まさに身辺雑記 梨木香歩「不思議な羅針盤」

読書ネタは本当にひさびさ。 ぽつりぽつりと読んではいるんですが、なかなか感想を書けずじまいになっています。 勢い(?)をつけようと、まずは大好きな梨木香歩さんのエッセイ「不思議な羅針盤」の感想を。

3.24不思議な羅針盤

2007年から2009年に雑誌「ミセス」に掲載された梨木さんのエッセイ28本を収録した文庫本。 取りあげられているテーマは梨木さんらしい植物や生物について、あるいは社会情勢への危惧感、ふだんの生活から想起されたことなど、ジャンルも方向性もさまざま。 初エッセイ集(…かな?)「春になったら苺を摘みに」のような、きまじめな濃密さは薄くて、いわゆる「身辺雑記」といった感じ。 梨木ファンなら、著者のふだんの生活がかいま見えて十分に楽しめると思います。 病院の待合室で読むのにちょうどいいくらいのゆるさでした。

梨木さんはいいなあ。 自然へのまなざしがとてもステキだ。 そして、フラットというかニュートラルというか、何事も並列というか、例えば大人と子ども、人間と動物や植物…全部同じ価値をもつものとして接している梨木さん独特の繊細な距離感がとても好きです。 非常にまじめで、しっかり芯が通っていて、いわば正論を吐いているんだけれども、まったくお説教くさくならないのは、その柔らかなお人柄の故なんだなあ。 そして、そんな梨木さんが多くの読者を獲得していることにホッとしたりもして。

それにしても、行動力があるんだなあと、エッセイを読むたびに感心してしまう。 自分で車を運転して遠方へでも、人里離れた山の中へでも、どんどん興味の対象へ向かっていく人なんですね。 彼女が書いている小説から感じられるよりも、ずっとずっと行動的。 そして、いつも思うのは、エッセイに家族の気配がないこと。 意識して書かないんだろうけど、ここまで徹底している人は珍しい。  この本の中でも子どもがいることが一度だけさらっと出てくるけれど、「お母さん」であることを振りかざすようなところが一切ない。 潔いくらいに、まったく。 こういうスタンスも、女性作家としてはとても珍しくて好ましい。

初めて梨木さんのエッセイを読む人なら「春になったら苺を摘みに」か「水辺にて」の方が方向性にまとまりがあっていいかもしれません。 1編のエッセイの中でも、話がスライドしたりして、起承転結的な構成ではないからなのか、実は読んだとたんに細かい内容をケロッと忘れてしまっていて、本としてはあまり深い印象が残っていないのです。 


3.24貝母

クチナシの木の傍らで、今年も貝母(バイモ)がうつむくように花を咲かせています。 風にゆらゆら揺れる、はかなげな風情の草でありながら、意外に倒れたりしない。 何かにつかまりたそうにクルンと先端の葉を伸ばしている姿もいじらしい。 地味だけれど、独特の存在感があって好きです。

梨木さんが集合住宅の敷地内で、草の中に貝母(バイモ)の花をみつけたという冒頭の1編を読みながら、草むらにしゃがみこんで「ようこそ、ようこそ」と貝母の花に話しかけている姿が目に浮かぶようで(実際にはお顔も知りませんが)。 私もつい植物や小鳥に声にだして話しかけてしまうので、さらに親近感が湧きました。

今日はストレッチで心身を気持ちよくほぐしてきました。 そろそろ梨木さんの「海うそ」を抱えてベッドへ。


■いろいろな記事に拍手をありがとうございます! バセドウも落ち着いてきたようで、この3日ほどは本当にひさびさに「普通に元気」と実感できるようになりました。
Category: 梨木香歩

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