「愛」か「許し」か?

朝から雨の一日。 午前中は、中学時代の歴史の先生が亡くなられたため
母校で追悼礼拝があり、ひとりでお別れに行ってきました。 個人的に
かわいがられたわけでもなく、その先生と親しくお話ししたこともないけれど、
年号や人名の丸暗記ばかりが歴史ではないことを教えてくれたおかげで、
歴史好きになりました。 大学で歴史を専攻することになった遠因には、
その先生との出会いもあったのかも…ふと、そんな気がして。

ひさしぶりのチャペルでの礼拝は、しかしながら違和感たっぷり。 う~む、
昔はこんなことを毎朝やっていたのか。 キリスト教の学校に通うこと10年、
キリスト教に対する懐疑心が育っただけで、学校としての宗教教育は
ワタシの場合は単なる逆効果でしかなかった。 今日の牧師さんのお説教も
「愛」が主題でしたが、なんだか愛の押し売りみたいで、どうしても
気持ちがついていけません。 「誰でも愛する」「敵でも愛する」なんてこと
ホントにできるんでしょうか? 偽善に限りなく近くなっていくように感じる
のは、ワタシがひねているから? 仏教的な「許し」や「寛容」の方が、
ワタシにはピタッときます。 敵でなくても、たとえば理不尽な相手を
愛せないとしても、許すことならできるかも。

特定の宗教を持たなかった祖父(お葬式は仏式でしたが)は、よく
神さまのような、人間を超越した存在を「おおいなるもの」と言っていた
そうです。 自然の中、そして宇宙全体には人智を超えたものがある、
そういう大きな存在の前では人間はとても小さい…たぶん、そんなような
気持ちだったのではないでしょうか。 大人になってみて、祖父の言葉が
少しずつ理解できるようになってきた気がします。

5.6オオデマリ

今年は花をたくさん咲かせた木。 これはオオデマリ?
Category: 日々の記録

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