絵を描くこと、生きること オルハン・パムク「わたしの名は紅」 

今年のノーベル文学賞を受賞したオルハン・パムクのベストセラー
「わたしの名は紅」をようやく読み終わりました。 検診でひっかかって
あまり元気でない精神状態で読みはじめたためか、前半はだらだらと
毎晩少しずつ読む程度でしたが、半分を過ぎたあたりでやっとこの作品の
世界になじんできて、あとは一気に加速。 細密画という全く未知の世界を
舞台としていることと、文章が長くて複雑なことから(これは訳文ではなく
原作の文章がそうなんだそうです)、初めはちょっと取っつきにくくて
ある程度の忍耐を要しますが、重層的で深い小説を読んだ余韻は
なんとも心地いいです。 全体を覆うもの悲しさに心の奥までひっそり
するような読後感ですが、けっして暗く重い話ではありません。

11.12わたしの名は紅

舞台は16世紀、オスマン・トルコ時代のイスタンブル。 細密画という
イスラム独特の絵画を描く絵師が殺された事件を縦糸に、新しい様式の
細密画の制作をスルタンから請け負った男の娘と幼なじみの男性との
恋愛を横糸にしたストーリーが展開します。 この本の帯には「歴史ミステリー
小説」と書かれていますが、ミステリーとして筋だけを追って読むと退屈になる
かも。 ワタシはストーリーそのものよりも、西欧から押し寄せる近代絵画の
手法を前にして、やがて細密画そのものが時代の波に飲みこまれて消えて
しまう予感におののく絵師たちの悲哀や、信仰と芸術表現の間で葛藤する
絵師の内面が深く心に残りました。 著者は子ども時代から画家になりた
かったと前書きにも記していましたが、「絵を描くこと=生きること」である
絵師たちの心情に温かく寄り添って物語る著者の姿勢は、子どもの頃に
ずっと「絵描きさんになりたい!」と思っていたワタシには特に好ましく
感じられました。

細密画というものをまったく知らなかったのですが、イスラム教のしばりが
あって、当時、絵師として生きるのはとても困難だったようです。 たとえば
肖像画は偶像崇拝につながるからと、人物はどれもわざと同じような顔に
描かなくてはいけなかったり、常に「神の視点」で描かなくてはいけないと
遠近法を完全否定したり、絵師は昔の名人の技を忠実になぞるべきであって
独自の絵画スタイルを持とうとするのは神を冒涜する行為になるとか…
イスラム教を知らない人間にはなかなか理解しにくい世界で、そういう点が
当初感じた読みにくさの一因であると同時に、まったく知らない世界へと
導かれる翻訳もの特有の楽しさともなっています。

600ページを超える小説が59章に分かれていて、それぞれの章が
「わたしの名は○○」「人はわたしを”蝶”とよぶ」「わたしは犬」など
タイトルがつけられ、それぞれに物語る視点が違っています。 淡々とした
語り口と、タイトルの単調な反復が独特のリズム感を生みだし、様式美を
追究した細密画の世界を、著者は文章に置き換えようと試みたのではないか
などと考えたりしました。 読み終わった後に何度も反すうしたくなる本です。
万人向きとはいえませんが、美術に興味があって翻訳ものにある程度慣れた
人なら、おもしろく読めると思います。

11.12ベゴニア

金曜日は暑いくらいの陽気だったのに、今日は一転して寒い一日でした。
寒風の中でもベゴニアは元気に咲いています。 強いなあ。

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