かなはずなのに、不穏な空気に包まれたワントーンのイメージなんです。

読みかけだったときに「感想を待ってます」とコメントしていただいたpiaaさんに、「川端康成はやっぱりエロジジイだ」と返事してしまいました(文豪のファンの方、すみません)。 そのとき読んでいたのは本の真ん中あたり、うんざりするほど伊豆で、湯治場で、若くて薄幸な女中さんやら芸者さんで…というモチーフがいろんなバリエーションで繰り返されていたところでした。 どう読んでも、やがて小説として「伊豆の踊子」や「雪国」に結晶していくことになる素地がみえる部分。 とても興味深いはずなのに、非常にイライラさせられました。 直接的にいやらしいことはまったく書かれていません。 が、そこはかとなくいやらしい気配が充満していて酸欠になりそう(想像力豊かすぎ?)。 うすうす感じてはいましたが、川端康成のいやらしさが体質的に合わないみたい。 もっと変態っぽい谷崎潤一郎は好きなのに、なぜなんだろう? 

6.12クチナシに虫

この本と同時に読んでいた清水義範+西原理恵子の「独断流『読書』必勝法」のおかげで、川端康成に対してモヤモヤ感じていたことがハッキリ言語化されてスッキリしました。 サイバラの指摘で、踊り子や女中さんといった社会的にとても苦しい立場にいる女性たちを、「愛らしいな」「美しいな」と季節の風情や風景を愛でるようにみている川端康成の視線がイヤなんだということに気づきました。 う~ん、サイバラって、すごい! そして清水センセイの指摘で、ああ、ワタシにみたいに感じている人は他にもいるんだなあ…とホッとしました。 小説を読んで、何をどう感じるかは人それぞれ。 みんなが「文豪だ」「すばらしい」と絶賛しても、やっぱり川端康成は苦手です(嫌いってことではなくて)。


植木屋さんがきれいにしてくれた庭は、多少明るく風通しよくなりました。 風がクチナシの甘い匂いを運んできます。 花をのぞきこむと、1匹の虫が花粉まみれになって花びらの上で放心(?)状態。 後ろ足がシベに引っかかってますよ、わかってる? かがみこんで写真を撮っても平然。 触覚をなめるだけで、ほとんど動きません。 クチナシの蜜のあまりの美味しさと香りに酩酊したのかな。

コメント

>苦しい立場にいる女性たちを、季節の風情や風景を愛でるようにみている川端康成の視線がイヤ

わかるわかる!そうなんですよ。
私は以前「伊豆の踊り子」について『踊子との別れを、現代の若者がRPGの中で恋愛を経験したみたいに疑似体験しただけ』と書きましたが、それも踊り子を自分と対等の人間として見ていないからこそできるわけですよね。

とかなんとかいいながらも、この本はすごいです。内容が濃くて、恐ろしくクオリティ高いです。
ただ並べ方はもうちょっと工夫があってもいいかな、とも思います。

2009/06/13 (Sat) 01:00 | piaa #- | URL | 編集

piaaさんが「伊豆の踊子」のレビューで「恋愛の疑似体験をしただけ」と書いてられたのも同じ意味なんですね。

>踊り子を自分と対等の人間として見ていないからこそできるわけですよね。

そうそう、そうなんですよッ! そういうことをサイバラがズバッと直球で書いていて「ああ、ワタシがずっとイヤだと思っていた元凶はそこにあったんだ!」と、すとんと納得できたんです。 「独断流読書必勝法」は新刊本なので本屋さんにあるかも。 みかけられたら、P58を開いてみてください。 ワタシは思わずサイバラと一緒に叫びたくなりました(笑)。
「伊豆の踊子」も「雪国」も相手の女性はどうでもいい感じがするんですよ、主人公は自分のことだけで頭いっぱいで。

川端ブンガクも掌編の未消化な形も、ワタシはどうも肌に合いませんでした。

2009/06/13 (Sat) 23:54 | vogel #9JN9NMwM | URL | 編集

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