いろいろな読み方ができる小説 角田光代「私の中の彼女」

本屋さんでみつけた角田光代の文庫本「私の中の彼女」。 あまり重いものが読みたくない気分の時にちょうどいいくらい。 重すぎず軽すぎず、入口あたりはうだうだしているようでいて、いつの間にか引きこまれて一気読みとなりました。

3.15私の中の彼女

自己評価の低い女子大学生・和歌は、大学で出会った恋人・仙太郎にぞっこん。 読む本も観る映画も美術もなんでもかんでも自分よりもずっとセンスと感度がいい仙太郎に憧れ、仙太郎の尺度で世界をみつめ、いつも一歩先を行く仙太郎の背中に追いつこうともがき、ひたすら仙太郎との結婚を願っていた。 仙太郎はバブル時代の潮流に乗って成功していくのに対して、和歌は平凡なOL。 ある時、たまたま実家の蔵で祖母が書いた文章をみつけたことで、和歌の人生はゆっくり動き始める。 小説を書くことに目覚めた和歌の目に映る仙太郎は少しずつ変化し始めて…。

自分であらすじを書いていても特におもしろいとは思えません(笑)。 起伏のあるストーリーを追うとか感動するとか文学的な作品に触れたいとか、人生のためになるとか、そういうことを読書に期待する人にはおすすめしません。

覇気も自信もない和歌にイラッとする人もいるかもしれませんが、角田さんと同世代だとすんなり受け入れられる女性像でもあります。 働く女性像がまだ確立されていなかった世代に属する私には、うだうだしている和歌の内面がとてもリアルでした。 自分に才能があるのかないのか、何か自分に合う仕事があるのではないかと探そうともせず、恋人の仙太郎を勝手に理想化して依存している和歌。 主体性のない和歌が祖母の過去に興味をひかれ、手探りで小説を書き始め、書くことの面白さに目覚めていくのと同時に、色あせていく恋人。

長い長い間たった一人の男性に恋し続けた女性の恋愛と喪失の話でもあり、書くことにとりつかれた一人の人間の話でもあり、二代にわたる娘と母の葛藤の話でもあります。 結局、著者がこの小説を通して何をいいたかったのかは判然としないので、読後のカタルシスは全然ありませんし、小説として非常に成功している作品ともいえませんが、読み終わった後に自分の中でしばらく反芻してしまうような、心に引っかかるものがありました。 うーん、同じことが視点が変われば全然違ってみえてしまうということを描いた小説…なのかな(自信なし)。

3.15枝垂れ紅梅

角田光代という作家のことを知っている人が読むと、本筋とは別のところで非常に興味深いと思います。 今までけっして自分を投影したような、作家である自分と重なる人物を書かなかった角田さんでしたが、賞をとってデビューした頃や、作家として生活できるようになるまでの苦しい日々、文壇の付き合い、娘の生き方を認めようとしない母親との関係性、同棲していた恋人(実際には結婚していた)などなど、角田さんには珍しく実体験がにじむ作品でした。 それでも、けっして日本的な私小説っぽくベタベタした感じはなく、とても淡々とした筆致。 そこが角田光代らしい。 大作ではないけれど、おもしろかったです。


3.15白椿開花

先週から今週前半はふだん不活発な私にしては怒濤のスケジュールで、バセドウ病と花粉症の通院、確定申告、無料のバスツアー、ストレッチ教室、叔父の忌明け法要、仕事仲間への結婚祝いプレゼント探し、かつてお世話になった仕事関係者とのランチ、叔母と従妹がお雛さまをみにきて一緒に近所のイタリアンに行ったり。 で、疲れて昨日・今日は家でのんびり過ごして充電。 週末から細かい仕事がポツポツ入っているので、少し休めてよかった。


■いろいろな記事にたくさんの拍手をありがとうございます。 母が突然入院してヨレヨレでしたが、ふだんの生活が戻ってきて、結構元気に過ごしています。
Category: 角田光代

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