だからなんなのだ! 三浦しをん「私が語りはじめた彼は」

三浦しをんって直木賞もとったし、いま人気の作家なんですよね。 ワタシは格闘する者に○(まる)」を読んだだけで、そのときは「若い子ががんばって書いた小説」という以上の感想は持ちませんでした。 姪がやっている今どきのシュウカツ(就職活動)の雰囲気はわかったので不満はなかったけれど、満足もしませんでした。 でも、最近あんまり「おっ!」と気に入る日本の現代作家に出会えていないので、三浦しをんをもう一作読んでみようと、単行本が出た頃やたら評判がよかった「私が語りはじめた彼は」の文庫本を手にとりました。

9.23私が語り始めた

正直に言うと、全然おもしろくなかったです。 「あざとさ全開」って感じがして好きになれません。 著者がほんとうに書きたくて書いたのだという切実さがまったく伝わってこない小説です。「私だってこれくらいは書けるのよ」と示したくて書いたんじゃないか、とまで言ったら意地悪でしょうか。

なぜだか女にモテて、まったく倫理観が欠如した村川という大学教授をめぐって、妻や不倫相手、息子、娘の婚約者、村川の助手らが織りなす葛藤を、それぞれの章ごとに視点をかえつつ多面的に紡いでいく…という連作小説です。 村上の魅力がまったくわからないので(著者はあえてモヤモヤとはっきりさせなかったのでしょうが)、村上にこだわってドロドロしている女たちもまったく理解できませんでした。 チラッと出てきた人物が、あとの章で主役になっていたり、リンクしていく手法などは確かにうまいです。 でも…物語る人物が若くなると共感できる部分もあったのですが、中年のおばさんやおじさんの気持ちは若い著者にとってはしょせん絵空事。 冒頭の中年女の心象風景描写がおおげさで不自然で、読んでいて生理的に気持ち悪い日本語でした(これは好みの問題でしょうが)。 読み終わって「だから何?」と、えらくしらけた気分になりました。

この小説で描かれているのは、真実は見る人によって違うのだということ。 でも、そういう小説はもうすでにたくさん書かれています。 偶然、本屋さんでみかけて一緒に買った川上弘美の「ニシノユキヒコの恋と冒険」も構成はとても似ていました(雰囲気も味わいも全然違うけれど)。 ミステリにもよくあるパターンじゃないでしょうか。 この構成は、有吉佐和子の「悪女について」とも非常によく似ているけれど、その足元にも及ばない。 学生時代に「悪女について」を読んだときは、頭をガーンとどつかれたくらいの衝撃があったんですが、いま読んだらどんな風に感じるんだろう?
 
かつては池澤夏樹とか高村薫とか江國香織とか川上弘美のデビュー作を読んで「おおっ、なんだかスゴイぞ!」と反応したんですけどね…歳をとって琴線が鈍化しているんでしょうか。 三浦しをんはもう買わないかも。
Category: 三浦しをん

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