生命と死の尊厳を問われる 映画「私の中のあなた」

ただのお涙頂戴の映画だったら嫌だな、とみるかどうか迷っていた「私の中のあなた」。 街中にでかけたついでにみてきました。 心配したような安っぽい映画じゃなくて、よかった。 それでも涙腺がもともと壊れているワタシは初めから最後まで泣き続け、ハンカチ1枚グッショリ。 すぐ前に座っていたお姉さんは、ラストで嗚咽にむせび、ついには大きな音でハナかんでました。 涙もろい人はハンカチとティッシュ必携の映画です。

難病にかかった姉ケイトを救うため、ドナーとして的確な遺伝子をもつように体外受精で操作されて生まれた妹アナ。 アナから何度も血液の提供や骨髄移植を受けて命をつないできたケイトだが、15歳になったいま病気はさらに進行して腎不全を起こし、生命の危機に。 そんなとき、献身的に姉ケイトを支えてきた妹アナが、突然「臓器を提供しない」と両親を相手に裁判を起こします。 なぜ姉思いのアナが? そこには、両親にとっては思いがけない真実が…。

10.20私の中のあなた

難病に苦しむ子どもの話ですからテーマは重いのですが、みたあとにどーんと落ちこむような後味の悪さはありませんでした。 かといって「みんなで支え合って、それが家族の愛よね」などと、脳天気な家族愛絶賛の映画でもありません。 臓器移植のこと(生体肝移植も脳死移植も含めた)、不妊治療のこと、生命に対する倫理、死の尊厳…鑑賞後にいろんなことを考えさせられる、非常に生真面目な内容を押しつけがましさゼロで描いた作品です。

兄弟に難病の子がいたためにどうしても親の関心が薄くなってしまう他の子どもたちの寂しさ、自分の病気のために家族にさまざまな犠牲を強いてきたことをしっかり認識しているけなげな長女、娘かわいさのあまり一人てんぱって周囲が見えなくなっている愚かしいほど必死な母親、そんな妻に違和感を覚える寡黙な父親。 全員の視点から語られることによって、それぞれがお互いを思いやっていて、それでも娘の長年の病気に家族が押しつぶされそうになっていることがひしひし伝わってきて、とても切ない。 法廷シーンはメインというではなくて、家族の過去から現在までがいろんな立場からていねいに描かれています。 親は子どもを自分の従属物だと思っていても、子どもは幼いながらも自分なりの考えがあり、いつのまにか親よりもしっかりしていることだってあるんですよね。 ケイトとアナは病気を通してお母さんよりずっと大人になってしまっていて、それもとても切なかったです。 ただひとつ、ラストシーンをみながら、アナは姉のケイトとは深く結ばれているけれど、あんなにひどいことばかり言った母親と確執なく生活できているのか気になりました。 

キャメロン・ディアスは「よくこんな役を引き受けたな」と思うほどエキセントリックな演技で、次女にしてみればほとんど鬼母なんですが、カラッと明るい持ち味で嫌な感じが中和されていたかも。 子役の3人の演技がとてもすばらしくて、特に次女役のアビゲイル・ブレスリンは「リトル・ミス・サンシャイン」の幼児からすっかり大人びて、真っ直ぐなまなざしだけでもハッとするほど存在感がありました。

キャメロン・ディアスが演じた母親への嫌悪感で映画全体に感情移入できなかったという意見もあるようですが、周囲の人の言動をみていると母親ってああいうエゴイスティックなところがあると思います(映画ではオーバーに表現されているけれど)。 不妊症に悩んで悩んで「他人の卵子を使って体外受精でもいいから産みたい」と本気で思い詰めていた友人もいたし、子どもの脳死からの臓器移植について「子どもを産んだら、あなたのように冷静ではいられない。自分の命なら失ってもいいけれど、自分の子どものためなら『脳死になったのならさっさと心臓をちょうだい』と他人に迫るかもしれない」と言った知人もいます。 たとえば他人の卵子をもらうとしたら、なるべく姿形がいい人、頭がいい人を選ぶでしょうね。 そういうことが行き過ぎると、この映画のような理由で意図的に選別した子を産むことだって決してありえないことではない。 この作品での「自然の摂理に反した自分たちへの罰だと思った」というお父さんの独白に、この映画を作った監督のメッセージを強く感じました。 …と、語りたいことは山のようにあるのですが、いやほど長くなったので今日はこのあたりで。
Category: 映画

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