透明感のある静かな小説 川本晶子「刺繍」

ネットをさまよっていて、なんとなく気になった川本晶子「刺繍」。 お試しということで図書館で借りて読みました。 ぜんぜん知らない作家でしたが、魂の奥がしんとするような静かで美しい小説でした。 出版元の筑摩書房のHPでは「39歳。子なし。バツイチ。うんと年下の恋人あり。で…母が恋敵!」と紹介がされていますが、そういうノリではありません(特に最後の「!」に違和感が)。 オトナでなくては味わえないような深さをもった静謐な小説です。

1.21刺繍

40歳を目前にして、ひとりでなんとか仕事をしながら生きていこうと決意していた主人公が、認知症になってしまった母を介護するため実家へ戻らざるをえなくなって…。 母親に代わって家事をこなす父親、介護を助けるために主人公一家と同居する年若い恋人、そしてその恋人にだけ反応する母親。 年若い恋人との不安定な恋愛をからめることで、親を介護して看取るという事実の重さをオブラートにくるんだような物語です。

母親が認知症になってしまう悲しさや寂しさに胸を突かれて、ぼろぼろ泣きながら読みました。 娘がいたことさえ忘れてしまった母親。 「エリちゃん、おかえり」そのひと言だけが欲しくて、しつこくからんだ末に、母親から完全に拒絶される娘のショック。 そして、それほど娘を拒みながらも、赤の他人である若い男には笑ってさえみせる母親。 手芸が得意だったはずの母親が、ただひたすら切り刻んだ布の残骸からあふれる無惨さ。 仕事で疲れている主人公が母親を入浴させなくてはと焦って、からまわりする様子。 すべてがとてもリアルでした。 それでも、まったく生々しくないのがとても不思議でした。

文章や選んでいる言葉がひときわ凝っているわけではなく、独特の言い回しがあるようでもなく。 でも全体を通して、非常に「美しい」と感じさせるものが漂っていました。 たぶんすごく考え抜かれた末に選びとった言葉で書かれているからなのでしょう。 実際の認知症の介護はもっともっと厳しいものです。 しかし「こんなの絵空事」と片付けられない、しっかりした重さがあるんです。 母親のかたわらで不器用な娘が刺繍をするシーン、しばらく忘れられそうもありません。 図書館に返してしまったけれど、いつか再読してみたいです。 明るい話ではないから誰にでもおすすめとはいえませんが、ワタシはこの小説に出会えてよかった。

1.27葉ボタン

ひさしぶりに晴れたので、庭に出てみました。 冬の木漏れ日を浴びて、お正月の葉牡丹がまだかわいく咲いて(?)います。

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する