人の真価が問われる時

昨日は入院している叔父のリクエストでコーヒーとチョコレートを病室へ届けに行ってきました。 週末は状態が驚くほど安定していて、法事で京都へ来た東京の叔母や従妹たちがお見舞いに来てくれて上機嫌だったそうですが、昨日のお昼頃に容態が急激に悪化。 私が病院に着いた時には、病室にいろいろな測定器械が入って検査で慌ただしくなり、病室に泊まりこんで疲れ切っている叔母はパニックになって泣きだしてしまい…。

いろいろな検査をした結果は、すぐその場で担当医から本人に直接説明がありました。 肺の状態が非常に厳しいこと、酸素量はこれ以上増やせないこと、モルヒネにも限界があるので、これから耐えられない苦痛に襲われた時は意識が薄れる眠り薬しか選択肢がないこと。 意識が薄れてもいいから苦痛を取り除いて欲しいほど苦しくなったら、自分で担当医に伝えて欲しいということも。 表情はみえませんでしたが、叔父はとても冷静に受け答えしていました。 叔父は外来の医師とは相性がよくなかったようなのですが、病棟の若い担当医は大好きで全幅の信頼をおいているようなので、それだけでも本当によかった。

11.7枇杷の花

といっても、叔父は酸素マスク越しでも声がしっかり出て、多少苦しそうにしながらも普通に話ができていて、とても最末期とは思えません。 片肺への気道ががんで完全にふさがってしまい、そのために片肺がつぶれて非常に厳しい呼吸苦に陥っているはずなのに「泣くな!」と叔母を叱咤激励したり、泣き虫の叔母にしばらく付き添ってくれと私に頼んだり、叔母や娘婿と一緒に私も担当医からの説明を聞いておいてくれと頼んだり、娘婿に叔母のことを頼むと重いひと言を伝えたり。 終始、病人の方が付き添っている妻を心配している。

会いたい人には早めに会っておくようにとのことで、夕方に同居している従妹(叔父の娘)が子どもたちを連れてきたのと入れ替えに、水入らずで過ごしてもらうべく私は帰宅。 赤ちゃんの時から添い寝をしておしめを替えたりして、叔父が文字通り「溺愛」した中学生の男の子は病室に入るなり号泣してしまい、それを叔父が「大丈夫だよー」と苦しいのにニコニコしながら顔を上げて手を振ったりして。 私にも笑顔で「いろいろありがとうね」と手を握ってくれました。


病気が怖くて病院へ行くことを頑なに拒んでいた叔父でしたが、すぐそこに迫った最期を前にした今、思いがけないほど冷静で、家族になんとか心配をかけまいと気丈に振る舞っている姿に強く心打たれました。 できることなら、私も最期はこんな風でありたいと思ったけれど、その時になったらあんなにしっかりしている自信はありません。

叔父さん、柄にもなくカッコよすぎるよ…。


11.6夕陽の鉄路

日曜日は東京の叔父の三回忌の法要が京都であって、仲のよい従妹のHちゃんや叔母たちと本当にひさしぶりにゆっくり話ができました。 亡くなった人の遺徳が残された人たちの縁を結んでいてくれているのですね。 ありがとう、東京の叔父さん。 帰りはたまたま電車の先頭に乗ったら、逆光の中で鉄路だけが夕陽で輝いてとてもきれいでした。 鉄道と旅を愛した東京の叔父、そして仕事人として尊敬していた故Mさんのことを思いつつ、一枚写真を撮りました。



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