はらはらと舞い散る桜

書きたいことはいろいろあるけれど、今日も桜ネタ。 ようやく見頃を迎えた京都の桜の話を。 ちょっとした穴場を発見しました。 

木曜日は3ヶ月ぶりの主治医の診察でした。 せっかくの桜の季節に病院からまっすぐ家に帰る気になれず、哲学の道を散歩して帰ることに。 哲学の道の南端、若王子神社の裏に桜苑があると先日知って、どんなところなのか気になっていたんです。

若王子神社の境内から坂道をほんの少し上がって高台へ。 小さな看板がでていたけど、本当にこんな細くてほの暗いような道の先に桜苑なんてあるんだろうか、と不安になりつつ行ってみると…

ぱっと広がった視界を埋め尽くすように、濃いピンクの桜の林が出現! 木曜日の時点で満開でした。

3.31若王子神社の桜苑

小さな古いデジカメでは全然うまく撮れなかったんですが、暗い木立に囲まれたこぢんまりとした高台に陽光桜ばかりが記念植樹されているんです。 上の写真のような桜の木立にぐるっと囲まれて、眺める人たちみんな言葉少な。 驚くほど国際色豊かな観光客でごった返して、さっさと歩けないほどの哲学の道と違って、ここはまだ人が少なくて静かに心ゆくまで桜を眺めていられました。

何よりステキだったのは、頭上でメジロやヒヨドリが花の蜜を吸いに枝から枝へと移るたびに、はらはらと濃いピンクの花びらが舞い散る風景。 桜吹雪ではなくて、小鳥が動いたときだけ、はらりはらり。 ずっとみていても飽きることのない、今、この瞬間だけの美しさ。 目に焼きつけてきました。

3.31陽光桜

紅が濃い陽光桜。 大ぶりの花がふんわり丸く咲く姿は桃の花っぽい。 木の形も花の趣も染井吉野とは全然違います。 写真でみるとややくどい印象ですが、実際にみるともう少しかわいい感じです。

哲学の道は法然院より南はほぼ満開。 それより北は満開の木もあれば、ほとんど咲いていない木もあって、かなりばらつきがありました。 それにしても、すごい人! すごい外国人! あまりの人混みで写真を撮る気がなくなりました。


4.2さまざま桜

桜の季節より少し前、毎年、母が取り寄せるのが伊賀上野の紅梅屋「さまざま桜」。 実物よりずっと大きく写ってしまいましたが、お干菓子です。 山芋の風味がとてもよく、薄くて堅焼きの独特のお菓子。 松尾芭蕉の「さまざまのこと おもひ出す 桜かな」にちなんでいるそうです。

兄が亡くなる何年か前、お茶人さんに外国人の親友と二人で招かれた兄から「何を手みやげに持って行ったらいいか、さっぱりわからない」と相談されて、本格的なお茶席に詳しい友だちに知恵を貸してもらいました。 その友だちが「さまざま桜がいい」ときっぱり言い切ってくれたので、兄は早速それを取り寄せて持参しました。 お茶の心得などカケラもない兄と外国人の二人でしたが、心のこもった堅苦しくないおもてなしで、本当に楽しいひとときが過ごせたと、とてもとても喜んでいました。

毎年、このお菓子を食べるたびに、珍しく素直にうれしそうな声でお茶席の報告をしてきた兄のことを思い出します。


さまざまのこと おもひ出す 桜かな

当たり前のことを当たり前のように詠んだだけのような一句。 芭蕉が若き日に仕えた主君(若くして死去)を偲んで詠んだと記憶しています。 年齢を重ねて、ずいぶんたくさんのものを失ってきて、ようやく芭蕉が当たり前の言葉で表現した万感がわかるようになりました。 桜を見上げるたびに、この一句が心に浮かびます。 頼りにしていた妻を喪い、ままならないことが多かった兄の人生にも幸せな時間があったのだと思える、そんな思い出があることに私が救われているのだなと。
Category: 日々の記録

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