最後に彼女を支えたのは仕事 映画「ココ・シャネル」

明日で打ちきりになってしまうからと、大急ぎでいった映画「ココ・シャネル」。 平日の昼なのに1席の空きもない完全満席で(収容人数の少ない小さいホールとはいえ)、立ち見まで出てビックリしました。 それも、シャネラーじゃなくて結構年配の観客が多かったのが意外でした。 シャーリー・マクレーン効果でしょうか? 今年がシャネル創業100周年ということで、今週末から「アメリ」のオドレイ・トトゥが主演する「ココ・アヴァン・シャネル」も公開されるので、どっちをみようか迷ったのですが、まずはこちらを。 それにしても、若き日のココを演じた女優さんがオドレイ・トトゥに雰囲気がとても似てたなあ。 マクレーンも若い女優さんもすごくよかったですよ。

9.17シャネル映画

母親の病死後、父親によって妹ともに修道院に預けられた(=捨てられた)ガブリエルが貧しいお針子の生活から苦い恋愛を経て、「ココ・シャネル」としてブランドを起こすまでの半生を、1954年のシャネルが回顧するという形で描いた作品です。 「働く女性」として自立した初めての世代だったココの生き様はけっして平坦ではありませんでした。 貧しい生まれゆえの世間からの冷たい視線やさまざまな苦難に屈せず、常に自分の才能を信じて真っ直ぐ突き進み続けたプライドの高い女=ココ。 恋を失っても、仕事は最後まで残った…という強い生き方がすがすがしかったです。 2時間20分ほどある長い映画でしたが、ブランドものにまったく興味がないワタシでも退屈せず楽しめました。

ブランドとなったシャネルのファッションよりも、女性の服装がこんなにも短い期間にこれほど激変したという驚きが一番心に残りました。 ココが子どもだった19世紀末は、まだ中世をひきずってるような服装で、コルセットでウエストを締めあげてたんですねえ。 ココがオトナの女性になったときも、女がズボンをはくなんて考えられず、ズボンをはいただけで「足が見えてる!」と驚かれた時代なんですよ。 乗馬がしにくいからと、馬の世話をしていた男の子がはいていたズボンとブーツを身につけたり、男物のざっくりしたセーターを着たり、社交場であるポロの試合観戦に手製の麦わら帽をかぶっていったり(まわりの人は「マイ・フェア・レディ」のダービーのシーンみたいな大げさな帽子とドレスなのに)、避暑地で漁師たちが着ているボーダーのTシャツや厚手のセーターを買い取ってだぼだぼのシルエットのまま着て歩いたり。 常識にとらわれない斬新なアイディアと身体的な窮屈さからの解放、そしてそういう服を堂々と着て歩く反骨精神がすがすがしい。 服飾史としても非常に興味深かったです。

9.15白い花

ただ少しモヤモヤしたのは、やっぱり女は美人が得なのね~と若干ひがみたくなった若き日の恋愛(笑)。 愛人として囲われたのも、その後に出会った運命の彼も、きっかけはココが美人だから…なのよねえ。 それも、お金持ちの男たちの力をしっかり利用してるんだから、したたかな面もあったんでしょうね。 でも、ただ男に囲われてるだけで終わらないのがココ。 男の邸宅の一室で、パリで買い集めてきた素材で帽子つくりに熱中するシーン、とても楽しそうで印象的でした。 それに、男にもてるけど、仕事の相棒でもあるいい友だちをもっていたんだから、女からみて嫌な女じゃなかったんでしょう。

映画のHPにある「シャネル語録」も、鼻っ柱が強くて貧民から仕事でのしあがった彼女らしくておもしろいですよ。 映画では、夜会にでかける姪に向けての台詞にもなっていた「(男にとって)かけがえのない人間になるためには、常に他の人とは違っていなければいけない」は、ブランド大好きな日本女性に対してはすごく皮肉だなあ。 みんな、制服みたいに同じデザインのバッグをもってちゃダメ!って、あのココなら言ったんじゃないかと思います。

■Tさん、同じ雑草でも「キンミズヒキ」と「ヘクソカズラ」では、命名にはずいぶんな差がありますよね。 カタツムリくんはたぶん全速力で走るためにツノを力一杯伸ばしていたみたい。 考えてみれば、カタツムリもナメクジも似たようなものなのに、殻を背負っているだけでカタツムリは得してますね。
Category: 映画

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