喪失の物語 梨木香歩「海うそ」

眠りに落ちるまでのベッドタイム、毎晩ゆっくりゆっくり時間をかけて梨木香歩の「海うそ」を読み終わりました。 特に読みにくい本ではありませんし、長編といってもさほど長くもないのですが。

ストーリーを追うよりも、ゆっくり味わい、言葉を反芻し、頭の中で架空の島に流れる空気や湿度を感じ、植物が繁茂する風景を思い浮かべながら読む小説だと感じました。

4.30海うそ

舞台は鹿児島の(たぶん)南に浮かぶ架空の小島、遅島。 昭和初期、人文地理学の研究者である主人公は恩師の調査記録に興味をもち、遅島に滞在して、歴史や民俗、伝承、植物や地質を探査する。 胸の奥に深い喪失感を抱えた主人公は、遅島内に残る、廃仏毀釈によって暴力的に排除されてしまった修験道の寺院の痕跡を巡りつつ、何かが決定的に失われてしまった風景に自らの思いを重ねていく。 そして50年後、不思議な縁に導かれて再び島を訪れた主人公が目にしたのは…。

最後のページを読み終わって本を閉じたとき、書店でこの本を手にしてよかったとしみじみ思いました。 いろいろなことが重層的に描かれていて、スッキリしたカタルシスがあるような種類の小説ではありませんが、読み終わった後にじわじわと心の奥底にしみました。 東日本大震災後の心にぽっかり穴が空いたような喪失感について、きっと考えて考えて考えた末に、これが梨木さんなりの答えなんだろうなと受け止めました。

読後に心に浮かんだのは「さよならだけが人生だ」という言葉。 この言葉、そして出典元の漢詩「勧酒」が意味するのは人生を否定するものではない、改めてそう思いました。 大切な人、愛着のあるもの、心のよりどころになる場所、思い出の風景、人生のひとときを一緒に過ごしたのにいつのまにか会わなくなった友人や知人たち、そして健康や乳房といった身体のパーツ…。 人はいろんなものを失いながら生きている。 それは否定すべきことでも、目をそらすべきことでも、乗り越えるべきものでもない。 生きるということは本来そういうもの。 諦観とはまた違って、静かに「そういうもの」と知ること。 この小説の最後の最後にでてきたひと言にハッとしました。 あえて引用はしません。 興味をもった方は自分で読んでみつけてください。 でも、もしかしたら、まだあまりたくさんのものを失っていない若い人にはピンとこないかもしれません。

書店の店頭でなんの予備知識もなしに、この本に出会えてよかった。 梨木さん、ありがとう。 また、いつか読み直してみたいです。 そのときはどんな風に感じるだろう。

喪失感がテーマでありながらも、決してビターではないし、ニヒリズムに堕すこともない。 絶望でもない。 かといって前向きに生きていきましょう!といったメッセージでも、もちろんありません。 梨木さんらしさが詰まった小説世界。 梨木さんが好きという方はぜひ。


4.30狸谷

読み終わったのは4月末。 読了直後にたまたま行った狸谷山不動院で、小説の舞台を想起させるような雰囲気があるなあともろもろ胸に去来するものがあったので、古い写真ですがアップ。

4.30狸谷入口

山すその境内全体を包む神仏混淆の余韻。 山伏もいて。 日本における古い仏教=真言宗だからかな?



解体工事のすさまじい粉塵は窓を全部締め切っていても家の中にも漂い、空気が悪くて耐えられません。 家にいたくない…のに、光回線導入が思いがけず、いろいろ面倒なことになって、今日は工務店さん&電気屋さんと打ち合わせ。 路地奥の古い家って面倒くさいことがいっぱい! はぁ、ADSL打ち切りの6月末日までに無事に開通するんだろうか(ドキドキ)。

■いろいろな記事に拍手をありがとうございます!
Category: 梨木香歩

コメント

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2016/06/10 (Fri) 21:55 | # | | 編集
Re: ADSL打ち切り

椋鳥さん

ご心配いただいて恐縮です。

わが家はKDDIのADSLなんです。 このあたりは6月で打ち切りとずいぶん前から通知が来ていたのに、なかなか次に何にするか決められず、ズルズルと日を過ごしてしまいました。 自業自得。

NTTもADSLから撤退しちゃうんですね。 ADSLで特に不便を感じていなかったのに、光回線を引くために、まず配管を電気屋さんに設置してもらわなくてはいけなくて、お金も手間もかかってなんだかなー…なんですけど、時代の流れだから仕方ないのでしょうね。 


梨木さんの「エンジェルエンジェルエンジェル」を読まれたのですね。 いかがでした? 梨木さんが好きとかいいながら、実はまだ読んでいません(汗)。
「水辺にて」の感想もまた聞かせてくださいね。

2016/06/13 (Mon) 01:02 | vogel #9JN9NMwM | URL | 編集
静かに そういうものと知る ということ

はじめまして。「海うそ」の検索できました。

「海うそ」は、福島県浪江町の友人のお誕生日に送ろうと思い、今回また再読し、またしみじみしています(私も夜、寝る前に本を読むのが至福の楽しみです)。なんで泣けてしまうんでしょうかね。。。

友人の喪失感は、ずっと続いていると思います。私も福島県出身ですが、福島県は広いので、浪江の人の気持ちがわかるとはいいがたいのです。

2014年に書かれたことは今回知って、では、梨木さんは震災への思いを込めたのだろうか・・・・と、思い、ネットで検索していたのです。「乗り越えるのではなくて、静かにそういうものと知る」。言葉にしていただき、そうか、と、思いました。受け入れることはできなくても、受けとめる・・というか。ありがとございます。

私も梨木さんが好きなので、カテゴリーがあったので、うれしいです!これからゆっくり、読ませていただきます。
今後もよろしくお願いします。

2017/09/06 (Wed) 16:42 | K #TrgG7DgU | URL | 編集
No title

Kさん、はじめまして!
コメントを残してくださって、すごくうれしいです。

再読されても、やはりしみじみして泣けてしまうのですね。
ストーリー展開が地味で、うまくまとまった小説ではないのだけれど、魂の深いところにしみますよね。
この小説のすばらしさをどう伝えたらいいのか、なかなか気持ちがまとまらなくて感想を書くのに苦労した記憶があります。
私も再読してみようかな。

浪江のお友だちの心にKさんの思いが届くといいですね。

喪失感は同じ体験をした家族でさえも、一人ひとり受け取り方がまったく違うんですよね。 震災ではないのですが、実体験でそれを知りました。
だから、慰めたり励ましたり「わかるよ」と言ったりせず、ただただ「いつもあなたのことを気にかけているよ」と静かなメッセージを伝え続けるしかないのですよね。
自分がしみじみいいと感じた本を贈ってくれる友だちがいるってステキです。

梨木さんを好きな人が私は好き(笑)。
梨木さんの本を全部読んでしまうのはもったいなくて、ちびちび読んでいます。

数年以上、読書がさっぱりできなかったのですが、最近少しずつ復活してきました。
こちらこそ、よろしくお願いします!

2017/09/07 (Thu) 22:28 | vogel #9JN9NMwM | URL | 編集

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