哲学的なテーマに挑んだ渾身作 川上未映子「ヘヴン」

川上未映子「ヘヴン」を一気に読み終わりました。 遅読なワタシが一日で読んでしまう、すごい力を持った小説でした。 ものすごくひさしぶりに「純文学」のドーンと重いものを胸の奥に打ちこまれた気持ちで、読み終わってしばらく放心。 川上未映子を完全に誤解していました。 その派手な外見と独特の話しぶりで勝手に「どうせ奇をてらったようなこと書いてるだけでしょ」と読みもせずに先入観を持ったりして、ごめんなさい、川上さん。 すごい作家です。 もっとアナタが書いたものが読みたいです。

1.17ヘヴン

教師や親の目が届かないところで同級生から陰湿で暴力的ないじめを受けながらも、ただひたすらひとりで耐える中学生の「僕」。 そんな暗い日々の中で僕は、同じようにいじめを受けている女子生徒コジマと言葉を交わすようになり、不潔な外見のコジマと心を通わせていく。 コジマの登場で僕の毎日に光がさしこむかに思えたのだが…。

中学生のいじめを題材にしていると聞いて読むのを躊躇したんですが、もっと深くて大きなテーマに真正面から挑んだ著者の心意気がストレートに伝わってくる小説でした。 いじめのシーンは目を背けたくなるほど辛いにもかかわらず、読むことを止めたいとは一度も思いませんでした。 息を詰めて、終盤の「僕」の絶望的な思いに涙を流しながら読み続けるしかないという不思議な感覚。 ハッピーエンドでもなければ、いじめが解決するわけでもないけれど、著者がみせてくれた最後のシーンの美しさと、血のつながらない「母さん」の存在に、ワタシは十分に救いを感じました。 著者の力業に圧倒され(たとえ著者の目指したものが全部は成功していなくても)、いろんな考えが押し寄せてきて交錯してうまく言葉にできない、心が真空状態になったような読後感です。

1.17黄色の千両

「僕」がラストに見る、「僕」の意志で選びとった世界が美しくて、それが「僕」を祝福していると読み取ったのですが、父はあのラストに不満だったそうです。 非常に大きなテーマを目の前に広げられながら、その明確な結論が提示されていないから納得できなかったとブツブツ。 う~む、でも、文学って問題解決への道筋を提示するためのものではないと思うのですよ、ワタシは。 読んで考えるものじゃないの? いじめに対処する方策が知りたいとか、悪いヤツが懲らしめらることがないエンディングなんて許せないとか、重松清的なほのぼの温かい涙を流すエンディングでないとイヤだとか、中学生としてのリアリティがない小説は嘘ものだ(確かにほんものの中学生は「僕」やコジマみたいに本質に関わるような会話はしないでしょうし、百瀬みたいにニヒリズムに骨の随まで染まっている中学生もいないでしょう…いて欲しくない!)と感じるような人にはおすすめしません。 

哲学にも人生にも「これが絶対的な正しさだ」といえる基準なんてないのだということ、アイデンティティはどこにあるのかということ(外見が変わるとその人らしさが損なわれるのか)、非常に哲学的なテーマを読みやすい文体で書いた小説です。 ドストエフスキー的な対話もあれば大岡昇平「俘虜記」のような根源的な問いかけもありながら、驚くほど読みやすいのですよ。 もともと詩を書いていた著者らしい言葉のきらめきも(この小説ではとても抑え気味にしているようですが)好みでした。 この1冊で川上未映子がすっかりお気に入り。 次は何を読もうかしら?

■いろんな記事に拍手をありがとうございます。

■Tさん、川上未映子って独特の存在感ですよね。 いまどきの天然系かと思いきや、読んでみたら、深いことを考えているのだなあと予想外の奥深さにビックリ。 上の記事の通り、川上未映子ワールドにワタシはすっかりひきこまれました。 少なくともこの本はすごくまっとうな普通の書き方でしたよ。 意外に読後感は暗くないので、興味をお持ちでしたら、ぜひ読んでみてください。
Category: 川上未映子

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