好きなことについて語るむずかしさ 群ようこ「きもの365日」

きものの着付けを習いだしてから、あまりにも和装について知識がないことに我ながら愕然としました。 むかーし、和のお稽古事に通っていた頃は、年に2、3回はきものを着ていたけれど、「着せられている」という感覚で、帯締めや帯揚げの合わせ方なんかチンプンカンプン。 自分できものが着られないんだから、自分で小物類を選ぶ意欲も興味も全然ない。 1年に1回しか締めない帯締めに1万数千円以上かかるのなら、流行の靴を買って欲しいと思っていました(今でもこの価値観は変わらない)。

そんなワタシでも、自分で着られるようになって、きもの独特の言葉を覚えたら、きものへの興味がふつふつ湧いてきました。 おもしろいきものの本がないかとネットでキョロキョロ。 そうしてみつけたのが群ようこ「きもの365日」です。 20年くらいご無沙汰していた間に(勤め人だった頃はこの人の本が好きでした)、群ようこが「きもの大好きな女流作家」になっていて驚きました! いや~ん、群さん、いつのまにそんなに羽振りがよくなったの? 貧乏話はもう昔のことなのねえ…ま、そこそこ売れてるんだから当たり前か。

12.17きもの365日

きものにどっぷりハマった著者が、「日常的にきものを着て1年を過ごそう」という本の企画をたて、実際に着て過ごしてみた実感が日記として淡々と綴られています。 寒さや暑さ、雨や風に悩まされ、「明日は何を着ようか」と迷い、防寒用のババシャツをあれこれ試してみたり、きものを着てどうお風呂を掃除するのかと悩んだり、半衿付けをはじめとする針仕事をしなくては…と気にしつつもなかなか手をつけなかったり。 実は、お正月から気合いを入れて毎日きものを着てみたけれど、8日間であっさり挫折。 格好が悪いことも隠さず正直に書かれているし、群さんのきものコレクションのカラー写真が文庫としては豊富で、きもの生活を夢想する人にとってはイメージトレーニングになりそう。

結局、群さんは週1回、小唄のお稽古に行くときだけは必ず(大雨の日以外)きものを着用したのであって、「毎日着る」というのは実際には無理があったようです。 着付けの先生にこの本のタイトルを話したら、「そんなに毎日無理して着たら、きものが嫌いになっちゃいそう」とのこと。 着付けのプロとして仕事をしている先生でさえ「きものは気分転換」なんですって。 きものを着る機会がもっと欲しいとは思うけれど、日常着というよりはワンピースの代わりにちょっとしたお出かけに着るような感覚がいいなあ。

ところで、ひさしぶりに読んだ群さん、なんか違和感がありました。 あれ、群ようこってこんな厳しいことを書く人だったっけ?という感じ。 あんまり大まじめにきものについて語ってられて、それが人によってはちょっと怖い感じを与えそうな気がしました。 群ようこらしいユーモア感覚がいっさいなかったのでビックリしました。 ものすごく好きなことだから生真面目になりすぎたのかも。 若い子がきものを着ることはすばらしいといいつつ、あんまり基本を崩しすぎた着方は…みたいなことも書いてあって、「え??」。 価格が手軽なアンティークきものを若い女の子が自由な感覚で着てもいいんじゃないでしょうか(自分の好みかどうかは関係なく)。 それが、きものを着るきっかけになればそれでいいんじゃないの? ごちゃごちゃうるさいことを言うから、若い子が気後れしてきものを着なくなると自分でもいっているのに…群さん、なんか矛盾している気がしてスッキリしない読後感でした。

群さんのお好みも粋な織りのきもののオンパレードで、ワタシとはぜんぜん違って参考になりませんでした。 残念。 粋な着こなしが流行ってるけれど、きものらしい優しさがあんまりなくてワタシは魅力を感じません。 「粋」=「玄人」ってイメージがあって。 日頃はパンツスーツや男物のようなツイードのジャケットばかり着ているので、きものは違う感覚を楽しみたい…これってコスプレと同じ感覚?(笑) この本の写真だけパラパラめくっていた母が「うわ~、同じようなのばっかり着て、つまんないッ! こんな格好、うんと婆さんになってからすればいいのに」とブツブツ。 しまいに「田舎っぽい」とバッサリ←群さんのファンのみなさん、ゴメンナサイ。 昭和初期の自由なきもの文化で育って、その後は京都のきもの感覚をみにつけた母の目には「しんきくさい」着こなしにしか見えないようでした。

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