始まりを感じさせる終わり 重松清「卒業」

前回の日記を書いた後に自分のブログを確認したら、「冬の犬」の次に「ねこのばば」が並んでいて、とっても節操のない自分の読書傾向を再確認しました。 重松清の「卒業」を2冊の感想の間に挟んだら、もう少しは並んだときの印象がマシだったかな(そうでもないか?)。

1.14卒業

重松清はたま~に読むだけなのだけれど、この本は装丁にやられました。 本屋さんの店頭に平積みされていた表紙を見たら、とても読みたくなって、ついフラフラとレジへ。 帯の「悲しみをそっと空に放つための四編 旅立ちのときが、やってきた。」という言葉が表紙にぴったり合っていて、コレを考えた編集者はなかなかセンスがいいな。 ただし「表紙の絵によく合っていた」ということで内容をピッタリ言い当てているとはいえない気もしました。

重松清は親の死に目にあったのでしょうね。 たぶん、その生々しい体験をベースにして、重松清らしいホロリとさせる「いい話」にまとめたのだと想像します。 この本の中のどの話も、「親の死」を経て、カッコ悪かろうがなんだろうが、もがいて這いつくばるようにして自分なりの方法を手探りしながら、いじめや自殺への衝動を乗り越えていく姿が描かれています。 「冬の犬」のような淡々とした神話的な「死」でなはなくて、この本の中での「親の死」はもっと生々しいものでした。 意識がない母親の臨終の瞬間を深夜の病院の椅子に座ってただ待っていたり、少しずつ衰弱していく父親を自宅介護で看取ったり。 重いテーマをサラッと書くあたりは、叩きあげのルポライターだった著者の個性なのかもしれません。

悪くはないです。 読みながらポロポロ泣いたりもしました。 でも、重松清は最初に読んだ「エイジ」がインパクトが強すぎて、それを超えるほどではない物足りなさを感じました。 一番心に残ったのは著者のあとがきで、末期癌に冒された母親が後にのこされる幼い我が子に宛てて書いたたくさんの手紙について触れている一文でした。 ライターとしてそのことについて取材したとき、多量の愛情あふれる手紙を遺された家族は「その後」を生きにくいのではないかと感じたそうです。 たとえば、まだ若いご主人が再婚したら…その着想で最後の一編は書かれたとのこと。 何かを書き残すことが、自分の愛する人たちの人生をしばってしまうかもしれないという発想は、なるほど言われてみれば納得するところがありました。


さて、耐震工事は予想以上に大がかりで、家の中はひっくり返った状態で、ゴンゴンガンガン。 壁や天井を取り払うため、ホコリが半端じゃない! 大工さんたちのお茶の準備もあるし、大工さんが作業している間は落ち着いて何かをすることがまったくできません。 あ~不便。

コメント

こんにちは!
なかなか内容の濃そうな話ですね。
自分のごく身近なひとの死に目に遭遇することがどんなにつらいことか、わたしは幸せなことにまだ経験がないので、よくわかりません。
けど、きっとものすごくダメージを受けることなんだと思う。

千の風に吹かれて っていう歌がいますごく流行ってるんだってね。

それも、そういう歌でしょう?

始まりを感じさせる終わり方、というのにも興味がわきました^^

2007/01/20 (Sat) 10:41 | のんちゃん #- | URL | 編集

■のんちゃん

こんばんは。 仕事、少しははかどった?
「始まりを感じさせる終わり」は重松清があとがきで書いている言葉なのよ。 「始まりを感じさせる終わり」とういことで「卒業」というタイトルをつけたのだそうです。

「千の風になって」って、えーっと…どんな歌詞だったっけ…聞いたことあるんだけど…と思っていたら、今ちょうどテレビから流れてきました(流行の歌がピンと来ないとき、一番自分を「おばさんになってしまった!」と感じるワ)。
この本は、あの歌のような叙情的な世界とは違って、もっとリアルで現代的。 親の死の瞬間を迎えた家族がどう感じ、何を考えて、どういう方向に歩き出すのか。  そういう方向の小説といえばいいのかな。
でもね、何かがちょっとだけ足りなかったような読後感でした。 サラッとしすぎ? それとも予定調和? なんだろ??

タイトルと表紙はバッチリなんだけどね。

2007/01/20 (Sat) 22:39 | vogel #9JN9NMwM | URL | 編集

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する