悲嘆を乗り越えるために 「死別の悲しみを癒すアドバイスブック」

みなさん、心配してくださってありがとうございます。 優しい言葉の数々、とてもとてもうれしく心に響きました。 ぐったりと重い体を引きずりながらも、なんとか日常生活を普通に送っています。

以下は、とても重い話なので、精神的に弱っている方は読まない方がいいかもしれません。


兄と兄嫁の法要を終えて少しホッとしたところで、兄の命日=兄の末娘および私の誕生日を迎えて、最悪の気分に落ちこんでしまいました。 どの日に亡くなったとしても、記号としての日付になんの意味もないのかもしれません。 でも、どうしても納得できません。 どうして、よりによって私たちふたりの誕生日に、通り魔のような事故で兄があんなに悲惨な最期を迎えなくてはいけなかったのか。 いまも毎日毎晩、考えたくないのに、まるで自分の目でみたかのようにリアルに(病院や警察での説明や、弁護士を通じて入手した警察調書、事故現場に立ったときの記憶から構成されているのでしょうが)、兄の最後の瞬間の映像が頭のなかで再現されます。 それはいつも兄の視点で、突っこんでくる車がみえて、兄が味わったであろう死の恐怖にわしづかみにされ、自分の胸がきりきり痛くなる。 その映像がもう嫌というほど何度も何度もリピートされて、気が変になるんじゃないかと自分が怖くなるくらい。 この1年、ずっとそんな日々でした。

それでも、なんとか地をはうような気持ちで一日一日をやり過ごしてこられたのは、ネットや本で「死別の悲嘆」についての知識を得られたことが大きかったと思います。 私の、この混乱しきった頭の中の状態は、けっして特殊なことではないと知ること。 それだけでずいぶん気持ちが楽になった気がしました。 香山リカさんもこんなことを書いておられました。


死別の悲しみを癒すアドバイスブック―家族を亡くしたあなたに死別の悲しみを癒すアドバイスブック―家族を亡くしたあなたに
(2000/03)
キャサリン・M. サンダーズ

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兄の事故後、本を読む気力がまったくなくなっていたのですが、藁にもすがりたい思いで「死別の悲しみを癒すアドバイスブック」をネットで取り寄せました。 とてもいい本でした。 さまざまな死別体験をしてきた著者の書き方は、「アドバイスブック」などというタイトルとは裏腹に、押しつけがましさは皆無。 ほんとうに思いやりに満ちた優しさと温かい人間性を感じました。 さまざまな死別体験をした人たちの声をたくさん収録してあって、自分の感じ方に普遍性があるのだと知ることで、少し気持ちが楽になりました。 いまでも、私は「ひきこもり」段階なのかな…と思うと、とてもやるせないのですが。 読んだとたんにすべてが解決するわけではありません(そんなうさんくさい本など信じる気になれませんけどね)。

この本を読んでいて、もっと早くに出会っておけばよかったと思いました。 妻を病で喪った兄の喪失感や苦しみを、もっと深く理解して、もっとなんとか支えてあげられたんじゃないかと深い後悔が残りました。 この本は死別の苦しみの最中にいる人だけでなく、身近な人が悲嘆に暮れていてどう接したらいいのかわからない人にも、ぜひ読んでいただきたい本です。

大切な人を喪った人がどんな風に感じていて、どんなに他者からの温かさに飢えているのか、広く知っていただきたいです。 いままで、私はそんな遺族の痛みを知らず、なにかとんでもなく傷つける言葉を言っていなかったかと今更ながら心配になっています。

この本自体は、交通事故や殺人事件の被害者、自死にはほとんど触れていません。 メインは小さな子どもを失った若い親や、幼くして親と死別した子ども…など。 80歳を過ぎて息子を失った親の悲しみとか、両親を相次いで亡くした姪たちの虚無感とか、大人になってから兄弟を失った心の痛みといった、わが家の事情とはまったく一致するところがなかったのですが、それでもたくさんの証言の普遍性で一番辛い時期を支えてもらえました。


悲しみを超えて―愛する人の死から立ち直るために悲しみを超えて―愛する人の死から立ち直るために
(2000/08)
キャロル シュトーダッシャー

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こちらは犯罪事件や交通事故の被害者遺族、自死に直面した家族など、個別の問題が詳細に書かれているとのことで期待して購入しました。 でも、上の本の方がずっとおすすめです。 著者の実体験を赤裸々に書いていないためか、書き方がかたくて学問寄り。 交通事故死についての項目があっても、海外で亡くなったうちのようなケースは、悲しさも、法的なさまざまな手続きもまるで違っていて、誰とも、本当に誰とも分かち合えない。 それをかえって強く感じさせられてしまいました。


交通事故には加害者がいます。 心に受けた衝撃の大きさと、事故後のいやほど現実的な雑用の数々に振り回される事故や事件の被害者は、心の傷からなかなか回復できません。 ましてや、加害者が強制措置入院から出てきたばかりの男で、事故について誰からもひと言の謝罪もないという状況、各種保険会社や現地葬儀社の理不尽な対応…死者を何度も何度も愚弄するような対応に、悲しみにうちひしがれて放心状態の中で精神的にズタズタに引き裂かれた気持ちがしました。 精神的に病気の人が運転する権利を守ることの方が、一般人のふつうに生きる権利を守ることよりも優先されているような状況が正常だとは到底思えません。 加害者が本人の希望通りその場で死んでしまったことだけはよかったです。 加害者が生きていて、何の反省もせずに、普通に結婚したり子どもを持って幸せになったら、どれだけ憎むことになるか…。 加害者があっさり消えてしまったので、私たち家族には恨む対象もありません。 憎み続けたり恨み続けるにはとてもエネルギーがいるので、たぶんとてもそんな余力はなかったと思いますが。


いつか、いつか、本当に心から笑える日は来るんだろうか? いつか、また自分の誕生日を祝う気持ちになる日が来るんだろうか?
Category: 悲嘆の本

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