あわいに漂う茫漠とした感覚  朝吹真理子「きことわ」

芥川賞受賞作「きことわ」が文庫本になっていたので読んでみました。 文章を味わえる作品ということだったので、ちょっと期待しつつ読み始めたのですが…うーん、ビミョウ。



貴子と永遠子。 少女時代、葉山にある別荘で何年にもわたって夏休みをともに過ごした2人が、人手に渡ることになった別荘の整理のため25年ぶりに再会する。 互いの記憶にあるもの、記憶から抜け落ちたもの。 夢なのか幻なのか…現在の一瞬に、ふと現れる25年前の断片的な記憶とおぼろげな誰かの気配…。

この小説をひと言で表現するとすれば「あわい(間)」。 本来あった事実と記憶に刻まれたこと、夢と現実、25年前の少女時代と今。 その間で漂うような感覚が読みどころ…なのかな(←あまり自信なし)。 茫漠としてつかみどころのないものを文字として定着させようとした作品とでもいえばいいんでしょうか。

基本的にはストーリー性のある小説が好きですが、一筋縄でいかない小説も意外に好きなんですよ。 でもこの小説は…なんだろう…感想をまとめにくい小説なんですが、文体や表現においても内容においても特に目新しいわけでもなく、心に響くものがありませんでした。 小説の骨になっているのは意外に古くさいセンチメンタルでノスタルジックなモチーフだし。 その一方で、最近の小説で時々体験する「読んで損した!」と腹がたつほどヒドイわけでもない。 個人的な結論、この著者の作品をもう一度手にすることはないな、たぶん。


この夏の異様な暑さに負けて更新をサボっていましたが、夏バテでヨレヨレまではいかず、あまりバタバタせずに省エネな毎日を送っておりました。 酷暑に辟易しながらもストレッチと書道、そして日々のご飯作りだけはサボらずにやってました。 読書は集中力が完全に欠如してほとんど進まず。 でも、感想をアップしていないものがいつのまにか結構たまっているので、個人的な備忘録代わりにボチボチ書いていきますね。

■更新が滞っている間もいろいろな過去の記事にも拍手をありがとうございました。 

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