書きたがる人たち 山口文憲「読ませる技術」

「いまさら、こんなの読んでも仕方ないだろ」と自分にツッコミを入れつつ、図書館でなんとなく借りてしまいました。 山口文憲「読ませる技術 コラム・エッセイの王道」。 こういう本って、たいてい役に立たないんだけどね(笑)。 この頃ずっと行き詰まりというか、仕事について考えることが多くて、初心に戻ってみたくなって。

内容は予想通り(?)あまり実践的ではなかったです。 「職業としてのエッセイストを目指そう!」と思っている人なら一読の価値ありかも。 まずエッセイを書こうとする際の心構えだけで、本の半分くらいいってますから←よくありがちなパターンです。 唯一ワタシのためになったのは、話し言葉を「 」でくくるか、地の文章にするかという考察。 もう少し考えてみる余地ありだな…これからはもっとそのあたりに神経を使おう。 この著者はカルチャーセンターか何かでエッセイの書き方を教えていたようで、そこでのウンザリな体験が全編にわたってかいま見えます。 そんなに、書きたがる人たちが書くものってスゴイんですか…と、違った意味で興味深かったです。 素人がエッセイストなんて職業に就けるわけがないのに。 この本にも書いてあったけど、エッセイストになりたかったら、まず初めに有名人にならないと(笑)。 最近、向田邦子の妹さんが書いたものを読んで、それを再確認したところです。
 
個性を尊重する教育のせいで、みんなが「自分は個性的だ」と勘違いしていて、さらに個性的であることがエッセイにとってはいいことだと思いこんでいる。 それがそもそも間違いである、という指摘にはなるほどと納得しました。 平凡な視点で語るから、読者は共感するのだと。 そういえば、昨夜、NHKの爆笑問題が京大の先生と学生を相手に講演した番組をみていて、太田光が同じことに言ってたっけ。 自分の個性を殺した後にこそ、ほんとうに個性的であることができる…みたいなこと。 いまのワタシなんて個性を殺しすぎて、自分の持ち味がなにだったのか思い出せないくらいなんだけど。 それも悪くないのかしら?(そんなわけはない)


3.26バイモ

日中は気持ちよく晴れて、今年も貝母が咲きました。

今日もたっぷり庭仕事。 月曜日に届くはずだった仕事の資料がまだ来ない…と、イライラ待っているより雑草抜いたり剪定している方が精神衛生的にいいし。 いまは芽吹きのときだから、いつのまにかあっちにもこっちにも勝手に生えてくる万両とか蘇鉄とかリュウノヒゲとか、間引くのがたいへん。 顔を出したばかりの若い植物をバッサリ切るのは、胸の奥にちょっと痛みを感じます。 間引くのは苦手。 でも、遠慮してるとジャングルになっちゃうしなぁ。 小さな花を咲かせてる雑草も「花が終わってから」と後回しにしたりして、庭仕事しながら葛藤するなんてバカみたいなんだけど。 植物の方がヤワなワタシなんかより、ずっとずっと生命力あるんだから、と自分に言いきかせてバッサバッサ。 せっかく芽吹いたのにゴメンね。

3.26謎の植物

母から「これも根元から切っておいて」と頼まれた謎の木。 葉っぱの裏にひっそり小さな花が並んでいました。 花が終わるまで待つことにしました。

【追記】この謎の木、ネットで調べたらツバキ科の「ひさかき」らしいです。 神棚に供える榊の親類で小さいの意味の「姫榊」から転じて「ひさかき」になったともいわれているとか。 この木の黒い実はメジロが好きとも書いてあったので、メジロの糞から芽吹いたのかもしれません。
Category: 日々の記録

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