企みに満ちた長編 水村美苗「本格小説」

水村美苗の小説を手にとる気にはなかなかなりませんでした。 だってデビュー作は「續明暗」だし、「私小説」とか「本格小説」とか、なんか読みたくなるようなタイトルじゃないんだもの。 辻邦生が好きなのに、辻邦生と水村美苗の往復書簡集にも手を伸ばさずにいました、なんとなく。 だいたい、この人の文庫本ってあんまり本屋さんでみかけないし。 ところが「新聞小説」という新作が話題になって、文庫本も新しく刷ったみたい。 新潮文庫「本格小説」は上下巻各600ページ近く、2冊で普通の単行本より高いくらい。 これでおもしろくなかったらイヤだなあ…と心配しながら買いました。

結論からいうと、予想外に(?)おもしろかったです。 

 

戦後直後の日本で貧しくみじめな境遇に育ちながらも、日本の高度成長以前に単身ニューヨークに渡って運転手から独力で大富豪になった東太郎。 幼い日をともに過ごした金持ちの隣家の娘・よう子への思いを胸に日本へ戻った太郎は、よう子の一族が豪華な別荘で夏を過ごす軽井沢に現れる。 そして、やがて悲劇が…。


ひさびさに長編小説の世界にひきこまれて夢中で読みました。 長くて読み応えがある本を探している人におすすめします。 ただ、これほどひきこまれて読んで、これほど後に何も残らないってどういうことなんだろう?と、読んだ後に釈然としない気分になったのも事実。 とはいえ、読む快楽は与えてくれる本です。

2.25誕生日の花束

この釈然としない読後感は、この小説がブンガクに挑戦して書かれたものだからかもしれません。 序章として「本格小説が始まる前の長い長い話」が冒頭200ページ以上続く目次をみてなんか嫌な予感が…。 実際に読み始めてすぐはちょっとまどろっこしくて退屈なんです、話がどこへ向かっているのかさっぱり分からなくて。 著者本人や家族の話が延々と続いて「なんなのこれ?」って感じで。 ところが読み進めていくと、その私小説的な部分が妙におもしろいんですよ。 だんだん主人公の東太郎なんてどうでもよくなってくる。 それが著者の狙いの一つ。 私生活を書いているかのような日本的私小説を意識して書いていると、小説の中で書いているんですから。

「私小説」という枠の中に、「私小説」の対極とされる「本格小説」を入れこみ、さらに物語の語り手が入れ子のようになっているという凝った構成。 文学的な試みとして練りに練った構造になっています。 ミステリではないのに、なにかモヤッとしたものを抱えたまま読み進めて後半になると、前半で巧みに張りめぐらされた伏線が頭の中でチカチカッとひっかかってくる。 構造は凝っているけれど表現は平易なのでスラスラ読めておもしろい。 でも、中身がない!←これも、著者はちゃんと意識しているらしい。 内容は本文中にも書かれているように「嵐が丘」の日本版に挑戦していて、でも「嵐が丘」を越えてはいない。 あの長い序章がなかったら単なる昼メロに堕していたと思います。 詩的な味わいも特にない。 ということで、満足したのかしなかったのか??

この感想を読んで「なにをいってるのか、わけがわからん」と思った方はどうぞ読んでみてください。 一読の価値はあります。


写真の花は、少し前、母の誕生日に贈ったプーゼの花束。 アンニュイな雰囲気が高級避暑地だった往時の軽井沢にあっているかなと思って。


■いろいろな記事に拍手をありがとうございます。 自慢話にもつきあっていただいて恐縮です。

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